昭和80年代クロニクル

昭和80年代クロニクル

古き良き昭和が続いてれば現在(ブログ開始当時)80年代。昭和テイストが地味に放つサブカル、ラーメン、温泉、事件その他日々の出来事を綴るE級ジャーナルブログ。表現ミリシアの厭世エンタ-テイメント少数派主義ロスジェネ随筆集。

備忘録。

先日家族の用事があり、千葉のほうまで行ってきた。

車で鋸山の麓までいったのだけれど、ロープウェイで上までいって

そこから散策コースを歩いて帰ってくると3時間ほど掛かるとの

ことで断念。

有名な地獄のぞきなども見たかったので次があればいって

みたいものだ。

 

鋸山からはフェリーで神奈川の三崎港へ。

記憶の限りだとたぶん、約30年ぶりにフェリーに乗った。

 

船内の画像はぼやけてしまった。

 

 

2階建て構造で船内はけっこう広い。

 

デッキへ出てみた。

 

進行方向をみるよりも後方をみてみるほうが面白い。

 

 

海が広い。

そして風が気持ちよい。

 

向こうにみえるのが神奈川県。

 

 

前回乗ったフェリーはどこからだっただろうか。

大昔のことだからもう忘れてしまった。

しかしフェリーって、あれだけの車を積んで走るのだから改めて

すごいと思う。

 

船は好きだ。

船というと世代的にファミコンのゲームのミシシッピー殺人事件を

思いだしてしまう。

約50分くらいの短い船旅だったが楽しかった。

 

これで鋸山いっていたら、山と海の両方を楽しめるのだな。

 

三崎港で下船したら、車で海沿いを鎌倉市経緯で走る。

漫画スラムダンクの聖地巡礼でおなじみの例の踏切のところには

人がたくさんいた。

スラムダンクの人気ってすごい。

あれってオレが高校生くらいのときに連載がジャンプではじまって

最初のほうだけ読んでいたんだけれど、学園モノからバスケに変わった

あたりで読むのをやめてしまった。

 

短い記事だが、書くことがないのでとりあえず久々の更新まで。

 

 

北斗の拳は観ていなかったが、サウザーというキャラがいて

そのサウザーは心臓が右にあったらしい。

 

テレビで見かける地下芸人のチャンス大城も心臓が右にある。

内臓逆位というらしく、稀にそういう人がいるようだ。

 

チャンス大城のエピソードトークは面白い。

心臓が逆にあるからこそのエピソードを持っている。

そんなことがたくさん書かれたエッセイをこの前読んだ。

 

 

 

 

以下、テレビでも話していたし、本にも書かれていたこと。

 

高校のとき、創立60周年記念だかで将来の夢を書いた紙を入れた

風船を飛ばすというイベントがあったらしい。

 

他の同級生は、「将来は美容師になりたい」とか書いた紙を入れていたが

チャンス大城は夢を書かず

「僕は心臓が右にあります」と書き、自宅の電話番号も書いて

風船を飛ばしたという。

 

すると3日後にその風船を拾った8歳の女の子から電話が掛かってきた。

「もしもし、風船と届いたよ。私も心臓が右なの。よかったら今度の日曜日に

あいませんか?」

とのこと。

 

それであう約束をした。

当日、会う約束した駅まで電車でゆき、目印となるミッキーマウスのTシャツを

きた女の子を探すと、駅前で待っていた。

 

「お兄ちゃん、私も心臓が右なの。お兄ちゃん、心臓触らして」

「ええよー、ほら、ここや」

「あ、本当だ。右に心臓がある。ドキドキしてる」

「そやろ」

「お兄ちゃん、私の心臓も触って」

 

それで、女の子の胸に手をあて、心臓を探していたら、警察が来て捕まって

しまったというオチ。

笑った。笑っちゃいけないんだけど笑った。

 

途中まで感動秘話のようにすすむのに、最後のオチで急にお笑いにもって

ゆく才能は素晴らしい。

まあ素晴らしいもなにも実話なんだろうけれど。

 

