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クラフトPとろのブログ

クラフトPという名前で、ボーカロイド曲を作っていたり

昨日ちょっと歌詞について触れたので、
それについてもうちょっと書きたくなったので書いてみる。


あるPさんがツイッターで言ってたことだけど、「バンドやろうぜ―!俺ボーカルな!」と、「コラボやろうぜ―!俺歌詞な!」は似てる。
これ読んで、ああ、なるほどとちょっと納得するところがあった。


何度も言うようだけども、私は歌詞書きたがりだ。
最近は歌詞にするべきだったところをこのブログで書いてしまってるので、
それはそれで発散になってるのかもしれない。

音楽や絵や動画を作るには、必ず勉強と努力が必要だ。
数か月、場合によっては数年かけて習得して、それで初めて作品になる。

だが、誤解を恐れずにあえてこう言うけど、
歌詞を書くのは基本的に誰にでもできる。
パソコンさえいらない。
紙とボールペンだけあればいいし、特別に習得しなければいけない技術もない。

発表することへの恥ずかしさや照れを克服すれば、歌詞は誰にでも書ける。
歌詞が書けないと言うPさんは、歌詞そのものが書けないのではなく、
自分が納得できる歌詞が書けないと言う事だろうと思う。

たぶん何かしらの創作に関わる人で、完成した完成してないを含めたら、今までに歌詞やポエムを書こうとした事のない人はいない気がする。
もしかしたら創作に関わりの無い人でも、今までの人生の中で歌詞を書こうとした事のない人は、すごく少ないのかもしれない。

こういう世界に全く縁のないと思える私の姉でも詞を書いていた。姉は気が付いていないけど、自作歌詞ノートが部屋にこっそりあったのを、小学生の頃の私はしっかり中身もチェックしているw


逆に言うと、誰にでも出来るからこそ、最も競争率が高いのも歌詞である。そのクオリティの差は他のどの創作物よりも大きいし、そしてきっと、好みが大きく分かれるのも歌詞だろう。

だからこそ、その一貫した創作の方向性を問われるのも歌詞ではないかと思う。良くも悪くも個性が出やすく、反面、無難にまとめようとすると、聞きなれた表現ばかりになって没個性にもなりやすいと思う。


ボカロ界で私が好きな作詞家さんはたくさんいるけどれど、彼らが評価されているかと言うと全くそうではない。

むしろ今ボカロ界ではこの曲が人気ですと言われる曲の歌詞を読んで、あれ?あまり歌詞には力を入れてなかったのかな?と思ってたら、この歌詞が良いんだというコメントを見て、ああそうか、自分の感覚は流行りとは大きく隔たりがあるんだなと感じることもよくある。


私がボカロ界で初めて良い歌詞だなあと思ったのは、「ハジメテノオト」だったと思う。今でもそう思う。この曲は年月が過ぎれば過ぎるほどに、涙が出そうになる。数あるボカロ曲の中でも、「ハジメテノオト」だけは別格扱いしてる方もきっと多いだろう。

Asaki,No9さんの「忘却心中」も良い歌詞だなあと思った。この方はあまり普通の表現を使わない作詞家さんだ。どの曲を聞いても、歌詞で心に引っかかるところが必ずある。

いまでこそ多くあふれるVOCAROCKは、その道を開いたのはAsakiNo9さんの属するO-9さんや、ナモナキPやパレットPやBingoBongoPなどのMEIKO使いのPさん方だったと私は思っている。彼らがいなかったら、私もボカロ界には足を踏み入れてなかっただろう。

O-9さんの作品で、「道徳の樹海」と言う作品がある。この作品は曲と言い、シバションさんの動画と言い、個人的にはボカロ最高峰の作品ではないだろうかと思う。




他の作詞家さんで好きな方もたくさんいる。

いつも絵を描いてもらってた裏花火さん、クラフトPの動画担当だったよしのん、あわあわP、ヒーリングP、ピノキオP、牢獄P、トラボルタP、アンメルツP、しまこさっくP、梨本P、バースデーP、謝謝P、ハッチポッチP、・・・etc


そして、このお二人をちょっと強調してお名前を出したい。
ミユキストPとほぼ日P。

ほぼ日Pは言わずと知れたあの人であるw
「またおまえか!」の人である。

「またおまえか!」のタグは、憧れのタグでもあるww
タイトルを見ただけであの人とわかる人ってのは、創作の根拠がぶれてない人だ。
他にも、ストーカーPや混沌ツクラーPなどもそういうPさんだ。

ストーカーPさんはそのタグを一度回って見て頂きたい。
タイトルが並んでるのを見ただけでおかしいw
「レンコンに穴をあけるお仕事の歌」のPさんだけど、この人の視点は常に一貫している。
世間に注目を浴びることのない人や生物にスポットをあてるPさんである。
まあ、一度見てほしい、圧巻であるwww


で、何の話だっけ・・・w
あ、ほぼ日Pさんだ。
ほぼ日Pに何かしらの敬意を持っている人はとても多いと思う。
たぶん、第一線のPさんにも、ほぼ日Pには一目置いてるって方は多い気がする。

その作品数や、風刺的な歌詞に何かと話題が行くPさんだけども、
私はこの方の歌詞のレベルは、ニコニコで最も高いのではないかと思う。

「津波てんでんこ」という曲を初めて聞いたとき、私は本気で泣いてしまった。
一度JOYのカラオケでも歌ってみたけど、泣けてしまって歌えなかった。
この曲は、誰かの人生の座右の銘にもなる曲だと思う。
生きてゆく道標にもなりうる歌だと思う。

