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PERU day by day改めKansai day by day

17年住んだペルーから帰国してスペイン語の全国通訳案内士デビューしました。インスタグラムシェアしながら、日常生活や日本の面白いところを紹介していきます。
趣味はランニングとペルーの国民舞踊、マリネラ・ノルテーニャ。

今度はクスコで刑務所職員の犯罪。
コロンビアを抜いて、コカイン供給源のトップに立ったペルー、
クスコは県内に、コカの畑の生産場所を抱えている。

アンデス通信社より
http://www.andina.com.pe/agencia/noticia-policia-detiene-a-trabajador-penal-qenccoro-trasladar-cocaina-557413.aspx
警察は、クスコのケンコロ刑務所の職員で大工仕事の教員、
マリアノ・メルセデス・ワマニ・ポルトヘノ(62歳)が
1kgのコカイン樹脂を所持しているのを刑務所の入り口で発見し、
その身柄を拘束した。
国家警察の予備捜査ののち、
教員が今朝、靴の中に板状になった麻薬を隠して
サンヘロニモ区にある刑務所に入ろうとするところを拘束された。

教員は管轄区の警察署に連行された後、県犯罪局に移送され、
麻薬所持に関して捜査を受けている。
また同時に麻薬がどこから持ち込まれたかについての
調査は専門の麻薬調査局にまかされるとしている。

訴訟手続きには当番にあたっている県の検察官、
セサル・コンドリと鑑定官があたる。
またさらなる麻薬の発見のために、教員が働いていた
生産技術教育センター(Cetpro)にも介入
した。
拘束された教員は刑務局と教育省が協定により、20年以上もの間刑務所内で働いていた。
現在のところ、捜査は継続中である。


このおじさん(教員)。運び人なのかね・。
囚人の誰かに渡すつもりだったんだろうか?


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南米「裏」旅行
水曜夜、ベルモントグループの五つ星ホテル、
パラシオ・ナサレナスの礼拝堂で
クラシック声楽のコンサートがあるいうので行ってみた。

本当はクスコの高名な歴史家による
コルプス・クルスティ祭の講演会に行く予定だったのだが、
ホテルFACEBOOKでコンサート情報を知ってしまい、
「誰が歌うの?」
とコメントしたら
「クスコの音楽家たち。Kayoquinお待ちしています」
と名指しで言われればそれはいかざるを得ないでしょう?

で、行ってみた

ナサレナス広場は五つ星ホテルが3軒もある小広場だ。

いずれも植民地時代の建物を改築したもので、
パラシオ・ナサレナスホテルは昔修道院だった。



まじで、礼拝堂コンサート。




ソプラノ歌手ソロ

SOPRANO CUSQUEÑA EN PALACION NAZARENAS por kayoko-sakaguchi
テノール歌手ソロ


TENOR PALACIO NAZARENAS por kayoko-sakaguchi

地元の音楽学校で学んだ、地元の歌手なので歌唱力には贅沢は言わない・・。

ボッチェリで有名になったTime TO Say Good byeも歌われた。

気に入ってしまったが
トルヒージョ出身の作曲家、カルロス・バルデラマのPuna y Pampa(高原と平原)


PAMPA Y PUNA CONCIERTOO EN PALACIO NAZARENAS por kayoko-sakaguchi

なんと、主祭壇前にいたはずのソプラノが壁にかかった説教壇から出てきた歌い始めた。
これは教会コンサートならではの趣向で面白い!

ペルーの教会の説教壇は壁や角柱に備え付けられていて、
円柱や多角形をしていることが多い。
壇の上についている屋根上の構造は説教の声を響かせるためのものだったそうで、
歌声もついでに響かせられるというわけだ。ちょっと納得。

ただ私はカトリック信者でもなんでもないので、ミサはからかいがてらにしか行かない。
説教壇を使っているところは見たことがない。(懺悔室に向かって人が並んでいるのは見たことがある。ただし、懺悔室の中身は知らない。だって懺悔する必要のない人間だもの!←ウソ!)

コンサート終了。
格子の向こうは聖堂内陣だろうか。いや、今はホテルの施設になっているかもしれない。




私は曲目を聞きに行っていたので、ほぼ最後のほうに出ることになり、
外側の写真を撮っていると礼拝堂入り口はすぐに閉められた。



なかなかいい夜だった。

でも、あの説教壇写真に撮っておくべきだったな・・。




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タイム・トゥ・セイ・グッバイ~ボチェッリ・スーパー・ベスト


教会建築を読み解く (HOW TO READシリーズ)
昨日1950年のクスコ地震について書いたら、
今朝のニュースの「今日は何の日」のようなコーナーで
1
960年、5月22日の超巨大大地震に触れていた。
マグニチュード9.5の地震で起きた津波が太平洋全域に達し、
ハワイで61名、三陸沖で142名が死亡している。
チリでの地震での死者は1743名。

