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元芸人として・・

元芸人がお笑いについて真面目に語る場。多少の自己満足あり・・

 1つの発想から、ネタを広げた後、次にすることはどこにどのボケを配置するかを考えます。


 その時に考えることは、

 ・どれが一番笑いを取れそうか?どれが笑いが小さくても確実に取れそうか?

 ・どうやって話をつなぐか?


 大まかに言えばこの2つです。なぜか?


 笑いを取れそうな部分というのは、なるべく最後のほうに配置した方が印象に残ります。それと、そういうボケはたいてい発想をメインに作られてある事が多いので、最初に出すとわかりにくくなりがちです。ですので、最初の部分はなるべくわかりやすく、笑いやすいものをもってくるようにします。いわゆる「つかみ」です。最初につかんでおかないと、後から面白いボケが出てくるとしても、お客さんが聞く気(考える気)をなくしてしまう状態になるので、この「つかみ」も大変重要です。


 この「つかみ」は、それぞれの芸人さんに少なくとも2~3パターン、オリジナルの形があります。特に漫才は話の本筋に入る前なら、どんな話でもできるので、ネタに関係なく確実に笑いを取れる(今まで笑いをとってきた)ボケを入れる事が多いです。ですので、好きな芸人さんのネタを何本か見ると、「このボケどこかで見たことある。」という場面が出てくると思います。それが「つかみ」です。


 また、それぞれの話をつなぐ時にどういった順番、そして言葉を使えばいいかという事を考えます。もし、つなぎの言葉がなかったり、突然話が変わったりすると、聞いている人の頭の中に「?」がたくさん生まれてしまいます。この「?」状態になってしまうと、当然気になってしまいネタの話に没頭できなくなってしまいます。そうなると、笑いを取ることはほぼ不可能になってしまいます。


 では、今までの内容を私のネタで少し考えてみましょう。


 まず、このネタは3つの部分から成り立っているということが分かっていただけると思います。

①取り組む前に邪魔をされる。

②集中したいのに、外からの音で邪魔をされる。

③家に人が訪ねてくる。


では、どのように広げて配置しているのでしょうか。

 

 ①取り組む前に邪魔をされる。

この部分のベースとなったボケは「鉛筆が折れる」というものです。同じパターンで何個か考えているうちに、私は仕方なしににんじんで書こうとするというボケを思いつきました。

 ですが、これをいきなりしてしまうと間違いなく「?」になります。ですので、「3段落ち」を使い、最初の2つはわかりやすいものを持ってくるようにしました。

 ですが・・・、私の限界ですが、思いつきませんでした。仕方なく、シャーペンの芯が出てこないという日ごろ割と起こりがちな出来事を最初に配置し、ひたすらカチャカチャしたあと、シャーペンをおもむろに投げ捨て、きれるというキャラクター笑いを配置しました。


 そして、にんじんに行く前に鉛筆を入れようと思っていたので、「シャーペンの芯買ってから、始めたらいいやん。」という「?」を解決する為に、「親からの仕送りがないと、金がなくて買えない。」という一文を付け加えました。

 これで万事解決という事で、どういう言葉を使おうか?というのを考え出した時に、「最悪や」という言葉で統一することを思いつき、付け加え、さらに、にんじんに対しては普通に突っ込まずにボケながらつっこむ方が面白いなと思い、「このにんじん書かれへんやん」としました。



 こんな感じです。という事で、次回は②、③の部分を分析してみたいと思います。





 では、前回公表したネタを私がどのように造っていったか?について紹介させていただきたいと思います。もちろん、作る人によって作り方は違うので、あくまでも私の場合となりますが・・・。


このネタを思いついたきっかけは、本当にちょっとした出来事です。ある日、最寄り駅から自宅まで歩いて帰っていると、私の横をある一台の車が通りました。


「いーしやーきいも。おいしいおいしい、いーしやーきいも。焼きたてアツアツ、1つ500ゲンです。」


あ、かんだと思うとおもしろくなり、思わず笑ってしまいました。その時に、これは使えるかもと思い、色々と想像(妄想)しはじめました。「これ、勉強とか仕事とかで集中してる時にされたら、めっちゃ気が散るし、むかつくやろうな・・・。」これがきっかけです。