ニコニコは大好きなところではあるけど、
この曲が5万再生しか行かないってことを、ちょっとじれったく残念に思う。



ミユキストPさんを知ってる方はどれくらいいるだろう。
若い方にウケる曲を作る方ではないので、あまり知名度は高くない方かもしれないが、
その歌詞はすさまじい。

以前ツイッターでも書いたけど、「いい歌詞」っていうのはいくつかの種類があると思う。
言葉遊びや語呂合わせが上手い歌詞、サビの1行目のインパクトが強い歌詞、
比喩が上手い歌詞、あるある的な小ネタが上手い歌詞、単語の一つ一つが美しい歌詞、

言いたくても言えなかったことを言ってくれる歌詞、
誰かに言って欲しかった事を言ってくれる歌詞、
今まで持たなかった新しい視点を示してくれる歌詞、

私はおっさんになってからは、
あまり言葉遊び的なことや、虚構的な事には面白みを感じなくなってしまった。
その反面、文章の意味としてすごく現実味を感じるリアルな詞を良い歌詞だなあと思う。


私は、たとえ外国語に翻訳されてもいい歌詞だなあと思ってくれるような、
そんな歌詞を書きたいなといつも思っていた。

だけど、こういうのには正解はない。
良い歌詞かどうかなんて人によって全く価値観は違うものだ。


ミユキストPさんは、そのデビュー曲の作風が中島みゆき的だったということでこのP名がついた。
確かにそれっぽい点もあるが、きっとそれは、
彼もまたご自身のリアルなことを歌詞にしてる方だからなのだろうと思う。

彼が書く詞は、とてもリアルで生々しい。
たぶん、隠しておきたい事、人には言いたくないことも作品にしてらっしゃるような気がする。

「シャッター通り」という曲でこのPさんを初めて知った。
よければ詞をよく読みながら聞いてほしい。

さて、この頃になるといろんなボカロ仲間も増えて、
ありがたいことにギター弾いてとか、曲作ってとかの依頼も頂くようになった。

私はギターは一応自分で弾くけれど、
今風のギターは全然弾けないし、リアルではギター上手いねと言われても、
ニコニコでは全然へたくそな方だろうと思う。

前にも言ったけど、私のギターはあまり丁寧な方ではない。
我ながら、結構荒いと思う。
私は基本的にピックで弾くけども、指でも弾く。
指弾きは諸刃の剣だ。
強弱の表現は豊かだけど、音の粒はばらばらだ。

弾き方としては、こう、何て説明したらいいかな、時々右手の薬指でピックを握り変えて、
親指と人差し指でメロディー弾いたりする。
こういう弾き方は、アコギのブルースの人なんかはよくやる方法だと思うけど、
近所でやってる人はあまり見たことがない。

ピック弾きは良くも悪くも音量が一定になるので、DTMには向いてると思う。
私も自宅で録音をするようになってからは、ピックの割合がすごく増えたけど、
指弾きのニュアンスは伝えたいなあとは良く思ってる。

指は、すごく静かに穏やかに音を出したいとき、
逆にすごく一音だけ強く出したい時などに効果がある。
私はチョーキングも大袈裟とよく言われてたので、
これも良くも悪くもだろうけど、トロのギターはすぐお前ってわかるなとよく言われた。


そういう私のようなギター弾きにわざわざ依頼が来ると言うのは、
きっと私の演奏に何かを感じて頂いたのだろう、
上手い速弾きギターを求めての事なら、もっと上手い人はニコニコにはいくらでもいるので、
そういうギターなら私に依頼は来ないはずである。

有名な人にギターを弾いてもらって、宣伝効果をあげたい!と言う依頼も、多分私には来ないw
「歌ってみた」でもそうだたけど、ここで自分が指名を受けるというのは、
きっと音を純粋に気に入ってもらえた結果だろうと思える。

そういうわけで、依頼があった時には、私は出来るだけ私っぽいギターを弾くように心がけている。

いくつかギターを弾かせてもらった作品を紹介しようかな。
まずは、はいじPの「あいむ・くっきー」



はいじPは、「Shut up, Get out.」というリン曲で初めて知ったPさんだけど、
2008年だったかな、その頃はまだ、リンのリボンを黒くしてる人はあまりいなくて、
たぶん私とはいじPだけだったと思う。

この曲のサムネの絵がカッコよくて、うわー!この絵欲しいなあとww
そう思って聞きにいった曲だったが、まだ珍しいロック鏡音だったのと、
それとこのPさんは、すごく特徴的な調教をする。
それがすごく目を・・・いや、耳を引いた。

はいじPの調教は数曲聞いたら、
たぶん大抵の人は新曲を聞いてもこの人の調教だって分かるんじゃないかな。
ものすごく独特だ。他にこんな調教は記憶にない気がする。

あちこあこさんの絵ではないけど、あまりに個性が強いので、
きっと好きな人、嫌いな人がスパッと分かれるのかもしれない。
でも、創作ってそれでいいと思う。
いや、それ「が」いいと思う。
聞いた人全員に平均点もらうよりも、100点か0点かに評価が分かれるのは、
愛想を振り撒かない美人みたいでカッコいい。
愛される人には深く愛されてるPさんだろうと思う。


いろいろと演奏させて頂いたので、全部を紹介できないのが残念だけど、
喜兵衛さんの「アクアリウム」をエリィさんがどくろべぇさんのアコギで歌ってみた作品や、
歌い手として有名なざんとさんのボカロオリジナル曲「季節巡り」、
などに声をかけて頂いて弾かせてもらってる。

どの作品も、他の方の作品で弾くのはすごく緊張するものだ。
その方のイメージを壊さない事を心がけると、
ソツなくこなしたいあまりに、誰が弾いても変わらないような演奏になってしまうし、
わざわざ自分が依頼されたってことを思うと、自分らしく弾かなきゃと言う気もする。

