世界統一戦
昨日の井岡、八重樫、両選手の世界統一戦すばらしかったですね。
近年の無理やり作られたチャンピオンではなく、英才教育と積み重ねた努力と言う違いはあれど、本物のチャンピオン同士の1歩も引かぬ折れる心を持たぬ者同士の試合でした。
まぶたが腫れあがり不利と思われる八重樫選手の方が、より丁寧にラウンド毎の挨拶をしていたのが印象的でした。
そのリングサイドに懐かしい顔がありました。
辰吉丈一郎選手です。
試合はしていませんが、生涯現役を貫いているので、今でも「選手」です。
ボクシングのダウンは我慢できる物ではないと、プロから教わりました。でも、時に常識を超える試合があります。
辰吉丈一郎選手の試合でした。
昨日の1戦を往年の「辰吉、薬師寺戦を思い出させる」との評もありましたが、その試合ではなく、1999年タイの選手との再戦です。
その年亡くなった父の遺影を持って現れた辰吉選手に正直、あざといと思いました。
いえ、元々パフォーマンス先行の辰吉選手に好印象は持っていませんでした。
しかし、その試合で7回レフリーストップで止められるまで、辰吉選手はダウンする体を意志で、思いで支えました。
ソファーに寝転んで見はじめ、最後には正座して応援していました。
ボクシングが好きな気持ちも、父に対する思いも、すべて本物だったと気付かされました。
金スマで見て以降目にしなくなっていた辰吉選手が昨日の試合でコメントを求められてい
ました。
辰吉選手は、「両選手どちらかにポイントを入れねばならないんだけど・・・何ゆうてんのか自分でもわからん。」とコメントしました。
・・・何ゆうてんのか自分でもわからん。
典型的なボクシングの後遺症です。
それでも言いたいことはわかりますよ。
あなたも、そんな試合をいっぱい見せてくれたから。
人には滅びを・・・滅ぶかもしれない道を選ぶ権利があるか?
登山をテーマにした小説の一節です。
辰吉選手を見ていると、「ある」と答えてしまします。
あー、世界統一戦の話だったのに。
有れかし
「健全な精神は健全な肉体にやどる」は幼いときはクーベルタンの言葉だと教えられました。
その後、演説の前に教会で神父さんの説教の一節だったとも教えられ、そのまた後ユウェナリスの風刺詩集の一節だった事が判明しました。
本当は「健全なる精神は健全なる身体に宿り有れかし」が近い訳だと思います。
「有れかし」あって欲しいという願望、祈りです。
健全な肉体に健全な精神が宿ることは、難しいのでしょう。
腕力が有れば、理で通らぬ時に行使したくなります。
同郷の者として残念です。
ゆるキャラ仁義なき戦い
ゆるキャラグランプリ2011において、「くまモン」が優勝しました。
私は地域も関係なく「くまモン」が大好きで毎日投票し応援していましたので、とても嬉しいのですが、その途中で腹立たしいことも多々おきました。
ゆるキャラ自体には責任は無いのですが、途中突然1位になったキャラクターは、ネット上で「キモイから1位にしようぜ!」という呼びかけでソフトを使用した大量得票で1位になりましたが、当局も問題視し得票は取り消されました。
しかし、不正得票はこれだけでは有りません。
1位との得票数が開くとわずか30分の間に2位に数千票が投ぜられたりするのです。
考えて見れば、自然発生的に出て来たキャラクターなどなく県または、市町村単位で何らかの目的のために有名デザイナーなどがデザインしたものですから、費用対効果は求められ、更に上位になれば組織をあげての応援は当然かもしれません。
しかし、どのゆるキャラも最初から全国制覇など考えて作られた物は無いと思います。
地域の人に愛されるようにと作られたはずです。
私は、「くまモン」が2位でも10位でも全てがきれいな投票なら喝采します。
好きですから(えー歳してはずかしくもあります)。
まー、気持ち悪いから入れようと画策されたキャラクターも「動きが良い!」と本当に応援する人が出てきたのは、救いでした。

