72歳になってから、急に身体に異変が起き災難が次々と襲ってきた。

まず、急に食欲がなくなった。口に食べ物が入らない。卵かけご飯にしても、ひと口でもう次が入らない。64キロあった体重が58キロになった。

 胃カメラも飲んだ。異常なし!ある朝、顔の右半分が痺れた。脳の病気だと思い脳神経科を受診。ここも異常なし!同じ頃、身体に発疹とオデキが出てきた。皮膚科で軟膏治療。ある時、医師が内臓器の異常かな?と血液検査も受けたがここも異常なし!そして、5月自治会粗大ゴミの日に、草刈り機で右足前脛骨筋断裂、皮膚裂創で27日間入院した。自分で傷つけたのではなく、雑草を刈っていた住民の後ろに立った私を振り向いた彼の手にあった草刈り刃が直撃したのだ。リハビリのおかげで回復して杖なしで歩けるようになり、今度は地区の回覧板を自転車で配布中に、猫が急に飛び出してきて急ブレーキかけたら転倒してかばった右手甲の中指を骨折。二ヶ月はかかる。何か呪われているのか?祟りか?そんな時、父親の7回忌を迎えた。住職が法要を終えた時「あれ!、仏様の顔がない…」いつ、どこで?とは思ったが帰郷して10年あまり全く気づかなかった。私の周りでは「仏様のバチが当たった!ちゃねぇ!」の声があがった。私は霊のたぐいは信じていないので(そんなバカな!)と流したものの、すぐに新しい仏様を入手してからお茶と水を捧げている。

閑話休題。心理カウンセラーの勉強中に「プラス思考実践」を学んだ。心の病は、たいていが物事の受け止め方による。カウンセリングの時に「私は怒りっぽいんです」には「感情が豊かなんですね!」と返す。

「私は一貫性がないんです」には「柔軟性があるんてろすね!」と答える。

言葉の使い方ひとつなんです。物事をマイナスではなくプラスにとらえる。

「臆病」- (慎重) 「神経質」-(よく気がつく) 雑-(細かいことにこだわらない)

「あきっぽい」-(好奇心が旺盛) 「せっかち」-(エネルギッシュ)

「集中力がない」-(あちこちによく気が回る、気配り)

「太りすぎ」-(恰幅がよい、頼もしい)

 言葉の使い方を悪い方に流用すると、高市早苗がよく使うすり替えになる。朝日新聞「素粒子」にあった。

「非核三原則を堅持しますか?」には(政府としては堅持しております)

「憲法9条を守りますか?」には(憲法の定めで憲法尊重、擁護義務があります) だから、貴女はどうなのよ!と、突っこみたくなるが何も答えていない!質問の答えを「すり替えているだけだ。こんな総理を持つのは日本人として恥ずかしい!ようやく、気づきはじめた若者たちからの支持率も急降下!

 私の身に起きた出来事もプラス思考で受け止めている。それが、人間を長くやっている生きる智慧だと思っている。体重も64キロに戻った!

 60周年ブームなんだそうだ。コンビニでWポストを立ち読みしていたら、高田文夫の連載コラムにあった。60年前の高田氏は高校3年生。印刷業の父親のツテで6月に来日したビートルズ武道館ライブを見た。35分という、今では考えられない短いステージ。当時、私は世田谷区立千歳中学1年生だった。ライブの前日だったか、担任が「女性みたいな髪型をした英国人のバンドが武道館で公演するけど行く者はいないよな!」と言ったのを覚えている。

 あの頃の私は、「エレキの若大将」に夢中で、日曜の度に弁当持参で都内の映画館に通っていだ「エレキの若大将」の映画を一日に3回は観ていた。テケテケに痺れ、加山雄三さんは神だった。ビートルズの凄さを知るのは一年後のこと。

 テレビでは、「ウルトラマン」「笑点」がスタート。NHKでは「おはなはん」が流れパチンコ店からは「君といつまでも」「骨まで愛して」「星影のワルツ」が聴こえてきた。野球部にも入ったが、松本くんという豪速球をバンバン投げる投手の球を見て「こりゃあ器が違うわ!」と退部した。

 毎日、ナショナルのポータブル蓄音機で、初めて買った加山雄三の「君といつまでも」「夜空の星」のEPレコードを繰り返し聴いていた。もちろん、ギターなんか買ってもらえず祖母からプラスティックのウクレレを2千円で買ってもらった。あの時「ギターの弦は6本だけど、ウクレレは4本だから子どもでも大丈夫よ」なる迷言は今も忘れない。チューニングは、テレビ大正寄席の司会者だった漫談の牧伸治が「よしこさーん」と合わせるのを知った。音階でいうと「ソドミラ」だ。EPレコード330円、週刊誌50円、新聞が580円の時の2千円のウクレレだから決して安い楽器ではなかった。ただ、プラチックで糸巻きがお粗末ですぐ音が狂う。今は、マーチンのウクレレを持っているがあの頃のウクレレはオモチャだった。

 1学期で千歳中学を転校し日南市に戻った。クラスの有衛くんの兄がもう弾かないギターを貸してくれてから、ベンチャーズ、ビートルズに夢中になった。あのまま、千歳中学にいたならどうしていただろうか?

