おはようございます!
AYAMIですニコニコ


今日も日常で気づいたこと・感じたことをアウトプットしていきたいと思いますグッ






「将来の夢は何ですか?」
「大きくなったら何になりたい?」


小さい頃
大人に聞かれたり
学校の授業の課題だったり
幼稚園や小学校の卒業アルバムに書いたりした記憶がある


その答えは
「お花屋さん!」とか
「お医者さん!」とか
「仮面ライダー!」とか


“名詞”での答えになる


そらそうだけど…
『何に』なりたいという質問には、“名詞”になることが正解だろうからね


そうやって夢に対して“名詞”で追いかけて
夢の職業になったときや
働き出した時
もしかしたら追いかけている最中もかもしれないが


「なんで?この職業になりたかったんだろう?」


って不意に思うことが出てくるかもしれない





先日
フジテレビの『僕らの時代』を拝見していて
関口メンディーさんが言っていた


肩書きなんかなんでもいい。
人を喜ばせ合戦をしている。
職業なんて全て手段である。


と言ってた


そして

日本はいい意味でも悪い意味でも職人気質なところがある

とも言っていた


めっちゃ共感すると思ったびっくり


小さい頃から聞かれてきた
「大きくなったら何になりたい?」は
目標や目的ではなく
手段であること


目的は
「人を喜ばせたい」とか
「誰かのためになることをしたい」とか
「自分を表現したい」とかであるなと


そのために
お花屋さんになったり
お医者さんになったり
仮面ライダーになったりするんだと


職人気質が強いと
プロとして
その職業に対してなんでも答えられたり、なんでもできたりするのが当たり前であって中途半端は許されない


というような考えがあると思う


業界のルールが強く根付いていたり
新しいことをすると非難されたりする


その考えもあるだろうが
強すぎるのはその人自身を苦しめないだろうか




「人を喜ばせよう」というのを目的にすると
どんな視点からも達成することができる


だからこそ
職業はなんでもいいのだ


何になりたいかではなく
どんな人になりたいか


その思いがあれば
なんでも、どんな形でも目的を達成することができる


関口メンディーさん
ありがとう!
忘れかけてこと思い出したよ照れ


おはようございます!
AYAMIですニコニコ


今日も日常で感じたこと・気づいたことをアウトプットしていこうと思いますグッ






忘れてもいいこと、忘れないほうがいいこと、忘れたくないこと
日頃生活していると出てくる


ちょっと衝撃的な出来事だったので
ダメな人は控えてくださいねお願い




先日近くで事故が起きた
バイクと子供の接触事故


私は大きな音がした音、部屋からのぞくと子供が大きな声で泣き叫んでいて
いろんな人が大声で叫んでいた



救急車呼んで!
警察は?
おかあさーん
いたいーーー


いろんな大きな声がいろんな所から聞こえてくる



今も思い出すとあの光景が出てくる



あまりそのような場面に出くわしたことがないため
私の中では衝撃的であった



その場で同じような状況で
現場を見た人はショックが大きかったのか
動けなくなってしまい
近くのお店の人に休憩していきーって言われて休憩していた



その時間はそんなパニック状態であった



2日後
同じところに行く



そこはもう何もなかったかのように
いつも通りの時間が流れていた



近所では立ち話をしている奥様達
お散歩をしている人
お店の準備をしている人



穏やかな時間が流れていた



あの時あの場所にいたことで出くわした状況
あのようなことがいつでもどこでも起きる可能性があるということ
忘れてはいけない



でも、常にそれを感じながら日常を生きていくのは
他のことに影響をおよぼすことがある



日常いろんなことをしていると
いろんな他の出来事を次から次へとしていると
その出来事が記憶から追い出されている



それは脳の性質上
要らないと思うものは消去して
新しい情報を入れるようになっている



その事故の出来事も
ずっと頭の中を占領していたら
他の事に手を付けられないだろうし
自分もそのようになったらどうしようと思って
不安で何にも出来なくなるだろう…



でも、この出来事は記憶の片隅にでも
ずっと持っておいたほうがいいと思う出来事だと思う



そのまま片隅に残しておくのではなく
このようにならないように普段から気をつける!
そして、そのためには?どうするか?ということを
残しておきたい



今まで
私たちはいろんな経験をしてきただろう



その度に
嫌だったこと、失敗したこと、恥ずかしかったことなど
ネガティブな出来事もたくさんあったと思う



その時に
それをどう昇華するか
次同じような事が起きたときに何をするのか



その出来事をそのまま記憶しておくのではなく
じゃあ、どうする?という段階まで考えてから
記憶の片隅に置いておく



でもそれでも
日頃の出来事ですぐ脳はいっぱいになるからこそ
何かにその時の出来事や思考の流れを書き起こしておく方がいいと思う



忘れたくないこと、忘れないほうがいいと思うこと
日頃の思考.感情を大切に
違うところに残しておこう!