この本にはそんな波瀾万丈の半生がいろいろ書かれていて面白い。

ときには笑い、ときには泣き。

 

チャンス大城はいじめられっ子だったようだ。

だから学校にゆくのが嫌でしょうがなかったらしい。

それを踏まえてのエピソードが多いのも共感できる。

 

また家族についても書かれている。

お父さんはブラジャーのホックをつくる工場で働いていたことも隠さず

書かれている。そのへんのエピソードも面白い。

 

心臓が右にあるからといって、特に不便なこととかはないようだ。

右にあるということをあえて感動的な話にせず。笑いのネタに変換する

姿勢は芸人としてすごいなあと思う。

 

本編はチャンス大城が育った尼崎編と東京編に分かれている。

エッセイなので、1話1話が何ページもあるわけではないので読むのに

肩は凝らない。

生きるのに少し疲れた方は、ちょっと一読してみるのはいかがだろうか。

おすすめの1冊。

 

 

やっぱり、自分の人と違うところを武器にできるような人間は違うなと

感じる。

チャンス大城曰く、右に心臓があることは自分にとって名刺みたいなものだという。

なるほど。それくらいの考え方じゃないと抱えているほうがキツイ。

オレもアスペルガー症候群や学習障害は自分の名刺みたいなものだと考えるようにしようか。

そうすれば今よりもいくらか生きるのが楽になるかもしれない。

 

ポジティブって言葉は嫌いだけれども、コンプレックスや人と異なる部分に関しては

ちょっと前向きに捉えたほうがいいのかも。

 

 

東京新聞の記事でタッチパネルが目の不自由な人に優しくないというのが

あったということを先日書いたが、後日の東京新聞を読むとその記事はけっこう

反応が良かったと書かれていた。

なんとなく嬉しいことである。

つまりは多数的に便利とされているタッチパネルが障害のある人に

とってはバリアになっているということである。

 

それを踏まえてなのだが――

図書館の新書コーナーを歩いていると、よく‘コミュニケーション’がどうたら

こうたらというタイトルの新書をよく見かける。

どうやらコミュニケーション能力を育てたい人に向けた類の本のようである。

 

今の世の中は猫も杓子もコミュニケーション能力を追い求めているような

ふしがあるが、コミュニケーション能力ってそんなに必要なのだろうか。

 

ただ単に能力が不足している人はまだいいが、オレのように障害を持ってて

それでもって生まれつきコミュニケーションにも障害を持っている人間もいる。

もちろん、カバーできるだけの努力(この言葉嫌いだけどわかりやすく伝えるため

使う)するが、基本は治らないものである。

 

そういうコミュ障の人にとって、コミュニケーション能力があって生きやすくなる

社会というのは、実に生きにくいのである。

 

人と話したり、仕事で営業を行うにあたって、コミュニケーション能力って本当に

必要だろうか?

 

人間づきあいで大事なのは、知識か人柄か?

 

出川哲朗が今とても人気を集めている理由はやはり人柄であると思う。

以前にもどこかでちらりと書いたかもしれないが、今は世の中がコミュニケーション能力が

どうだこうだというブームですごく息苦しくなっている。

そんななかで、出川哲朗はよくカンだり、いい間違いをするので、逆に親しみや人間性を

感じられる。

それが人気の理由だと思う。

 

みなさんがもし、お店や会社を経営していたとしたら、営業担当になって欲しいのは

ホリエモンだろうか、それとも出川哲朗だろうか。

たまにおっちょこちょいなどやりそうな気もするが、オレだったら人柄で出川哲朗を選ぶ。

詳しい理由は11年前に記事で書いた。

『プレゼンの達人は嫌われる』

 

今、人々は自らのコミュニケーション能力の向上に夢中になりすぎて、会った人の人柄を

深くみようとすることを失っているような気がする。

 

そもそも、

コミュニケーション能力をあげるさげる以前に、

「コミュニケーション能力がないといけない」という概念がもう正しいという前提の

社会になっていることを疑わないといけないのではないだろうか。

 

コミュニケーション障害がある人間にとって、

「コミュニケーション能力がないといけない」という風潮が、もう巨大なバリアとなって

生きづらくしているのである。

 

ACジャパンのCMで「聞こえてきた声編」というのが放送されている。

聞こえてきたのは男性の声ですか? 女性の声ですか?