もしかしたら、私の荒っぽいギターを求めてのことかなあと、
いろいろと悩むものだけど、自分が作ったのではない曲を自分なりに弾くってのは、
何かしら必ず新しい発見があるものだ。
そういうのも含めて今のオリジナルができてるんだろうなと思う。


今の時代は20年前とは違って、自宅で簡単に録音ができるし、
パソコンひとつで、わずか数万円のソフトで高レベルのデモが作れるようになった。

ここ数年でDTMソフトを触るようになって、
この環境が20年前にあったらなあ・・・と、よく思う事もあったけれど、
その反面、今作ってる曲は20年前には多分作れていないだろうとも思う。

特に歌詞、
20年前の私が黒リン曲を作ってたら、たぶん、男を攻撃するだけの歌詞を書いていただろう。
失恋曲は、ただ悲しい、切ない、会いたい、としか書けなかった気がする。
自分が振られた理由や相手の事情、見知らぬ誰かの想い、
若い時には、そういうことには目が向かなかったように思う。

私がここ数年曲を作って歌詞を書いて、
たくさんの人がそれを気に入って下さって名前を覚えてもらってるのは、
コメントを見る限り、かなりの割合で歌詞を評価して頂いてるんじゃないかと思う。
それは自分にとっては、すごく嬉しいことだ。
音よりもギターよりも、歌詞をほめてくれるコメがすごく嬉しい。

今までいろんなことがあって、いろんな経験をしたことを含めて書けた歌詞だろうと思うからだ。


ちょっと脱線したけど、あと1作品、紹介したい。
それは、シャノさんという歌い手さんに頼まれた、彼女のオリジナル「紅茶とマシュマロ」だ。

シャノさんは、40mPの奥さまとして知ってる方も多いだろう。
私は、シングリンクでたしか、2008年の夏ごろシャノさんに出会った。
出会いそのものは40mさんより早かったんじゃないかと思うのだけど、どうだろw

何だか最近、シャノさんと40mさんが仲がいいなあ、
もしかしたらこの二人、付き合ってんのかなと思ってたら、それ通り越して結婚までしていたww

シャノさんは、ものすごい努力家である。
シングリンクの日記ではいつもボイストレーニングをしていたし、
機材やマイクの研究も怠らなかった。

歌が上手い人だなあと思ってはいたけど、
こんなに上手い人はちゃんと毎日トレーニングしてるんだなと思った。
eiさんとかグル美さんもそうだけど、
この人が歌ってるのを聞いて、ああ、この曲ってすごくいい曲だったんだなと思う事も多い。
決して派手な歌唱ではないけど、曲の良さを引き出せる、いい歌い手さんだなあと思う。

さて、
そのシャノさんが、ある日私もオリジナル作りたいなあとか言ってたので、
試しに作ってみたらどうですか、最初は単純でもいいんですよーとか、
そんなことをみんなで言ってたら、このおねーさん、
あっという間に10曲くらいできたー!!とか言って作ってきたw

あれ、おかしいな、オリジナル曲ってそんなに簡単にできるもんじゃないんだけどなww

それからしばらくして、オリジナルもたまってきたので、
そろそろCD作ろうと思うんですけど!とかシャノさん言ってきたw
早いなあ、この人も仕事出来る人なんだろうなあw

あれ?オリジナルってそんなに簡単にストック出来るもんだっけ?と、そんなこと思っていたら、
クラP~!1曲オケ作ってー!と依頼してくれたので、
すっごく軽いノリで、ええよー!いつでもええよー!と答えておいた。

ちなみにシャノさんは、私の事を「クラP」と呼ぶ。
この人もしかして、「恋愛タイガー」作ったの私だとか思ってないよなと、時々心配になるけれども、
他にこう呼ぶ人はいない呼び方ってのも、それはそれで楽しいので、
「くらP」さんは他にいらっしゃいますよとも、その件については何も言っていないw


ところで、他の曲はどなたがアレンジするんですかと聞いてみたら、
ええっと・・・40mPと花束PとそらいろくらぶさんとシグナルP・・・・ニコッ



・・・・・・・・・・・((((((・ω・)マジスカ



何すか、その神々しい人脈は!!
なんでそこに私がいるんでしょうか????

ちょっと私、軽く引き受けたことを初めて後悔しましたw
いや、どう考えても場違いやろ。
い、いかん、ど、どうやって断ろうかと、頭の中をいろんな言い訳が飛び交った。

しかし、
駄菓子歌詞、ここはシャノさんを信用させて頂こう。

その広い人脈の中、わざわざ私に依頼をしてくれたってことはだ、
きっと私に出してほしい音があるのだろうと、弱った頭を切り替えることにした。

最初はロックアレンジにしようかとか、
40mさんや花束さんの真似っぽい音にしようかと考えたけど、
いや、それだったら別に私でなくてもいい、
私じゃないと出来ないのって何だ?と考えることにした。

以前、私が良かったら歌ってみてくれませんかと、
シャノさんに「サニーサイド」という曲を歌ってもらってて、
その音源は今でも私のパソコンの「墓場まで持って行くフォルダ」にあるけども、
その曲を気に入ってもらってたことを思い出して、アコギメインで行くことにした。
うん、あんな感じなら、もっといいモノが今ならできる。・・・気がする。・・・と、思う。

よくよく考えたらさ、
このメンツの中で、多少なりとも私の取り柄になるのは、どう考えてもギターしかねえ。
打ち込みの音で追いつくのもできないし、
ピアノアレンジで肩を並べるのも無理だ。

