昭和80年代クロニクル

昭和80年代クロニクル

古き良き昭和が続いてれば現在(ブログ開始当時)80年代。昭和テイストが地味に放つサブカル、ラーメン、温泉、事件その他日々の出来事を綴るE級ジャーナルブログ。表現ミリシアの厭世エンタ-テイメント少数派主義ロスジェネ随筆集。

もう3か月前の6月の訪問記。

画像があったので記録としてアップしておくことにする。

 

『居酒屋神田っ子』

東京都内神田3-19-2

詳しくはココ

 

 

ガード下にある昔ながらの老舗である。

ぴあの居酒屋ムックでも紹介されていた。

 

ここは2軒目だったので、ビールはスルーして

「レモンサワー」390円

 

 

サワー系はやはり300円代だと嬉しいものだ。

 

 

「フライドポテト」500円

 

 

酒の肴にはやはりポテト。

 

 

「冷やしトマト」 450円

 

 

茶色いものばかりだと栄養が偏るので、たまには赤や緑の

ものも摂取しないといけない。

 

 

「とんぺい焼き」600円

 

 

とかいいつつ、粉モノもやはり美味いのである。

 

 

これは抹茶ハイだったかな。値段は忘れた。

 

 

緑茶ハイもいろんな店で見かけるけれど、やはりオレは抹茶ハイの

ほうがいい具合にドロドロ濃くて好きである。

BS-TBSの「町中華で飲ろうぜ!」の玉袋筋太郎師匠曰く「カタい」(濃い)と

いうやつである。

 

このご時世なので、最近は人が多い新宿を避けて吞んでいる。

早くまた好きな新宿で気軽に呑めるようになりたいものである。

今拠点となっているのは高円寺。

新宿ほど人がいないし、飲み屋もけっこうあるのでいい街である。

 

 

 

この前は月1回の通院の日。

また立川までいってきた。

 

毎月一回立川までいっているのにここ最近は

立川でラーメン食べていないので、久々食べようと思い。

アレアレア2のラーメンスクエアへ。

HPはココ

 

今回選んだお店はこちら

『麺屋こころ』

 

 

前から気になっていたまぜそばの店。

 

先客は3組ほど。

 

カウンターもあるが1人用テーブル席に座る。

 

今回頼んだのはこちら。

「台湾まぜそば」880円

 

 

材料高騰などで最近な値上がりしたのもあるようだが、

この店で一番安いメニューで880円だからちょっと強気な価格である。

 

期間限定で平日は大盛無料。もちろん大盛にした。

食券を渡すときにニンニクありなしも訊いてきてくれる。

ニンニクありにした。

 

麺は太め。

トッピングは他に生玉子、ミンチ肉、ニラ、ネギ、海苔、魚粉など。

 

箸を丼の下につっこみ、思い切りかき回して玉子とまぜる。

 

うん、うまい。

 

濃いめのタレと太めの麺がよくからむ。

ただやはりトッピングにチャーシューなどのミンチじゃない肉類が欲しくなる。

880円だとチャーシューがあってもいいような気もするが、ちょっと寂しい。

 

最後の米を投入する「追い飯」が無料。

タレをすこし残しておいて、丼をキッチンまで持ってゆくと、中に少量の米を

入れてもらえる。

 

 

これもなかなか美味しかった。

 

ここの一番人気は1250円くらいする「全部のせ台湾まぜそば」らしいので

経済的に余裕があるときに食べてみたい。

 

サマーソニックをのぞいて、今までコンサートにいった歌手の人数は3組。

 

ザ・ブルーハーツ。

長渕剛。

観月ありさ。

 

観月ありさはラジオ番組でチケットプレゼントが当選したので無料で

いってきた。

TOO SHY SHY BOYをリリースしたころだった。

 

ブルーハーツのコンサートはもう一番古いのでおぼえていないが、

コンサートにはアンコールという定番の演出があり、長渕と観月

のときもたしか然りだった。

 

観月ありさのときはそれに違和感を感じたのである。

 

コンサートも終盤になってきたとき、観月ありさが

「それでは次の曲がラストになります」

といった。

 

ああ、もう最後なんだな、と思い聴いていたらやがて曲が終わった。

 

そしたら、曲が終わると同時に観月ありさは客席に手を振って、なにも

いわずにステージのそでにはけて消えてしまった。

 

え!?

最後の曲が終わったのに、挨拶MCみたいな言葉は一切ナシ!?

