昭和80年代クロニクル

昭和80年代クロニクル

古き良き昭和が続いてれば現在(ブログ開始当時)80年代。昭和テイストが地味に放つサブカル、ラーメン、温泉、事件その他日々の出来事を綴るE級ジャーナルブログ。表現ミリシアの厭世エンタ-テイメント少数派主義ロスジェネ随筆集。

ニセ健康志向の人間のメッキはすぐに剝がれる。

「私、体を動かすことが好きで好きでしょうがないんだ!」

とかいっているニセ健康志向の人間は。

 

駅2つ3つ分の移動をするとき、電車やバスを使わないで

40分から2時間くらい歩こうと提案すると、

「え~、歩くの?」

とか嫌そうにいってくる人間。

本当に健康に気を遣っているのであれば、喜んで歩くはずである。

そういう人間はだいたいニセ健康志向。

 

あと、ジムに行くのはいいのだけれど、そのジムが入っているビルに

着いたとき、ジムのある階まで階段を使わずエレベーターで行く人間。

本当に健康に気を遣っているのであれば、足腰を鍛えるため階段で

登るはずである。

 

あと、健康がどうだこうだとかいうクセに電車で座る人間。

健康のため、運動のためとかいうと聴こえがいいが、実際はそれをしている

自分に酔うための人間が多い気がする。

 

全員がそうだとは言わないけれど、スポーツジムに通っている人間のなか

にも、本当は健康や体のためとかでなく、お金を払って最新マシンをつかって

身体を動かしている自分が好きだというだけの人って、けっこういないだろうか。

そういう人間に限って、歩いて移動すること嫌がったり、階段を使わなかったり

する印象がある。

 

だからオレ、他人にたいして「オレ、こんなことして体動かしてるアピール」

する人間てあまり好きになれないのだ。

だったら歩けよ。階段使えよ(笑)

オレだって子供のころ、デパートとかいっても地上8階くらいまでだったら

階段でいっていた。まあ、オレの場合はエレベーターに閉じ込められることを

想像したら怖かったから階段使っていたのもあるけど。

 

そんなわけで、健康のためというよりも、そういうことをやっているという

自分に酔いたいだけのナルシストが多い。

 

 

オレは基本的にスポーツや体を動かすことが好きじゃないのだが、移動で歩く

ことは好きだ。

 

だから、前に記事でTBSの「ベスコングルメ」についても紹介したけど、歩く系

のテレビ番組は観てしまうことがある。

 

毎回ではないが、たまにブログ更新作業の合間とかで夜観る歩く系番組がコレ。

 

『バナナマン日村が歩く! ウォーキングのひむ太郎』

BS朝日

毎週火曜日22時~

サイトはココ TVerでも配信

 

ひむ太郎こと、バナナマン日村が趣味のウォーキングを企画まで昇華させた番組。

現在は日村が病気療養中でおやすみなので、スピードワゴン井戸田潤が「いと次郎」と

して代役をやり歩いている。

 

日村が毎回いろんなところを歩いているのだが、数か月前の放送では、国立・国分寺周辺

でうちの近所を歩いていたので嬉しかった。1部はオレもよく歩いているコースだった。

 

この前の放送では井戸田が奈良井宿を歩いていた。

奈良井宿も10年くらい前に友人たちと青春18きっぷ旅で行って歩いた所だったので

懐かしく嬉しかった。

 

今まで会ったことないけれど、「趣味なんですか?」と訊いたとき、「ウォーキングです」

と答える人がいたら、きっと好感持てると思う。

オレの偏見だけど、「ジム通いです」と答えられたら、

「ああ、この人ちょっと気取ってるな」

「自己アピール好きな人だな」

と思いそうだけど、ウォーキングって、体を動かす類のなかではやはり地味なイメージが

あるけど、そのぶんそれを趣味にしている人って本当に気取っていなくてアピール目的でも

なくて、純粋に健康や体のことを考えてやっているのだろうなって思う。

 

