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映画を中心にエンタメ、旅などを紹介しています。

 キネマ旬報映画賞の脚本賞を5度受賞している荒井晴彦。監督業にも進出して5作目になる最新作「星と月は天の穴」が公開中。

 

 原作は吉行淳之介。主人公は吉行をモデルにしたようなモテモテの作家。演じたのは、荒井晴彦の監督前作「花腐し」にも主演した綾野剛。

 

「星と月は天の穴」★★★★☆

 

 前作はロマンポルノへのオマージュで映画人、荒井晴彦ならでは世界だった。今作は文筆者としての、吉行淳之介への敬意、憧れ。

 

 自分との距離感があるるので、主人公は思い切りかっこいいキャラになっている。それを綾野剛が演じるから、そのかっこよさは倍化している。

 

 モノクロにしたので昭和な雰囲気そのまま。こんな男性優位の話なんて、モノクロでもしないと、今の世の中では「差別的」と反発されるだけ。

 

 それにしても、荒井晴彦らしいエロな展開。それを綾野剛が気持ち良さそうに演じている。男二人の確信犯的映画。

 池井戸潤が吉川英治文学賞の新人賞を受賞した2009年の作品「鉄の骨」を読んだ。主人公は中堅ゼネコン入社4年目の若手社員、富島平太。



 

 物語はマンション建設現場から始まる。あらくれ者が多い現場。若い平太は作業員になめられる。それでも現場が好きな平太に異動の命が下る。

 

 本社の業務課。そこは公共事業の受注獲得をするセクション。わずが4人の部員ながら、やり手専務と直にやり取りをする社内の核ともいえる場所。談合の現場だった。

 

 社会悪とされる談合。主人公の若き平太は、談合なんて、社会悪だと思っている。しかし、業務を進めるうちに先輩社員がいう「必要悪」の部分も理解できるようになる。

 

 物語は2000億規模の地下鉄発注をめぐるゼネコンの争い、談合の内幕が描かれる。

 

 池井戸潤の経済小説。素人にも建設業界の仕組みをわかりやすく伝えている。ニュースで見る「談合」という言葉の実態も見えてくる。

 

 小説としてうまいのは若くて、熱血、真面目な男子を主人公に据えたこと。池井戸潤の小説は、設定も物語展開もそのまま映像になる。映像化した作品がヒットするのは当然。

 

 この作品も2度もテレビドラマ化されていた。(知らなかった)1本は神木隆之介、もう1本は小池徹平。どちらも小説にイメージに合う。(見てないけど)

 

 映像化に関して少しだけ残念なのは、ほとんどテレビドラマだということ。映画は少ない。映画で傑作になれば、作品の命は永遠になる。(例えば「国宝」は原作と共に5年、10年、あるいはそれ以上、人々の記憶に刻まれるだろう。「風と共に去りぬ」などは、その最たる例。映像(映画)と小説が一体化して、語り継がれるようになる。)

 

 

 映画「国宝」が大ヒット。その影響は歌舞伎界に大きく貢献している。その「国宝」で重要な役を演じた寺島しのぶ。歌舞伎ファンにとっては、彼女があの映画に出演したことの意味は大きい。

 

 梨園の子供として生まれながらも、娘なので、歌舞伎の舞台に立てなかった寺島しのぶ。弟(菊五郎)は華やかに活躍しているのを見るばかりだった。

 

 しかし、歌舞伎界も次第に変化して、とうとう彼女は2023年に歌舞伎座の舞台に立つ。これは歌舞伎界にとっては歴史的な出来事だった。いくら「企画色」の強い舞台でも、歌舞伎の演目で女性が舞台に立ったのだ。



 

 そして「国宝」が大ヒットした今年の師走、寺島しのぶは再び歌舞伎座の舞台に立っている。演目は「芝浜革財布」。あの落語の名作の歌舞伎化作品。

 

 中村獅童演じる魚屋・政五郎。寺島はその妻、おたつを演じている。ある日、大金の入った財布を拾った政五郎。そんな幸運に浮かれる。しかし、女房のおたつは浮かれて仕事をしなくなるのでないかと心配するという人情話。


