訪問理美容ダイロク -29ページ目

夜店2(生き物編)

昔の夜店には、変わった生き物がいました。


カラーひよこです。


赤、緑、青など(黄色が無いのは当たり前)原色のひよこが売ってありました。


「どうやって色を着けるの?」とテキヤのオジサンにたずねると、「卵に色を塗って置くと中に染みるんだよ。」と

大嘘をこいていました。


本当は、大きくしてもエサの無駄になるオスのひよこをタダ同然で仕入れ、原色の染料に漬けるのです。


そのままでも殺されるのですが、染められても弱って死んでしまいます。


カワイソウです。


現在は動物愛護の精神から禁止されていますが、最近でも染めて無いひよこを「メスだよ、卵産むよ!」にだまされた近所の子供が大きくなってトサカの大きくなったニワトリのコケコッコーに起こされています。


しかし、夜店の「大きくならないよ」と「メスだよ」は信じてはいけません。


ミドリガメとして売られているカメは、アカミミガメと言う種類のカメで、かなり大きく(30cmほど)なります。

近所の土手を散歩しているアカミミガメを2~3回見たことが有ります。


大きくなって可愛く無くなって捨てられるのです。



サーカス、サーカス

昔見たものシリーズ、今回は、サーカスです。


子供の頃に見たサーカスは、お正月と共に現れ何時の間にか消えていました。

安い木戸銭を払い中に入ると、高額な座布団を買わねば良い席に付け無いと言う汚いやり方をしており、子供一人で行った私は、ごねにごねまくり。
座布団無しで、一番良い席に陣取り見物をしました。


空中ブランコや金網の中を疾走するバイク、目の前で見た割には興奮しませんでした。
テレビの中のサーカスの方が、派手な上に団員がイキイキしていたからでしょう。
その頃のサーカスには、演出と言う概念が無かったのです。

しかし、それから数十年後サーカスは、又、やって来ました。
今度は、昔の自分と同じ年頃の我が子を連れて見に行きました。
今度は、演出も構成もすばらしく、子供も食い入る様に見て、楽しんでいました。

しかし、前回と違うのは、それだけでは有りません。
今回は、サーカスがやってくるという情報が早くから入っていたので、テントを張る所からじっくり見ることが出来ましたし、サーカスの人が常駐している公園の前の屋台でも、色々な話を聞く事が出来ました。

まず全国を回る大きなサーカスは、2つ有るという事、何十年か前に来たのは、今回の団体では無いと言うこと、居住用のプレハブは、マッチの箱の様になっており中の箱を引き出して、1DKを2DKにすることなどを聞きました。

屋台で一緒になった最年長のお婆ちゃんからは、もっといろんなことを聞きました。


何と、衣装の製作修理は、そのお婆ちゃん一人でやっていると言う事で、「大変ですねー」言いながらお酒は進み、「男の子は、サーカスに入る気持ちは判るけど、女の子はどうやって求人するのですか?」と質問すると「巡業の最中に空中ブランコ乗りに恋をして入ってくる子が多いね」その上かなわぬ恋が多く、そのままサーカスの

魅力にとりつかれ巡業して回り、何処かでやめて行くそうです。

ロードムービーのようです。

酔ったついでに、長い事脅し文句に使われていたアノ事を聞いてみました。


「昔、悪い事をするとサーカスに売るよ!とか言われたんですけど、そんな事無いですよねー」と聞くと。
「何を言っているの、今時そんなこと有る訳無いでしょう」と言いその後「あたしが最後だったわよ」と一言・・・って冗談ですよね!!

見世物小屋

少年の頃にショックを受けたシリーズ第2弾「見世物小屋」です。

わたしが少年の頃には、サーカスの巡業と一緒に「見世物小屋」もついてきていました。

独特の「親の因果が子に報い・・・」とか、定番の「お代は、見てのおかえりだよ」などの口上を呼び込みのお兄さんが枯れた喉で語っています。

看板には、ニワトリにかぶりついているヘビ女や、探検隊に襲い掛かるカッパなど2ccほどお漏らししてしまいそうなキツイ絵が描いてありました。


呼び込みのお兄さんに「本当に生きているカッパを見れると?」と聞くと「ああ、動いとるよ」と保障します。
それを聞いた私と悪友は、列に並びました。

入ったと同時にカッパとご対面できました。


泥水に毛の付いた皿がプカプカ浮かんで動いていますが、決して顔は見えませんと言うか有りません。


後で悪友とテントの裏に回り中を覗き込むとイス座ったおじさんが木の棒を踏んでいました。

子供にもその先にさっきのカッパの頭が有るのは分ります。


気配を感じ振り向いたおじさんにもの凄い勢いで怒鳴られました。

皿だけのカッパの次は、ヘビ女です。


もちろん鱗はありませんし、ニワトリも食べません。


鼻にクサリを通したり鼻からヘビを入れて口から出したり、要領としては、ホッシャンと同じです。

最後に女性の小人が出てきて、柔軟体操のような事をして大体の見世物は終わりです。


お題は見てのお帰りとは言いますが、「こんな物に金が払えるか」言える訳も無く子供にしては痛い金額を払いました。

見世物小屋は、その当時でも残り少なく、現在では1~2組しか残っていないそうです。


私の見た本で小人症の女性のインタビューが載っており、楽しかった事や、最近の情勢で、商売がしにくくなった事を嘆いていました。

この手の嘆きは、小人プロレスでも有り、小人プロレスのエースがテレビに出してもらえなくなった事を嘆いていました。

少し前までは、ドリフのコントに出たり、映画に出たりしていた小人症の人ですが、現在では存在しない事になっているようです。

ドリフのコントに出ていた人も、子供と同じ様な体系なのでテレビに出られたので、手足が極端に短い人は出られなかったそうで、その人の憤りも本に書いてありました。

モチロン望んでいないのに、見世物扱いするのは許されませんが、演技をしたい人やテレビに出たいと思っている人は、体の形に関係なく能力や役割りが有れば出る可能性を奪ってはいけないと思います。

アメリカでは、身障者の人専門の組合が有り、スターウォーズのR2D2やETの中に入ったり、片腕や片足が無い人の役など、多彩な役柄を演じています。

可愛そうだから、誤解を招くから人に見せないというのは、見られる側の視点を無視していると言う点で、見世物小屋時代の観客と同じです。

小人プロレス発祥の地メキシコでは、小人プロレスラーを体が小さいから好きなプロレスラーに成れたと言う理由で「ラッキーマン」と呼ぶそうです。