重ねていうがオレも歩くのは好きだ。

でも、どちらかといえばウォーキングというよりも散歩寄りかもしれない。

専用のウェアとかなく、普通にTシャツ、ジーンズで歩いているし。

 

でも、正直いってウォーキングと散歩の違いがわからない。

歩く距離の問題か。それとも速度の問題か。

 

ただ、オレの場合、健康のためにウォーキング(散歩)しているというよりもどちらかと

いうと、サウナと同じでのちに呑むビールを旨くするためと、あとは電車賃の節約で

歩いているという感じ。

動機はともかく、それで結果運動にもなっているのならば一石二鳥ではないかという

感覚だ。

先月も立川で友人と呑んだが、1時間ほど歩いて現地まで行った。

ビールが美味かった。

 

記事でも書いたが、10年以上前に西国分寺に住んでいるとき、神奈川県の登戸駅で

呑み会があったのだが、そのときも運動と電車賃の節約をかねて、東京の西国分寺から

神奈川の登戸までてくてくと多摩川沿いを歩いていった。

午後1時に家を出て、午後5時に登戸に到着するまで4~5時間かかった。

ずっとまっすぐ来たわけでなく、途中道を迷ってくねくねと歩いてきたから

迷わなかったらもうちょっと早く着いたかもしれない。

 

かなり疲れて足も痛くなったが、東京から神奈川まで歩いて到着したのはかなり

達成感があったと同時に、電車でなくともいけるんだという発見があって嬉しかった。

呑んだ帰りはもちろん電車で帰ったが。

 

ああ、でも呑んだ帰りに歩いて帰ったこともあった。

あれは大学生のとき。当時の友人ふたりと中央線の吉祥寺で呑んでいて、終電が

無くなった。

カラオケゆくほどの金も気力もなかったので、夜中とりあえず国分寺駅方面に

向かって歩いて、途中始発がでたらその近くの駅から電車に乗ろうという話になった。

 

でも当然、地図もなにもない。

なんとなく目の前にある道をただただ国分寺のほうへ向かって歩いた。

迷って迷って迷った挙句、5時間くらい歩いたら国分寺の駅ビルが見えてきた。

もう空は明るくなっていた。

結局、始発の時間になるまで電車に乗ることはなく、吉祥寺から国分寺まで歩き通した。

遠足とかは別として、オレの人生のなかで一番歩いたのがそのときかもしれない。

酒の酔いもすっかり醒めてしまった。

当時は辛かったけれど、今となってはいい思い出であり、笑い話である。

 

健康を推進するつもりはまったくないが、やはり歩くことって達成感がある。

そして、そのあと食べるメシも美味いし、呑む酒も美味い。

日村と井戸田も番組の最後、ゴール地点ででご褒美として、そこにある店で

蕎麦を食べたりしている。

 

ウォーキングは手軽だし、人に自慢するような気取ったところもないし、

移動の際の交通費の節約にもなるので、やはりいいと思う。

なんでみんなもっとやらないのだろう。

やはりちょっと地味な運動だから、やってても自分に酔えないのだろうか。

 

歩くことが一番手軽で安く済む。

 

それと、バナナマン日村の早い回復とテレビ復帰を心から願う。

そういえば20数年前、営業で下北沢歩いていたとき、リュック背負って友達と

歩いているプライベートの日村を見かけたことがある。

今みたいに誰もがしっているほどまだ有名じゃなかったので、周囲の人はあまり

反応していなかったけど、近くを歩いていた若い女の人が「あ、バナナマンだ」と

言っていた。

 

 

 

 

 

 

まずはじめに今回の記事の出始めの部分にかんしては決して

「女性にたいして女性に生まれられたことを悲観や差別しているわけではない」

ということだけお断りをさせていただきたい。

 

想像力が豊かゆえに、物事について想像するとき、どうも最悪の事態から

考えることがある。

 