 獅童と寺島しのぶのコンビ最高だった。「芝浜」は落語の演目としても好きな話。これが芝居にピッタリ。


 笑える人情話。今回の公演では梶原善も出演。歌舞伎役者に混ざっても違和感がない。


 

 素晴らしい年末になった。



 スイスの山間の小さな町を舞台にした「世界一不運なお針子の人生最悪な1日」。ヒロインは若い女性。亡くなった母から洋裁店を引き継いでいる。このお店のウリは「しゃべる刺繍」。刺繍に音声が仕掛けてあって、紐を引っ張ると音声が出る。

 

 しかし、過疎化の町では商売はうまくいかずに店じまいをする最中。ある日、ウェデングドレスの縫いつけに出張すると、その道すがらで犯罪者に出会ってしまう。

 

 映画は3パターンの行動で、彼女がこの犯罪とどう関わるかを展開する。



「世界一不運なお針子の人生最悪な1日」★★★★☆

 

 お針子が針と糸で知恵を巡らすという設定がおとぼけで楽しい。映画の雰囲気も犯罪映画なのに、なぜか、のんびりしている。それが妙な味付け。

 

 多分にスイスの山間という舞台が効いているのだろう。これがアメリカの町だったら「エディントンへようこそ」になる。殺人シーンもあるのに、なぜかユルいのだ。

 

 ちょっと残念なのは、犯罪組織の親玉の俳優に魅力がないこと。アメリカ映画なら、この手の役を巧みに演じる俳優がたくさんいる。俳優にとっては演技を楽しめる得な役。この役が光ると映画はもっと良くなる。(犯罪映画にとっては悪役が大切なのだ)



 韓国のマ・ドンソク。主演作は欠かさず観たい俳優。スクリーンにマ・ドンソクが映るだけで満足できる。

 

 新作のタイトルは「悪魔祓い株式会社」。マ・ドンソクが演じるのは、この会社の社長。タイトル通り、エクソシズムを実行する会社。

 

 肉体派のドンソクが、体力で悪魔を追っ払う?

 

「悪魔祓い株式会社」★★☆☆☆

 

 ドンソクの映画じゃなければ観ない映画。もちろんドンソクが悪魔祓いをするワケじゃない。エクソシズムをするのはポスターのお姉さん。助手をするのはポスターのお兄さん。

 

 このお姉さん、ちょいキャバクラのお姉さんみたい。なんで彼女なの?もし、僕にキャスティングさせてくれなら、樹木希林みたいな曲者ばあさんにする。

 

 その方が「悪魔」を追っ払う迫力がある。ばあさんが使えないドンソクを足蹴にしながらも、二人で協力して悪魔を退治する、そんな展開。

 

 コメディとして観ればいいのかも?だけど、コメディにはなりきっていない。ドンソクが体力一筋で悪魔の取り巻きを殴るって!悪魔祓いの本質とはまったくかけ離れてる。

 

 ポスターにはドンソク「企画」&「原案」とうたっているけど、この企画、原案という文言も怪しいな?たまには変わった役もやってみたいというドンソクの気持ちもわかるけど、この路線じゃない。いっそ、純愛映画なんかにチャレンジしたらいいかも。

 90年代以降年末年始に日本にいることが少なかったので、大晦日の恒例「紅白歌合戦」を見ることはなかった。それでも昭和の時代は「紅白」は特別な存在。一部の人を除き、歌手にとっては晴れ舞台だった。

 

 コロナになって、海外にいくこともなくなったけど、紅白は縁遠いままだった。最近はMISIAと福山雅治のトリが固定化。MISIAが美空ひばりと並んだといわれても、なんだかな?そもそも彼女って大ヒット曲あるの?と思ってしまう。固定するなら「津軽」と「天城」を延々ループさせられる石川さゆりにしてほしい。

 

 ここ数年は出演者の発表が小出しに出される。視聴率をなんとか上げたいという話題作りなのかもしれないけど、王道を往く番組としては姑息だなと感じるのは、昭和の黄金期を知ってしまっているから。



 

 でも、そのサプライズの繰り返しで、今年はなかなか充実したメンバーが、特に男性陣には揃っている。米津玄師、Mrs.GREEN APPLE、RADWIMPS、Vaundy、back number、サカナクションなどが出演。

 

