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映画を中心にエンタメ、旅などを紹介しています。

 高市総理の所信表明演説の時に、野党議員から発っせられたヤジ。これについて、賛否の意見。

 

 個人的にはヤジはありだと思う。この議論の中でも、英国議会のことが取り上げられていて、かの国ではヤジは当たり前の光景。

 

 だから、日本でも、当然だろうというのが、野党支持者のおおかたの意見。スポーツだって、ワールドシリーズでは大谷選手も敵地で結構やじられている。ある意味、ヤジることは健全なこと。

 

 しかし、今回のヤジが批判されているのは、ヤジった人の、ヤジり方の間のわるさとセンスのなさ、それに知性(言葉の選び方)のなさ。

 

 ヤジとは違うけど、歌舞伎の大向こうの掛け声なんて、まさに間が重要。だから、歌舞伎を知り尽くした人が天井桟敷から、掛け声をかけるのだ。



 

 時に調子にのって、中途半端な観客が「中村屋!」なんて声がけすることがあるけど、これほどみっともないことはない。歌舞伎には様式美がある。それがぶち壊し。

 

 その世界に近いものが、今回のヤジ騒動だと思う。立憲民主党の議員らしけど、こういうのを見聞きすると、やはり、立憲ってセンスないなと思ってしまう。党首も、こういう時は毅然として「ヤジは許される、健全なものだけど、今回はいただけなかった」ぐらいのコメントを出せよと思った。

 

 ましてや、相手が日本初の女性首相で、支持率75%の人なんだから、カッコ悪いヤジをしたら自分たちの首をしめる程度の自覚が欲しい。

 ヨーロッパの音楽界にとってオペラは格別な存在なのだろう。1流といわれる指揮者、あのカラヤンだって、積極的にオペラの指揮をしている。

 

 オペラの舞台をみると、主役は舞台に立つ歌手たちで、一見、オーケストラは黒子のよう。交響曲の演奏会なら、舞台いっぱいに広がって演奏できるのに、オペラの場合はピットに収まって演奏しなければならない。

 

 オペラにとっては歌手は主役だけど、実はオケも主役なのだと実感させられたのが、今回のウィーン国立歌劇場の公演。演目はモーツァルトの「フィガロの結婚」。



 

 オペラでは歌舞伎の十八番に匹敵するような人気演目。今回の公演では、有名な序曲から、このオケはすごいなと感じた。キレが良くて美しい。

 

 他の観客もそう感じたようで、カーテンコールでは、オケの指揮者が登場した途端にそれまで以上の歓声。ほとんどの人がスタンディングオベーション。


 素晴らしかった。オペラって、やはり、総合芸術なのだと実感した公演。さすがウィーン。




 ジェフリー・アーチャーの「まだ見ぬ敵はそこにいる」。主人公はスコットランドヤードの警察官ウィリアム・ウォーウィック。


 父親は有名弁護士。姉も父の事務所で働く弁護士。父親は彼にも弁護士になることを期待するが、彼は警察官の道を選ぶ。

 

 本作は警察官ウォーウィック・シリーズの2作目。1作目は名画にまつわる「レンブラントを取り戻せ!ロンドン警視庁美術骨董捜査班」。


 この1作目で対決した大物犯罪者マイケル・フォークナーが2作目でも対決相手になる。

 

 それに並行して描かれるのは麻薬界の大物。ウィリアムの同級生が売人に成り下がっている。


 ウィリアムは彼を情報源に傭い麻薬組織への捜査を進める。そこに、またマイケル・フォークナーが登場して、悪のかぎりを尽くすという展開。

 

 
 ウィリアムはエリートの家庭に育ちながらも、一介の警察官として活躍する。中盤は法廷劇。敵はもちろんマイケル・フォークナー。彼はあらゆる汚い手段を使い裁判で無実を獲得するべく暗躍する。
 
 リッチな家系の警察官と悪の限りを尽くす罪人の対決。逆転につぐ、逆転。最後までハラハラ、ドキドキ。さすがアーチャー、見事な物語運び。いつもながら、うまさを堪能させてくれる。

 ウィリアムのお姉さんのパートナーは女性。二人で裁判を支える。アーチャーも21世紀仕様になっている。


 

 フランス映画「サターン・ボウリング」の主人公は異母兄弟。映画は父親の死の直後から始まる。


 フランスの地方都市(多分ナント)に父親が残したのはボーリング場。ここは単に遊戯場だけでなく、地域の社交場になっている。


 多用しているのは父親の友人たちのハンタークラブのオヤジたち。バー代わりに、このボウリング場にやって来る。


 警官の兄はここを売却しようと考えるが、弟は自分に運営させてくれと懇願。弟に任せてるが。



「サターン・ボウリング」★★★★☆


 この弟が残虐なシリアルキラー。閉鎖的な地方都市を舞台に、曲がった欲望が交差する。


 なかなかに緊張感がある映画。兄が警察官で、恋仲になるのは環境保護ボランティアの移民系の女性。彼女の活動で、父親の友人たちのハンタークラブのオヤジたちとは対立している。

 

 そのオヤジたちは、ボウリング場を運営する弟が、自分たちを締め出していると、兄に抗議する。「アイツは婚外子のくせに、生意気」だと。


 もちろん兄弟仲は微妙。兄は弟の犯行とも知らずに連続殺人の捜査に当たっている。それも上司からは進捗が遅いとお怒りを受ける始末。


 どちらも行き場のない、閉塞した地方社会の現実が描写される。


 なかなかに緊迫感のある映画。演出したのは女性監督。この演出力、次作が楽しみ。こういうの拾い物というのだろう。

 ジョニー・マティスの存在を知ったのは大学時代。音楽好きの友人の家で聞かされた「ミスティ」。こんな甘い声の人がいるのかと思った。その時、まだ、音楽的にはあまちゃんで、名曲「ミスティ」のことさえ知らなかった。