そんなこといったら、バイトテロで異物が入ったフードを出されるかもしれないから

食べ物屋で食べられないとか、脱線事故が起きるかもしれないから電車に乗れない

とかいうレベルの話である。

 

オレの想像力が豊かだから、同じような極端な想像する人間の話に共感して

しまうこともあるのだ。

 

20歳くらいのときのバイト先の話。

バイト仲間男と待機時間中に立ち話していた。

 

バイト仲間

「オレ、将来結婚して子供作るにしても女の子はいらないわ」

 

オレ

「なんで?」

 

バイト仲間

「娘だったらレイプされるかもしれないじゃん。オレ、そんなことがあったら

悔しいもん。怒りにうち震えて犯人殺すかもしれない。娘がレイプされたうえに

自分も殺人犯になるなんて嫌だ。そんな思いするくらいなら最初から娘なんて

いらない」

 

それがバイト仲間のいいぶんだった。

 

多くの人が「そんなの極端な例だろ」と思うだろう。

そこでオレもさらなる想像力が働いて

 

「でも、女の子が生まれて娘がレイプされちゃったのも痛いけど、男の子が

生まれてその息子がレイプしちゃったっていうのも痛くない?」

 

といったら、バイト仲間男もさすがに「ああ、それも痛いね」とはいっていた。

 

その極端な毒牙にかかってしまって被害に合われた女性の方も世の中には

実在するわけだから、ひとことで「極端な例」と済ませてしまうのも被害者の方々に

失礼ではあると考える。

 

バイト仲間男がいうことも決して可能性ゼロではないのだ。

人より想像力が働くぶん、当時バイト仲間男がいうこともオレは4割くらいわかって

しまった。

そんなこといったら、結婚しても子供作れないだろうと言われるだろうけれど。

 

 

先日、作家の東野圭吾が亡くなった。

今からもう15年くらい前だろうか。東野作品の「さまよう刃」を読んだ。

 

――

長峰重樹の一人娘、絵摩の死体が荒川の下流で発見された。

花火大会の帰りに、未成年の少年グループによって蹂躙された末の遺棄だった。

謎の密告電話によって犯人を知った長峰は、突き動かされるように娘の復讐に乗り出した。

犯人の一人を殺害し、さらに逃走する父親を、警察とマスコミが追う。

正義とは何か。誰が犯人を裁くのか。世論を巻き込み、事件は予想外の結末を迎える。

遺族の復讐と少年犯罪をテーマにした、心を揺さぶる傑作長編。

(amazonより引用)

 

ずっと昔なので詳細は忘れてしまったし、憶え違えている部分もあると思うが、

これを読んだとき、そのバイト仲間男の言葉を思い出した。

 

あらすじは上にあるとおり。

女子高生だったかな。

主人公の男性の娘が、花火大会の帰りに未成年少年グループに輪姦されたあげく

死体を遺棄される。

それから復讐に動きだす父親。

犯人の少年のひとりを殺害し、逃走しながらたしか残りの犯人たちも追ったとか

いうような流れだと思った。

 

今の日本だったら、よほどの残酷性がないかぎり、人ひとり殺しても

死刑にはならない。未成年ならなおさらだ。

法の手に委ねれば無期懲役がいいところ。

 

「あなたは自分の愛する人が殺されても、法に委ねることができますか?」

「あなたは自分の愛する人が殺されても、復讐をしないことができますか?」

というテーマを世間に呼びかけた問題作だ。

 

もちろん、自分のために親や恋人が復讐で殺人を犯したなんていったら

被害者も悲しむし喜ばないというのが、ドラマとかでよく聞く一般論。

 

でも、悲しいかな人間の感情って、そんな単純にできていないのだ。

オレは正直、罪のない大事な人を個人的な欲望などのために殺された

人が復讐で犯人を殺したとしても、責めることができない。

いうまでもなく、できることならば殺人犯にはなってほしくないとは思うが。

 

たとえば、いじめ自殺とかだったらどうだろうか。自分の子供が。

 