私はそう思って
このブログを書いたり
簡単な日記を書いて
日頃の振り返りをしてます照れ


おはようございます!
AYAMIですニコニコ


今日も日常感じたこと・気づいたことをアウトプットしていこうと思いますグッ





私の人生いつも“後出しじゃんけん”やん…


自分から出さない
出せない



誰かの真似
どこかで見た、聞いたことをやってるなーって思う


自分の気持ちや思考がどうか?
それは本当に自分の中から出たものなのか?


よく考えると
こないだ〇〇さんから聞いたことを言っているな


自分から出そうとしてみるが出せない
それが自分自身を見た時になんかイライラする


“自分”ないんかーいって思うショボーン


誰かがやってるからやる
しかも自分の知ってる人、自分の身近な人がいないとできない



中学生の頃
友達が入るって言った部活に入ることにした


大学生の頃
友達が入るって言ったバイト先に入ることにした




でも考えてみた電球


誰かの“後出し”かもしれないけど
それをする
それを言う
を決めいているのは私やん!


それをしなくてもいいかもしれないけど
やるって決めているのは私


“後出し”して
勝つとか負けるとかないやん
自分にとっていいか悪いかやん


結局、人は成長している過程で
誰かの真似をしながら生きている


赤ちゃんの頃から
親の真似をしたり
周りの大人や兄弟の真似をしたりしながら大きくなってくる


それも結局は後出しなんだろう


でも、それをしながら
慣れてきて自分のものになってきて
少しずつ自分流ができてくる


初めは
誰かの“後出し”になる


悩みもきっとこの世界で自分1人だけが悩んでいる特殊なことではないと思う
先人にも同じ悩みをしていた人がいると思う


その人たちがどう悩み、どう感じ、どのように解決したのか


それを学ぶことで
自分の悩みも解決するかもしれない


でも全く同じではない
何かと何かが混ざり合ったり
どこかで自分のエッセンスが入ってくる


そこが自分独自のものになり
また誰かの真似のお手本になるかもしれない


だからこそ
“後出し”はこれから成長するための種だろう


そしてその種を成長させるときに
どれくらい水を上げるか
どれくらい日に当てるか
どれくらい肥料をあげるかは
人それぞれであり
どんな大きさの花が咲くか?実ができるかは
人それぞれである


そこにその人独自の個性が出てくるのであろう


そしていろんな後出しの種を蒔いた庭には
他では出せないものが作り出されているに違いない


それは絶対“後出し”ではでないもの


だから
最初は後出しでもいいじゃないか!と思った次第です…照れ

おはようございます!

AYAMIですニコニコ



今日も日常生活で感じたこと、気づいたことをアウトプットしていこうと思いますグッ






『環境の影響』はとてつもないと感じている今日この頃...アセアセ




自分の中で当たり前と思っていたことも
実は環境によって作り出されてものなのかもしれないと思った



小さいころからの習慣・当たり前
知らないうちに自分の中で決めて無意識にしていること
その環境の中では当たり前になっていること



なんとなくでやっていること
なんで始めたのか、いつ始めたかわからないこと



ふと、ひとつひとつの行動を見てみると謎だらけ



なんでこれをしているんだっけ?
ん?ただ昔からやっているからだな?ってことが多い



物を置いている位置
やる順番



実家から出てからも
実家でいるときと同じような習慣を行っていることがある



無意識にやっている自分の癖



きっと私が生まれ育った環境によるローカルルールが強いと思う
そして自分の中で勝手に作り上げたルールによるものを思う



だからこそ
違う環境になるとそれは当たり前じゃ無くなるし
180°変わってしまうこともあるだろう



一つ物の置く場所を変えるだけ
一つやる順番を変えるだけで
効率よくなったり、見え方が変わったりする



そこにいるだけだと気づかない
同じ場所から見てるだけだとわからない



それを最近身にしみて感じている






よく『常識を疑え!』とか『当たり前を当たり前と思うな!』って書いてあることがあるけど
最近それは本当だなって感じてきている



『多様性の時代』と言われている今日この頃



「多様性の時代だもんな」って言っている人に限って
あなたと私は違うから分かり合えないと線を引かれているように感じる



私の常識じゃないから、あなたは非常識!と決めてしまって
でも、こんな時代だから否定するのは違う…
わかって“あげやな”と上から言われているように感じる



それって本当に多様性を理解しているのか?と思う



その常識は本当に常識なんでしょうか?
みんなの当たり前なんでしょうか?



