今日も永山の病院のお呼び出しに応じてきました…今年最後の通院、今回は「謎検査3点セット」
事前に調べていた時間で家を出てたのは良いけれど…途中でトイレに行きたくなって、乗換駅の商業施設のトイレに行こうと思ったものの比較的早い時間だったためまだ開店自体していない、別の商業施設は空いていたけど築年数が古く複数ある個室の半分くらいが「和式」のままで入れずじまい。
改めて、乗換駅から永山までの時間を調べたところ…予約時間ギリギリの到着、超音波検査は遅くともと予約時間の10分前には受付を済ませろと言われていたのでトイレは諦め、永山の病院へ向かうことにしたのはいいものの
今度は改札を抜けて「とある異変」に気がついた…あ、橋がない!!

このフェンスの看板も取り外されてた
あぁ、あのスルメ🦑病院と外界を繋ぐ唯一の連絡手段が…一瞬、病院ごとなくなったと勘違いしてしまった(電車の中から建物があるのは見えていたけど)。
橋がないということは、地上から行かないといけないのでとりあえず一度階段を降りて今日は地上から行きました。
なんとか予約時間ギリギリに到着して、受付を済ませてから検査エリアの中にあるトイレに行くことにしたんですが…ここで気づいた「このドア、トイレなのに"ガラスが入ってる"」ということに。
どうしてだれも気づかなかったんだろう?ガラスの入ってるトイレドア、台湾旅行に行く前にたまたま訪れた「昭島矯正展」で見学させてもらった「雑居室のトイレ」くらいでしか見たことがない。
流石に「これはヤバイ」と思ったのか?ガラス部分に黒いシートが貼られているが、ここまで来ると設計ミスとかそういうレベルじゃない、どうして当時の施工担当者も指摘しなかったんだろう?昭和の病院ってこんなもんなの?
ほどなくして呼ばれる、今回も担当者は女性だった
「ここ、もうすぐ築50年迎えますよね~」って話したら、え?そんなに古いの?みたいな反応された。
「古い」という自覚はあるけど、築年数までは把握してなかったようで。
超音波検査の部屋は照明が薄暗いので半分くらい眠りつつ無事検査は終わり。
次は胸のレントゲンだったけど、あの病院はこちらから「貸して」と言わないと検査着を出さないスタイルらしい、今どきのオシャ病院は鍵のかかるドア&ロッカーのある更衣室が完備されているけど、ここは永山…そんな気の利いた設備あるわけがない。
部屋の一角をカーテン(一応、鉛入りの重たいやつも併用)で仕切ったお粗末な着替えコーナーで着替えてる時にふと、荷物置き用のテーブルに目をやるとまさかの「エンボスラベル」で作られた備品管理ラベルが貼られていた…ここでは未だにエンボスラベルが現役なのか、さすが古から存在する病院だ。
レントゲンを担当してくれたのはオッサンよりのお兄さんでした、今は初診でいきなり私のおちちをプニっとしてきたオッサンことプニおぢの無礼な行為も許せてはいるのでそこまで神経質にならずで大丈夫だよって言ってあげたい。
最後は採血…いつものように待機エリアで待っていたら壁に貼り付けられたレターケースに「血液検査の項目の見方」なるプリントがあることに気づいた、いつも項目説明無いとわからんよ…って思っていたけど、こんなの用意していたのか。
ここでもすぐ呼ばれ、今回の担当はちょっとおばちゃんだった。
八王子の病院では「では、こちらへ」と何も言わずともベッドに案内してくれたが、ここは永山いつのもように腕を確認されつつ「いつもベッドでやってるのね…ちょっと待っててね」と言われ、今日は脳波検査室でやることになった。
ここは病棟で使ってるベッドを置いてるようで寝心地は良かった。
ここでも「ここ古いですよね、建て替えないって新聞に載ったらしいですよ…日経とか、人から聞いた」って話したら、中の人が
「こんな建物だと大学病院ってより市民病院みたいだよね(笑)」
という永山名物「中の人の自虐」をかましてきたので「でも、建築費が2倍とかじゃ仕方ないんじゃないですか?私、ここに来すぎてたまにキレイな病院行くと逆に落ち着かないですもん」と返しておいた。
その後
「23区寄りの多摩地区にある某大学病院は見るからに金かけてるよ…採血も患者さん一人につき1本止血バンド使って持ち帰りさせてるけど、うちは絆創膏でごめんね」
って、別に私は「ここって、貧乏なんですね」とは一切言ってない…これも今日気づいたけど。採血の時に腕を縛る駆血帯がまさかの「ゴムチューブ」だった、金具がついててワンタッチで縛れるやつではなく自分で結ぶタイプ。
AIによると、このタイプの駆血帯はケチとか貧乏じゃなくで「上級者向け」の道具なんだそうだ。
アナログだからこそ、業務がスムーズに行くこともあるんだと…ちなみに今日の採血、ほとんど痛くなかったです。