そういう、誰かと同じ方向で、それに追いつけたら合格っていうのではないはずである。
多分シャノさんは、私にそういう事を求めてない。

たぶん、この皆さんの中で、自分が一番上手く作れるかもしれないのは、
アコギアンサンブルのような音かなと、そう思った。
私の得意技は、多分アコギだ。
ってことで、そっちの方向で出来そうな曲を選ばせてもらった。

そうやって出来たのが「紅茶とマシュマロ」のアレンジだ。
おかげさまで、シャノさんにはたいそう褒めてもらった。
すごく嬉しかったな。





世の中の年寄りどもはみんな口をそろえて言う。
いいことも悪いことも、そう長く続くもんじゃないよと、
いいこともあれば悪いこともある、
悪い事のあとにはいい事があるよと。

耳慣れた言い回し、使い古された表現っていうのは、
若い時には「まーた同じこと言ってるよこの人は・・」とうんざりするものだ。
でも、それなりに年を重ねて来ると、ある日突然、
ああ、あの言葉は本当にそうなんだなと、身をもって思い知る時が来る。

ガキの頃から、歌の歌詞では分かっていたつもりの失恋の言い回しも、
自分が切ない恋を経験してみると、その言葉の重みを痛いほどに実感するんだ。

きっと、世の中の恋の歌が「あの人は今頃・・・」とか、
「この広い世界で君に会えた奇跡が・・・」とか、
そういう、誰もが使うような言い回しをやっぱり誰もがしつこく使ってるのは、
改めていい表現だったんだなあと思った人が、やっぱり使いたくなって使ってしまう、
そんな、輪廻転生のような作用なんだろうと思う。


さて、第2次開き直り期を迎えた私は、
それまでうじうじめそめそしてたのが嘘のように、
プライベートのいろんな問題もクリアになり、
曲の断片もたくさん湧いてくるようになった。

そういえば、
よくいろんなお客さんから聞いたものだけど、
電化製品って言うのは、ある時期、みんな一斉に壊れる時期があるものらしい。
超常現象の類をまったく信じない私だけど、
そういうことに何かの意味を見出すことは、精神衛生的にはいいことなのかもしれない。

私も全部の電化製品を新品に買い替えた家庭みたいに、
新しい気持ちで複数の曲を作り始めた。


ところで、気がついてる方も多いと思うけども、
私が作る曲には失恋の曲が多い。

それには特に理由はない。暗い歌が好きなだけであるw
たぶん、楽しい気持ちを前向きに歌う方が、聞いてる人には元気を与えられるのだろうと思うけど、
歌う方としては、声に出さずにいられない気持ちは、切なく苦しい言葉ではないかと思う。

いや、一見説得力があるように聞こえるけど、今考えた後付けの理由だろうなw

やっぱり単に、ただひたすらに暗い歌が好きだw
昔から、美しいと思った旋律はたいていマイナーキーだった。
今でもギターを持った時も、ピアノに向かった時も、
さてどんな曲を作ろうかと考える前に、指は既にEmを押さえているくらいである。


私はおっさん臭いとか、昭和だなとか、どっかで聞いたことあるとか、
オケがいまいちなんだよねとか、ギターのフレーズが古いなあとか、
そういうコメを恐れずに、ただ思うように、自分だけが好きな曲を作り始めた。

「おやすみメール」という曲はそうやって出来た。
曲のキーはやっぱりEmになった。


誰かと仲が良くてうまく行ってる時、恋愛がうまく行ってる時、
最初、人はそのことをとても嬉しく思う。隣にいてくれてありがとうと思う。

でも、人はだんだんその気持ちを忘れ、隣にあの人が居ることを当たり前だと思うようになる。
毎晩同じ時間にかかってくる用のない電話や、
「なにしてんの?」ってメールを、当たり前にいつまでも来るものだと思うようになる。

大事にされていることを特別なこととは思わなくなり、
やがて、大事にされるための努力を怠るようになる。
あの人が見てくれていた自分のいいところを忘れ、
それを維持する事も、もっと努力する事も忘れて、何故愛してくれないのと思うようになる。

そして、隣にあの人がいることが、こんなに自分にとって大事だったのだと気がつくのは、
あのひとが遠く離れてしまった後である。

そして、やっぱり人は、そんなことを何度も繰り返している。



この曲は、その頃発売されたLilyの体験版で作った。
作り始めた頃はリンで作っていたけど、歌わせてみたら見事にはまったので、
そのままLilyさんに歌ってもらう事になった。

Lilyさんは私はとても好きだ。
なんか、声が暗くていいんよねw
暗いと言うと、歌愛ユキの声も暗くていい。
結局お迎えすることはなかったけど、いつか欲しいなあと思ってた。


イラストは、「何もなかった顔で」のまめさんと、水穂沙羅さん。
二人とも、「遠いいざなみ」でコラボした方だ。
ツイッターで、誰か昭和なLilyさん描いてくれませんか?と言ったら手をあげて下さった。

沙羅さんは、よくばすてぃPと一緒に作品を作ってる方で、わんつー工房の一員である。
ばすてぃPは、かなり初期からいらっしゃる方で、私の憧れのPの一人だ。
BeMine!と言うリン曲が好きで好きで愛してたまらなかった。

後に、沙羅さんの紹介でコラボさせてもらうとこになるのだけど、
BeMine!やR☆L滑舌探求歌聞いてた頃には想像さえできなかったな。
ボカロPやってると、そんな機会が訪れることもあるんだ。


