道標を探して -8ページ目

道標を探して

 ただ、そこに進んでみたい道がある。
 仰いで見たい空がある。
 踏んでみたい土がある。
 嗅いで見たい風がある。
 会ってみたい、人がいる。


 今日もいつも通り朝6時に一度起き、昨夜ベッド脇に置いていたコップ一杯の水を一気飲みして、二度寝に入る。そして数分後、まさに「私はトイレついでに起き上がりました」といったような風体で目を覚まし、トイレに行く。

 そのあと、部屋に戻ってコーヒーを淹れて、ドリップしてる机に、ドリップを終えるまでの十数秒のうちに現代文の参考書を持ってくる。カフェ向けのジャズを聴きながら、コーヒーを飲みながら、解く。答え合わせをする。



 まだ、朝食をするまで20分ほど時間がある。引き続きカフェタイム。

 朝食。弁当を持って、
「行ってきます」

 そんな行程を通過するのが、最近の平日の日課になりつつある。

 こんな生活をしてみようと思い立ったのはもう1ヶ月も前になる。最初の頃は一つ一つが新鮮に感じられたが、慣れてしまった今では、良くも悪くも流れ作業的になっていた。

 自転車で学校へ行き、それなりに眠い授業をこなす。受けている時こそ長く感じるものの、放課後になってしまえばこっちのものだ。思い返しても教師が何を言ったかすら記憶にはとどまらない、味気ない授業が連続していただけのことだった。あっという間に帰りの自転車も家の近所に入り、自宅に着く。

 今日、ブログを書こうと思ったのはこのあたりだった。庭先には口の広い植木鉢があり、残暑も終わりかけた夏に元気をなくしつつも、10個ほど実を赤くしたミニトマトが植わっていた。その近くに我が家の白いデブ猫も寝転がっていた。



 その白い猫が僕に気づいて。「にゃあ」と一言。
小腹がすいていたこともあって、そのトマトを取っては食べ取っては食べ、としながら、そういえばあっという間にこのトマトの木自身も大きくなったな、と感心していた。すると、このトマトの苗を植えたのが6月だったことを思い出して、「3ヶ月はあっという間だ」という当然のことに衝撃を覚えてしまった。

 そういえばそうだ、この僕を好いていてくれる白猫も、子猫の時があった。僕が小学生低学年の頃だ。それが今では老猫(ろうびょう)の一員になってしまっている。そしてその白猫の前の代に黒猫がいたことも思い出した。

 思えば小学校に入学して、今が高校三年生。あっという間だった。これからも、例えば成人するまで、大学を卒業するまで、果てはヨボヨボのじいさんになるまで「あっという間」なのだろうか?

 そんなことを考えていると、ふとこんなことに気がついた。
 




















  あっという間に、食べごろになったトマトを食い尽くしてしまっていたのだ。





一言
トマトを「太陽の果実」と考え始めたのは、何歳のころからだったかな?



 最近、楽しいと感じることが増えた。

 なぜそうであるのか、よくはわからない。ただ、なんとなく感じるところはある。
それは、自分がすごく自由になったことだ。以前のように閉塞感を感じない。

 相変わらず世界は自分に牙を向けているようにしか感じない。
けど、そんな世界から少し位は目を盗むことができるようになったと思う。
たとえば、帰り道をバラバラにして帰りたい道を毎日セレクトするようになったり
受験勉強を始める前にコーヒーミルで豆を挽いてみたり


結構美味しいよ

 音楽を聴くタイミングも重要なことがわかってきた。
僕の場合は家に帰ってすぐと寝る前かな。

 でも、この楽しい理由は一体何から来たものが原因なのだろう?
わかるのは夏休みに入ってから僕の生活は非常に鮮やかな彩りを増しているといったことくらいだ。

公園で受験勉強したり、近所の喫茶店を巡ったり、模試に行ったり、嫌いな教師やあの野郎へ呪詛を唱えてみたり

 まあでも、きっとキーワードは「自由」なんだと思う。本当に僕はすごく自由になった。
暗い感情を多くは持たず、何がしたいとか、これをなんとかしたいとか、そういった「転んでも前のめり、起きるときには石でもいいから拾え」と言ったような、宙が位の精神が、もち僕が一番安定していたときの復活してきた。

