私くらいの年齢で家庭がある方は、

どのくらいの割合で一人で食事をしているんだろうか?と、最近よく考えるようになりました。

 

娘が家を出て、この4月で4年目に突入。

 

それまでの3人家族の頃は、

家族揃っての食事は週末や祝日が中心でした。

 

旦那さんがお休みの日でないと、なかなか揃わないですもんね。

 

 

娘が家にいた頃は、

例えば晩ごはんは娘と二人で食べることが多かったです。

 

ただ、中学に入って部活が始まり、

高校に入っても同じように部活や塾で、

生活リズムにズレが出てきて、一人での食事も徐々に増えていきました。

 

だから、一人で食べること自体には、

これまでそこまで抵抗はありませんでした。

 

 

でも、この数年は本当に一人での食事の時間が増えました。

 

旦那さんの仕事量も増えて、

帰宅が遅い。とにかく遅い。

だからどうしても、私は先に食べることになります。

 

 

 

一人での食事って…

正直あまり楽しいものではないですよね。

 

そう感じるのは、きっと私だけではないと思います。

 

 

 

そんな味気ない食事の時間に慣れてしまって、

食事が楽しい時間ではなくなりそうだな…と思っていたのですが…

 

 

 

我が家の旦那さん、

何も伝えていないのに、ちゃんと分かってくれているんだと思います。

 

週末になると、

美味しいお店や人気のお店、

珍しいお店などを事前に調べて、連れて行ってくれるんです。

 

しかも、私が好きそうなものや、気に入りそうなお店ばかり。

 

 

旦那さんの存在に、感謝です。

 

一人での食事も、

週末の楽しみのために乗り越えていけそうです。

穏やかな日々を過ごしたいと願う毎日ですが、

ふと思う出来事がありました。

 

先日の話です。

近所の公園での出来事。

 

春休み期間中だったこと、

桜の季節だったこと、入学式シーズンだったこと。

いろんなことが重なって、賑やかな公園でした。

 

そこで、小学高学年くらいかな?

そのくらいの男の子のグループが、

階段に座っていました。

 

ぱっと見て、6〜7人はいたと思います。

 

何をしているんだろう?と何気なく彼らの方を見ると…

 

みんなそれぞれ、スマホとにらめっこ。

誰とも会話せず、ただただスマホの画面を見ている。

 

おそらく、アプリのゲームなんだと思います。

 

 

 

これが当たり前なんだ、今は。

 

公園は遊ぶところ。

でも、走ったりボールを使ったりするのではなく、

使う道具はスマホ。

 

そして、目線の先は友達ではなく、

スマホの画面。

 

 

 

この光景を見ながら、

娘もきっと、推し活仲間と会っても、

スマホを通してしか会話していないんだろうな、と妙に納得した日でした。

 

 

時代的に一人っ子が多いのもあるのかもしれません。

 

でも、もっとちゃんと、

目を見て会話ができる家族だったらよかったなぁ…と、少し寂しくなる瞬間でした。

 

娘とのことで心身ともに疲労困憊の中、

唯一、心が穏やかになる瞬間は、

音楽を聴く時間です。

 

今は、やっぱりモナキです。

 

 

私にとってモナキとの出会いは、

ビタミン剤のようなものですね(笑)

 

落ち込んで泣き崩れていても、

程よく背中を押してくれる。

 

そんな存在が、

モナキの楽曲であり、

モナキそのものです。

 

 

 

純烈の酒井リーダーが、

この4人を見つけて世に送り出してくれたおかげで、

今の私のモチベーションが保たれている…そんな感覚です。

 

 

 

酒井リーダーが、

純烈のファンの方を愛を込めて「おばさん」と表現されていることについて、

モナキの若いファンの方が少し誤解されているような書き込みを拝見しました。

 

(うまく書けずすみません。あえて少しぼかしています。)

 

 

 

言葉の裏にあるものは、

捉え方によって感じ方が変わるんだな、と改めて感じました。

 

年齢や経験の差もあるのかもしれません。

 