 しかも、今年は放送100年の記念企画としてオープニングにMrsが「夢であいましょう」郷ひろみとKing&Princeが「ひっこりひょうたん島」をアイナ・ジ・エンド、前田敦子、司会を努める今田美桜「春一番」を歌う。

 

 さらに「YOUNG MAN」「春よ、来い」「花は咲く」「パプリカ」と続き「上を向いて歩こう」の合唱で締め括るそうだ。それだけでも見たいと思わせる特別感がある。


 今年は久しぶりに紅白をオープニングから見る気になった。


 それにしても「特別枠」ってなんだろう?堺正章、氷川きよし、矢沢永吉。氷川くんはピンク組だろうから、確かに特別枠だけど。男女で紅白って、完全に意味はなくなっている。

 

 コリン・ファレルとマーゴット・ロビーという魅力的な俳優が共演した「ビューティフル・ジャーニー」。ふたりは、まったくの他人。偶然、友人の結婚式で知り合う。

 

 結婚式の翌日、車で帰ろうとするがロビーの車が故障。彼女を乗せることになる。と物語の展開だけを書くと普通のラブストーリー。でも、この映画の筋立てが違うのは、この車がなにやら怪しいこと。

 

 ことの発端はNYで借りた車。その手続きをする時から変な展開。しかも、おしゃべりなナビがおせっかいなことばかりいう。

 

 結局、彼と彼女を同じ車に乗り、おせっかいなナビの言うままに不思議な旅をする。草原の中に存在する、怪しげなドア。そのドラを開くと過去の自分たちが過ごした場所に逆戻り。忘れかけていた若き日の自分の姿と再会する。



「ビューティフル・ジャーニーふたりの時空旅行」★★★★☆

 

 監督は「アフターヤン」のコゴナダ。音楽は久石譲。「ドラえもん」のどこでもドアは行きたい場所へ連れていってくれる。この映画のドアは必ずしも「行きたい」「戻りたい」だけではない場所に行く。

 

 そこで過去の自分と対面する。年を取ると「若い頃って、青臭くて、愚かしい」と懐古しがち。でも、若い時は必死でそんなふうには世の中が見えない。

 

 そこへ戻って、もう一度、自分を振り返る。もちろん、最後には「自分の家(今居る場所)が一番」になるのは「オズの魔法使い」から同じ。

 

 厳しく映画を評価すれば、甘いということになるけど、それなりに年を取ると、そんな甘さもいいものだなと思えてしまう。過去は決して美しいばかりではなけど、そんな過去があるから今があり、未来がある。主演のふたりの演技がしっかりしているので、そんな大人の童話が成立した。

 歌謡曲全盛期の78年に大ヒットしたのが庄野真代が歌った「飛んでイスタンブール」。その前年にユーミンの「中央フリーウェイ」をカバーしてヒットさせていた。

 

 

 

 

 当時なら「歌謡曲」というより「ニューミュージック」の近いのかもしれないけど、作曲・筒美京平、作詞・ちあき哲也なら、歌謡曲の範疇だろう。

 

 78年当時、イスタンブールなんて、ほとんどの日本人にとっては異国。歌った庄野真代ですら、行ったことがなかったそう。後年イスタンブールに行って、砂漠どころか、冬だったので雪が降っていてびっくりしたそう。

 

 歌詞のような乾燥した砂漠の世界ではない。それでも、イスタンブールはエキゾチックな街であることは変わらない。東洋と西洋を結ぶ街。オリエント急行の発車駅もある。

 

 イスタンブールに行ったのは2013年。トルコは節目の時期を迎えていた。東京と共にオリンピック候補都市に名乗りを上げ、5月に行った時はキャンペーンの真っ最中。そんな中、ライバルである日本の安倍総理がトルコを訪問して現地では話題になっていた。

 

 

 

 節目といえば、トルコのEU加入が議論されたいた。しかし、イスラム国ということで、結局はたち消えになった。戦略的には黒海と地中海をむずぶボスポラス海峡を抱えている重要な場所。狭い海峡を制してしまえば、黒海はただの湖になってしまう。今のロシアのウクライナ侵攻を思うと、あの時、トルコがEU入りしていたら、今の戦争はなかったかも。(NATOには加盟しているんだし)

 

 

