毎日、同じ日々のようでいて、

実はまったく違う日々を過ごしていることに、

少し疲れを感じています。

 

原因は、自分でも分かっています。

 

娘のことが、頭から消えないからです。

 

気にしないように、考えないようにしていても、

日常の中に、当たり前のように娘の存在が現れます。

 

近くのスーパーに行けば、

一緒に行った記憶がよみがえり、

娘の好きだった食べ物が目に入る。

 

少し遠くのお店に行っても、

やっぱり娘との記憶が蘇る。

 

この「娘」という存在に、

私の日々はずっと振り回されています。

 

平坦な道を歩いて、

少し落ち着いたかと思えば、

いきなり崖から突き落とされる。

そこで終わればまだいいのに、

そこからさらに底なし沼に落ちていく…

 

そんな感覚です。

 

疲れますね、人生って。

 

だから、負けないように、今日もブログを書きました。

 

これって、いつ終わりが来るんだろうな…

ここのところ…

正直、心が晴れる日はありません。

 

曇りというより、雨。

時には大雨や嵐のような日もあります。

 

原因は分かっています。

 

何一つ、娘のことが解決していないからです。

 

そのことで、

何度も何度も旦那さんと話し合いをしています。

 

良い方向に結論が出そうになると、旦那さんに迷いが生じる。

そして、振り出しに戻る。

 

その繰り返しの中で、私の心は悲鳴をあげました。

 

旦那さんの迷いや優柔不断なところは理解しています。

いつものことなので。

 

でも、もう振り出しに戻るのは勘弁してほしい。

これが、私の本音です。

 

これ以上、娘に何を期待して、

どんな希望を抱いているのか、私には理解できません。

 

大学へ行かせ続けたい気持ちは分かります。

 

でも、行くだけでは卒業はできません。

大学は、学ぶ場所です。

 

ちゃんと勉強して、

単位を取らなければ卒業できないのですから。

 

旦那さんのこの迷いと優柔不断さに、

久しぶりに言葉が出なくなりました。

 

今の私には、会話をする意味すら分からなくなっています。

 

お金を出せば、大学へは通えます。

 

娘の言うことをそのまま受け入れて、

お金だけを出し続ければ、

確かに「大学に在籍する」という形は保たれるでしょう。

 

でも、それが本当に娘のためなのでしょうか。

 

休学、復学、また休学、そして復学。

まるですごろくのように繰り返して…

 

いったい、どこで本気で学ぶのでしょうか。

本当に卒業できるのでしょうか。

 

そして、やはりお金の問題もあります。

 

もし打ち出の小槌があるのなら、

いくらでも出し続けられるのかもしれません。

でも現実は違います。

 

自分たちの老後のこともある。

その前に、自分たちの親のこともあります。

 

それらを犠牲にしてまで、

娘に何かをしてあげたいという気持ちは、

今の私にはありません。

 

本気で大学に行きたいのなら、

自分の力で、気持ちが落ち着いた時に

もう一度やり直せばいい。

 

受験し直してでも、通い直せばいいと、私は思っています。

 

そこがまったく、旦那さんと噛み合いません。

 

夫婦で、同じ方向を向けていない…

 

今はそんな感覚があります。

私のブログって、ちょっと変ですよね(笑)

 

娘とのことを綴ってはいますが、

かなり偏っていると思いますし。

 

 

でも、嘘や偽りで綺麗事を書いても、

それはやっぱり事実ではないので、

本音で、自分の言葉で書いてきました。

 

とはいえ、これでよかったのかな…と思うこともあります。

 

 

 

もう少し、

「読まれても違和感のないブログ」というか、

もっと心に寄り添うような書き方の方がいいのでは?と思ったりもしました。

 

 

でも、

そもそも私がブログに書きたかったのは、

自分の心の内です。

 

だから、

言葉を選んで綺麗に整えることは、

どうしてもできませんでした。

 

 

もしかしたら、

読んで「不愉快だ」「子どもが可哀想」と感じている方もいると思います。

 

それも、受け止めます。

 

 