 60年経た今の日本はメチャクチャだ。1人の無能な女性総理により、どうでもいい法案を議論もせず数でゴリ押しする。国民の7割が愛子天皇を支持しているのに男系のみなんて、女性初の総理になったあんたがそうなのか?!

ようやく、化けの顔が見えてきたのか支持率急降下だ。朝日新聞編集委員の高橋さんじゃないが、「最低最悪」な高市総理だと思う。

「歯に衣着せぬ生き方」を実践してきた美輪明宏さんが逝った。91歳。私の叔父貴と同じ昭和12年生まれ。終戦の時は8歳だった。美輪さんは、8月9日に長崎市で被爆した。

「私は被爆しながらも無傷で生きながらえました。私が講演等で語り続けることは、神への恩返しだと思っています」美輪さんは、芝居とコンサートで5ヶ月拘束されるが、それ以外で講演活動をしていた。

 22年前、熊本県菊池郡合志町のJA講演に同行したが、自民党支持者が多い保守王国の土地でも媚びない。忖度もしない。あの当時、小泉総理の頃。

「情けないことに、日本の歴代首相たちは就任するとアメリカ大統領を訪問します。その時は何かあるぞ!と考えなくちゃいけないんです。小泉総理はすぐに有事立法案を提出しました。イラク戦争で自衛隊を派遣したのはブッシュへの忠誠心そのものです!」と、切り捨てた。当時、小泉総理は「純ちゃん」と呼ばれ女性たちに人気があった。

「純ちゃーんなんて、いい歳こいた、貴女たちオバさん連中が発するから政府はそのうち、皆さんの子ども、孫たちが昔の赤紙の紙切れ一枚で戦争に行かされる日が来るかもしれないんです」と、一刀両断で切り捨て捨てる。けど、観客(9.9割は女性群)歓声を上げた。今の高市トランプ外交の狂宴ぶりを美輪さんはどう評価したか聞いてみたかったなあ…。

 長崎市丸山町の料亭に住んでいた美輪さんの被爆体験はこうだ。

「二階の一面ガラス窓前に置かれた机で、私は万寿姫の絵を描いていました。お手伝いで足が不自由なキヨちゃんが後ろの押入れのまえで布団の手入れをしていました。そこにマグネシュウムを何百個を焚いた白いひかりと爆風が窓から入りこんだのです」

 美輪さんは、爆風の3秒前に、ガラス窓前から立ち上がり押し入れ前にいたキヨちゃんの前にしゃがんだところの轟音と爆風だっだ。机に座っていたらガラスの破片が顔に突き刺さっていただろう。布団をかぶり、キヨちゃんと二人で家の外へと逃げた。市内を逃げまわるが、そこは地獄だったと美輪さんは語ってくれた。とにかく、戦争を憎み、権力を傘に威張る人間が大嫌い。警察官、軍人たちの一般市民への暴行に威嚇!を自分の目で見てきた。

「日本の軍隊は盗賊の集まりですよ。女性ひとりも守れやしない。そのくせ、すぐ大和魂とか軍人魂とか偉そうなことばかり言う。外地、沖縄でも軍人たちは日本人を守らず、スパイ呼ばわりして殺害していました」

 戦後、長崎の大波止の埠頭には、外地から引き上げてくる軍人が多かった。そこに、軍人に対して石を投げ続ける女性がいた。外地から引き上げの途中、その女性の両親は病人にもかかわらず、邪魔だ!と、軍人から銃の台座で眉間をどつかれて亡くなった(殺された)。

「日本の兵隊はみんな自分の手で殺してやる!」と、女性は石を投げ続けたそうだ。

「人間は、間違いをしでかすために生まれてくるものなんです」と、常に美輪さんは言っていた。だから、この世はすべて錯誤で成り立っているとも。

 今も忘れない言葉がある。「人間は、感情で生きてはダメ!よ。常に理性的でいること」腹が立ったらしばし息を大きく吸い込む。しばらくして、冷静な気持ち(頭)で物事を考えること」はい、実践し続けています、私は…。

 講演でこんなことも言っていた。

「アメリカの軍需産業で生活している人は1400万人もいます。この人達にとって、世界平和ほど困ることはありません。兵器をどんどん消耗してもらわないと生活が成り立たない。だから、世界のどこかで戦争を起こしています。こうした戦争は、起こるべくして起きたのです」

 まさに今の世界情勢は美輪さんが言ったとおりに進んでいる。権力へのご意見番がいなくなり寂しい思いだ。仏の世界には、黄色か青色か分からないが、お釈迦さまより派手派手な服で行かれた美輪さん。どんな世界ですかそちらは…。合掌。