その前に常識ってなんなんだろう
当たり前ってなんなんだろう



みんな同じ見え方や考え方をしてるわけじゃない!というのが常識なんだろうか?



そう思った時に
同じものを見た時でも、他の人がどのように感じるのかをもっと知りたくなった
そしてその前に自分がどのように感じているのかをしっかり理解する必要があると思った照れ



そしてずっと同じ環境に居続けるのではなく
少しずつでも変えて
違う環境も見ることって大事だなって思った



そう思って早速
昨日は違う道から帰ってみた!
すると新しいお店が出来てて
知らない間に変わってるんだなーって新たな発見をしましたおねがい


おはようございます!
AYAMIですニコニコ


今日も日常生活で気づいたこと・感じたことをアウトプットしていこうと思いますグッ




「2人組を作ってください」


先日放送が開始したドラマ『いちばんすきな花』
その中のテーマの一つになっている
『2人組』


昔から2人組を作るのが苦手だった人
昔から2人組にさせてもらえなかった人
昔から1対1で人と向き合う事に怖さを感じている人
昔から1対1で向き合ってくれる人がいなかった人


それぞれの視点で描かれているが
共通しているのが『2人組』にネガティブな感情があるということ


このドラマをみて
共感し、心が揺さぶられ、しんどくもなり、自分の発見にもなった


自分が今まで辛かったことの1つ
違和感と思っていたことの1つを
ドラマの中で見せられているような気がした


私の場合はどうだったのか


2人組を作るのは苦手だった
1人でいることに疎外感や目立つ感じがあり
出来るだけ輪になじもうとしていた私にとっては
常に一緒にいる誰かを必死に作ろうとしていた
でも自分から作ることはできない
だからこそ
必要としてもらえる人になるよう努力していた


まあ今振り返るとそうだったのかな?って感じですけど…ニヤリ


小学生の頃
いろんな種類のペンを持っていって
「AYAMIちゃん貸して!」と言われることに嬉しさを感じていた


ノートも綺麗に書いた
先生の言っていることも含めて綺麗に書いた
「AYAMIちゃんのノートいつも綺麗だよね。ノート貸して」と言われて嬉しさを感じていた


必要とされることで誰かと一緒にいることができると思っていた
必要とされなければ私と一緒にいる人なんていないと思っていた


自分が相手にとってメリットがあるからこそ
一緒にいてくれるのだと思っていた


だからこそ
必要とされないように必死にしがみついて
相手のメリットになろうとすることを徹底していた


小学校の頃とかの授業中の「2人組になってください」という時間は恐怖である
自分を必要としてくれている人がいるのかという答えが出てしまうからだ


グループの場合は
相手の人の一番にならなくても入れてもらえるが
2人組なると
相手の人の一番にならないと入れてもらえない


相手にそのジャッジを委ねていた


自分が選ぶ側ではなく、常に選ばれる方


そうやって生きてきてしまった




ドラマの中でも言っていたニコニコ


2人というのは難しい。あらゆる人数の中で2人というのは特殊で、2人である人たちは理由や意味が必要になる。
2人は1人より残酷。2人は1人いなくなった途端、独りになる。
元々1人だった時より、確実に孤独な独りになる。
2人は強いに決まっている。
1人の人間は、2人の人間がいないと生まれない。
逆に3人以上の複数人というのは、1人の集合体でしかない。
個々の価値は間違いなく、2人の時が一番強い。


この言葉にすごく共感し、揺さぶられ、腑に落ちた


2人組になった時の喜び
でもそれと同時にその後の独りになる時の孤独
そしてまたその孤独を味わないといけないかもしれない恐怖
それだったら1人いたほうがマシだと思う気持ち
でも誰かを共感したいと思う気持ち
そして2人組の時の自分の強さ


同じようなことを感じたことがあるかもしれない


でもこんなことも言えるかもしれない


1人でいるときに孤独や恐怖を経験したことなどによって
同じ経験をした人同士が分かり合える
経験したからこそ、どうやって乗り超えたか経験したことがある


これか経験する人よりも強くなる
免疫ができる


恐怖や不安があることが
違う強さになることがある


そういう強さの武器をみんなもっているはず!
そのような強さをみつけていきたい!