泣きバイ
マジックの話はしましたが、わたくしどうやら胡散臭いものは何でも大好きなようで、夜店も大好きです。
現在の露天商の人は、大学生のアルバイトもいるような明るさですが、昔は中国の悪質業者もビックリと言うあくどさでした。
今なら、いや、その頃でも詐欺だったのでしょうが、お正月も3日目になり街中に人が溢れかえるころ、繁華街のはずれに誰もが足を止めるような光景を発見しました。
真冬の歩道に、薄汚れた格好の少年(その頃の私より少し上の5~6年生くらい)が泥だらけのムシロを前にシクシク泣いているのです。
同じ年頃の子供を持つお父さんなどは無条件に足を止めます。
一人が足を止めると人だかりになるまでは一瞬です。
人々の好奇心、心配などが最高潮になった時、少し崩れた感じの男が少年に声を掛けます。
「どうした、泣いていちゃー何も分らないだろう。おじさんに言ってみな」そう言われると子供がオジサンの耳元で口を動かしますが、口だけでのどが動いていないように見えますが、オジサンは、それを大声で目の前の人たちに通訳します。
「何々、父ちゃんの勤めていた工場が年の瀬に火事に遭い倒産して、退職金代わりに水をかぶった万年筆を貰ったが、お金が無いので自分が売りに来たが、どうやっていいのか分らず泣いてしまった」と立て板に水のように解説します。
しかし、ムシロの上の万年筆と言うのが泥だらけなのは、百歩ゆずって火事に遭ったせいだとしても、考えられないのは、まだ濡れているのです。
これは、万年筆がただ並べてあればインパクトが無く、乾いた泥だとゴミにしか見えないと言う理由があるのでしょうが、小学生が見てもうさんくささイッパイなのですが、口上は続きます。
「こんな泥だらけじゃわかんねーだろ、ちょっと洗ってみな。お、こりゃーパーカーじゃねーか、百貨店で買えば2万3万する代物だ、え、幾らで売りたいんだ?」と少年が耳元でモゴモゴ言いますと、「何、オジサンにまかせますだと、分った。どうだい皆さん、2万3万の品と言ったって泥だらけだ、ここは、2千円でどうだ!助けてやろうじゃないか」この声をきっかけに飛ぶように泥を拭った万年筆と千円札が交換されていきます。
今なら誰もが鼻で笑って相手にしない様な筋書きで、皆だまされていたのですから本当に優しい時代だったのですねー。
長い年月が経ち、この詐欺が「ナキバイ」と言う名だとしり、ほんの数年しか流行しなかったことも知りましたが、今でもこんなにハッキリ覚えているのは、同じ年頃の少年の痛々しさだけは、本物だったからでしょう。
車が来た
長年使用してきた愛車も、とうとう寿命が来て車を探してもらっていたのですが、ようやく車が納車されました。
私は、原付免許しかもたず、仕事には家内の運転でお伺いしています。
元々、車への興味が無かったせいも有りますが、夫婦そろって5歳児なみの車の知識しか有りませんので、信用できる近所の整備屋さんのお爺さんにお願いして何時も中古車を探してもらっています。
なにせ5歳児なみですので、「白っぽい、ステーションワゴン」位の条件を出しませんが、このお爺さんは、やたらすると2つの条件すら無視して探します。
最初に探してきたのは、白でもステーションワゴンでも有りませんでした。
確かに相場よりも、かなり割安では有りますが、仕事道具も乗りませんし、丁寧にお断りしました。条件よりも懐具合を心配してくれたのだと思います。
そして、何とか明るい銀色の大き目のワゴンを探してもらい、ようやく昨日納車されました。
用事が有ったので、説明を聞くのもそこそこに出発すると「この車、出だしが悪いわ」と家内が言います。
更に「加速もかなり悪いわ」と言います。
これは、用事をすませたら、返って一度見てもらった方がいいかなと思いながら走っていると、今度は「何処かドアが開いていない?ランプが点いてるの」と言いますので、覗き込むとサイドプレーキ警告灯です。
「サイドプレーキ引きっぱなしだよ!」と叫びました。
足でサイドブレーキを掛けるタイプだったので、解除も足だと家内は思い込んでいたようで、更に強くサイドブレーキを掛けた状態で発進していたのです。
動きが重いはずです。
一緒に乗っていた娘が「このまま走っていたら、煙が出て来る所だったよ!」と言いました。
ほー、車音痴の家の中では、まともな発言だと思い「良く知ってるね」と言いますと「この間、私もサイド引きっぱなしで運転して煙が出てきたもの」と娘が言いました。
血筋です。
おまけ
電通のお客様に面白いお話を教えてもらいました。
こちらです。
http://www.nakamurahiroki.com/2010/04/31.html
文字を読んで声を出して笑ったのは久しぶりです。
毒をもって
一時期、電車の中で若い女性が化粧をすると言うのが問題になり、迷惑防止条例での規制も検討されていました。
化粧をする方の言い分は、「誰にも迷惑を掛けていない」でした。
これは、想像力が欠如しているとしか考えられません。
それならば、直接的な方法で分って貰うしかないと思い、考えだしたのが「オジサンのズボン直し作戦」です。
現在では、ほとんど見かけなくなりましたが、昔オジサンは、人前でも関係なくワイシャツがずれた時、ズボンのベルトをはずし、ジッパーまでおろしてワイシャツを直したものです。
太ったオジサンにその傾向が多かったのですが、それは、ベルトをする位置がお腹の出てる部分の頂点より下に有るので、段々ズボンがずり下がりワイシャツがはみ出てしまうのです(下図参照)。
それを防ぐ為の固定ベルトも有りましたが、それでもずれて気持ちが悪くなると所かまわず直していたのですが、家族などの非難が凄まじく現在では絶滅危惧種になっています。
その「ズボン直しオジサン」を「化粧女」にぶつけるのです。
「化粧女」は、誰にも迷惑をかけていないと言いますが、同じ論法で行くなら目の前で、いきなりベルトをはずしワイシャツを直すおじさんも迷惑をかけていません。
なれたオジサンは、決してサルマタなどを見せる事無くワイシャツだけを直しますので、前の「化粧女」が見るのは、ワイシャツの下の方のみです。
それでも目の前の女性は、ビックリするでしょうね。
両者に共通するのは、「迷惑」の中に他人の不快感を入れていない事です。