私からすれば、

酒井リーダーの言葉は、

愛があって、

ファンの方を信頼しているからこその表現に見えて、

とても素敵だなと思いました。

 

 

言葉は、形を変えるものですね。

 

我が家のように、

武器になってしまうこともあれば、

誰かの支えや癒しになることもある。

 

 

 

どんな時でも、自分らしく生きていけるように。

頑張りすぎないようにしていこうと思います。

 

 

 

朝はモナキで始まり、

夜もモナキで終わる。

 

今は、この時間が一番好きです。

 

 

 

名もなき者たち、ありがとう。

 

昨日は、

書くこと、ブログに綴ることをやめて、

少しお休みしようと思っていました。

 

 

でも、よくよく考えてみたんです。

 

私はそもそも、書くこと、文章を綴ることが好きですし、

自分と向き合える場所でもあり、

迷いや答えを探す場所でもある。

 

そんな「書く」という行動をやめることが、

私にとってプラスなのか…

それともマイナスなのか…

 

 

 

考えた結果、

 

やっぱり、書こうと思いました。

 

迷いがあるなら、

その迷いもそのまま書こう、と。

 

 

 

共感してほしいから書くわけでもないし、

批判されたくないから隠すわけでもない。

 

これは、私の心のバランスを保つためのものでもある。

 

そう思い、

ブログのお休みはやめることにしました。

 

 

とはいえ、

私はこれまで、

娘のことで悩まない日なんて一日もありませんでした。

 

あれ?ちょっと文章変ですかね(笑)

 

でも、本当に毎日365日、

悩んで、悩んで、悩み続けてきました。

 

だからこれからも、悩みごとを

私の支えとして書いていこうと思います。

 

 

 

私の今の望みは、ただ一つ。

 

娘のことで、

大きな悩みがなくなることです。

 

小さな悩みなら受け入れられます。

でも、もう大きな悩みは勘弁してほしい。

 

これが本音です。

 

 

 

拙いブログではございますが、

今後ともよろしくお願い申し上げます。

 

立て続けに重い内容を書いてしまい、

不愉快だなと感じる方もいらっしゃることは、重々承知の上で…。

 

 

親子って、何なのでしょうね。

 

 

娘から「産んだ責任を取れ」と言われましたが、

責任とは何なのでしょうか。

 

今、娘は21歳。

今年で22歳になります。

 

大きな病気や怪我もなく、

大事に育ててきました。

 

それだけでは、ダメだったのでしょうか。

 

 

私なりに頑張ってきたつもりでしたが、

まだまだ努力が足りなかったのでしょうか。

 

 

悩んでも、考えても、答えは見つかりません。

 

娘からすれば娘なりの言い分もあるでしょう。

 

しかし、どのご家庭でも

大なり小なり、家庭内のルールはあるものだと

私は思っています。

 

そのルールは、おそらく

我が家はわりと緩く、

甘かったのではないかと今は思っています。

 

だから、ここまで

自己中心的でわがままで

癇癪持ちの子になったのではないか、と

感じています。

 

と、同時に感じているのは

反社会性パーソナリティ障害のことです。

 

検査を受けたわけでもなく

病院へ通ったわけでもないので

勝手な憶測ですが…

 

 

ただ今は、

心の底から湧き上がってくる憎しみを、

必死で抑えています。

 

恨んでも、憎んでも、何も変わらない。

 

大学だって、タダではありません。

前期、後期と学費が掛かります。

それに休学するのもお金が掛かります。

(在籍確保ってことですもんね)

 

一人暮らしのマンションの家賃に

仕送りに…

足りないものを購入し送る作業…

 

経験したことがある方しかわからない、

とんでもなくお金が飛んでいく事実…

 

すべて頑張ったよ・・・

私・・・

 

なら、もういいじゃない、私。

 

よくやったじゃない、私。

 

そう思って、

少しでも心が穏やかになるようにしていこうと思います。

 

 

少し、ブログはお休みします。

 

 

 

こんなにも複雑な内容のブログを読んでいただき、

本当にありがとうございました。

 

皆様にとって、穏やかで素敵な毎日が訪れますように。

 

ありがとうございました。