気づくことから始めませんか?

というアレである。

 

あのCM、意外と評価が割れているようだが、オレは好きである。

会議で発言したり、将来パイロットになりたいというのは男性。

赤ん坊をあやしたりするのは女性。

そういった概念をまず疑おうという意図のCMである。

 

オレの価値観もあれにつながるものがあって、まず概念を疑わないと

いけないと思う。

ここで冒頭でも書いた、タッチパネルが便利とされている概念にも

つながるのだが、コミュニケーション能力も同様に、生きていく上で

本当に大事なのだろうか。

 

たしかにコミュニケーション能力を武器として成り上がっている人も

いるのは認めるが、世の中にはコミュニケーション能力がハンデとなっている

人も目に見えずらいだけでたくさんいるのである。

 

本当に生きやすい世の中というものは、素晴らしい世の中というものは

コミュニケーション能力がある人も、コミュニケーション能力がない人も

共存してゆける世界ではないだろうか。

 

今の世間の風潮を見ていると、コミュニケーション能力がない人間を取り残して

ゆく、もっといえば排除してゆくように感じてならない。

 

正しくこうあるべきというのは、

「コミュニケーション能力がなくとも生きてゆける社会」ではないだろうか。

これぞ人々が本来目指すところである。

 

タッチパネルはタッチパネルであってもいい。だけど同時に点字や音声アナウンスも

必要である。

 

昨今のコミュニケーション能力ブームは、点字のないタッチパネルに似ている。

便利ではあるかもしれないけれど、一部の人を置き去りにしている。

 

コミュニケーション能力向上ブームは、コミュ障に苦しむ人たちにとっての

巨大なバリアでしかない。

 

まず、「コミュニケーション能力は大事」という概念を疑うことからはじめよう。

 

コミュニケーション能力を推奨する新書や啓発書はたくさん見かけるのに

コミュニケーション能力ブームをこきおろす本は一冊も見かけないことも

かなり不気味である。

 

コミュニケーション能力に限らない。

世の中には便利だからあって良い、武器になるからあって良いという概念を

持たれているけれど、実は一部の人達にとって、バリアとなっている概念が

目には見えないけれど、たくさんあるということを頭に入れておいたほうがいい。

 

階段とか目に見えるバリアもあるけれど、概念とか思想とか風潮とか目に

見えないバリアというのは意外と多いのだ。

 

そういえば、ポジティブブームとかも、ネガティブな人間にとっては

ある意味バリアだな。

 

何事にもブームってつまりは多数だから、少数派にとってバリアになりやすい。

 

まとめると、概念や多数っていうのは少数派やマイノリティにとってバリアだと

いうことだろう。

 

 

 

5月4日は夕方大國魂神社のくらやみ祭りにちらっとだけ行ってきた。

現場である大國魂神社が近くなると、もう太鼓が響く音が聴こえてくる。

祭りの音(ね)は好きだ。

 

 

 

 

太鼓の饗宴。

人の多さが尋常ではない。

大國魂神社の境内の中も歩きたかったが、人で埋まってて入れなかった。

また神楽とかやっていたのだろうか。やっていたら観たかった。

 

 

熱気がすごい。

 

大太鼓ってけっこうな高さがあるけれど、上にいる人、怖くないのだろうか。

 

 

 

夕方からが雰囲気もでてきてメインだったのだろうが、夜から家で『出川哲朗の

充電させてもらえませんか』を観たかったのと、歩くのも大変だったので、

あまり見ず早々と撤収してしまった。

露天が並ぶ参道の中も歩きたかったが残念。

 