と唖然としてしまった。

 

それともうひとつの違和感。

ステージが終了したのに会場は暗いままで照明がつかないのである。

 

そう思っていたら、会場のあちこちから

「アンコール!アンコール!」

という声と手拍子が聴こえてきた。

 

あ、なんだ、アンコール待ちだったのか。と思うと同時に、

違う。オレが想像していた‘アンコール’とは、と思った。

 

オレの想像していたアンコールの状況とか以下。

 

最後とされる曲を歌い終わった歌手が「今日はどうもありがとう!」的な

ことをはじめ、ラストの挨拶MCを3~4分ほどする。

そしてステージからはける。

会場の照明がホワーっとつき、全体が明るくなる。

 

そこからアンコールだ。

数分たったら、また照明がおち、ステージのそでからふたたび歌手が

登場する。そして歓声があがる。

 

それこそ、‘本当の’アンコールではないだろうか??

 

コンサートが終わったのに、照明がつかないというのは暗に

「本当の終わりじゃなく、また登場しますよ」

といっているようなものではないか??

 

観月ありさは照明がついたままのステージにふたたび登場して客席は沸いた。

2曲ほど歌いおえると、今度こそ挨拶MCをおこない、ここでまたそでにはけたと

思ったら、会場全体に照明がついた。

 

こんどこそ、本当のラストになった。

ぞろぞろと席を離れ帰りはじめる観客たち……

 

他の観客はみな、このアンコールありきの構成が好きなのだろうか。

一種のプロレスのようなもの。

オレはこのアンコール含む構成が嫌いとは言わないまでも、どうも違和感がある。

 

たとえば、通常20曲、アンコール2曲ではじめから予定組んでいるならば

アンコールナシで、最初から最後までぶっつづけで22曲歌ってほしい。

 

あくまでオレの個人的な声。

おやくそく的なシナリオどおりのアンコールって、なんか恥ずかしいのだ。

まあ、客も歌手もスタッフもそれ全部込みで楽しんでいるのかもしれないけれど。

 

そういえば、長渕のときはどうだっただろうかと思いだす。

アンコールはあった気がする。

ただ長渕の場合、終盤になったら、次が最後の曲ですとかはいわず、さりげなく

ステージから消えた。

そこで観客たちがアンコールをいいだした気がする。

だから良かった。

暗黙のアンコールだったのだ。

いや、もしかしたらツヨシコールだったかもしれない。

 

最初に書いたとおり、本当にひととおおり終了したあとのアンコールならば別にいいのだ。

だけど、最初から構成・予定しているならば、オレはアンコールなしでぶっつづけで

そのぶんラストまで歌ってほしいタイプである。

おそらくオレがひねくれているのだろう。

 

なのでアンコールなしのコンサートを開く歌手とかにはけっこう好感がもて

たりするのである。

 

アンコール好きな人には申し訳ない記事だけど、このブログは少数派主義を

謳っているのでどうかご了承を。

 

 

地球最後の日が来たらなにを食べるかという問題。

 

大好きなものを腹いっぱい食べるか。

それとも、食べたことのないものを食べるか。

 

悩む。

無難なのは好きなものを食べるほうだ。

食べたことのないものの場合、もし不味かったりしたら

後悔する。

でも、既に食べたことあるものだったら新鮮味には欠ける。

 

難しい選択だ。

オレが好きなものってなんだろう。フィレオフィッシュとおからかな。

うーむ、しょぼい。

 

いわゆるZ世代の人たちはしらないと思うが、オレが中学生の

ときにとても流行った本がある。

「究極の選択」

 

 

内容はいたってシンプル。

選択が難しい2択を集めた本である。

 

代表的なのは、

食べるならどっち!?

「う○こ味のカレー」と「カレー味のう○こ」。

汚い話だが、これが究極の選択の代表的な2択という時代だった。

 

ちなみに上の2択だったら、オレの選択は前者。

どんな味であろうが、う○こは絶対食べたくない。

みなさんはどうだろうか。

とにかく、‘はっきりいって、どちらもヤダ!’というなかから

絶対ひとつを選ばないといけないというのがたったひとつの

ルールだったのである。

 

それはさておき、この本は本当に大ヒットした。

一時期、書店から姿を消したほど売れたのだ。

単純な内容が万人うけしたらしい。

ブームからやや遅れてだがオレも買った。

聴いてなかったけれど、ウッチャンナンチャンのラジオのコーナー

から生まれたんだっけかな。

 