 「そうだ。この集中したい時に邪魔されるっていうネタはいけるかも・・」そう思い、家に帰ってネタ帳を開き、集中したい時にされたらむかつくことを考え、箇条書きにして書き出しました。


 もちろんこれは、時間をかけます。私の場合は、1~2日ですが、バイトしてる時とか、電車乗ってる時、後は寝る前に考え、(もちろん基本は常にですけど)思いついたらノートにメモを残します。そして、一度忘れます。実はこの忘れるという作業が結構重要で、面白いことを思いついた!と思っても、翌日に冷静になってノートをみると面白くないな、これ・・。という事がよくあります。(余談ですが、そのときのむなしさって凄い切ないんです、これが・・・。)そうならない為に忘れるようにして、もう一度書き出した内容を見ます。そうすると、たいてい、使えそうやなというのが何個かあります。それをチョイスして、そこから初めてネタを台本にし始めます。


 私がまず最初に考えていたのは、チョイスしたボケをどう広げるか?ということでした。


 みなさんは「3段落ち」という言葉を聴いたことがあるでしょうか?大阪だからかもしれませんが、普段の会話の中で、私の耳に入ってくる事があるので、聞いたことがある方もいらっしゃると思います。これはどういう意味だと思いますか?


 話を聞くと勘違いされてる方がいらっしゃるなあと思うんですが、これは、1つのボケに対して同じパターンで、さらに2つボケを作り、その3つのボケを小さい方から大きい方へ並べていくことによって、一番最後の笑いがさらに大きくなるという技法のことを言います。これは頻繁に見ることができますので、次漫才を見る機会があればじっくりご覧ください。


 つまり、ボケを広げるというのは思いついたボケを際立たせ、より活かすために必要な作業になります。・・・と、一応理由づけしてますが、ほんとは思いついたボケを1つずつ消化してたら、3分~5分もたないというのが実情です(笑)


 ちなみに、このネタの時、私がチョイスしたものは、 ・石焼いものおやじがかむ ・鉛筆が折れる ・チャイムを連打される などでした。これをどう広げたか?私の答えはネタを読んでいただいたら分かると思います。


 ですが、広げたからといってネタが完成したわけではありません。まだまだ作業は続きます。それはまた次回以降に・・・。長くなりそうですが・・・。

 


 


 

 ネタというのはどうやって作っているのか?こういう疑問をお持ちの方もいらっしゃるのではないかなと思います。そこで、今回はひとつネタを公開して、どういうことを考え、構成していったか?という事を分析してみたいと思います。


 このネタを作った彼は一体何を考えて狙っているか、考えながら読んでいただければ幸いです。ちなみに、ネタにも著作権の問題とか色々ありますので、公開するのは、私がコンビ解散後ピンで舞台に上がったときに使ったネタです。


 (舞台が明るくなって、袖より入場)


「今から頑張ってレポートを仕上げよう。期限が今日の夕方5時で、今、朝の5時やから、なんとか間に合うやろ。よしやるぞ!」


(椅子に座り、レポート用紙、本を広げ、シャーペンをカチャカチャする。しかし心が出てこない。)


「最悪や。芯がないやんけ。そういえば、今日親からの仕送りが来ないと金が無いから何も買えないんやった。しゃあないな、この鉛筆で」


(筆箱から鉛筆を取り出し書こうとする。その途端鉛筆の芯が折れる)


「うわ、最悪や。芯折れてもうた。こういう小さいことってめっちゃむかつく!しゃあないな、じゃあ、このにんじんで。」


(筆箱からにんじんを取り出し、レポート用紙に書こうとする。しばらくして)


「最悪や。このにんじん書かれへんやん!仕方ないこのボールペンでやるしかない」


(ボールペンを持って取り組みはじめる。しばらく間)


(テープの声)「冷たくておいしい夏の風物詩はいかがですか?わーらびーもち、かき☆○▲(カキ氷といえずに噛む)」


「何て?」


(テープ)「わーらびーもち、かき☆○▲」


「だから、わらびもちと何を売ってんの?」


(テープ)「おいしいよ」


「だから何が?あかん、めっちゃ気が散る。こんなん気にせんと集中せな!」


(レポートに没頭しようとする)


(テープ)「たけやさおだけ~」


「ああもう。また!」


(テープ)「たけやさおだけ~。・・・・おいしいよ」


「おいしない!誰が食うねん!あかん、集中せな!」


(同じく没頭しようとする)