もし、オレに子供がいたとして、いじめに遭い自殺したとするならば

いじめたやつらにたいしては、少年院だとかあまっちょろいこといわず

全員死刑にしろ!と思う。

 

漫画家の小林よしのりも「ゴーマニズム宣言」のなかで、もし自分の子供が

いじめにあったら、校門のところで待ち伏せしていじめっこ全員ぶち○すと

描いていたような気がした。

 

子供、親、恋人、妻、夫……

世の中に人間という生き物が存在する以上、殺人という業は存在して、そして

いつ誰がどこでそういう目に合うかわからない。

他人事ではないのだ。

 

詳しくはもう憶えていないけれど、東野圭吾の「さまよう刃」はそれについて

考えさせられる小説だったと思う。

 

東野圭吾の作品はオレ的にはかなり読んだが面白いのとつまらないのが極端に

わかれる感じだった印象。

 

でもオレが読んだなかでは「さまよう刃」が一番面白かった。

映画化もされて、映画館には観に行っていないのだが、DVD化されたときには

それにあわせてわざわざTSUTAYAのレンタル会員になり、レンタル開始日に

DVDも借りてみた。

しかし、寺尾聡は演技が実力派だが、ここしばらくは不幸な父親役ばかりの

イメージだ。

ロケの事情もあったのか、小説版では最後の犯人との対決の場が上野だったかな?

なんだけど、映画版だと川崎駅になっていた。

 

とにかく、小説も映画もおすすめの1作である。

 

 

 

4か月ぶりのラーメン記事。

 

先日は月一回の立川通院だった。

例によって医師ととくに進展した話もなし。

このままで良いのかとか思う。

睡眠剤だけ無くなってきたので追加で処方してもらう。

 

さて。

立川といえばラーメンスクエアで、そこにラーメン屋が数店舗入っているが

そのうち1店舗だった「麺屋ごうせい」が卒業してから、しばらくの間

そこが空きになっていた。

 

新しくどんな店が入るのか気にしながら、たまにラーメンスクエアのサイトを

チェックしていたのだが、しばらくの間、カミングスーンでとくに新着情報は

なかった。

 

だがしかし、

先月だっただろうか。

サイトを見たら更新されていた。

麺屋ごうせいがあったハコに新しく入る店は「桂花」とのこと。

 

正直、「今さら桂花かよ!」と思った。

桂花はあちこちに展開していて、昔新宿の店に何度も行っていた。

なんだよ。せっかくなら新鮮味のある店にして欲しかった。

 

とかいいつつ、前に桂花食べたのはいつだったか、記事を書いた記憶があったので

過去記事探してみたら、2011年5月だった。

もう15年以上前だ。ブログ書き始めたばかりのころだな、きっと。

 

なんだか、久々にまた「桂花」食べてみたくもなってきたので、病院行った帰りに

ランチで行ってきた。

 

『熊本ラーメン桂花』

ラーメンスクエアサイトはココ

 

 

「桂花」は2011年に一度記事で紹介したけどそれは新宿店で、今回はラーメンスクエア内

の店なので、一応新規ということで。

 

入口からちょっと覗いたら、カウンターしか見えなかったので一瞬狭いのかなと思ったが

なかに入ったら奥のほうが広くなっていてテーブル席などももちろんあった。

やはり人気あるのか先客多し。

 

今画像に写っている人が座っているカウンター席いちばん端がこのあとすぐ空いたので

落ちつくそこの席をGet。

 

たいして待たずに着丼。

 

「桂花拉麺」 930円

 

 

過去記事読んでみると、若いころ他店舗で食べてたときには700円だったようなのだが

やはりここ数年の物価高騰で桂花拉麺もけっこう値段があがったようだ。

 

まずはマー油がうりのスープをひとくちすする。

美味い。これだ。桂花の味。

 

麺の太さは普通。

コシがあり、つるつるしている。

 

