ふと思い出した昔ばなし。
私は九州の田舎の普通高校に通っていた。
地元には普通高校、農業高校、商業高校、工業高校、私立高校がそれぞれひとつづつしかなかったから、
私が通ってる県立の普通高校は比較的進学校の部類ではあった。
私は3年になって私立文系のクラスになった。
比較的進学校といえども田舎の普通高校、そのクラスにはいわゆるヤンキーグループがあった。
男女2人づつの4人グループが中心に数人の取り巻き。
私は正直ヤンキーが嫌いなギター少年だったので、彼らとはあまり関わらないように日々を過ごしていた。
このクラスには席替えというものがなく、そもそもどこが誰の席だとも決まっていなかった。
誰がどこの席に座ろうと自由だったのだが、ヤンキーグループの4人は毎回後ろ中央の同じ4席に座っていて、
そこがまるで彼らの指定席のような雰囲気になっていて、そこの4つの席には誰も座らないのが暗黙の了解のようになっていた。
ある日、その暗黙の了解制度が良くないと思ったとあるクラスメートのひとりが、彼らの指定席に座るという暴挙に出る事件が起きた。
すると同志がいたのだろう、いつも空いていた4つの席はたちまち埋まり、いつものように遅刻ギリギリで登校してきたヤンキー4人は、それぞればらばらの席に座ることになった。
そしてその中のひとりのヤンキー女子Aが私の隣に座ってきた。
この子は背が高くて髪が長く割と美人。
大人っぽい雰囲気で年齢の割にはセクシーで、目力があり非常に口数が少なくて、どっちかというとみんなに怖がられていた子だった。
悪い噂、それも性的なものも耳にしたことがあった。
こういう雰囲気の子がそのたぐいの噂を立てられるのはよくある話なんだろうけれど、当時の私はまだ子供すぎて、その噂に関心すら持っていなかった。
私は一度も会話をしたことがなかったし、おそらくそれまでヤンキー女子Aの声を聞いたことすらなかった。
「ヤンキー女子A」はちょっと長いな。
以降「ヤンA子」と省略する。
まあこのクラスでは毎日席は変わるので、きょう一日関わらなければなにも起きないだろうと、
いつものようにノートに落書きをしたりしてその日を過ごしていた。
すると国語の授業の時、
驚いたことにとなりのヤンA子がひそひそ声で私に話しかけてくる。
ヤンキーたちは授業中に会話するという行為を当たり前のようにしてくるんだなあと思いながらも、私の耳に顔を近づけてくるヤンA子にちょっとドキドキしながら彼女の声を聞いた。
「それ、マイケルシェンカーのギターだよね」
私はかなりびっくりして、自分のノートの落書きと、初めて見るヤンA子のニコニコした笑顔を交互に見た。
たしかにその日の私のらくがきは、マイケルシェンカーの白黒ツートンカラーのフライングVを描いていた。
その当時、私の周りにはマイケルシェンカーグループを聞いている人はほんの数人しかいなくて、それも全部男子、女子は全くいなかった。
「え?マイケルシェンカーば知っとると?」
「うん、友達に教えてもろうて大好きになった」
「え?ほんとに?どの曲が好き?」
「えーとねダンサーとか…」
「ダンサー!オイも好き。ってかバンドでしよる」
「え?トロ君ギター弾けると?」
そのあと「そこ、うるさかぞ!」と先生に注意されて、お互い顔を見合わせて無言で笑った後
「うちにも描いて」とヤンA子が自分のノートを差し出したので、国語の時間を全部使って、全力で丁寧に詳細に白黒ツートンカラーのフライングVを描いてあげた。
その日の休み時間、10分休みも昼休みも、ずっとヤンA子と一緒に音楽の話をした。
マイケルシェンカーグループ、レインボー、TOTO、クイーン、
ブルース・スプリングスティーンなど、好きな音楽がよく似てて、好きな曲が良く似てた。
休み中話してても話は尽きなかった。
放課後になって「一緒に帰ろうか」と言いかけたけれど、私がもたもたしてる間に、ヤンA子はヤンキーグループが自分を待ってるのに気がつき、彼女はまた明日ねと笑いながらいつものようにヤンキーグループに戻っていった。
マイケルシェンカーを見ると思い出す女子の話。
元気にしてるといいな。