まあ、いいことだよね。

 停学になるときまでだって、それなりにはいろいろと間違えた方法を試していた。
確かにあれらはスリリングだったかもしれないけど、ちょっとやることに対してはリスクが大きすぎた行動だったね。それに、なにより大きく心に響かない。

 言ってみれば、無駄な時間だったわけだ。
まあ停学に関しては反省はしてるよ。後悔はしてないけど。


 まあ、あいつが「これこそ聖書だ」なんて言わなきゃ俺の人生はもうちょっといい感じだったのかもしれないけど(まだ根に持ってる)。

まぁ、停学云々はブログ記事検索で勝手に見てもらうとして、だ。

 僕の人生って、こんなに楽しいものでいいのか? ここまで楽しかったことなんて過去に一度たりとも無いぞ?

 いや、むしろ過去17年間の苦がここに来て多少は返済されたんだろうか。だったらいいよね。

 停学時の僕は、確かに僕だった。でも、あの僕は世界が非常に色あせて見えた。いい意味でも悪い意味でも、刺激が少なかったんだろうな。まあでも停学って言う非常に楽しい、そして興味深い体験をさせてもらった。あれからだ、世界が本当に自分を楽しませてくれているのは。

 でもさ、つまらないときって本当に視界が色あせてるんだよ。あれには驚いたね。聞こえる音もにごってる。会う人間はごく少数を除いて全員が僕の世界のエキストラ。パンに浮いたちいさな、点みたいな青カビが僕の世界だとしたら、他は全部白カビ。真っ白なんだよ。次第にじわじわと僕の世界も白カビに侵略されていく。ひどい世界だった。

 皆はどう? まあここに来るのは99%日本人だろうから、コピペみたいに
「ちょっとの不幸と幸運と、刺激に少ない人生」なんていった小市民的な回答が多いかもだけど。

・・・ちょっと風呂敷広げすぎちゃったね。

久々に書こうと思ったら案外色々溜まってたみたいだ。
やっぱりある程度はガス抜きしないとなのかな。ちょっと更新頻度上げてみようか。

まあ、ちょいちょいこれからは書いていくつもりではあるけど、まだ少しの間はこんな調子だろうなぁ。

まあいいか


   一言

俺は   あの高校が   大嫌いだ

それより今日はー何の日だっけ?
ごめんね君には今かまってられないんだ。


ゆず「気になる木」の一節


なんか最近この歌詞が頭の中をグルグル回っててさ



そんな事はともかくとして、APORO君は明日ついに模試です。

 ちっとも嬉しくありません。
すいません、ちょっと楽しみです。

 いやさ、どうせもう受験まで半年も無いわけでしょ? だったら別に、もう模試の点数見て怖がる必要も無いかなぁ、なんて思ったりしてさ。

 正直やるべき範囲がわかってて受ける科目まで決まってたら、後は覚えるだけ。そんな試験があとに控えてるだけなら怖がる必要も無いし。

 まあでも、おそらくこの模試はキツいものになるでしょう。大体想像つくよ。

 この夏休みは問題を解く能力を鍛えることよりも、とにかく記憶量を増やすことに専念したから。
 しかも記憶を定着させるものじゃなくて、詰め込みまくって「うろ覚え」を猛烈に増やしたのが、この夏休み。

 まぁ、普通に考えて平均以外でしょう。だってあやふやなままなんだもん。

 しかしまあ、正直このうろ覚えを大量にする夏は絶対に通る必要がある夏だった。
 言ってみれば伸びしろを大量生産するための通過儀礼だったわけだしな。

 料理的に言うなれば、これで全ての下ごしらえは完璧すぎるほどに整った。

 あとはこいつらをセンター入試までにオレ流で調理していくだけよ。

 あ、でも母ちゃんには何も言ってないから「夏休み何してたんだ!」って怒鳴られそうだ。まぁネタは合格するまでバラさんがな。

 ……記憶の定着作業とか、超めんどい。

反復練習とか大嫌いなんだよな……


あ~はいはい、わかりましたよ。やればいいんでしょ? ったくめんどくせー

 とまれ、昨夜は徹夜、今日も丸一日起きてなきゃだから今晩は早めに寝ないとマズいな。

 めんどくせー
APORO君大忙し。

やるけどさ。




一言
髪切らんとな……

・・・・・・・っ!