「AIが人類を凌駕した」「人類の命運をAIが握る」「超知能AIに人類が支配される」今は、SNSに一方的に動画が流れてくる時代。とくに国政選挙ではすごい量だ。朝日新聞「天声人語」が高市早苗秘書疑惑を取り上げていた。   私は、文春の記事が出た時に「やはりなあ、いかにもやりそうだ!」とおもった。自民党(石破茂政権)が少数与党になった時に、彼女はSNSの威力を知ったに違いない。だから、総裁選で本命と前評判の高かったライバル小泉進次郎に対しても解散衆院選でもこれを活用して勝利した。

「私は秘書を信じる」(それはあんたの勝手)と答弁するのではなく総理大臣としての事実関係を皆知りたいのだ。

「丁寧に誠実に首相説明があっていい」との天声人語。高市首相は常にはっきりと物事を言わない。はぐらかす返答しかしない。物価高、原油高の今、消費節約を言うのが普通なのに、事足りている!と頑な姿勢だ。そんな事ないはず!と国民の誰もが分かっているのに…。政権として弱腰と見られるのが嫌だけで現実が見えていない。

閑話休題。この画像SNSで身近なフェイク体験をした。バンド仲間から、東京スカイツリーの下で、若い女性とのツーショットのメールが届いた。誰だ?と騒動になった。愛人との秘密旅行だという。男達からは「上手くやりやがって!」と批判の嵐。奥さんに同情した。ところが、これがスマホAI処理画像だった。アプリを使えば、場所、ファッション、顔のシワまで修正できる。それも、言われるまで全く分からない精密度。驚いた。何でもできるのだ今は!

 米国の人工知能開発会社「アンソロピック」は、新型AIの公開を見送ったとの記事があった。画期的なAIなのに、サイバー攻撃に悪用されるのが理由。

 やはり、AIが自らプログラムを書き換えさらなるプログラムを作る。やがて、国家戦略インフラとなる。国家と技術が密になっていくのでしょう。だから、冒頭の人類を超える知能の出現はもうそこまで来ている。まさに、今そこにある危機だ。千葉大学教授の神里達博さんの「権威主義や独占企業が手段としてAIを使って人々を支配するリスクを心配した方がいい」の指摘こそ私たちは噛みしめた方がいい。文春問題に正面から向き合わない高市早苗にその危険性をプンプンと感じる!

「老々介護」が始まった。間もなく99歳になる母親が脊椎の圧迫骨折となり、現在、寝たきり生活が続く。背骨を支える部分(椎体という)が押しつぶされる。整形外科の医師からX線写真を見せてもらうと、椎体のまん中あたりが「へ」の字みたいに白くなっている。骨粗鬆症の薬を飲んでいたが、尻餅をついたりしてでも折れる。何しろ超高齢者だ。治療法は、これ以上悪くさせないため、コルセットを付けるだけ。それと、痛み止めの💊を飲むしかない。

 好きな作家である久坂部羊(現役医師)さんの「人間の死に方」(幻冬舎新書)を読んだのは2014年。麻酔科だった父親の看取りを関西人らしいおもろく書いた介護ドキュメント小説だ。再読すると、もう実体験の今と昔では読了感は百八十度違った。おしめ交換も、前立腺がんだった父親には末期には導尿カテーテルを入れてからは、週に2回ほどだが、我が家は毎日交換する。便は幸いにも2008年に大腸がんて人工肛門のストマーなので袋を交換するだけ。

 久坂部さんは、濡らしたペーパータオルで父親の尻を拭いた。温タオルで陰部もきれいに拭ってあげる。陰嚢や尿道口も…。笑ったのは、陰嚢の皺の間まで洗うと、父親は「うっ」とか「ああっ」とか言う前に「痛い!」と声を上げるので、「そんなに痛いの?」と聞くと「痛い!というたら楽になるねん、怒らんといて…」と答えた。私の母親は毎日「腰が痛い!」と嘆く。一日で記憶が消えるから、骨折していることが理解できない。紙オムツ交換の度に「痛い、痛い!」嘆く。私は、久坂部さんの本を思い出して「この人は本当に痛いのだろうなあ」と、処方された痛み止めを与える。ある時「私は赤ちゃんみたいやね」と言った。人は、赤ちゃんで生まれて、赤ちゃんになって逝くんだなあ!と思った。思えば72年前、私自身が母親の手でオムツ交換してもらい大きくなったのだ。

今、その恩返しをしている。久坂部さんの父親も「昔は親孝行したいときには親はなし!と言うたもんやが、今は親孝行したくないのに親がおり!やなあ(笑?)」と言ったそうだ。

 現在、高齢者の4人に1人は認知症か予備軍で約700万人いる。父親を看取った久坂部さんは「父は認知症のおかげで死の恐怖や家族に世話をかける申し訳なさをほとんど感じなくなっていた。認知症は自然の恵みかも…」と書いている。それは、看護する側の思いとはまた別の問題だが、確かに認知症になった方が勝ち(?)かもしれない。老々介護がしばらく続く。