デフォルトで玉子が入っているのが嬉しい。

 

チャーシューは柔らかく、ややほろほろ。

 

桂花といえば、茎わかめだ。

この歯ごたえがいい感じ。

 

いやあ、桂花、懐かしいな、この味。

20代のころの週末は、友人と歌舞伎町の魚民で呑んで、そのあと安いキャバクラ(でた)行って

最後に〆で「桂花」を食べるのがオレたちの黄金ルートだった。

「桂花」、もう何回も食べたわ。

 

でもクセがあるから人によって好き嫌いが分かれて、もう亡くなっちゃったけど当時の会社で

仲良かったO課長は、「桂花はしょっぱい」といっていたし、今の吞み仲間のFは

「桂花は匂いがだめ」といって敬遠しているようだった。

 

週に何回も食べたくなる味でもないし、中毒性といえるほどのものもないけれど、

それでも久々に食べると、桂花美味いな。

 

具がたくさん乗っている「ターロー麺」も新宿店で一回だけ食べたことがある。

値段が高いので今回は食べなかったけど、食べている人けっこういた。

今度また食べてみようか。

 

 

 

夢は2度砕かれる。

オレは10代のころ、テレビ番組製作のADになりたかった。

 

それで高校卒業して1年浪人したあと、日本映画学校(今は大学か?)

という映像の専門学校を受験した。

だけどやけに偉そうな面接官に

「(筆記試験の)君の作文はいただけないねえ」

とかボソクソ言われた挙句不合格にされた。あの恨みは今でも忘れない。

 

映像関係の会社に就職する前どころか、その世界を勉強するための

スタート地点にすら、立たせてもらえなかった。

それが夢が砕かれた一回目。

 

同時に受けた普通の大学のほうに合格して、そちらに進学することと

なり、「大学4年のときに今度また映像関係目指して就活すればいいか」

と思い、4年生のときいろんな番組制作会社を受けた。

だいたいの企業で書類選考と筆記試験はパスしたが、面接で全滅だった。

結果、大学在学中はどこも受からなかった。

それが夢が砕かれた二回目である。

のちに二年半就職浪人してADではなく出版社に入った。

 

甲本ヒロトがザ・ハイロウズというバンドをやっていたときに、「不死身のエレキマン」

という歌で

『子供のころから憧れてたものに なれなかったんなら大人のふりすんな』

と、歌っていた。

これが夢にたいする皮肉で歌っているのか、それとも本心なのかはわからないけど。

とりあえずオレは大人のふりしちゃいけないのかもしれない。

 

でも思い出してみると、ADになりたいと思いだしたのは、たしか中学校一年生くらい

だった。

幼稚園のころは、何になりたかったのか。

今でも憶えている。

誕生日にだったかな。

たしか自分のことを書いたカードを作った気がした。

そのカードに「大きくなったら何になりたいか」というのが書いてあったのだ。

もちろん、園児なのでまだ字は書けないので、こちらが口でいったことを先生が

代筆してくれる。

 

卒園したあとにもらったそのカードを見てみたら、「大きくなったらなりたいもの」

のところに、先生の綺麗な字で 「バトルフィーバー」と書かれていた。

 

バトルフィーバーとは当時テレビで放送されていた五人組の戦隊モノのテレビ番組である。

そうなのだ。

オレは幼稚園のとき、世間一般的にある職業ではなく、テレビのなかのヒーローに

なりたいと思っていた。

 

幼稚園や学校の中で、おとなしかったり、いじめられたことがある弱い人間ほど、

対極にある強いヒーローに憧れる。

 

ヒーローそのものではなく、役者としてだが、今でもたまに戦隊モノの戦士とか

宇宙刑事とかの主役を演じていたらなあととか妄想する。

 

そう、男の子っていう生き物は、テレビのなかのヒーローに憧れるという道を

通ってくるものなのである。

通ってこなかった男性は、きっと小さいころから、不自由や不満があまりなく、

クラスのなかでもそれなりに認められていた存在だったのだろう。

それはそれで羨ましいことだ。

 

