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休憩室のMonologue

時事ネタや書籍・音楽・映画・アニメ等の感想など
少々長めの文章で書いていきます

休憩室のMonologue
一体どこなんだ此処は!?
日本じゃないのは当たり前だが。
休憩室のMonologue
とある温泉街でお宝を狙うルパンと次元。
「あんた、どうして俺を?」
「生物の扱いは一人じゃなかなか難しいのさ。鮮度が落ちちまう・・」

休憩室のMonologue
本格的にコンビを組むことになった二人。
この佇まいだけで限りなく格好良いぜ・・・。

休憩室のMonologue
休憩室のMonologue
二人が狙うのは20世紀最後の天才画家が描いた「生きた絵画」。
女性の体自体をキャンバスとした芸術品だった。
「なんつう悪趣味な男だ。一人の女の人生ごと作品にしちまうなんて─」
休憩室のMonologue
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だがそこに乱入する峰不二子。
だが、そこにはいつもの余裕が無い。
こんな不二子は初めてだ。
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我を忘れて執拗に追う姿に、ルパンと次元は驚くが、
コンビネーションでかわして行く。
休憩室のMonologue
しかし、まさか不二子が「カリオストロ」をやるとは思わなかった(笑)
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「この女をどうするつもりだ?」
「はぁ?・・うるさいわよ。捕獲するの。その絵は売れば莫大なお金に・・」
「だったらこんな乱暴な捕まえ方は無しだろう?ちょっとでも傷が付けば絵画の価値ががた落ちだ」
「・・・・」
「あんたはこの女を殺すことが目的なんだろう?いや違う・・・あんたが殺したいのは自分自身だ。」
「!!?」
「自らの人生を他者に操られ、盗みも食事も息をすることさえ、全てが他者の思惑に絡めとられる。
 他者に運命を狂わされ、それでも生き続けなければいけない無力で無様な自分。
 よく似たこの女に自分を重ねた。・・そうなんだろう?峰不二子?」
「うぅ・・あぁ・・・だったらルパン?あたしはどうしたらいいの?」
「・・それを俺に聞くかい?」


初回以来、ルパンが不二子を圧倒する。一体ルパンはどこまで知ってるのか?

「おいお前。あの女の何を知ってるんだ?」
「そうやすやすとは教えられないぜ。この退屈な人生の中で、ようやく見つけたお宝だからな・・」


休憩室のMonologue
最後に五右衛門が登場!!
で?銭形は?
早く来週が来い!!!



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オフコース・グレイテストヒッツ 1969-1989/オフコース

¥3,500
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ところで、今ではオフコース=小田和正というイメージが定着しているようで、
ファンとしては非常に歯痒い気分であるのだが。


鈴木康博が、かつてオフコースのメンバーであったことを、知る人はどれくらいいるのだろう?

そもそもオフコースは小田和正と鈴木康博の二人組で、フォークデュオとしてデビューした。
今で言えばゆず、あるいはCHAGE&ASKAのように、互いに曲を書いて自分で歌うスタイルだった。
78年にバンドメンバーであった大間ジロー、清水仁、松尾一彦が加入して5人体制となり、
「さよなら」「愛をとめないで」などのヒットを飛ばすが、82年に鈴木康博が脱退する

有名な話だが、脱退の理由で鈴木は「『さよなら』は小田のヒットであって俺の曲じゃない」と言い、
それに対して小田は「『さよなら』はオフコースのヒットだろう」と思ったという。

だが「さよなら」のヒット以降は、あきらかにオフコース=小田和正のイメージが定着しつつあった。
自分の曲に自負があった鈴木康博は、その状況に耐えられなかったのだろう。
アーティストである以上「俺の歌を聴け!!」というエゴは誰でも持っている。
小田和正は鈴木から脱退を告げられたとき、解散を意識したと言う。
バンドとしても解散の青写真を組んでいたようだ。

なんせ「5人でオフコースなんだ」という決意表明のうようなアルバム
「WE ARE」の次が「OVER」なんだからしゃれにならない(笑)
We are(紙ジャケット仕様)/オフコース

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over(紙)/オフコース

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この時期に、鈴木康博は脱退の意思を告げているわけだから、それを考えると非常に重いアルバムだ。
「心はなれて」「言葉にできない」と小田は歌い、
それに対して「メインストリートを突っ走れ」と鈴木は歌う。
どうしようもなく2人の心が離れているが伝わってくる。

82年の日本武道館で「言葉にできない」を歌うとき、もう二人で歌うことはないのだと思い、
小田和正はこらえきれずに泣いてしまったというのは、今ではよく知られた話だと思う。
オフコース ライブ 言葉にできない 1982年