このお祭りは本当に有名なので、この3日間は府中市民はもちろん、

隣接する調布や稲城の人も来ているのだと思う。

来年も来たいが、もっと混んでいそうだ。

 

本当は友人たちと一緒にきて、祭りを楽しんだあと、近所の居酒屋で

一杯やるのが幸せなんだろうけれど、やはり祭りの日はどこも

早い時間から混んでいるのだろうな。

 

 

 

5月5日は友人と飲み会。

約一か月ぶりに会う面子。

新宿とかは人がすごそうなので、高円寺にした。

連休だけあって早い時間から営業している店が多く、

どこも外テーブルで賑わっていた。

 

うちらは店は『馬力』にした。

馬力は雰囲気があって好きだ。

高円寺といえば、やはり馬力が有力な店のひとつになる。

普段は5時から営業だと思うが、連休だからか4時から営業してらしい。

暖簾が掛かっていた。

 

奥のほうに先客が既にいることを確認して入店。

 

 

ビールが美味い。

ここで1時間半ほど呑んだ。

馬力は料理に手作り感があるのが良い。実際手作りなのだろうが。

 

 

場所を『鳥貴族』に移して二次会。

鳥貴族は早い時間から満席になるのだが、17時半にいったらすいていた。

馬力は料理は美味いのだけれど、一品一品がこぶりなのでなかなか腹いっぱい

にはならないが、鳥貴族は腹を膨らますにはちょうどいい。

けっこう腹いっぱいになった。

 

以上。今年のGWはとくに動きはせずに終わった。

 

 

 

 

追伸・アメンバーについて

 

たまにアメンバー申請をいただきますが、記事内やプロフ画面にも書いてあるとおり

アメンバー承認させていただくのは特例をのぞき、コメントをいただいたことがあり、

それでもってやりとりさせていただいたことがある方、あるいは読者登録していただ

いた方のみとさせていただいてます。

コメントいただいた件数は問いません。一回でもオーケーです。

現在も2件ほど申請をいただいているのですが、過去にコメントなどのやりとりがない方なので

保留にさせていただいてます。

(もしこの記事をご覧になられている場合、どこかの記事にひとつでもコメントいただければ

確認し次第承認させていただきます。)

今後アメンバー申請頂きます場合は、そのほどよろしくお願いいたします。

基本、礼儀の欠かないコメントいただければ承認させていただきます。

もしネトウヨなどの要素があると見た場合は拒否させていただきます。

 

十数年前に当時の上司から

「好きな言葉は何?」

と訊かれた。

 

そのとき、たしか「必要悪」と答えた記憶がある。

はっきりいって当時はこれといった好きな言葉がなかった

からそう答えたのだが、数年前から好きな言葉ができた。

 

「やる気のある者は去れ」

である。

 

これはタモリがいった名言だ。

この言葉が大好きである。

 

普通、「やる気のない者は去れ」であるが、タモリはあえて真逆の

ことをいっている。

詳しくはコレを是非読んで欲しい。

『やる気のある者は去れ』

 

タモリ曰く、やる気のある奴はまっすぐになっちゃって物事の中心しか

見ていない。

本当に面白いことは中心からちょっとずれたところに転がっていると

テレビでいっていたような気がした。

 

上のリンクした記事を見ると、林修先生もタモリのこの言葉を

絶賛していたようで、なんとなく嬉しかった。

 

「頑張って仕事します!」といっているやつは暑苦しいと。

納得。おっしゃるとおりである。

それでもって頑張るやつほどダメなやつが多いとのこと。

それについてもリンク先で林先生が同じ業界の若い講師について

語っている。

そういうアツい講師に限って講義がひどいと。

 

いっていることはすべて伝わってくる。

 

だからオレは今好きな言葉を訊かれたら、

「やる気のある者は去れ」

と答えるようにしたい。