昭和80年代クロニクル

昭和80年代クロニクル

古き良き昭和が続いてれば現在80年代。昭和テイストが地味に放つサブカル、ラーメン、温泉、事件その他日々の出来事を綴るE級ジャーナルブログ。表現ミリシアの厭世エンタ-テイメント少数派主義ロスジェネ文学&随筆集。

昨日、緊急事態宣言が解除された。

とりあえずはよかったという気はもちろんするが、時期が正解だった

かどうかを見極めるのはこれからだと思うし、緊急事態宣言解除に

ついて多くの人が似たようなことを考えているだろうと思うから

今回それについてオレごときが特筆することもないと判断。

 

ただ、国による緊急事態宣言解除とは別に、ここ最近オレがオレ自身に

たいして40数年間の時を経て解除しようとしているものがある。

 

それはピーマン。

 

食べ物の好き嫌いについては昔からちょこちょこと記事内で書いていたが

たったふたつの嫌いな食べ物が玉ねぎとピーマンだった。犬かっ。

 

だが、つい最近ふと気づいたことがある。

それは

「もしかしたら、ピーマンは美味いかもしれない」

ということである。

 

こういうと、「実は今まで食わず嫌いだったんじゃない?」とか

いわれそうだけど、それだけはない。

まだ小さいころ、ひとくち口にして、「ぐぇ、なんじゃこの苦い野菜は」と思った。

それから小学生、中学生、そして大人になってからでも料理の素材の中に

まぎれていたのを口にしてしまったり、接待的な時間で料理としてでてきて

しまったり、あるいは知りあい同士のホームパーテイで頼んだピザの表面に

鎮座していたから付き合いで食べることになったりと、いろいろあったが

やはり苦手な味だった。

玉ねぎと違い、絶対食べられないというほどの警戒レベルではない。

しょうがない状況であれば我慢して口にすることはできる。

でも可能は限りは人生で回避したい野菜という位置づけではあった。

 

ところが、コロナ騒動が起こるちょっと前に、チンジャオロースーが卓にできる

機会があり、最初細い肉だけ箸でつまんで食べようかと思ったが、つい近くにあった

ピーマンも一緒につまんでしまったため、戻るわけにもいかずしょうがなく口に

運んだ。

そのとき、「あれ? これもしかしたら美味いのか??」

とはじめて感じたのである。

試しにもうひと掴みして口に運び噛んでみたら全然イケるではないか。

 

そんなことがあったので、その日の夜いろいろ考えてみた。

オレはあの苦いゴーヤは大好きである。

沖縄料理屋いったら、ゴーヤちゃんぷるは必ずと言っていいほど注文する。

(玉ねぎ入っていなければ)

 

あれだけ苦いゴーヤを美味いと感じるのであれば、ピーマンだって美味いと

感じるのではないだろうか、と自問自答する。

ピーマンとゴーヤ。

味と苦みは決して遠くはない。

これまで食わず嫌いできたわけではなく、ちょっと前までピーマンは本当に

苦くてまずいと思っていたが、意識しないうちにオレの味覚が進化というか

変化してきていて、ピーマンを美味いと思えるようになっていたことをしばらく

気づいていなかったのかもしれない。

 

その後、どこかで天ぷらを頼んだとき、ピーマンの天ぷらもあった。

パクっといってみたら、正直まだ完全に受け入れることができない独特の

苦味は多少あったが、それでも完全に食べることはできた。

天ぷらくらいの大きさはまだちょっと苦手だが、歯触り的な要素も影響してか

チンジャオロースーに入っているくらいの細く切ったピーマンだといくらか

美味いと思えるようになってきた。

 

まさかこの年齢になって嫌いな食べ物をひとつ克服できるよう味覚が

変化していたとは思わなかった。

ジビエも虫も食べられるオレである。

これでオレが食べられない素材は世の中で玉ねぎひとつになったわけだが、

そのひとつのハードルがとてつもなく高い。

苦手は食材は玉ねぎだけなのに、昔ながらの黄色いカレーライスやシチュー、

ナポリタン、かき揚げなどあちこちに玉ねぎが入っているため食べられるものが

限られ周囲から偏食が激しいと思われるのはもう宿命と思うしかないのだろうか。

 

でもまあ良い。

食べられないものがひとつ減っただけでもそれなりに生きやすくなったと思う。

 

オレの食べ物の好き嫌いをしっている友人知人にたいしてとりあえず

「ピーマンNG」を解除。

居酒屋や中華料理屋などでシェアする際、ピーマンが入っている料理を

頼んでも大丈夫。

 