私が初めて沙羅さんを意識したのは、名前よりもその絵からだった。
ピアプロですごくいい下着姿の大人なリンを描いてらしてて、
それが私はすごく気に入っててブックマークしてたんだけど、
いつの間にかその絵は削除されてて、で、その後、にゃっぽんで沙羅さんに会って、
その絵の作風を見て、もしかしてこの人の絵だったんじゃね?と、
恐る恐る聞いてみたら、やっぱりそうだった、という、そんな出会いをした絵師さんである。

その後、「生はいいね」や「遠いいざなみ」で一緒に作品作って、仲良くしてもらったんだけど、
私が、浅川マキさんが亡くなったと聞いて、追悼カバーで「朝日楼」をやった時、
ピアプロで似合うルカ絵を探していたら、
「ぜったいこれしかねえ!!」という絵を見つけたんだけど、
こんなにどんぴしゃ(死後)な絵を描く人はどなただろうとお名前を見たら、沙羅さんだった。

驚愕と言うか、やっぱりというか、
なんだか好みが似てる人だなあとよく思う絵師さんだ。

ちなみその、私にしては珍しいカバーはこれ。
浅川マキさんの「朝日楼」という曲で、原曲は「朝日のあたる家」というアメリカ民謡だ。
学校で音楽の時間に習った人も多いかもしれない。



あ、そうだ。
「おやすみメール」は動画は私が自分でやったんだけど、
地味に出演もしてるw

あの歌詞を書いてる手は私の手である。
字は急いで書いてるのであんなだけど、たぶん、もうちょっと上手いw


ついでに、私が作ったカバーはもう1曲ある。
カバーと言うかなんというか…w

それはNo,DさんのSeekerが殿堂入り間近の時に、支援動画として作ったものだ。
いや、全然支援にはなってないけど・・・

私はその曲を投稿するのを迷っていた。
もともとはあるコラボのために作った曲だったが、そのコラボは実現しなかった。

書いて頂いた詞は使うわけにはいかなかったので、改めて自分で書こうとしたけれど、
何だかこの曲うpしたら、きっと見るたびに自責の念に駆られる気がして、
残念だけどこの曲はお蔵入りにしようと思っていた。

きっとコラボ相手の方も、予定とは違う形でうpされてるのを見ると、
いい気持ちではないだろうしなと思った。

そんなとき、2chの底辺スレだったかボカロ創作スレだったかうろうろしてた時に、
きっと同じようにコラボでうまくいかなかったんだろう、
残った作品をどうしたらいい?って発言から始まったやり取りを見つけた。

全くすごいタイミングだなと思ったが、
そういうことはもしかしたら、ボカロ界隈ではよくあることの一つなのかもしれない。

私は、2chに発言するのはいまいち怖かったので(今でも怖いけどw)、
そのやり取りをただ見ていたんだけど、
彼らが出した結論は、「作品には罪はない」というものだった。

私は勇気を出して、ありがとう、関係ない者ですがありがとうと発言した。
何のことかわからないけど、わかるよwwと、そのスレの人は答えてくれた。


私は改めて自分で詞を書き、
書いてる時にイメージしてた裏花火さんのイラストを借り、
自分で動画を作って一旦はうpしたが、エンコ失敗してるのに気付きw
改めてクロに動画作ってもらって、エンコしてもらってその作品をうpした。

そして、そのスレに、
先日、部外者ですがありがとうと言った者ですが、自分で歌詞書いてうpしました、
不幸な生まれ方をした子供ですが、それでもうちの子なので、
可愛がってあげようと思いますと、そんな報告をしてきた。

曲よりも、自分で書いたって言ってる歌詞が良かったぞと、そう言ってくれた人、ありがとう。
あなたには今でも感謝してます。

その曲が「あばずれクロニクル」だ。



そして、この曲以来、まともな新曲は半年ほどうpしなかった。
ゆっくり「みがって」のリメイク作ったらもう引退しようと思ってたし、
いざ曲を作ろうとしても出来なかった。


ろくに曲も作れなくなって数か月経った頃、
にゃっぽんで、黒リン仲間のはいじPが、「最近スランプなんだよー」とぼやいてた。

私はにゃぽではカラ元気だけはあったので、どしたん?と絡んで行って、
自分も作れないでいるくせに、「そういう時は、自分だけが好きな曲作ってみるといいかも」と、
生意気にも意見を言ってみたりしてた。

そういう事をはいじPに言ったあとで、ふと我に帰り気がついた。
そうだよ、自分だけが好きな曲は、むしろ今のお前自身が作れよと、
お前は人にそんなこと言えるのか?
自分だけが好きなのを作れなくて、ニコニコ全体の好みとか、そういう見えないもの気にして、
中途半端に妥協して、結局ストレスためてるのは自分じゃないか。

「何もなかった顔で」が伸びなかったことで、
もう伸びるのは諦めた!とか言いながら、やっぱり、
それでも私はやっぱり再生数やマイリスを気にしていたことに気がついた。
全く、何やってんだろうな、カッコ悪ぃ。


私は、第二開き直り期を迎え、
「みがって」リメイクと並行して、数曲を作り始めた。

何だかこの時期からの作品は、自分では作風が変わったように思ってる。
でも、多分聞いてる人にはあまり変わらない、些細な違いかもしれない。

あと、クロと一緒には作らなくなったってこともあるかもしれない。

この頃、もうクロはクラフトPの一人ではなく、よしのんという、立派なPさんのひとりになっていた。
私は自分一人でクラフトPを名乗るようになった。
それまでは、何かにコメントを残したりするとき、「クラフトP徒労」と書いていたが、
この頃からは「クラフトP」と書くようになった。