こうして謎検査3点セットを終え、診察待ち…今日は採血もあったから呼ばれるまでは30分くらい待ち、その間に壁に貼られた「院長のインタビュー記事」を読んでたら、この病院の「宣伝下手」がよくわかった。
「建物がボロっちい」という時点で誤解されがちだけど…中身は最新です、都心の病院にも負けません!!と書かれていた。
今の院長は「特にがんの人にここに来てほしい」と思ってるようだ…多摩地区の人は「がん=都心の専門病院」に行きたがったり、そういうところを紹介されがちだけど抗がん剤の副作用でしんどい体引きずって何時間もかけて通院するの大変だよとか、有名な病院は「最後まで面倒見てくれない(別のところを紹介しますってなりがち)」といった事が言いたいようだった。
うちだったら通院も楽だよ、手術も都心レベルだよ…決め手は「うちは最後まで面倒見れるし、責任も持つよ」だから見た目で判断しないで…という訴えだった。
そうこうしてるうちに呼ばれる…相変わらずドアではなく、カーテンのままの診察室に入る。
まずは謎検査3点セットの結果から聞く、今回もどれも異常なし…これはちょっと進展があって、
「もう手術して3年経つから、今度からは年1回のCTとおちちのエコーにしましょうね」
ということになった。
そして、今回も確認された…
「挟むのは、嫌なんだよね?」
私はすかさず「あれは痛いですから…中世の拷問とか異端審問みたいだし、やりたくないですね」と答えたあとに「あれ、人によっては痛くない人もいるみたいだけど」って話したら
「あれは痛いよ、結局のところ挟む部分の殆どが筋肉だから痛いんだ。でも、色んな研究を重ねた結果"あの方法が一番正確"って結果が出てるんだよ…私も本当はやってほしいと思ってる」
って言われた、今回も中世の拷問とか異端審問は華麗にスルーされた…他にも、先月久しぶりに生理が来たわって報告したら
「元々、生理不順なの?」
と聞かれたので「20年くらいピル飲みしてましたから…ここに連れて来られてからは飲むのをやめてるけど、タモキシフェン始める前から2~3ヶ月に1度くらいのペースですよ」って答えたら
「この件についてはちょっと相談する」
と言っていたので、私をここに連れてきた「例の長」の判断を仰ぐのだろう。
手術してから3年経過という話になった時に「手術まではあっという間で2ヶ月かからなかったけど、終わってからは長いですね…」からの手術の同意書の話になった。
私の時はその場で「じゃあ、ここにサインして」ってその場でサインさせられたけど…ああいうのって普通は「一度持ち帰って考えておいで」じゃないんですか?って聞いたら
「それはねぇ、人による…人によってはその場でサインさせることもあるし、一度持ち帰ってよく読んで考えてください」って判断を委ねるケースもあると。手術の同意書って、サインしても撤回できるしね」
え?そうだったんですか?私の場合は「その場で流れでサイン」させたほうが、良いと判断されたのだろうか?
あの長、確かに
「さっさと手術したほうが良いわよ」
みたいな雰囲気だったけど…今思うと、あの時ササッと切ってしまったのは正解だったかもしれない。
「ここに連れてこられてきたことは良かったと思えるようになった…例の長、強いですよね」って話したら
「いい人だから(笑)」
という反応だった。
次回は3月の他にも6月に予定を組まれ、いつなら大丈夫?って聞かれたので「私、今は休みは融通聞くんですよ…個人事業主になって、自宅近くで自分の店やってるんで」と報告したらびっくりしていたので「店の近くに病院あるんで、そっちに転職すれば来られると思いますよ」って返したら
「ここまで来るの大変ならそっちの病院に紹介状書こうか?乳腺科があればの話だけど…」
と言われたので「いや、私はここに来ます」と念押ししといた…転職するつもりは毛頭ないそうだ(そもそも無理)。
次回は3月に行きます…なぜか時間を9時にされてしまったので「さすがに9時は無理です、朝かなり早い時間に家を出なきゃいけない」と指摘して、11時にしてもらいました。
そして…橋がなくなった件、病院側の掲示物には
「橋がなくなった理由は老朽化。橋に関しては病院の所有物ではないので、今もこれからも自分たちではどうしようもできない」
というような事が書かれていました…あの橋、中の人でも使ってる人が結構いたみたいであれがなくなったの困るというような感じでした。

駅側から見た橋の跡、今後再びつなげる予定は無さそう…。
フェンスに貼ってある掲示物は京王線の改札出たところの柱にも貼ってありました、私のように電車に乗って来る市外の人もそれなりにいるのかもしれない。