公開されたときに、友人と一緒に哀川翔主演の「ゼブラーマン」を映画館に

観に行った。

 

 

 

――

哀川翔の記念すべき100本目の主演作品として、監督・三池崇史、脚本・宮藤官九郎という

充実の布陣で製作された異色の特撮ヒーロー映画。
生徒からも家族からも疎んじられる小学校教師、市川は、34年前に放送打ち切りとなった

特撮ヒーロー“ゼブラーマン”のコスプレという誰にも言えない趣味を持っている。

その頃、市川の住む町で奇妙な事件が多発。それは地球征服をたくらむ宇宙人の仕業だった。

市川扮するゼブラーマンは、ひょんなことからその宇宙人と戦うことになり…。
確信犯的B級映画のように見せつつ、信じることの強さというストレートなメッセージを

発しているあたり、ヒーローものとしてはかなり王道。何より、そのメッセージを体現する

人間くさい主人公が魅力的だ。マスクをつけて熱演した哀川翔の、やたらマッチョなわけ

でも単にコワモテなわけでもないのにしっかり“男のカッコよさ”を感じさせる存在感はさすが。

(amazonより引用)

 

哀川翔演じる主人公の市川は、子供のころに好きだった正義のヒーロー「ゼブラーマン」の

衣装を自分でつくり、いい年なのに今でもそれを着て楽しんでいる。

 

でも、その気持ちすごくよくわかる。

「好き」というのはそういうことなのだ。

 

観たのもうずっと前なので、詳細は忘れてしまったが、最初はちゃちなコスプレだったのに

それがいつの間にか本格的なスーツやマスクにかわり、終盤ではそんなゼブラーマンが

宇宙人と戦うという、なんともぶっとんだ内容の特撮映画だった。

 

特撮ヒーローものなんだけど、いい年齢して正義のヒーローに憧れるおっさん(おにいさん?)

の哀愁がコミカルに描かれている面白い作品だった。

 

バトルフィーバーというヒーローに憧れていたオレとして共感する部分は多い。

いや、厳密にいえばオレはバトルフィーバー以外にも戦隊モノ、ヒーローモノは好きだった。

 

デンジマン、サンバルカン、ゴーグルファイブ、ダイナマン、バイオマン、チェンジマン、

宇宙刑事のギャバン、シャリバン、シャイダー、

巨獣特捜ジャスピオン、時空戦士スピルバン、超人機メタルダー、

などなど。

だいたい通ってきて憧れた。

 

だけど、現実世界のオレはヘタレでダメ人間だった。

 

今でこそ、こういうブログという機会があり、読者さんや友人とかに文章とかを

お褒めいただくこともあるし、二十歳過ぎてから、ラーメン屋巡りや居酒屋巡りなど

の趣味も多少もつようになったが、10代までのオレは本当にリアルのび太だった。

 

いや、のび太以下かもしれない。

当時の同級生やバイト先の先輩に、自虐と謙遜のつもりで

「オレはなにもできない。のび太みたいなもんです」

といったら、笑いながら

「いや! のび太はあやとりが上手いだけおまえよりマシだよ!」

とかよくいわれたもんだ。

(蛇足だが、ドラえもんのしずかちゃんはかわいいが、実は女友達がひとりもいない)

 

今でもダメ人間だが、たしかに10代のオレはもっとなにもないダメ人間だった。

 

勉強できない。

スポーツできない。

ケンカ弱い。

女の子と話せないくせに、朝、目が醒めたときから女の子のおっぱいの

ことばかり考えている。

 

まさに正義のヒーローとは対極にあるダメ人間の日本代表のような存在だった。

 

だからこそ、そのぶん、強くて人気のある正義のヒーローに憧れていた。

でも、やっぱり本当にテレビのヒーロー好きな人に比べて、コスプレまでしようとは

思わないオレにはそこまでの熱意はなかったのかもしれない。

 