一人になって気がついたが、一人でPを名乗るってのは心細いものだ。
みんな、他のPさんはずっと一人で続けているんだな、すごいなあと改めて思った。
ちょっと時間が空いたね。
なんだかんだ言って、脳内で曲が出来そうになったらやっぱり作ってしまうもんだ。
2曲ほどイメージが沸いたので、今作ってます。
どっかでお聞かせ出来る日が来るといいな。


さて、「遠いいざなみ」「戦いの道程」をうpし、
2010年になってボカロ活動も2年を過ぎようとしていた。

今だから言うけど、2010年は私にとってあまり楽しかった時期ではない。
何をうpしても思うような再生数にならずに気が滅入ることも多かったし、
ちょっと前に話したコラボの失敗もこの頃だ。

いつもの自分だったら、何とも思わない失敗だったかもしれない。
「残念だったけど、勉強になったわ」で済ませていた失敗だったかもしれない。
でもこの時は、気持ちの切り替えが全然できなかった。

投稿をしてる人には分かってもらえると思うけど、
作品作って投稿するってのは、ただ楽しいだけでは続けられない。
あるきっかけで心がポキンと折れるようなストレスが、
ゆっくりゆっくりとたまっていくんだ。

私はこの頃、
自分はもう駄目だな、もう作れねえやと、そう思っていた。


プライベートでも大きな出来事が3つくらい重なったのも関係あるかもしれない。
それはどれもあまりよくないことだった。

プライベートの問題も、コラボの失敗もあまり詳しくは書けないけど、
書いたところで所詮は私の立場からの見方に過ぎないし、
一方的な言い分を書くことになるので、やっぱり書かないでおく。
ただ私に原因がないとは全く思ってない。
やっぱり、自分のせいだったと思う。


この時は本気でもうボカロPはやめようと思っていた。
引退宣言とかすると大袈裟に自己アピールするみたいで、
自分はそれほどのもんかいなって気もして、
このままこっそりと、誰も気がつかないように引退してしまおうと思っていた。

禁煙もネトゲもボカロも、
くそ、もうやめるぞー!と大きい声で言えるうちは、
自信にあふれてて元気なんじゃないかと思う。
そういう風にストレス発散できるのはいいなあと思っていた。


プライベートの方の問題も結構大きかったので、
曲作ってる場合じゃないなと思ってもいたのかもしれない。
時々、ギター持って作ってみようとしても全く何も浮かばなかった。

あと、人と何かを作るのをちょっと怖いと思っていた。
思えばそれ以降は、よく知ってる仲の人としかコラボしてない気がする。
もしかしたら、今でも怖いと思ってるのかな。


私は、もうこれで最後にしよう、でもその前にこれ作っとかなきゃと、
デビュー曲の「みがって」のリメイクを作り始めた。

「みがって」は、クロに何かボカロ曲作ってと言われて、
過去に作った曲をミクに歌わせ、クロが写真撮って初めて投稿した作品だ。
この作品は、私にとっては楽しい思い出しかない。

今でもこの初投稿動画は、私に当時の記憶や雰囲気を思い出させる。
あの頃とは、いろんなものが大きく変わってしまったけれど、
おまえたちはこんなに楽しく作ってたんだぞと私に教えてくれる。
そんな作品だ。

ただ、音的にはずっと不満があったw

他の曲を作りながらも、この初投稿のクオリティはないよなと、
ずっと作りなおしたいなあと思っていた。
うん、最後にこの曲はちゃんと作らないとな。

私はこのリメイクに数か月かけた。
じっくり作ったのではなく、作りたくなった時だけ作っていた。
作るのがキツイ時には手をつけなかったら数カ月かかっていた。

動画はもちろん、クロ以外に頼む気はなかった。
クロとはずっと一緒にやってきた。
私をボカロ界に引きずり込んだのもクロだ。
一緒に喜んだのも、一緒に凹んだのもクロだ。
今はもう、奴とは何かを作ることはないのかもしれないけど、
私の創作の心の相棒は、ずっと死ぬまでクロだ。

クロが作らなかったら自分で作る気でいたけど、幸い、快く引き受けてくれた。
ただ一つだけ、クロは注文をつけた。
「リンたんでよろ (・ω・)」

ということで、リメイクした「みがって」は、リンが歌うことになった。
鶴の一声であるw


リンだったら、そうだ、裏花火さんがトロクロの鏡音コスをUFOキャッチャーで取ってたじゃないか、
あれ?お友達にもらったんだっけな?まあ、いいかw
よし、あれ、写真撮ってくださいとお願いしよう!
・・・って感じで、頂いた写真を動画に使わせてもらった。
裏花火さんは写真もすごくいい写真を撮る。

出来た動画は、私が言うのも何だけどすごく良かった。
まあ、見て下さい。

私は、この動画を見るとき、
「これでさよなら」という歌詞のところで、トロが背中でバイバイしてるんだけど、
そこでいつも何かがこみ上げて来て涙目になる。




で、私のボカロ活動はこれで最期を迎えたのであった・・・・、

とはまだならないw

それについては次回へ
他のいろんな世界にもいる存在だと思うけれど、
ボカロ界にも、決して大ヒットを連発するのではないけど、そのセンスや才能を誰もが認め、
第一線の創作者からも一目置かれてる存在の人がいる。

個人的には、キャプテンミライさんやエハミックさんなどがそんな存在の代表的な方だと思うけど、
非常にタダモノじゃない感を強く感じる方に「杉の人」という人がいる。

私は彼を杉さんと呼んでいるが、rilldiさんと言った方が分かる人も多いかもしれない。
最近はrilldi名義での動画制作の活動が多い。

杉さんはどういう人か説明するのに非常に悩むw

最初にその存在を知ったのは、恋は戦争のカバーで「杉は戦争」と言う作品だった。
タイトルで分かる方も多いかもしれないが、杉さんはものすごい花粉症らしく、
その後のカバー作品も、「初めての杉にかかる時」「花粉豪快」などという、
まったくもってふざけたタイトルが並ぶww