とはいいつつも、「完全に好きになった」という確信はまだない。

現段階ではあくまで「美味いかもしれない」という認識だ。

 

ピーマンNG解除ロードマップとしては今は

チンジャオロースーくらいの細切りならば好んで味わえるステップ1の段階。

 

酢豚ほどゴロっとしたものになるとそれはもうステップ3段階になるので

もうすこし舌に慣らし運転をさせてから頼んでいただけるよう、お願い申し上げる。

 

 

前に「おうち」という言葉について記事を書いたが、それは決して

おうちという言葉や形態事態を否定しているわけではなく、あくまで

マインドコントロール的ワードにしちゃダメだということを書きたかった

だけなので、それを証明するためにもまた自分から一本おうちブログを

アップする。他にネタもないので。

 

明日にも緊急事態宣言が解除されるとかいう報道がされているが

ここ一か月は当然、宅吞みで耐えてきた日々だった。

 

以前書いたとおり、1本目はビール。というか第3のビール。

主に最近はサッポロのゴールドスター。

2本目がサワー系。

 

そうそう、サントリーのストロングゼロが今Tシャツとパーカーがもらえるキャンペーン

をやっている。

対象商品は2種類だけなのだが、貼ってあるシールを集めておくると、枚数に

よってTシャツかパーカーが必ずもらえるらしい。

 

 

シャツは24枚、パーカーはその倍の48枚。

メーカーやフレーバーを問わず換算すれば、チューハイはほぼ毎日1缶空けている

ので、これまでその日の気分で選んでいたチューハイのブランドをすべてストロングゼロ

ダブルレモンで統一すれば、一か月かからずして、Tシャツぶんのシールは入手できる。

2か月あればパーカーぶんも十分可能ではあるが、たまには氷結その他のブランドや

フレーバーも楽しみたいので、そのへんを考慮し、現在は応募シール補完計画を

進行中である。

パーカー入手してスケキヨマスクにフード被った姿をアイコンにしようかとも考えたが

某仮面ユーチューバ―と芸風もカブるのでヤメ。

 

ここ最近で他に吞んだチューハイは以下。

 

「キリン・ザ・ストロング 梅しそサワー」

 

 

過去にも買ったことあるがそのときは100円以上した。

今回セールで88円だった。

 

梅しそテイストはけっこう好きである。

ただ吞む順番でいえば中継ぎ。野球投手でいえばリリーフ。

1本目は当然ビールがいいし、〆としてはスッパイ系ではない柑橘系が良い。

 

 

こちらはちょっと前にもCMでやっていた

「ガツーンとホワイトサワー」

 

 

基本甘過ぎる酒はあまり得意じゃない。

若かった学生のころは講義が終わったあと友人たちと白木屋に流れこんで

ファジーネーブルやらカルーアミルクなどじゃんじゃん吞んでいて、そのときは

それなりに旨く感じたものだが、やはり年齢とともに辛口が好きになってきた。

 

「ホワイトサワー」という言葉よりも「ガツーン」という言葉にやや惹かれたので

購入してみた。

甘いには甘いのだけれど、それなりにアルコールと炭酸の強さが効いてはいる

ので体が疲れててそれなりに甘いモノを欲しているときには悪くないかもしれない。

あまり進んで買うことはないとは思うけれど甘党の人にはおすすめ。

 

 

低価格で辛口といえば宝酒造のこのハイボールシリーズ。

周囲ではレモンが王道だという意見が多いが、焼酎ハイボールで吞むならば

梅系が酸っぱくて美味い。

 

「TAKARA焼酎ハイボール 梅干し割り」

 

 

20代のころ、まだチューハイの種類とかブランドとかよくわからず、

とりあえずスーパーでこの宝酒造のハイボールシリーズを見かけた。

氷結など他のチューハイよりも10円~20円ほど安かったので

買って吞んでみたら想像していた味と違った。

 

辛いのだ。

当時のオレがひたすら求めていたのはサワー的なテイストだった。

 

だが、これまた大人になった今だと改めて嫌いではない辛口である。

熱い夏とかは氷結やストロングゼロように刺激がある柑橘系のチューハイの

ほうがいいが、春や秋などの季節に味わって吞むにはちょうどいい。

旅の特番を観たりするときにたまに呑んだりもする。

雰囲気的に旅番組のおともに合うのである。和なテイストが。

 

念のためにいっておくが、上で紹介した4本はすべて一夜で空けたわけではない。

どのチューハイを何曜日の何時くらいに吞んでいたかというのは、偶然映りこんだ

なにかから観察力働かせていただければわかるかも。

 