後年、小田和正が語るには、
オフコースとして5人が同じ光を目指して活動していたのは、ほんの2・3年だったという。
以降も4人で活動を続けるも、88年に解散した。
小田が言うのは「オフコースはやっぱり5人でオフコースだったんだ」ということであるが、
ファンからすると「じゃあ2人のときは?4人のときは?」などと言いたくなるのだが(笑)
他の時代のオフコースも好きな人間からすると困ってしまう。
もっと困るのが小田だけでなく、鈴木も同じ発言をしていることだ(笑)
いつだがTVであるイベントが放送されており、そのときに鈴木康博がそういうコメントをしているのを聞いて
「その5人を4人にしたのはあんただろうが!!」と突っ込んだのは私だけか?

forWard/鈴木康博

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そう言いながら、私は鈴木康博のソロ活動をずっと追っていたわけではない。
何枚か聴いたことはあるが、正直ピンと来なかったのだ。
やはりオフコース時代の曲の方が良い、とういのは身勝手で穿った見方なんだろうか・・・。
その鈴木康博が、オフコース時代の自分の曲をセルフカバーしたアルバムがある。
鈴木の曲はシングルになることが少なかったので、知名度は低いのが残念だ。
一番有名なのはやはり「一億の夜を越えて」なのか。
個人的には「でももう花はいらない」とか「逃すなチャンスを」とか
「いくつもの星の下で」とかいろいろある。
あらためて思うのはいい声をしてるなぁということだ。
一億の夜を越えて オフコース ('81LIVE)


初期のオフコースでは、小田と鈴木のハーモニーの美しさは抜群だと、評価が高かったらしい。
2人時代のライブアルバム「秋ゆく街で」でそれを実感する。
>秋ゆく街で オフ・コース・ライヴ・イン・コンサート(紙ジャケット仕様)/オフコース

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このときは、オフコースは間違いなくオフコースであって、
小田和正のワンマンバンドではなかったことが分かる。

2人の溶け合うような歌声がたまらない。
オフコース 僕の贈りもの(ライヴ)


ところで、私がオフコースのファンになったのは解散してからだ。
音楽に興味を持ち始めたころに既に小田和正はソロ活動に邁進していた。
「ラブストーリーは突然に」などの大ヒットを飛ばすわけだが、
私はアルバムにはあまり魅力を感じなかった。
「Oh YEAH」「いつかどこかで」は正直退屈だった。

そんな折、たまたま図書館でみつけたオフコースのアルバム
「as close as possible」を聴いたのだが、これが新鮮だった。
アズ・クロース・アズ・ポッシブル/オフコース

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曲がいいのはもちろんだが、他のメンバー松尾一彦、清水仁の曲も抜群で、しかも歌も格好良い。
小田和正のアルバムと比べて、非常にバラエティで面白かった。

人によっては小田以外のメンバーの曲が邪魔だなどと言うらしいが、
逆に私はそこに魅力を感じたのだ。

せつなくて/松尾一彦

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松尾一彦もかなり過小評価されているのではないか?
5人時代にも名曲を書いており、4人時代には小田とともに
かなりオフコースを引っ張っていた人だと思うのだが。
「せつなくて」「君の幸せを祈れない」「ぼくのいいたいこと」など大好きだ。
実はソロアルバムを1枚持っている。
せつなくて オフコース ('81LIVE)


ところで小田和正だが、まあ至って元気である。
実は90年代後半はかなり冷遇というか、人々に飽きられ気味だった時期がある。
97年にシングル「伝えたいことがあるんだ」が出たとき音楽雑誌で
「相変わらずの小田節だ」みたいにかなり醒めた紹介記事があったので驚いたことがある。
だから2000年以降の手のひら返しに少々ムッとする。
再び盛り上がってきたのは50歳を超えてからの気がするのだが・・・。

しかし歌声が変わらないのは恐ろしい・・・。
オフコース時代の曲もキーを変えずに歌えるのだから。

色々書いたが、私はオフコースの再結成は望まない。
再結成する意味が、どうにも見つからない。
多くのファンもそうなのではないだろうか?
一番再結成がありえなさそうなバンドの一つだと私は思っている。