そして、この点で彼以上の人はいないと思うが、極度のリン廃である。

私が時々このブログで、「自分の中のリンが勝手に・・・」とか、
そういう気持ち悪い事を書きそうになっては自重してるが、
杉さんのツイッターでのリン妄想はそれどころではない、全く自重なしである。

最初はきっと杉さんの周りの人は、
また何か変なこと言ってるなwwくらいに最初は思ってただろう。

その妄想つぶやきは、回を重ねるごとにだんだんとエスカレートし、
細部にわたって具体的になり、読んでる人にもその光景が浮かび、
やがて杉家のリンちゃんは周りの人たちにも愛されるようになり、
とうとう田村ヒロさんの手によってマンガになったw

それは「リンちゃんなう」という作品で、確かめちゃめちゃ売れたと聞いた。
ちなみに私も持ってるw
とらのあな通販で、本代と送料が同額だったにもかかわらず買った。
ちなみに現在は「リンちゃんなう2」まで出てる。


さて、その杉さんと私はにゃっぽんで知り合い、
不思議と彼は私の作品もいつも見てくれてて、すごく仲良くしてもらった。

一度杉さんからコラボの話があったが、その時にはスケジュールが厳しくて実現しなかった。
でも、社交辞令ではなく、いつか何か一緒にやりたいなあと常々思っていた。


ある日私は、ギターを持っていつものように適当な歌詞を歌っていると、
あるフレーズがすらすらとメロディー込みで口から出てきた。


「旅に出る僕の背中を追いかけるな。君を連れてはいけないんだ。僕の事は待たないで欲しい。」


うん、演歌だなこれはw
すごく演歌だw

ちなみに私は演歌が嫌いではない。
過去に老人介護施設などで演奏したりすることが時々あったけど、
ああいうときの古い演歌の支持率は半端ではない。

みんなで同じ歌詞、同じメロディーを口にして、
老人も若者もみんなで一緒に歌を歌う時、そこには上手い下手を超えた楽しさや連帯感がある。
歌を歌うということの原始的な喜びがある。人と人とは繋がりあえるものだと思える。

そして、そこで歌われる曲というのは、まず今のJ-POPではない。
それは「ふるさと」であったり「幸せなら手を叩こう」であったり、
「上を向いて歩こう」だったりする。

私はそんな曲を作るのが目標なのかもしれないなあとは、今もよく思う。


しかし、まあ、だからと言って、そこでそのままボカロ演歌的なものを作るのもどうかとw
このまんま素直に作るのも何だか気恥かしいなあという気もした。
ともかく思う通りに作ってみようかと、次のフレーズを作った。


「男に生まれてきた僕には、逃げられぬ戦いが待っているんだ 君にもいつかは分かるのだろうか」


だんだん、中二病の山本譲二的な歌詞になってきたなw
どうしようこれ、いったいどんな話なんだろう、と、
自分で書いたことも棚に上げ、その歌詞の背景を考えてみた。

「男だけにわかる戦い」か、一体それは何だろうと思った瞬間に閃いた、
それ、エロ本買いに行く少年の話じゃね?w

ここからはどんどんと歌詞が出てきた。
歌詞や曲は大真面目で、動画の解釈を斜め上に間違ってもらおうと思った。

歌詞を書きながら、これは誰か絵を描ける人を引き込む必要があるなと、
そう思った時に、うん、あの人だ。
これは絶対、杉さんしかいねえ、と思ったw

杉さんに話を持ちかけて、二つ返事でOKもらって、二人で歌詞を煮詰めた。
トロさん、今の子はエロ本買わないですよと、DVDを借りに行く話になり、
初めての戦いに「震える手で」取るのは「剣」ではなくて、「割り引き券」になったw

さすが鬼才の杉さんである。
あっという間に読むだけなら大真面目な歌詞が完成し、
動画のコンテや細かいネタもできた。

長澤よしえさんやハトが登場するのも杉さんのアイディアである。
よしえさんっていうのは、ナモナキP師匠の家の超セクシーMEIKO姉さんの名前だ。
彼女のDVDがあるのなら私もすごく欲しいと思ったw


ちなみに、真面目な方のストーリーは、ピアプロに書いてるのがあるので、
それを紹介してみよう。
http://piapro.jp/t/5UBs

それからしばらくして、私はボーマス10で杉さんに会った。
動画が遅れててすいません~!と言いながら、
アフターの飲み会やカラオケまで付き合ってくれた。

それがこの作品。
タイトルはずいぶん悩んだけど、「戦いの道程」にした。

ちなみに投稿したのは「遠いいざなみ」の直後である。
2009年もあと3日で終わりという感慨や余韻がぶちこわしであるw



この作品は、いろんな生放送ですごくたくさん流してもらえたようで、
生主さんたちにはすごく感謝している。

どなたかが、「クラフトPのケルト風の新曲・・・」と紹介して下さってて、
ああそうか、こういうアレンジがケルト風って言うのかと思ったw
今日は昼寝してたらいつの間にか夜になってしまってて、
何だか眠れなくて、ちょっと関係のない話かもしれないけど、書きたい事あったので書いてみる。

私は、運命とか奇跡とか、霊や河童の存在とか、UFOとか超能力とか、赤い糸の伝説とか、
死後の世界とか、天国とか、祟りとか、お祓いとか、お守りとか、虫の知らせとか、般若心経とか、
そういった超常現象のようなものを全く信じていない。
そういう話は好きではあるし、ロマンも感じる。
でもやっぱり信じていない。