ああ、早く吞みにゆきたい。

この前アメトーークの鳥貴族芸人を観ていたら、もう体がウズウズして

しかたがなかった。

チーズつくね串が食べたい。

おかわり無料のキャベつむさぼりたい。

 

ザ・ガマン(ずっと昔こんなタイトルのバラエティがあった)も、もうラストスパート

段階。

今日買い出しに駅周辺にいったら、既にたくさんの人がそこにいた。

フライングは禁物。焦れば元の木阿弥。

あと少し宅吞みでガマン。

 

 

 

すこし前の話題になるが、コロナ騒動の外出自粛要請において

NZ(ニュージ―ランド)警察が公式ツィッターにて

「テレビの前でごろごろしているだけで人類を救えるんだ!しくじるなよ!」

と発信したというニュースを聞いた。

 

もちろんオレが観たのはそのときにそのテレビ局が自分なりに訳した

ものであるから、局によって微妙に表現は違ったりするわけだが、

NZ警察もなかなか発信表現にユーモアのセンスがあるなと感じた。

格別とまではいかないけれど、決まり文句のような警鐘文なんかより

ずっと心に入ってくる。

 

いっていることはまさにそのとおりである。

ずんの飯尾和樹がネタでやっている

「平日の昼間かごろごろ~ごろごろ~~

あ~ああ、ニューヨークヤンキース、間違ってオレと契約しないかな~?」

ていうような状況を実践していればそれで感染拡大を抑えて人を救えるわけ

なのである。

 

東京も新規感染者の数はかなり抑えることが出来てきている流れ。

もうすこし、あとすこしの辛坊治郎である。

でもこれだけ人類がいるとやはりどこかで緩みは発生するものであり

実際発生した。

 

これまでの人生においてさんざん人格否定されてきたついでに

ひねくれたこといわせてもらうと、

「体を動かすのが好きで好きでしょうがない人」

「いろんな人と積極的にコミュニケーションをとって世界を広げていきたい人」

がここにきて感染拡大防止の足を思いきりフンッ!フンッ!っと引っ張って

しくじっているのではないかと声を大にはできないが小声でいいたい。

もちろん、すべてのそういう人というつもりもなく、そういう人たちの中の

ごく一部だとは思っているが。

 

オレも自分はインドア派だと思っていたが、どこにも出かけられないのは

意外とストレスだった。

その理由がわかった。

オレはアウトインドア派。

友人の家や居酒屋やカラオケボックスや図書館は好きだけれど、自分の部屋

でじっとしているのは苦手なのだ。

つまり自宅からアウトして、どこかの屋内にインしたいタイプ。

 

だから宣言が解除されたら、もう行きたいところのリストはできあがっている。

エヴァ的にいうところのセカンドインパクト(第2波)もぜったいくるであろうから、

あまり派手には動かないが、旅の前の計画づくりと同じで、今のうちから

解除後の計画を考えていれば気分もすこしは楽しくなる。

だから一都三県と北海道のみなさまはもうすこしのガマンガマン。

 

解除が近いと思いフライングで飛び出し、NZ警察がいうようにしくじってはいけない。

 

音楽ネタがもうなくなってきてどうしようかと思いをめぐらせていたころ、ニュースでこの

NZ警察の「しくじるなよ!」という言葉を耳にし、ザ・クラッシュのアルバムの中に収録

されていた「しくじるなよ、ルーディ」が頭に浮かんだので今回の音楽ネタと

させていただいた。

 

 

幼稚園のころ、お正月に多摩川の河原にゆくと、今と違ってそこの

空は当たり前のように凧の銀座通りだった。

それぞれの親子が上げている色とりどりの凧が空高いところを

彩りながら泳いでいた。

目が描かれていた凧、通称ゲリラカイトの数が目立っていた。

街の個人経営のおもちゃ屋で凧を買ってもらい、オレもそこで

凧を高くあげて戯れていた。

 

小学校にあがり、親よりも学校の友達と遊ぶようになり、

ときどき自転車を走らせては虫かごと網を持って多摩川へと走り、

半ズボン姿でむき出しになった膝小僧を草ですりむきながらも

草から草へと飛び移るバッタを追いかけていた。

 