(テープ)「デビルビーム」


「あ、チャイムなった。誰か来た。はーい。」


(舞台袖へはける。箱を持って戻ってくる。)


「何でや?何でドモホルンリンクルの無料サンプルが届くねん?頼んでないし!充分、美白やっちゅーねん!」


(箱を投げ捨て、レポートを続ける)


(テープ)「デビデビデビデビデビルビーム」


「誰や、連射してるのは?はい」


(再び、舞台袖へ。封筒を持って戻ってくる。)


「やっと、おかんから仕送り来たわ。あー助かった。」


(封筒を開けて中身を確認する。)


「ん?金入ってないやん。どういうこと?なんか、手紙がある・・。何何。お宝は頂戴した。ルパン三世。・・・最悪や。おかんからの仕送りルパンに盗まれた。こそどろやんけあいつ。がっかりやわ。あー金ない・・。でも、とりあえずレポート仕上げな・・・。」


(レポートを書く。ポケットに入れていた携帯がなる。とる。)


「もしもし?どうしたん?・・・え?レポート?今日の5時までやろ?まだ間に合うやろ。もう時間過ぎてる?何でやねん。・・・テレビ見てみろ?あ・・・相撲やってる。・・・最悪や、起きる時間12時間間違えた・・・。」





 私にはサッカー観戦という趣味があります。Jリーグが開幕した頃に興味を持ち始め、ガンバを見に万博へ足を運んだり、またドーハの悲劇やジョホールバルの歓喜といったトピックをリアルタイムで味わうことができました。また、海外のサッカーにも目を向けるようになり、チャンピオンズリーグやトヨタカップなども見るようになりました。そんな中で、思うことがあります。それは・・・


 「見る人の質の違い」です。


 例えば、ヨーロッパのサッカーを見ると、いいプレイにはスタンディングオベーション、悪いプレイにはブーイングがされています。その選手がスターだからとか、自分の好きなチームだからとかにかかわらず、ただプレイの質のみを基準としています。これは、アメリカのメジャーリーグでも同じです。


 翻って、日本のスポーツ界を取り巻く環境を考えます。正直、少し嫌になります。


 私の勝手な分析ですが、日本人の一流選手は一流になればなるほどマスコミにしゃべることが少なくなっていると感じます。例えば、中田英寿・イチロー・・・・。彼らがマスコミに自分の考えをしゃべる事はほとんどありません。何故でしょうか?


 私には、彼らが何を話しても無駄だと考えてるようにしか思えません。自分の意図が伝わらないと・・。それはおそらく、サッカーや野球といったスポーツを彼らと同じレベルで語れないからではないかなと思います。ですが、そんな彼らに対するマスコミの論調を見ると、「わがまま」だとか「思い上がっている」といった批判が目に付きます。この状況は決していいことだとは思えません。今、日本球界からメジャーへの人材流出という問題が顕在化しつつありますが、その取り巻く環境にも一因があるのではないかと思わざるを得ません。


 普通に考えてみてください。誰でも自分のことを理解してくれる環境のほうがありがたいですよね?その方がやりがいもあるし、楽しいですよね?


 もちろん、私が中田やイチローと同じレベルでサッカーや野球を語れるとは思いません。ですが、少しでも理解できるように勉強したりしてるつもりです。ただ、根拠もなく回りに流されるだけで批判するよりは、そうやって自分で調べる方が、筋も通ると思いますし、何よりも学ぶことでその楽しさをより一層知ることができるのではないか?と思います。


 これはスポーツ界だけでなく、全てにあてはまるのではないかなと思います。見る側が正しい眼を持つこと。そして敬意を持つこと。これが今の日本にはかけているのではないかなと思います。その視点があれば、見られる側はやりがいと喜びを持って取り組むことができますし、ひいてはそれが良い方向へ導いてくれるのではないかと思います。


 もちろん、お笑いもそうです。漫才は同じ発音の言葉にいくつも意味があるという日本語の特徴を活かした日本固有の素晴らしい文化だと思います。それがより発展すれば・・・。私はそんな世界を夢見ています。


