外資系コンピュータ会社のお婆さんエンジニアからデータベースの変換ツールが提供されて試使用した後、社内事情もよく理解ができないままに自分勝手な理解で色々な資料を作るという日々が4月から7月くらいまでは毎日続きましたが、流石にもうこれ以上は作る資料は考えつかないという時になると、或るサーバーの内容を整理してほしいという依頼があり、これはとうとう翌年の3月までかかっても完成は出来ませんでした。
12月には外資系コンピュータ会社のお婆さんエンジニアが作成した、データベースの変換ツールの操作手順書なるものが送付されてきて、私はその操作手順書を真っ赤になるほどコメントを書いて送付したら、後日それを見たらしい外資系コンピュータ会社のお婆さんエンジニアが「キャー」という嬌声を上げたのを聞きました。余りに手前勝手な内容に思えた事と、色々な前提となる知識があるのは当然と言わんばかりの書きっぷりで、このデータベースに余り知見の無い人が見るとちんぷんかんぷんという風に見えるのではないかと思いました。この操作手順書の中身には、長年の付き合いがあるので、気心が知れているという慢心から出来たものだろうという風に感じました。
案の定、3月に入り各担当者がデータベースの変換が始めると、パソコンに慣れない総務系の部署の人たちは変換の設定が不明でうろうろしているのが判ったので、私は業務終了後に外資系コンピュータ会社のエンジニアの目が無いのを確認してこっそりと操作の指導をして何とかデータベースの変換が出来たという事もありました。
私の仕事も実際は3月の最終3週間くらいが本来の派遣社員としての業務をしたと言えるので、その前の12カ月は準備としては十分に有り余る時間であったという風に感じました。
派遣社員の契約更新は3カ月毎に更新をされるのですが、その度に派遣会社の営業マンに「たいして仕事もないのに契約更新するのですかね」という疑問符を投げかけていたのですが、とうとう当初の約束通りに1年と1カ月間の契約を実行して派遣社員としての働き場所が確保されたという結果になりました。これは顧客の性格上、一旦きめたものはきちんと実行するという律儀な性格上からこういう結果になったものと感じました。
この会社で派遣社員として働き始めてからは、そういう仕事ぶりの毎日を過ごし、四季を通じてこの会社が入るビルに通勤した事というのが主なる出来事の風に思えて、仕事の思い出というよりも毎日の通勤途上の日々の移ろいを見る方が楽しみになっていました。
この会社の入っていたビルは、以前に勤務していた会社では私の担当顧客でもあった会社のビルでしたし、私が通っていた病院の直ぐ近くというのも何かの縁を感じましたし、横にあるツインのオフィスビルには私が30歳代の頃にお世話になった顧客の担当者が会社も変わっていましたが在籍しているというのも縁があるのかなと感じました。又、以前に私が勤務していた会社が少し遠くに眼下に見えたのも面白く思えました。
毎日が事務所で一日中座り放しという状況なので自然と体重も増えてくるので、地下鉄での通勤は途中2駅を下車して約1.2kmほどを歩くという毎日を過ごしました。この朝晩の通勤の風景が四季を通じて変わるというのが、この時期の派遣社員として一番の記憶に残るものになりました。