誰の為にでもなく 僕等がうたい始めて
歌が僕等を離れていったのは ほんの少し前の冬の日

いつだってほんとうは ひとりよりふたりの方がいい
あの時大きな舞台の上で 僕は思っていた 夏の日

その時そこには 君たちがいたね
こころひとつで 君たちがいたね
僕等はいつも 憶えているよ
そのこころの叫びを

僕等の終わりは 僕等が終わる 誰もそれを語れはしないだろう
切ない日々も あのひとときも 通り過ぎてきたのは僕等だから

あの頃確かに 僕等がいたね
誰も知らない 僕等がいたね
何も見えない明日に向かって 走る僕等がいたね

新しい時の流れの中で
いつかまた会える時がくるね
その時またここから 歩き出せばいいから
「NEXTのテーマ~僕等がいた~」Off Course

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”足が重い。この坂道をはじめて登ったときと同じくらい・・”

律子とは話せるようになったが、千太郎とは気まずいまま。
転校当初と同じような孤立感を感じていた。
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だが意外なきっかけで、クラスと溶け込むようになる。
・・・てことは、それまで千太郎と律子以外とは、ろくに話をしていなかったということか?
確かに鉄道マニアくらいとしか、会話がなかったが。
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千太郎も仲直りのきっかけがつかめないまま、ロックバンドの練習に臨んでいた。
だがビートルズだけでなく、スパイダースやベンチャーズまでやるとは(笑)
だが時代考証は合っている。
65年以降はビートルズをきっかけとした、グループ・サウンズブームの真っ只中であり、
1966~67年はスパイダーズの全盛期だったそうだ。

そしてジョン・コルトレーンの死。
これはジャズ界に大衝撃を与えた出来事だったらしい。
60年代、ジャズ界を引っ張っていたのは、帝王マイルス・デイヴィスではなく、
フリージャズにも傾倒していたコルトレーンだったそうだ。

ジャズの革新を体現していたミュージシャンの急死はどれほどのものだったのか・・。
I Want To Talk About You─ジョン・コルトレーンの肖像─

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千太郎も百合香の気持ちに気付いたようだが・・・。
この四角関係はどこまでねじれるのか。
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結局薫と千太郎は気まずいまま、文化祭当日を迎える。
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しかしなんでこんなにチャラい感じに見えるのか・・・。
今現在の目と耳からはそうだが、当時は流行の最先端の音楽だったのだ。
「夕陽が泣いている」「なんとなくなんとなく」などの歌謡曲路線ではなく、
洋楽テイストの強かった初期のスパイダースの音楽は、2000年代に入って再び評価されている。
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「うんにゃ、バンドは今日限りで辞める。おいはやっぱりジャズの方が好いとる。
 ・・・それに、大事な相棒ば待たせとるけんなぁ」
「・・・・!!」

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ついにステージに戻る薫。
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呼吸するように合わせる千太郎。
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このピアノとドラムだけのセッションは、本当に圧巻の一言だ!!!
本当に高校生かよ!(実際は違うけどw)
「涼宮ハルヒの憂鬱」「けいおん!」をも超える演奏シーンと言ったら怒られるか?

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続々と集まってくる生徒たち。
ちなみにこの呼び込むシーンだが、細かいながらよく出来ていると思った。
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”まるで王子様が二人で仲良く喧嘩しながら帰ってきたみたい・・・”

しかも最後に「モーニン」を持ってくるとはイカしてるぜ!!!
今、原作の漫画が読みたくて仕方ないが、アニメが終わるまでは待とうと思う。

ところで菊地成孔のサイト(第三インターネット)によると、
ストリートでの反応は「アポロン」より「ルパン」の方が格好いいです、という評判らしく、
誰かが言うには、管野よう子さんがルパンをやり、菊地がアポロンをやる方が面白いとのことだが、
そうかぁ?と私は思った。
たぶん菊地成孔には、この「坂道のアポロン」の音楽は出来ないだろう(笑)
あんなひねくれた天邪鬼な野郎が、この青春偶像劇の音楽ををこなせるとは、とても思えないんだよ(笑)
もう一度言うが、管野よう子はやっぱ天才だ!!

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東日本大震災復興支援チャリティライブ KYOSUKE HIMURO GIG at TOKYO .../氷室京介

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2011年、全編BOOWYの曲で行われた、東日本大震災の復興支援を目的とするチャリティ公演
「KYOSUKE HIMURO GIG at TOKYO DOME“We Are Down But Never Give Up!!”」のDVDを先日観た。

Youtubeで一部は観れるくらいだろう、と勝手に思っていたのだが、
まさかTSUTAYAでレンタルされているとは驚きだったし、ラッキーだった。

で感想だが。
前回2004年の東京ドームの際にも思ったが、やはり声が細くなってしまったなぁと思った。
ずっと活動を追いかけていた訳ではないせいもあるのか、老けたなぁとも思ったり。
そりゃ、もう50歳だし(信じられないが・・・)
ただ歌い方、佇まい、ステージアクションは、
まさに氷室京介、ヒムロックそのものである。

氷室京介 MARIONETTE


このライブは東日本大震災を受け、当初予定していた東京ドーム公演内容を急遽変更したとのことだそうだ。
私はそれはうれしい反面、少々残念な気もしたのである。
今回提案したのが本人かスタッフかは分からないが、仮にチャリティーであったとしても、
BOOWYの曲をやれば、かなりの集客が見込めるということが分かっている、
ということではないか?