人は生まれてきて、子供を作って、やがて死んでいく。
それが数十年の単位で繰り返されていく。
それ以上の意味はないし、それ以下のものでもない。と、思う。

新しい生命の誕生は、人間だけが特別ではなく、
私が生まれてきたことも、隣の猫がどこぞで子猫を産んできたことも、
大物芸能人に2世が誕生した事も、公園のカマキリの卵が孵化したことも、全て同じことだ。

同じように、私がやがて死を迎えるであろうことも、
通勤途中に犬が車に弾かれて死んでたことも、
ヒロが自殺した事も、うるさい蚊を手のひらで潰したことも、全ては同じことだと思う。


ただ人は生きているうちは、生命のことや生きることを必ず考える。
きっとどんな人も、その人生の中で生きる意味とか、生まれてきた理由とか、
そういったことに思いを巡らす時期がある。

人には心があって、その心を抱えてたくさんの人が集まって、
いろんな複雑な関係の中で集団で生活をしている。

そこには喜びがあり悲しみがある。
人には意識的にも潜在的にも、いろんな感情がある。

私が毎年、母が買ってくる交通安全のお守りを車に下げてるのは、
そのお守りに効き目があるからではなく、母の心配に感謝してるからだし、
会ったこともない先祖の墓に手を合わせるのも、
その先祖に会った事のある婆ちゃんの気持ちを尊重してのことだ。

私は、人生とか生命とか愛とか運命とか奇跡とか、物事のいろんな意味というのは、
人の心に作用するからこそ存在するものだと思う。


例えば、宝くじ1等に当たった人は、それを奇跡だと思うだろう。
でも、第一勧業銀行からすれば、1等は世の中の誰かには必ず当たる。
それは当選者以外にとっては奇跡ではない。

新しいクラスに30人の生徒がいたら、
この30人が揃う確率はと考えれば、それは奇跡のような確率だろう。
でも、教育委員会からすれば、そこには何の意味も意図もない。

奇跡とは立場によって変わるものだ。
逆に言えば、気持ちの持ちようで何気ないことも奇跡に変わる。
奇跡とは、人の心が生み出すものであると思う。


例えば、祈りとか、願いとか、般若心経とか、そういったものは、
物理的には何の作用も効能もないものだろう。
でも、誰かの安全を願う時、亡くなった人を惜しむ時、
人は何もせずにはいられない。

祈りを捧げずにはいられないし、教を唱えずにはいられない、
願いは届くと信じずにはいられないものだ。

それは全て、本当は今、生きている人のために、
祈りや教を口にする人のためにあるのだと思う。


「夢は叶う」という言葉がある。
この言葉だけでは、この言葉それ自体は嘘だ。
夢は見てるだけでは決して叶わない。

でも、夢は叶うと信じて努力を続けている人が身近にいたら、
人はその人に何かの手を差し伸べたくなる。

プロのミュージシャンになりたいと、路上で歌っている人がいたとして、
一度見かけたくらいでは、よほど上手くないと人の心は動かないが、
毎晩続けていると、だんだん周りは「あの子よく続くなー」と思いはじめる。

それが数か月続くと、一度ちゃんと聞いてみようかになり、
さらに続くと、この子は本気なんだなと周りが分かってくれるようになる。

そして、そういう路上シンガーを発掘する立場の人も、
かつては夢は叶うと信じて何かを夢見ていた人たちだ。
「夢は叶う」と信じて頑張ってる人に差し出せるチャンスはないかと思うものだ。

そういう意味で、夢は信じ続けていれば叶う。
これは本当のことだ。
夢は叶う。
少なくともチャンスは広がる。


私には年の離れた姉がいる。
姉は私が学生の頃に地元の市役所に勤める人と結婚し、3人の娘に恵まれたが、
末娘を生んで数ヵ月後に、旦那さんは病気で亡くなってしまった。

結婚生活は5年ほどで、姉もまだ若かったから、
周りはみんな実家に帰ってくるんだろうと思っていたが、
末娘が社会人になった今でも、姉は旦那さんのお母さんと二人で嫁ぎ先で暮らしている。

旦那さんのお母さんと言えばつまり、ただの他人である。
一度、姉が実家に来てた時に、近所のおばちゃんがなぜ帰ってこないのと聞いたとき、
主人の母ですからと、軽い口調で言ってたのを聞いたことがある。

昼食に同じパンをずっと買い続ける私の性格は、さては遺伝的なものだったのかとも思ったが、
さすがにこの姉には負ける。勝てねえと思う。

姉は別に変な宗教に入ってるとか、メンヘラ的な性格とかそういうのでは全くないが、
子供たちが小さい頃の写真を見ては、ここにあの人が写ってるとよく言う。

私がその写真を見ても、当然何も見えない。
多分、きっと誰も何も写ってはいないけど、姉にはそう見えるのだと言う。

私は姉の前では、幽霊はいないとか、霊は存在しないとか、
人は死んだらそれまでとか、そんな話は絶対にしない。
それは彼女が、霊は存在するものだと思っていたいからだ。
人は死んでも、その魂はいつまでも愛する人を守ってくれてると信じていたいからだ。

私は、霊と言うのは、その存在を信じていたい人の心にあるものだと思う。
それは決して怖いものではなく、時には自分の愛を映す鏡であるのだと思う。


ブラインドレックの歌詞を書いてた時、
私は姉の心情ってどういうものなんだろうなと考えながら詞を書いていた。

一番残酷なのは、愛する人が昔と変わってしまって、
もう、愛した人は本当にどこにもいないことを思い知らされることかもしれない。