ういえば、ペルーでは5月31日は死者行方不明者10万人という
1970年のマグニチュード8.5のアンカシュ地震の記念日。
ペルー歴史上最大の地震といわれる(スペイン人が1532年にやってきた後の有史時代)。

ワスカラン山峰の氷河が地震によって崩れ、
湖に落ち、あふれた水が土石流となってユンガイの街を襲いって埋め尽くし、
25000人が生き埋めとなった。

こう考えると5月は南米の地震の当り月か?とも考えられるが、
そうでもないようで
ペルーではリマでは10月が地震の月と考えられているようだ。
1687年、1746年、1974年と10月に大地震が襲っている。

1687年の10月20日の地震では、
津波でカジャオ地域が壊滅状態になった。
このとき崩れた教会に描かれたキリスト像が奇跡の主として
現代まであがめられる続けることになった。

また1746年の10月28日は15000から20000人もの死者を出したと推定されている。

そして10月に奇跡の主のキリスト像の行進を行うのだ。


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現地直輸入!! 南米ボリビア産【本物正規】特大エケコ人形 30センチ 幸せを呼ぶ奇跡の人形
この街ならやりかねないと思った、
ビックリもしなかったニュース。
警察や刑務官とマフィアの癒着が当たり前な上、
少年狙撃犯を生み出すペルー北部の街で
非番警官が強盗を働いた。

http://peru21.pe/actualidad/trujillo-detienen-policias-que-integraban-banda-asaltantes-2219279

現役の警官4名と一般市民1名がが武器を持って
チキンの炭火焼レストランに押し入った容疑により
トルヒージョの中央非常隊の隊員により逮捕された。

逮捕は水曜日の夜に、3名の覆面をかぶった男がキンタナ町にある
「エル・リンコン・デル・チェ」というレストランに押し入り、
客から盗んだ上、店の売り上げを巻き上げた。

強盗犯が3名の客を人質としたうえ、
発砲が共犯者を待っていた車に当たるなどしたために事件の通報を受け、
警察が店に介入した。

発砲しながら追跡した後、
トルヒージョ歴史地区で犯人たちは逮捕された。
その身元は、ペルー国家警察の巡査、
エドガル・ヨアン・コンデ・サエンス(21歳)、
ディオニシオ・クリスチャン・カスティジョ・ソト(20歳)。
さらに一般市民のサウル・ジュニオール・ピタ・テーヨ(21歳)

彼らは警察官、ジャンカルロ・カルデロン・ライムンドと
チャバリと知られる輩も強盗に参加したと自白した。
また警察の巡査、アンデルソン・アウロラ・カセレスが武器を供給したことも認め、
この二名の警官もも数時間後に逮捕された。

ラ・リベルタド県の警察局長のセサル・ヘンティレ警視は
4名は早期介入部で働いていたが、警察からは解雇される見込みだと述べた。



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メキシコ麻薬戦争: アメリカ大陸を引き裂く「犯罪者」たちの叛乱
1950年5月21日、クスコでマグニチュード6.0の大地震が起き、
死者1561名、歴史地区の3000件の家屋が崩壊した。
これをきっかけに都市の建築の近代化が始まり、
18世紀以降ほとんど拡大していなかった市外地があらたに広がりを見せ始めた。
http://historiaupc.blogspot.com/2010/04/terremoto-1950.html

地震の時の模様はコチラのビデオを。
文化財建築も損害を受けました。


また昨年の新聞記事では
http://archivo.larepublica.pe/26-08-2014/44-mil-viviendas-antiguas-del-centro-cusqueno-colapsarian-con-terremoto

クスコ県には53の断層があり、
1950年の地震のような規模の地震がいつ起きてもおかしくない。
災害研究予防非政府センターとペルー地球物理学局によるとマグニチュード7の地震が起きたとして、クスコにある日干し煉瓦の家のうち4万4000件が崩壊するしている。

地球物理学局のホルヘ・クエンカ局長は
帝国都市の歴史的景観保存地区の80%の建築は、
都市発展計画の求める基準を満たしていない、悪い状態でできているという。
局長はまた、クスコ県には断層が53あり、
いつ何時、街のすべてが瓦礫と化した
1950年の規模の地震が起きてもおかしくないと付け加えている。
もし同様の現象が起きれば、建築のまずさから、クスコ全市が消滅するのは明らかだとしている。
同時に災害研究予防非政府センターのフェリペ・パラドは、
官公庁が災害予防処置に関する活動を促進していないという問題をあげている。
防災行政は過去の災害が起こした危険の大きさから理解することであるが、
官公庁はまったく理解していない、としている。




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