それは現在の氷室京介を否定しているようではないのか?

そこまで考えるのは、余計なお世話なんだろうけど。

KYOSUKE HIMURO“21st Century Boowys VS HIMURO”An.../氷室京介

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2004年の東京ドーム「KYOSUKE HIMURO "21st Century Boowys VS HIMURO"」の際、
最後に「このコンサートはリターンマッチはないから」と言っていたのが非常に印象的だった。
あれはその当時の氷室京介のパワーと、かつてのBOOWYの曲を対峙させて、
BOOWYファンにも氷室ファンにも訴えかけるものだった。
「どうだ。BOOWYもすごいけど、今の俺はもっとすごいんだぜ!」
「いつまでもBOOWYとか言ってんじゃねぇよ。今の俺を見ろ!」みたいな。
私はライブCDしか聴いていないのだが、そういう感想を持ったし、
BOOWYも格好良いけど、ソロ曲も全然負けてない、格好良いと思ったのだ。
後で知ったのは、その直前に行われていたツアーが非常に手応えがあるものだったそうで、
それもDVDになっているのだが、セットリストを見ると
2004年の東京ドームライブと準拠していることが分かる。
BOOWYの曲の間にソロ曲を入れるのではなく、ソロツアーのセットの間にBOOWYを埋めているのだ。
だからタイトル通り、決して懐古的なものではなかったのだ(勝手な想像だけど・・)

まあBOOWYのカバーは布袋寅泰も松井常松もやっているし、
それはそれでやっぱりうれしいし、興奮するんだけど・・。
布袋寅泰 - BAD FEELING【布袋寅泰×中村達也×TOKIE】


WORKING MAN / 松井常松


ちなみに私は解散するまで、BOOWYを知らなかった。
中学生の頃、音楽に興味を持ち始めてFMを聴きはじめたとき、
聴こえてきたのが氷室のデビュー曲「ANGEL」(88年)だった。
元BOOWYの人だよ、と説明されても「?」という感じだった。
その後、熱狂的なBOOWYファンの友人に色々聴かせてもらって、そこから段々ハマっていった訳だけど。
でもBOOWY解散以後のソロ活動については、TVやラジオで聴く以外ではあまり追ってはいなかった。
ただ一番興味があったのが、BASSの松井常松である。
初期にインストをやっていた頃も好きだし、ビートロックに回帰した「あの頃僕らは」も好きだし、
一番好きで傑作だと思うのはその両者が融合した「HEAVEN」だと思っている。

・・・BOOWYファンからすると怒られるのかなぁ。

HEAVEN/松井常松

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MATSUI BEST「DECADE」/松井常松

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休憩室のMonologue
ついにルパン&次元コンビが発動!!
しかも銭形も登場!!早く来い五右衛門(笑)!!


”自分の最後を知りたがった奴がいる。
 そして知った途端、その命日を無かったことにしたがった。
 いい気なもんだぜ。そしてその命日通りに死んでいきやがった。
 命日を言い当てる占い師・・・本当にそんな奴がいるのか─”

休憩室のMonologue

命日を言い当てることの出来る石版を巡って、不二子とルパン、次元大介の思惑が交錯する。

「・・かのお方にお前を試せと、かのお方の興味に足る男かどうか
 お前が峰不二子にふさわしい男かどうか・・・」
「かのお方・・・か」


「峰不二子!教えてやる、お前の死にゆくその命日を!
 今こそルイス・ユー・アルメイド伯爵との最後の契約を果たそう!」
「・・・・ルイス・ユー・アルメイド伯爵・・」

休憩室のMonologue
いきなりラスボス的な人物の存在が提示されてきた。
これが最終回まで関わるのか?峰不二子の謎の解明がクライマックスになるようだが・・。

休憩室のMonologue
「しかし当たり前のことだが、人間は命日が来たから死ぬわけじゃあない。
 俺たちが死ぬ日。それこそ命日なのさ。
 そして、それは誰にも決められない。そうだろう?・・・峰不二子」


今日の不二子はやけに子供っぽく見えたけど・・。
休憩室のMonologue

それと前にも増して、音楽が良くなっている気がする。
最初からそうだったのか?単に私の耳が悪いのか・・。

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