オフコース・グレイテストヒッツ 1969-1989/オフコース ¥3,500
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ところで、今ではオフコース=小田和正というイメージが定着しているようで、 ファンとしては非常に歯痒い気分であるのだが。 鈴木康博が、かつてオフコースのメンバーであったことを、知る人はどれくらいいるのだろう? そもそもオフコースは小田和正と鈴木康博の二人組で、フォークデュオとしてデビューした。 今で言えばゆず、あるいはCHAGE&ASKAのように、互いに曲を書いて自分で歌うスタイルだった。
78年にバンドメンバーであった大間ジロー、清水仁、松尾一彦が加入して5人体制となり、
「さよなら」「愛をとめないで」などのヒットを飛ばすが、
82年に鈴木康博が脱退する 。
有名な話だが、脱退の理由で鈴木は「『さよなら』は小田のヒットであって俺の曲じゃない」と言い、 それに対して小田は「『さよなら』はオフコースのヒットだろう」と思ったという。 だが「さよなら」のヒット以降は、あきらかにオフコース=小田和正のイメージが定着しつつあった。
自分の曲に自負があった鈴木康博は、その状況に耐えられなかったのだろう。
アーティストである以上「俺の歌を聴け!!」というエゴは誰でも持っている。
小田和正は鈴木から脱退を告げられたとき、解散を意識したと言う。
バンドとしても解散の青写真を組んでいたようだ。
なんせ「5人でオフコースなんだ」という決意表明のうようなアルバム
「WE ARE」の次が「OVER」なんだからしゃれにならない(笑)
We are(紙ジャケット仕様)/オフコース ¥2,300
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over(紙)/オフコース ¥2,300
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この時期に、鈴木康博は脱退の意思を告げているわけだから、それを考えると非常に重いアルバムだ。
「心はなれて」「言葉にできない」と小田は歌い、 それに対して「メインストリートを突っ走れ」と鈴木は歌う。 どうしようもなく2人の心が離れているが伝わってくる。 82年の日本武道館で「言葉にできない」を歌うとき、もう二人で歌うことはないのだと思い、
小田和正はこらえきれずに泣いてしまったというのは、今ではよく知られた話だと思う。
オフコース ライブ 言葉にできない 1982年 VIDEO 後年、小田和正が語るには、
オフコースとして5人が同じ光を目指して活動していたのは、ほんの2・3年だったという。 以降も4人で活動を続けるも、88年に解散した。
小田が言うのは「オフコースはやっぱり5人でオフコースだったんだ」ということであるが、 ファンからすると「じゃあ2人のときは?4人のときは?」などと言いたくなるのだが(笑)
他の時代のオフコースも好きな人間からすると困ってしまう。
もっと困るのが小田だけでなく、鈴木も同じ発言をしていることだ(笑) いつだがTVであるイベントが放送されており、そのときに鈴木康博がそういうコメントをしているのを聞いて
「その5人を4人にしたのはあんただろうが!!」と突っ込んだのは私だけか? forWard/鈴木康博 ¥3,000
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そう言いながら、私は鈴木康博のソロ活動をずっと追っていたわけではない。
何枚か聴いたことはあるが、正直ピンと来なかったのだ。
やはりオフコース時代の曲の方が良い、とういのは身勝手で穿った見方なんだろうか・・・。
その鈴木康博が、オフコース時代の自分の曲をセルフカバーしたアルバムがある。 鈴木の曲はシングルになることが少なかったので、知名度は低いのが残念だ。
一番有名なのはやはり「一億の夜を越えて」なのか。
個人的には「でももう花はいらない」とか「逃すなチャンスを」とか
「いくつもの星の下で」とかいろいろある。
あらためて思うのはいい声をしてるなぁということだ。 一億の夜を越えて オフコース ('81LIVE) VIDEO 初期のオフコースでは、小田と鈴木のハーモニーの美しさは抜群だと、評価が高かったらしい。
2人時代のライブアルバム「秋ゆく街で」でそれを実感する。
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秋ゆく街で オフ・コース・ライヴ・イン・コンサート(紙ジャケット仕様)/オフコース ¥2,300
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このときは、オフコースは間違いなくオフコースであって、 小田和正のワンマンバンドではなかったことが分かる。 2人の溶け合うような歌声がたまらない。
オフコース 僕の贈りもの(ライヴ) VIDEO ところで、私がオフコースのファンになったのは解散してからだ。 音楽に興味を持ち始めたころに既に小田和正はソロ活動に邁進していた。
「ラブストーリーは突然に」などの大ヒットを飛ばすわけだが、
私はアルバムにはあまり魅力を感じなかった。 「Oh YEAH」「いつかどこかで」は正直退屈だった。 そんな折、たまたま図書館でみつけたオフコースのアルバム
「as close as possible」を聴いたのだが、これが新鮮だった。 アズ・クロース・アズ・ポッシブル/オフコース ¥1,529
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曲がいいのはもちろんだが、他のメンバー松尾一彦、清水仁の曲も抜群で、しかも歌も格好良い。 小田和正のアルバムと比べて、非常にバラエティで面白かった。 人によっては小田以外のメンバーの曲が邪魔だなどと言うらしいが、
逆に私はそこに魅力を感じたのだ。
せつなくて/松尾一彦 ¥1,500
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松尾一彦もかなり過小評価されているのではないか? 5人時代にも名曲を書いており、4人時代には小田とともに
かなりオフコースを引っ張っていた人だと思うのだが。
「せつなくて」「君の幸せを祈れない」「ぼくのいいたいこと」など大好きだ。
実はソロアルバムを1枚持っている。
せつなくて オフコース ('81LIVE) VIDEO ところで小田和正だが、まあ至って元気である。 実は90年代後半はかなり冷遇というか、人々に飽きられ気味だった時期がある。 97年にシングル「伝えたいことがあるんだ」が出たとき音楽雑誌で
「相変わらずの小田節だ」みたいにかなり醒めた紹介記事があったので驚いたことがある。
だから2000年以降の手のひら返しに少々ムッとする。 再び盛り上がってきたのは50歳を超えてからの気がするのだが・・・。 しかし歌声が変わらないのは恐ろしい・・・。
オフコース時代の曲もキーを変えずに歌えるのだから。
色々書いたが、私はオフコースの再結成は望まない。 再結成する意味が、どうにも見つからない。
多くのファンもそうなのではないだろうか?
一番再結成がありえなさそうなバンドの一つだと私は思っている。 誰の為にでもなく 僕等がうたい始めて 歌が僕等を離れていったのは ほんの少し前の冬の日 いつだってほんとうは ひとりよりふたりの方がいい あの時大きな舞台の上で 僕は思っていた 夏の日 その時そこには 君たちがいたね こころひとつで 君たちがいたね 僕等はいつも 憶えているよ そのこころの叫びを 僕等の終わりは 僕等が終わる 誰もそれを語れはしないだろう 切ない日々も あのひとときも 通り過ぎてきたのは僕等だから あの頃確かに 僕等がいたね 誰も知らない 僕等がいたね 何も見えない明日に向かって 走る僕等がいたね 新しい時の流れの中で いつかまた会える時がくるね その時またここから 歩き出せばいいから 「NEXTのテーマ~僕等がいた~」Off Course