私は、

誰かに救ってほしくて書いているわけでも、

共感してほしくて書いているわけでもありません。

 

 

だから、強い言葉になることもあるし、

弱い部分を書くこともある。

 

それが、私だから。

 

 

ちょっと変ですかね(笑)

 

でも…もし…

 

お子さんのことで、

とても大きな悩みを抱えている方が、

このブログに辿り着いて…

悩みは違っても、「一人じゃない」と感じたり、

「何とか踏ん張っていこう」と思ってもらえたら、

私はとても嬉しいです。

 

 

こんな感じで、今日も何とか前を向いています。

 

自分の残りの人生、

これからどうなっていくんだろう…

 

そんなことを考える時間が増えてきました。

 

 

若い頃は、

こんなことを真剣に考えることなんてなかったと思います。

 

でも自分も年齢を重ね、

明らかに「これからの時間」より「これまでの時間」の方が長くなってきました。

 

もちろん、3桁まで生きれば話は別ですが(笑)

 

 

今回の出来事を一つひとつ振り返っていく中で、

私は一体、何のために娘を大学まで行かせたのだろう…

ふと、そんなことを考えるようにもなりました。

(ただ…大学へ行かせたかったのは…

旦那さんなんですけどね(笑))

 

 

娘の親に対する暴言をはじめ、

言い方は悪いですが、

狂ったような態度で向かってくる娘の表情や言葉が、

今もなお本当に怖くて…。

 

「親にも心があるんだけどな」と、

声を大にして言いたくなる気持ちです。

 

 

そんなに何か嫌なことをしたのか。

そんなに気に入らないことをさせたのか。

 

ずっと疑問のままです。

 

でも、答えを求めているわけではないんです。

 

 

 

娘から言われ続けた言葉で心が崩れて、

そこから立ち直れたかというと…正直、まだそこまではいっていません。

 

それでも、

なるべく考えないように過ごす努力をしています。

 

そして、仮に話し合いができたとしても、

そもそも論点が噛み合わない以上、

難しいのだろうと、自分の中でも理解できるようになってきました。

 

 

私はママ友の中でも年齢が上で、

そこそこの年齢で出産していることもあり、

残りの人生を考えると、

 

「生きている間に、娘にあと何回会えるんだろう」

と、何気に思いはじめました。

 

 

実際、年に一度も会えない年もありました。

 

仮に残りの人生を20年とすると、日数にして約7300日。

その中で、あと何回会えるのか。

 

もしかしたら…

もう会わない、会えない可能性もあります。

 

 

これから先、

この関係は、破綻しているのに形だけ続いていく…

 

そんな不思議な親子関係になっていくのかもしれません。

 

 

辛いと感じていた時期もありましたが、

今はもう、

「諦めの中の家族の時間」なのかもしれないと、

思うようになってきた今日この頃です。

 

娘のことがきっかけで、

私は小さい子どもを見ると、

なぜかモヤモヤするようになりました。

(小さなお子様のいる方、変な意味じゃないので)

 

モヤモヤ…?

うーん、この表現で合っているのかは分かりませんが。

 

視界に入ると、

目を逸らしてしまう癖までついてしまいました。

 

 

私だけかもしれませんが、

良い記憶よりも、

悪い記憶や嫌な記憶の方が、より鮮明に残っています。

 

特に娘に関する記憶は、

ほとんどが悪い記憶や嫌な記憶、

さらには怖い記憶の方が先に思い浮かんでしまいます。

 

 

きっと、

そのせいで小さい子どもを見て

モヤモヤするようになったんだろうな、と思います。

 

前は、小さい子どもを見ると、

自然と笑顔になっていたのに。

 

 

いつから私は、

こんなに心が狭い人間になってしまったんだろう。

(反省中です)

 

 

今もまだ、

娘との最後の直接対決の言葉に(電話)

心が苦しめられています。

 

そして、

出口の見えない迷路に取り残されたような気分のままです。

 

 

娘のことを考えない日々。

答えを求めなくていい日々。

 

そんな“普通の日常”が訪れることを願って、

前に進むために、今日もブログを書きました。