 お笑いをやめて、社会復帰(?)してから、私はお笑いをしていたという事はあまり話さないようにしています。別に、恥ずかしいとかそういうことではないんですが、理解されない事の方が多いし、言っても仕方ないかなと思うので、あまり言いません。


 ただ、慣れてくると「フリ」と「オチ」の理論を使って、笑わせる様になるので、面白い人ですねといわれるようになったりもします。面白いことは全然言ってないなあと思うんですが・・。


 世間一般に面白いって言われる人は、職場に学校に一人は必ずいるものですが、そういう人たちというのは大概、動き、キャラ、ノリで笑わせてる人が多いなあと感じます。発想や構成を使って笑わせてる人というのは少ないです。


 まあ、そうなるのは当然といえば当然なんですが、そういう人が自分は面白いと思って、芸人さんを批判している(面白くないと言う)のを聞くと、正直、いい気分がしません。そうじゃないよと言いたくなります。私が社会に出てからの3年間で見た限り、芸人時代に知り合った先輩や同僚といったどの芸人達よりも面白いと感じた人はまだ一人もいません。ですが、それを説明したところで理解はされないだろうし、本来は知る必要も無い部分でもあります。


 ですが・・・。やっぱり、元芸人としては悔しいです。どれだけみんな苦労しているか?どれだけ考えているか?自分を面白いと思うのなら、一度やってみたら?とか思ったりします。なのに、あいつらは消えるだの面白くないだの気持ち悪いだの言われているのを聞くと本当に切なくなります。


 まあ、言っても仕方ないことなんですけどね・・・。


 

 漫才師にとってネタと言うのはもちろん重要なものです。全ての評価が決まります。内容がいくら面白くても、その面白さが人に伝わらなければ、意味がありません。伝わりやすくするために、色々なことを考えます。例えば、話の流れ、ボケの順番、つなぎの言葉・・。特に若手のうちは、ネタの持ち時間は3分とか5分とか限られています。その短い時間の中で、たくさん笑いを取ろうと思ったら、一言一句無駄にすることなどできません。漫才の中に出てくる言葉には全て意味があります。意味を持たせるためには、ネタの構成という事が重要に成ってきます。



 突然ですが、人が面白いと感じ笑う事ってどんなことだと思いますか?


結論から言いますが、もちろん様々な要素がありますが、一番多いのは「落差」です。

いかに落差を作り出すか?これがネタを作るうえで重要なウエイトを占めています。そのために必要なもの・・。それがお笑い用語で言うところの「フリ」と「オチ」に当たります。


では、具体例を紹介します。


「昨日、新しいはしを買ったんやけど、これがものすごく重くて、めっちゃご飯食べにくいねん。」

「そうなん、どんなはしを買ったん?」

「瀬戸大橋。」


面白くないのは私に発想力が足りないからであって、理論がわかっていただければ充分です。ですが、この内容でも間に注意さえすれば、笑いを取れるんじゃないかな?と思います。


まず、はしを買ったという話題があります。その後に、ご飯が食べにくいという一言を付け加えることによって、聞いている人に食べる時に使う箸を想像させます。これが、いわゆる「フリ」に当たります。ですが、実際に買ったのは橋だという「落差」をつくることによって笑いが生まれます。この落差がいわゆる「オチ」に当たります。笑いは生まれるかもしれませんが、面白いことは何一つ言ってませんよね?面白いことをいわなくても、笑いが取れるというのはこのことです。


 この「フリ」は何も言葉だけではありません。ものすごく簡単な例を挙げます。


  「男前じゃない人が、自分のことを男前だと思っている。」


これだけで、もう「フリ」と「オチ」の関係が成立します。つまり、「フリ」で聞いている人に思い込ませ、それを裏切るようなことをするのが「オチ」になります。


 これはネタにおいても基本でとても重要なんですが、トークでも重要になります。今度、トーク番組を見るときはこの「フリ」と「オチ」を意識して見てください。ものすごい技術の応酬が繰り広げられていることに気づいていただけると思います。


 というわけで、この構成というのは全てにおいて基本になるものなので、みなができることなのですが、その中でも、1組代表的なコンビを挙げておきます。


 アンジャッシュさん


コントですが、この人たちのネタには無駄な言葉が一言もありません。いつもいつも、うまいなあと感心してばかりです。興味のある方は、一度、ネタを見てノートに書き出してみてください。ほんとに無駄な言葉が1つもないですから。





 


 では、今回は4の発想についてです。


 発想とは言い換えるならば「センス」、もしくはそのものずばり「面白いこと」になります。つまり、芸人さんにとっては生命線になる部分です。


 例えば、みなさんが街を歩いている時に、見知らぬ人から突然「面白いことをしてください。」と言われたとします。さて、みなさんはどうしますか?