高校生になり、自転車通学にて多摩川の上にかかる橋を毎日渡る

ようになった。

また、今はもう既に取り壊されてしまったが、昔多摩川のすぐ前に

「さくらサンリバー」という娯楽施設があり、ボーリング場やらビリヤード場

やらが入っていて、放課後や休日にそこで気のしれた仲間たちと

ボーリングとビリヤードをしたあと、近くになったカラオケボックスに

流れ込んで青春の日々を謳歌させていただいた。

 

社会人になってからは会社の仲間たちと河川敷でBBQもやったっけ。

 

オレの人生、気がつくといつもそこには多摩川という場所があった。

 

世間一般的な概念では多摩川というとBBQで賑わう神奈川の多摩区から高津区、

あるいは23区の世田谷あたりというイメージが強いかと思われるが、我々東京都

多摩地区の人間にとっては、「‘多摩’川」と、川の名前に‘多摩’が入っているとおり、

多摩市と府中市(または稲城市)の間に流れる場所の水流こそが多摩川だという

根拠のない自信と誇りを持って育ってきたものである。

 

多摩川には人を引き寄せる力がある。

今回の緊急事態宣言の自粛要請期間中でもたくさんの人が河原に押し寄せて

しまったほどである。

 

でもよく考えてみると、どれだけの人が集まっても、そこに流れる時間の主役は

多摩川であり、人間は所詮エキストラに過ぎないかもとオレは感じることがある。

 

モルダウほど壮大ではないが、多摩川には多摩川の母性があると思う。

なんというか表現が難しいが、いってみれば細い母性が。

だから人が集まってくるのかなと。

 

今まだ活動しているのか解散したのかはわからないが、ロックバンドの

「叫ぶ詩人の会」のヴォーカルであるドリアン助川が書いた短編集、

「多摩川物語」を昨年読んでみた。

 

――

映画撮影所の小道具係を辞めようかと悩む隆之さん、客の少ない食堂で奮闘する継治さん、

月明かりのアパートで母をしのぶ良美さん…。多摩川の岸辺の街を舞台にくりひろげられる

人生のドラマ。

「黒猫のミーコ」ほか、名もなき人びとの輝ける瞬間が胸を打つ連作短篇集。

(amazonより引用)

 

そんな多摩川の周辺で‘静かに’生きる人たちを描いた短編集。

 

亡くなった元プロ野球監督の野村克也氏が、現役時代に華々しかった巨人の王・長嶋と

地味だった自分を比べて、「王・長嶋がひまわりならば自分は月見草」と例えたが、

オレ自身を含め、世の中には月見草として生きている人のほうが明らかに多いと思える。

 

現在の活動状況はよく存じていないが、叫ぶ詩人の会とドリアン助川氏は大学時代から

好きだった。

 

「叫ぶ詩人の会」の作詞の世界でもよく垣間見れるが、このドリアン助川という人は本当に

世の中で控えめに、そしてひっそりと生きる月見草的な人々にスポットライトをあてるのが

とても得意である。そしてそこに弱い人たちに向けた優しさを感じる。

 

大きなスポーツの大会を題材としたテーマがあったら、多くの作家や評論家は

優勝した人間にスポットライトをあてる。あるいはくしくも決勝で敗退した人間に

スポットライトをあてる。

でも、ドリアン助川だったら、きっとそのどちらでもなく、必死に練習したけれど

予選突破もできず、部屋でひとり落ち込んでいる人にスポットをあてるだろう。

 

好きな女の子に告白して成功した男の子の話でもなければ、告白して玉砕

した男の子の話でもなく、告白する勇気がなくてずっと悩んでいる男の子に

スポットライトをあてるだろう。

 

ドリアン助川という男は間違いなくそういう男である。

ずっと昔、ドリアン助川がDJをやっていた深夜のお悩み相談ラジオ

「正義のラジオ ジャンベルジャン」

を訊いていたときからそう感じていた。

 

この「多摩川物語」、舞台となっている多摩川も神奈川や世田谷ではなくて

府中、多摩、狛江、稲城あたりを流れるあたりだから、地元民としても感慨深くて良い。

 

大学4年生で就活しているとき、どっかの自動車メーカーを受けたらエントリーシートに

「尊敬する人物は?」

という項目があり、そこに「ドリアン助川」と書いた記憶がある。

芸能人であること以外に、当時のドリアン氏は外国の紛争や国内のいじめ問題など

いろいろ動いていたゆえの記入だった。

 

そのときは学生5、面接官2の集団面接だった。

オレ以外の学生はみな戦国武将や一流経営者や有名アスリートの名前を書いていた

ようだった。

無難の極み。風見しんごじゃないが笑ってしまいそうだ。

個を持たない学生も学生だが、その無難回答を笑顔で賛美する面接官も俗物だと痛感。

受ける烏合に判定する烏合。

 