 あ~、8月30日ももう終わる・・・。

 やだなぁ、学校行きたくねぇ。
大半のクラスメイトはプレーンなやつばっかりだし、授業はまるで教師が「早く定年にならねぇかな」と待ち呆け続けてるようなつまらんテンプレ授業。
 正直言って、心にどころか鼓膜にさえ極力届けたいとは思わないような、そんな授業。んでもって俺たちはそれをひたすら聞くともなしに聞きながら、半日を終える。

 そして、俺と俺のような人間のやる気に毎日刺し続けるとどめがこれ

 また明日も学校かよ・・・クソッタレめ。

 刺激もなにもなく、愛想笑いと眠気だけで1週間の約7割を埋めさせられるこの屈辱感。
かといって打開策もなく、ただ鬱々とした感情で帰る夕暮れのあの道。

 余りにも毎日が不毛すぎて、さして脳からアドレナリンも放出されずに、プレーンで味気ないあの毎日。そんな日が延々と続く。やってられるかってんだ。

 そう思って家に帰り、何かをするには就寝までの時間がなさすぎる。明日も学校がある、やってらんねぇ。帰って唯一の救いの瞬間の風呂をさっと済ませる。その前後に風呂。手持ち無沙汰だけど、このまま寝るのはあまりにももったいないからネットやら読書やら。


んで、寝る。
      地獄の明日がくる。

 目が覚めて一番に思うこと。
        「あぁ、今日も学校だ」

場合によっては、「こんなに晴れてるのに」・「曇ってるな、お似合いで」・「雨なのにわざわざ家から出て」・・・・・・・・・・・・・共通する本心は「ふざけんな」。

 歯を磨いて、あるいは歯を磨く前に朝食。気分はおそらく死刑執行前日の最後の晩餐。



「行ってきます」

その意味は
「やってらんねぇ」


 そうやって俺たちは来る日も来る日もコンクリートの箱に閉じ込められて、テンプレートの授業をする教師に合えば「おはようございます」、今日もいい天気ですね、どうせ日が暮れる直前まで箱の中だけど。
 そんなに毎日学校にだらだらとアリの巣のように通って楽しい? ねぇ、楽しい?

 んなわけねえだろ、糞が。



至極幸いなことに、今年は夏休みが9月3日に始まる。

だから俺はその前日まで、今日のような愚痴をここで吐き続ける。

そうでもしなければ俺は狂ってしまうような、そんな気がする。あるいはもう狂っているんおかもしれない。

とにかく、俺が言いたいことはまとめてしまえばこの一言に尽きる。





  学校なんか大嫌いだ。


 コントロール不能。

 そんな日々が僕の夏休みだった。頭の10日間は残りの1ヶ月の日々をないがしろにしたようなぶっ飛ばしの自習をして、次の10日間はぶっ飛ばした反動でエンジン故障。

 次の10日は刺繍が追いついたけど、気温が高すぎて、自分の部屋だと茹で上がってしまった(APOROの自室にエアコンは無い)。で、しょうがないから涼みながらリラックスして勉強できる場所を探そうとした結果、その眼は自分の住んでる千葉県東金市内にある喫茶店へと焦点を合わせてしまった。



   その結果、どうなったか

              言うまでも無い

                    金欠である。


月に5000円の小遣いで、バイトはやっていない。喫茶店のコーヒーは大体1杯で400~500円お代わりはもうちょい安くなるけど、それでも10日連続で行けば5000円かかる。

 しかも閉店までずっといるのは意地汚い気がして、3時間ほどで退散。その後はミスタードーナッツで継続。

 まあ、貯金も切り崩しますよね。
オマケに外に出るから日焼けして、親からは「お前少しは勉強しろよ」と言われる始末。

ちょっと報われない感。

 で、今は最後の10日間。ん~、まあ安定してます。

 ひっくり返せば、夏休みで安定したのは10日間だけです。笑えませんね。ハハッ

・・・

・・・・・・・・・・・・・

やらかしたなぁ。

 まあ、仕方ないわな。普段の性格が休みにも現れたってことだろう。大学受験までは精進する必要がありそうだ。

 どうしようかな、どうしようかなって、大々的目標を達成するためにも目先の問題を解決していくしかないでしょう。

 ですよね、そうですよね。

 



・・・・・・勉強しよ。





一言
夏の自宅では基本的に上半身裸。