男の子はテレビのなかのヒーローに憧れるということがあったけど

女の子もテレビのなかのキャラに憧れたりとかあったのかな。

 

哀川翔も好きだし、詳細憶えていないだけに、ゼブラーマンもう一回観たいな。

モチーフが「シマウマ」というのも面白かったし、視聴率が低かったから

打ち切りになったけど、主人公市川は好きだったという設定もユニークだった。

 

ちなみに、ちょっと前にネットニュースでやっていたが、戦隊モノの特撮シリーズが

もう終るとか終わったとかとのことだった。

 

さすがにもう観ていないんだけど、子供のころ戦隊モノが好きだったオレからすると

ちょっと悲しい。

子供たちが観たり憧れたりする対象が、今は正義の味方からユーチューバ―とかに

変わったのだろうか……。

 

一か月の呑み会はだいたい2回と決めている。

7月は2回やったから、今月はもうおしまい。

 

先日最後にちらっと書いたけど、先週の日曜日の呑み会

から帰ったあとは、時間的にまだ早かったから地元の広場の

祭り(盆踊り)を見にいってきた。

 

けっこう人が来ていた。

 

 

オレが子供のころから開催されていて、高校大学のときは来ていなかったが

小中学校のときはよく来ていた。

 

中学校の不良のやつらが、ここで煙草吸ったりカツアゲしたりとかがないように

毎回、先生たちがこの日は見回りにきていたのを憶えている。

オレは男友達と来たり、また一人で来たりとかしていたけど、クラスのイケている

男子や、ヤンキーの男子は、同じくクラスの浴衣姿の女子と一緒に来ていたりして

羨ましいと思っていた中学時代だった。(毎回書いているような気もするが)

 

 

とにかく、暗くなったあたりからの提灯とかによるこの幻想的な光景が好きだ。

こうして、ひとりで来て味のある寂しさに酔うのもわるいもんじゃない。

 

盆踊りといえば、いつもここで流れている定番のひとつが「ドラえもん音頭」だ。

もともと子供向けに作られた歌だと思うが、大人も一緒に踊れる不思議な歌。

♪はぁ~ああ~ どらりどらりのドラえもん音頭~

っていうメロディが毎回耳から離れない。

 

あともうひとつの定番で流れている曲が荻野目洋子の「ダンシング・ヒーロー」。

これもまた不思議で、和洋折衷という言葉があるが、「ダンシング・ヒーロー」って

(よくしらないが外国の曲のカヴァーなのか?)、メロディとかテンポ的には

「洋」な曲のイメージがあるが、日本の伝統的な盆踊りの曲(和)にしっかりと合うのだ。

和と洋。

「ダンシング・ヒーロー」は食べ物でいえば、てりやきバーガーとか明太子スパゲティ

のようなモノに思える。

 

盆踊りの曲として成り立ってて、子供も老人もしっかりと合わせて踊っているのだ。

 

よほど踊りやすいようで、まず1回流れて、終わったと思ったら

「もう一回、ダンシング・ヒーローいきましょう!」

という場内アナウンスが流れ、2回目も終わったと思ったら、

「最後にもう一回、ダンシング・ヒーローかけます!」

と場内アナウンスが。

この日、合計で3回連続ダンシング・ヒーローが流れた。

かなりの人気だ。

毎年何度も流れている。

 

 

そうだ。

荻野目洋子で思い出した。

 

あれはもう30年くらい前になるだろうか。

大学生のとき、夜の講義が終わったあと、オレと当時の友人たちは例により

国分寺駅前にあった居酒屋の白木屋に流れ込み、酒を呑んでいた。

 

そこでどういう流れだったかは忘れたが、どうでもいいミーハーな芸能界の話題になり、

友人の口から荻野目洋子の名前がでた。

それで荻野目洋子の話になったとき、オレが

 

「荻野目洋子よりも、どちらかというとお姉ちゃんの荻野目慶子のほうがタイプだ」

 

と一言いったら、友人に

「おまえはオカシイ」

と言われた。

 

そうなのか?

