今日は早朝とはいえない位に早くに目がさえて眠れなくなり、こうしてブログの続きを書くことにしました。ずっと書くのをさぼっていたのが自身の心のうちにあって早く書けとも言われたのかも知れないと思っています。
2つ目のデータセンターは、詰まるところ無能な事業部長が立ち上げられなくて私がその代理をしたのですが、社長に説明する段になりデータセンターの企画書には予定顧客を入れろという指示があり、適当に顧客名を書いたのですがその1社が現実に受注できたので私自身も驚きました。
最初の情報は私では無く、私同様に決まった顧客もいなくてぶらぶらしていた営業マンに関連会社から照会があったというのが始まりでした。その男では対応が難しくなり、私が変わってから進展が早くなりました。
今から18年程も前の9月位に、外資系コンピュータを扱う子会社の営業マンから新しいデータセンターを決めたいと要望されているので顧客情報を送ると言われたのが最初でした。FAXで送られた資料は整理が出来ていないので、その会社のレベルが分かりました。提案するのに必要なデータを追加で送ってもらうようなことを何回かして提案書をまとめました。当時はワープロの最終末期でしたが、表だけが書ければ全て説明できるのでワープロで作成した提案書で費用と期間を書ければ十分でした。
顧客の要件であるデータセンターを変わるにあたり、コンピュータを新規に導入して、そこに古いコンピュータのデータを移行するので費用が発生しました。その費用が高いと言われたのには閉口しました。この客先の体質は後に嫌と言うほど知らされたのですが、それは正確に物事を理解できないので社内に説明がつかず、経験上社内で許される金額感を持っているだけでした。
ホストコンピュータの入れ替えでしたので、私の勤務していた会社の親会社の使用しているのと同じ外資系のコンピュータを担当するシステムエンジニアに移行と構築の見積もりを依頼しましたが、その時は言われるままの費用だったので高いと言う印象になったかも知れないと思いました。事業部としては初めての社外顧客の移行案件でしたので、私は個人的には勉強代として無償にすべきだろうと感じていましたが、そういう感覚は絶無の部署だったので、びた一文見積金額を減らすことはできませんでした。
そういうお互いに対立する費用問題は、コンピュータの移転を急ぐ顧客にとっては仕方が無いという説明をしたようでした。この時、この顧客は丁度事業が上り坂にあり、業績が毎年2割も増加するという普通には信じられないような状況でしたが、契約を登録するホストコンピュータが時々停止するというとんでもない状況にあり、データセンターをまともな会社に変えようということでした。
ここで登場したのが気弱な部長ではなく、社内の仕切りを強引にする課長でした。部長は費用の説明をうまく出来ないのですが、この課長が役員に移行費用が無いとデータセンターが変われないと言う説明をして了解をもらったようでした。その様子は代理店の営業マンが「あの課長さんが役員を説得してくれたので話がまとまりました」と聞いたからでした。この話を聞いた時にはにわかには信じられませんでした。普通には部長が役員に説明するところを、この会社では課長が役員を説得したということでした。この課長とは段々と腐れ縁になって泥沼に入り込むことになるのですが、後で考えれば、そういう第一歩であったということでした。
顧客のコンピュータの情報を貰って、提案書を何度か説明して1か月も過ぎて10月半ばに代理店の男から電話があり「今日、先方の部長が来社されるので会社に来てほしい」と依頼がありました。夕方、代理店の会議室に顧客の部長と課長の二人が現れて「ようやく決済をもらいました」という報告を聞いたのでした。
子会社はデータセンターよりもコンピュータを売るのが主眼で、新しくコンピュータが売る方が大事でした。「データセンターはお宅とお客様で直接契約してもいいですよ」と言われたのでよく分かりました。後ほど色々な登場人物が現れますが、この時に現れた子会社の営業部長は外資系コンピュータ会社から異動で転籍になっていた部長で、見た目が恰幅がいいので少々圧倒されました。しかし、この人物も裏舞台で活躍する人間だと分かったのは10年も後のことでした。