人気に便乗して、「悪魔の選択」とか「地獄の選択」とかいう

パクリ本も多数出版されたのをおぼえている。

 

フジテレビも素人を出演させ、カメラの前で自分が考えた究極の選択を

発表させる特番を組んだことがあった。

それほどのブームだったのである。

 

ところで本題。

この本に掲載されていたわけじゃないが、他のどこかで聞いた「究極の選択」

でずっと永遠の宿題だったような2択がある。

皆さんもご一緒に考えていただきたい。

それはこれ。

 

「地球上で自分だけ死ぬ」か「地球上で自分だけ生き残る」か、である。

 

これ、けっこう難しいテーマだと思う。

辛さの種類が異なるので。

 

「地球上で自分だけ死ぬ」のほうは、とにかく悔しいし納得できないと思う。

‘なんで私だけ???’という思いに襲われながら死んでゆくことになるだろう。

確率的にも納得できないはず。

ただ、無念はあるけれど、ある意味では楽といえるかもしれない。

 

 

一方、「地球上で自分だけ生き残る」のほう。

一見、生きることは素晴らしいように聞こえるが、実際世の中に自分以外の

人間が誰ひとりいないわけである。

もちろん、話す人も遊ぶ人もいない。

これは気が狂いそうになるのではないだろうか。

 

食べ物はどうだ。

人がいなくなってお金を払う必要がないスーパーマーケットなどから

食料を拝借することはできるだろうが、モノのは消費期限というものが存在する。

期限の切れてないモノを永遠に調達することはムリだろうし、自分で狩りや「と殺」

をしないかぎり、食肉も手にすることができないだろう。

 

あと、病気になっても医者がいない。

薬ももらえない。

なので、病気になったとき、ひとりで悶え苦しむのもさぞ辛いと考えられる。

 

どうせ死ぬならば、ひとりで生きれるだけ生きて、自殺すればいいという考えも

あるかもしれないが、聞いた話によると、自殺に失敗したら本当に地獄らしい。

中途半端に肉体や精神が死んだ状態で生きなければいけないらしいのだ。

 

三島由紀夫じゃないが、自分以外に誰かいれば自殺に失敗しても介錯(死んで楽に

なるためのトドメ)をしてくれる人がいるだろうが、自分以外誰もいなければ

それもできない。

 

地球上に自分ひとりとなっても、全然平気という人はいるだろうか。

 

それを考えると、オレはこの選択、大変不本意ながら

「地球上で自分だけ死ぬ」

を選ぶかもしれない。

 

サブカルテーマだが、メインテーマが哲学みたいに重くなってしまった。

 

とりあえず今回は懐かしのサブカルチャーをひとつ取り上げてみた。

 

 

 

まいった。

ものの見事に書くことがない。

だけど、ここらで一回ちらっとでも更新でもしておかないと。

 

そうそう、映画「トップガン・マーヴェリック」が大人気だ。

世間の評価はもちろん、自分の知人友人とかも大絶賛している。

でもオレは観にいっていない。

 

なぜかというと、1作目を観ていなかったからだ。

小学校だか中学校のとき、あれだけ流行ったにもかかわらず

レンタルビデオでも観たことがなかった。

 

なので図書館にいって検索したらDVDとLDの所蔵が

あることが判明。

このタイミングなので、DVDは貸出中のうえ、レンタル待ちの人数が

11人もいたので断念したが、案の定この時代LDはあったので、視聴ブース

で鑑賞してきた。

 

うん、正直な意見、あまりピンとこなかった。

もしかしたらLDなだけに画面とかも古く褪せていたので飛行シーンなどの

迫力は映像美が欠けていたのかもしれない。

トップガンはすごく人気があるので、これきっと面白く、オレのほうの

感覚がズレているのだろうと思う。

 

ピンとはこなかったとはいえ、とりあえずこれで1作目は観たわけだから

このあとマーヴェリックを観たら、それはそれで楽しめるのだろうか?

観にゆくかゆかないかは今検討中である。

 

ただ、本作はともかくあの主題歌は好きだった。

以前記事で書いたハワイでスカイダイビングをやったとき、オプションで

ビデオ撮影もつけたのだが、撮影した映像に音効のBGMでトップガンの

「Danger Zone」をつけてもらったのである。

 

それからなんとなく勝手に「Danger Zone」を自分のテーマソング

に捉えている部分はあるかもしれない。

 

うん、やはりこの曲はかっこいい。

聴いているとテンションがあがる。

今さらだが、トップガンの世界観にぴったりマッチしている感がある。