 その狭い海峡を行き来する潜水艦の姿を観て、トルコがEUに組み込まれたら、ロシアは手も足も出ないだろうなと思った。しかし、イスラム教への強い拒否感で、それ以降議論されることもなかった。

 

 そんな政情とは関係なく、78年の高校生は、イスタンブールという響きにロマンを感じて、行くこともないだろうと思っている国への詩情を膨らませていた。

 

 庄野真代、この曲が大ヒットして、次の曲は「乾杯!モンテカルロ」。どちらも筒美京平らしい佳曲。でも、インスタンブールでもモンテカルロでも、曲は、不思議に頭には浮かばなかった。

 ホラー映画、SF映画のレジェンド、ジョン・カーペンター。デビュー作「ダークスター」が公開中。格別なファンではないけど、彼が主に活躍した70年代、80年代、カーペンターは特別な存在感があった。

 

 彼のファンにとっては、この74年の作品は、彼の出発点としては記念碑的な意味合いなのだろう。残念ながら、ファンではないので、この作品の存在を知らなかった。でも70年代からのアメリカ映画ファンとして、敬意を持って映画館へ行った。

 

「ダークスター」★★★★☆

 

 映画自体はチープ。でも、若い作家の初々しいさが今も新鮮。

 

 カーペンターが手掛けた作品のジャンルは得意ではなかったので、冒頭のクレジットでダン・オバノンが出てきてビックリ。

 

 「エイリアン」「トータル・リコール」などで脚本家として活躍しただけでなく「バタリアン」なども監督した、このジャンルのレジェンド。お互いに成功してからの絡みは少なかったので、二人の名前が結びつかなかった。

 

 話は宇宙船の中だけ。安上がりに上手く作っている。さすがカーペンター。オバノンは俳優としても登場して大活躍。オトボケな味もなかなかに妙味。

 

 カーペンターって、売れっ子監督になっても、キッチュな趣味の人だった。大家にならない、なれない。その持ち味は、やはり、デビュー作から変わらない。その姿勢はご立派。80年代までは、こんな作家の存在が許されたし、愛された。このチープだけど、キッチュで可愛い作品に出会い、そんな想いを思い出した。

 

 横山秀夫が作家デビューを飾った「ルパンの消息」を読んだ。



 舞台は90年代の巣鴨。このエリアに通うヤンチャな高校生3人が主な登場人物。タイトルは、彼らが通う喫茶店「ルパン」に由来している。


 物語は15年後から始まる。15年前に彼らの高校であった教師の自殺。これが殺人だったというタレコミがある。

 

 もし、殺人ならば、時効は翌日。担当する刑事たちには1日しか余裕がない。


 当時は自殺と認定された案件。本当に殺人なのか。そのことも確定しないまま、刑事たちは、残された一日で事件と対面する。


 当時の高校生3人組は容疑者として警察に連行される。彼らの取り調べの話で、物語が15年前に戻り進行する。

 

 第1作に作家のエッセンスのすべてがあるといわれるけど、まさに、そんな横山秀夫らしさ満載。


 第1作でこんなに濃厚に人間が書き込まれている。悪ガキ高校生。彼らに接する教師たち。主な舞台を提供する喫茶店。そのマスター。取り調べ側の刑事たち。


 決して登場人物は多くないが、それぞれが15年前に交差する。


 特に「ルパン」のマスター。実は3億円事件の犯人ではないか?と疑われた人物。高校生たちも、モンタージュ写真にそっくりだとして、マスターを「サンオクさん」と呼んでいる。


 サスペンスだけでなく、泣かせるポイントも多い。3人組のひとりが15年後にホームレスになって上野にいた。


 上野駅、15年前の写真を頼りに探す刑事。しかし、ホームレスたちは誰も同じに見えて途方にくれる。

 

 そんな駅で、ひとりのホームレスが刑事に方へやって来る。襲われるのではないかと身構えると、そのホームレスは「オレも刑事だった」と伝え、探しているホームレスの居場所を教えてくれる。


 その若い刑事は、外見で判断したことを反省する。このパートの描写、設定が見事。人間の悲哀をまるで映画のシーンのように表現。


 横山秀夫はあとがきで、この作品が世に出たことで、新聞社を退社する決心がつき、作家になったと書いている。