オレはおかしかったのか?

……

 

いや、洋子のほうがいいという人間が多数なのはわかる。

でも、日本にはこれだけの数の男がいる。

オレと同じ価値観を持った人間もいくらかいるはずだ。

 

単純に顔を見たら、姉の慶子よりも妹の洋子のほうが美人だというほうが男にも

女にも多いだろう。

 

でも洋子のほうは「陽」で、慶子のほうは「陰」という顔の印象がある。

「陽」が嫌いなわけじゃないけど、洋子のほうはちょっと「陽」過ぎる。

顔が明るすぎるのと、整い過ぎているのでアイドルアイドルし過ぎた顔なので

秘めたモノというか面白みがないのである。

 

どこかちょっと陰を漂わせる感じがあったほうが魅力的でセクシーである。

今現在の荻野目慶子の容姿はわからないが、30年前のオレが大学生だったころの

姉、荻野目慶子にはそれがあった気がする。(別にファンではないが)

 

それと、荻野目洋子は明るさのある美人顔なので、いかにも「テレビの中の人」

というまさに違う世界の人間という感があったが、荻野目慶子のほうは近所に

いそうな、ちょっと小奇麗なおばさんという感じを受けた。

 

オレの記憶違いでなければ、野島伸司脚本の「人間・失格」に堂本光一の

母親役かなんかで出ていたような気がしたな。

 

荻野目慶子、だれか付き合ってた人が自殺しちゃったんだっけ。

そんなニュースもあったと思った。

そのころ、「魔性の女」とかマスコミにいわれていたんだよな。

 

重ねていうが、別にまったくファンではない。

強いていえば、学生のころは妹の洋子よりは姉の慶子のほうがいいなと思っただけ。

いや、でもなんかあの人、オレにはセクシーに映ったな。

 

というか、ここまで書いてきたけど、今の若い人は荻野目慶子を知っているのだろうか。

荻野目洋子に俳優の姉がいるということさえ、しらない人もいそうな気がする。

 

荻野目慶子の話はこのへんにして……。

 

盆踊りは30分くらい雰囲気を満喫して、あとにした。

 

 

昨日土曜日は隅田川花火大会。

一度行ってみたいと思うのだけど、遠いのと人が多いのでいまだに行ったことはない。

今後も行くことはなさそうだ。

 

隅田川もいいけど、同じく昨日は立川市の昭和記念公園花火大会でもあった。

多摩地区の人間からすれば、こちらのほうが身近だ。

 

昭和記念公園の花火大会は過去に記事でも書いたが、2回ほどいった。

うち一回は現地までいったが、開始直前になり雷雨で中止という散々たる結果。

 

今年は久々に自転車で行ってみることも少し考えたが、ネットで見たら前まで公園全体が

花火大会のときは無料だったのに、今年からほとんどのエリアが有料になったようなので

いかなかった。

引き続き無料エリアもあるようだが、ものすごい混雑が予想されたので断念することが

賢明だ。

 

でもテレビ欄みたら、どうやらジェイコムテレビ(10ch)で、夜7時から中継がある

ようだったので、部屋のテレビで昭和記念公園の花火大会を鑑賞することにした。

 

 

夏の花火大会会場らしく、普段はあまり呑まないパインのチューハイを

買ってきた。

 

うーむ。

前になんかの番組で花火大会に精通している評論家の人が、

「花火を見るための一番いい特等席は部屋のテレビの前です」

といっていたが、やはり小さいテレビで花火の映像観ててもなんか迫力ない。

 

でもやはり花火好きだから、迫力ないとわかっていても毎回テレビで中継

観ちゃうんだよな。

 

8月に入ったら、今度はまた別の近くの公園で盆踊り大会もある。

それも行こうと思う。楽しみだ。

 

みなさんも良い夏を。