 たいていの場合、顔芸、変な動きをする、ギャグを言う。このどれかに当てはまるのではないかなと思います。それで笑いを取ったとしても、それは発想による笑いには当てはまりません。むしろ、キャラクターによる笑いに当てはまると思います。


では、発想による笑いとはどういうものでしょう?


抽象的な表現になりますが、それは「ゼロから生み出される笑い」です。


 この発想力に優れた芸人さんと言えば、ダウンタウンの松本さんが代表的な方になります。日本一、いや世界一でしょう。


 もし仮に、松本さんが街で質問をされたらどうするか?おそらく、動きやギャグなど一切使わず、何か一言言うだけでしょう。それで、笑いをとるでしょう。みなさん、是非一度考えてみてください。見知らぬ人を笑わせる事ができる魔法のような言葉を!友人や知っている人ならば、笑わせられる言葉というものはあります。ですが、見知らぬ人となると思いつかないと思います。それが、松本さんが天才と呼ばれる所以です。


では、少し具体例を挙げてみます。これは、私のとある先輩芸人さんが大事な打ち合わせに遅刻してしまった時の会話です。


「おはようございます。遅くなりました。」

「○さん、何で遅れたんですか?」

「いや、肉球がちょっと・・・」


ちなみに、この一言でこの先輩は無罪放免になりました。


これが、発想による笑いです。


 ですが、「それの何が面白いの?」という方もいらっしゃると思います。当然です。感性は人それぞれ千差万別だからです。有名な話ですが、ダウンタウンさんがデビューしたての頃、その面白さが理解されず、舞台に立っても、全く笑いを取れなかったそうです。ですが、当時、紳助・竜介というコンビで人気の絶頂にいた島田紳助さんが舞台袖から、そのネタを見て、「こいつらには勝てない。同じ場所で勝負しても恥をかくだけだ。」と解散を決意したそうです。それくらい、温度差が出やすいもの・・・。それが、発想による笑いです。



 ですので、この発想だけでは俗に言う「売れる」状態になるのは難しいでしょう。(逆に言うと、発想を前面に押し出して売れたダウンタウンさんがどれだけ凄いかという事になるんですが・・・。)この発想を、聞いている人にわかりやすくして、理解してもらうという作業が必要になります。それが、ネタの構成です。


 実は、構成さえしっかりしていれば、面白くないことでも笑わせる事ができます。


 というわけで、それはまた次回お話させていただきたいと思います。




 

 では、本日は③の技術・話術についてです。


簡単に言うと、しゃべくりのうまさ、表現方法のうまさ、ということです。お笑い用語で言うところの「間」とか「テンポ」とかがこれに当たります。


今の若手芸人さんで例をあげて見ます。

 ・中川家さん

 ・ますだおかださん

 ・フットボールアワーさん

 ・キングコングさん


個人的に、この人たちは本当にしゃべくりうまいなあ、と見ると思います。ただし、もちろん今売れてる人たちというのは技術・話術というのはみんなが持っているんですが、この方たちは特に・・と思います。



 では、どういうのを話術がうまいというのでしょうか?


・テンポが速い(心地よい)、リズムがある

・抑揚があり、聞きやすい。


 この2つだと思います。テンポが速い(心地よい)と聞きやすいですよね?また、抑揚をつけると、面白い部分、笑わせたいポイントを際立たせることが出来ます。つまり、聞いているお客さんに対して、わかりやすく、伝わりやすくなります。


逆のケースを考えてみてください。テンポが心地悪い。ずっと一定のリズムで聞いていて変化がない。絶対、おもしろく聞けないはずです。


ただし、上記に当てはまらない一歩間違うと聞きにくいスタイルの漫才をしてるコンビもあります。


 ・ダウンタウンさん

 ・おぎやはぎさん

 ・笑い飯さん


 どうでしょうか?この人たちのしゃべりは速くはないですよね?最初からテンションが変わらないですよね?