面接官ふたりともドリアン助川をしらずにオレに質問してきたので丁寧に彼がどういう人物か

教えてやった記憶がある。

 

教訓 視野を広げたければいろんなタイプの人間の本を読むべし。

例え嫌いだとしても。

 

 

自粛生活(とくにひとり暮らし)が続くと、家での食事もささやかな

楽しみのひとつにしないといけなくなってくる。

 

すこし前に国分寺へ行った際、何度か入ったことのある

「立川マシマシ国分寺店」の前を通ったら、看板に

「マシライス、テイクアウトできます」というようなことが書いてあったので

気になっていた。

 

マシライスは以前立川たま館のほうの店で食べて記事にしたことも

あるが、それ食べていなかった。

帰ってからマシライスをテイクアウトした人のブログ画像を観て回っていたら

なおさら食べたくなり、先週、国分寺店に行ってきた。

もちろん密を避けるため初の二郎テイクアウトだ

 

『立川マシマシ国分寺店』

以前ラーメン記事の際にも店舗画像はアップしたが、あれからちょっと

外観に変化があったようなので改めて下にアップする。

 

 

ラーメンもテイクアウトはじめたようで、丼などの器を持ってゆけばそこに

入れてくれるらしい。

 

店内の食券販売機でマシライスの券を購入。

持ち帰る旨は口頭で店員さんに伝えるようだ。

 

ライスの量は3段階から選べる。

普通 350g

マシ 525g

マシマシ 700g

 

マシマシは普通の2倍だが、どれでも価格は同じ750円である。

立川で食べたときはたしかヒヨってマシにおさえておいた気がしたが、

まだ食欲だけは衰えていない今のオレならば、700gはいけそうな気がマンマンだった

ので今回はマシマシにしておいた。

 

なにより家で食べられるということが大きい。

店で大盛り系を食べると、どうしても「残したらまずい」という強迫観念に少なからず

駆られてしまうプレッシャーがある。

 

もちろんどこでなにを食べようが、サービス増量である限り残すという行為は

極力しないようにしているが、それでもどうしてももう食べることができないという

状況まで追い込まれた場合、家であれば残すことができる。

 

10分も待たないくらいで出来上がり手渡され、家に帰る。

 

こちらがテイクアウトの「マシライス」 750円

 

 

立川店でテイクアウトした人のブログで観た容器は四角い容器で

そのまま丼のように上にアンが乗っていたが、店舗によって容器が

違うのだろうか? まあ、さほど問題ではないが。

 

700gのライス、特製ルー、紅生姜、ニンニク、そして生卵。

 

プラのふたを開けたとたん、部屋の中に二郎の匂いが漂った。

なんだか斬新な状況。

 

自分で好きなようにルーをごはんの上にかけて、その上に生卵を

落す流れである。

 

 

キーマカレーっぽく見えてキーマカレーではない。

普通のそぼろのようにみえて、普通のそぼろではない。

透明な物体は玉ねぎではなくてアブラ。

それがこのマシライス。

 

 

2、3年ぶりに食したがやはり美味い。

 

カロリーはおそらくえげつないことになっていると思うものの、麺ではなくライスに

アブラを持っていったジャンクなコラボはまさに男飯の極み。

 

ひき肉とアブラが混ざったルーにさらにニンニクを投入し、すべてまぜるべし。

二郎ラーメンはラーメンで美味いけれど、このマシライスも決して引けをとっていない。

憑りつかれたようにガツガツとかきこんでしまった。

 

700g問題なく完食。

飯マシマシにして正解だった。

量がたっぷりだから、米の層も容器に底までびっしりと厚い。

 

 

525gだったら、間違いなく食い足りなかっただろう。

このマシライスに限らず今ならばなんでも1kgまでだったら胃袋におさめる

ことができるかもしれないという可能性を感じる。

 

食べる前の画像、ごはんの上にかけたルーの上に一応生卵を落とした

のだが、窪みが浅かったためにトュルンと滑って落ちてしまったから

本来撮りたかった物撮りができなかった。

 

オレの技量の問題で今回上手く撮影ができず、マシライスもあまり美味そうに

とれなかったため、本来お店で食べるときにでてくる状態の画像を過去記事から

ひっぱってくると下のような感じである。

(過去記事より店舗にて)

 

これは本当にクセになる味。

さて、今度はいつ行こうか。

 

ということで、自粛期間中らしく今回は「テイクアウト」ネタをお届け

させていただいた。