これも誤解がないようにしていただきたいんですが、この方たちはきっと、普通の漫才もできるはずです。だけど、あえてしてないんじゃないかな?と思います。

例えば、おぎやはぎさんは、ボケに対してつっこむ時にわざわざ間をあけて、遠まわしにつっこむことで笑わせてます。これは、基本が分かってるから出来ることだなと思います。

笑い飯さんは、いわゆる「ヘタウマ」というもので、あまりテンポが速すぎると逆に笑えなくなるネタの作り方をしています。ただ、笑い飯さんは最近うまくなってきてるのがちょっと心配なんですが・・。(去年とおととしのM-1を見比べるとすぐわかりますよ。)

ダウンタウンさんは、間違いなくあえてしていません。なぜか?それは、ある部分の能力が桁外れに凄いからです。今でも間違いなくNO.1だと思います。それが天才と呼ばれる所以です。


次回は、その松本さんが持っている部分についてのお話になります。


補足ですが、この技術・話術は一朝一夕にできるものではありません。練習の日々で得られるものです。ですので、漫才師らしい漫才師というのはこの要素を大事にしています。ですので、漫才師としては評価して欲しい部分じゃないかなと思います。


ちなみに、個人的に技術がすごいと思う芸人さんとしてその凄さを是非味わっていただきたいなと思うコンビがいます。それは・・・やすし・きよし師匠です。今見てもその技術は色あせて見えるものではありません。












 みなさんは漫才を見て、どういうところを面白いと感じますか?



 キャラクター。動き。ネタ。言葉。発想・・・。


いろいろな要素があると思います。


 というわけで、今回は漫才における面白いと感じる部分について、勝手に分析してみたいと思います。


結論から言いますと・・・


1、動き

2、キャラクター

3、話術・技術

4、発想

5、ネタの構成力


この5つの要素から成立っているのではないかというのが、3年間の中で見出した私なりの結論です。もちろんこれ以外の要素もあるので、大まかに言えばですが・・・



ちなみに、1⇒5の順に表面化しにくい、つまりわかりにくいということに成るかと思います。



このうちの最初の1、2に関してはそのままです。見たらわかる部分ですかね?


この部分が秀でた芸人の例を挙げてみます。


・レイザーラモンHGさん ・ダンディ坂野さん ・江頭2:50さん


こういった方達が当てはまるかなと思います。


特徴としては、・わかりやすい ・はまれば強い ・消費されてあきられやすい


こういった感じではないかなと思います。


ただし、ここで一つ誤解なきように・・・


 彼らは、お客さんや視聴者のニーズや好みを分析して、キャラを作り出しています。何度も何度も試行錯誤を繰り返して!



彼らはいわゆる「消える芸人」によく分類されやすいという特徴があります。ですが、そんなことは本人達が一番よくわかっていると思います!そうなったら、押し通すか、変えるかという選択を迫られます。折角、努力して苦労して手に入れた武器を!



ちなみに、私はこういう芸人さんたち大好きです。いつまでも愛されるべきキャラクターを生み出しているのではないか思います。はまれば、本当に面白い!


 

 さて、次回は続き、3以降について書いてみたいと思います。

 

 プロフィールにも書いてある通り、私は関西のとあるプロダクションで約3年間、プロの芸人として活動していました。もちろん全く無名でしたし、誰も知らないと思います。ですので、ああだこうだえらそうなことを言う資格はないし、面白い、面白くないなどと批評する気はさらさらありません。ですが、やめてからまもなく3年がたとうとしていますが、あの世界は今でも大好きです。毎日、どうすれば笑ってもらえるか胃が痛くなるほど考え、報われることは少なくても、その報われる一瞬の刹那を求め、進み続けた日々・・。少なくとも、28年の人生の中で最も充実していた時でした。そんな世界で得た経験は現在の私の宝物です。

 その世界から離れて、はや3年。今でも、そんな日々を送っている友人・先輩がいます。自分を信じて。すべてを捧げて。レベルは違えど、その辛さ刹那さは痛いほど分かるつもりです。ですが、その苦労はほとんど理解されていないと思いますし、誤解されている部分も多いと思います。そんな状況に歯がゆさを覚えたりもします。願わくは、全ての芸人に幸あらん事を!そんな願いをこめて、書き綴っていきたいと思います。