 

 なので、この名曲をジョニー・マティスという歌手のオリジナルだと思っていた。

 

 のちに、これがスタンダードの名曲でたくさんの人が取り上げている名楽曲だと知る。でも、自分にとっては「ミスティ」はジョニー・マティス。彼を越える人はいなかった。(マイルスでも、サラでも)

 

 50年代後半、記録的にレコードを売り上げたアーティスト。先日観たビートルズのマネージャーの映画のワンシーン。各レコード会社にビートルズを売り込むのだが、コロンビアでは「ジョニー・マティスがいるし、ボブ・ディランもいるので、新人が入る余地はない」と断わられる。

 

 そんなに彼が当時のミュージックシーンで存在感があったのだと、改めて知った。

 

 

 ディスクユニオンで買ったベスト盤。これが甘いバラードばかりの20曲。

 

 惜しいのは70年代にデニス・ウィリアムスとデュエットしてヒットした「TOO MUCH,TOO LITTLE,TOO LATE」(日本版のタイトルは「涙のデュエット」!)が未収録なこと。

 

 これ70年代ソウルバラードの名曲。(78年リリースで全米1位)

 アメリカの田舎のおっさんたちの草野球映画「さよならはスローボールで」。

 

 予告編はピエール瀧のナレーションで「おっさんたちが草野球するだけで、ロッテントマトで満点のスコア」などインフォメーションしていた。ならば、満点映画はどんな出来?と気になって映画館へ。 

 

「さよならはスローボールで」☆☆☆☆☆

 

 完成に予告編にだまされた!確かに、おっさんたちが草野球するだけというのは、その通り。でも、ほんとに、それだけの映画。

 

 カンヌの監督週間に出品したというのもウリだけど、このレベルの映画をチョイスするの、カンヌの審美眼も疑う。カンヌだけじゃなく、満点だというロッテントマトも、大丈夫?

 

 ネットにも多く書かれているけど、ダラダラとおっさんたちが野球をするだけ。しかも、昼間から夜中まで。一体、何時間?経過してるの?

 

 それに登場人物の背景はまったく描かれていないので、ドラマ的な盛り上がりもない。

 

 昔はこの手のB級アメリカ映画って、佳作とまではいかなくても、愛すべき低予算映画があった。この映画を観ると、アメリカ映画の質がいかに低下しているかわかる。

 

 これではアメリカ映画に人が集まらないのは当然。大作は大味、小品は安くて、雑なんて。アメリカ映画で育った映画ファンとしては、嘆きしかない。

 時代劇のヒストリーを中心に映画評論を多数発表している春日太一。彼の出世作「あかんやつら」を読んだ。

 

 

 彼の本はたくさん読んでいるのに、何故か、この代表作を読んでいなかった。(というか、読んだ気になっていた)

 

 戦後、弱小映画会社、東横映画としてスタートした東映。その苦難の初期に活躍したのは牧野光男。日本映画の父と言われる牧野省三の次男。

 

 戦後、登場した東横映画に日活から兄の映画監督、マキノ雅弘と共に移籍。弱小スタジオをマキノイズムで運営する。

 

 時には親会社の東急へ乗り込んで、五島慶太に直談判。その芝居じみた懇願に、五島もつい、ほだされるエピソードも微笑ましい。それほど新興の映画会社の経営は苦しかった。

 

 そのマキノを支えたのは、夢半ばで命が絶えた父の無念を晴らしたい一心。「日本映画の父」と呼ばれた父。兄も映画史に残る映画監督。

 

 さらに芸能界では王国のようなマキノ一族。俳優では、沢村国太郎、沢村貞子、長門裕之、津川雅彦、加藤大介などなど。(遠い血縁なら、朝丘雪路、南田洋子、宮城千賀子、黒澤和子まで)芸能史を飾るセレブが勢揃いしている。

 

 その牧野光雄のパワーで危機を乗り切った新興映画会社だった東映。それが50年代になると業界トップへ躍り出る。しかし、そのタイミングで牧野光雄は逝去してしまう。


 映画みたいなドラマチックな人生!

 

 

 

 80年後半に登場して、いきなり第一線に躍り出たポーラ・アヴドォル。1991年、彼女の最大のヒットアルバム「スペルバウンド」をディスクユニオンで購入。

 

 

 元々、振付師としてショービジネス界に入ったアヴドォル。振付師としてはアカデミー賞を担当するぐらい成功していた。このアルバムは彼女にとって、初めてのバラード「ラッシュ、ラッシュ」(ビルボードNO1)が収録されている。これが名曲。

 

 このアルバムは日本でも大ヒット。翌年92年の武道館公演を見た。これが素晴らしかった。

 

 振付師としての素質を充分に楽しめたパフォーマンス。特に「ラッシュ、ラッシュ」の時は宙吊りの美しい振付。まるでシルク・ド・ソレイユのような演出。今まで武道館で見たコンサートの中で、一番美しいシーンだった。

 

 アルバムはダンスチューンが中心。ちょっと単純。もっと音楽的なバリエーションがあれば良かったのに。彼女は、このあとアルバム1枚だけ出して、表舞台から去る。その意味では「作られた」シンガーだったのかも。

 

 突然、21世紀に「アメリカン・アイドル」の審査員として復活した。元気な姿を見せてくれたのは嬉しい。そう、人生は続いていくのだ。

 長澤まさみが主演した「おーい、応為」。彼女が演じたいるのは北斎の娘。映画は、彼女が絵師の夫の絵をこっぴどくけなすシーンから始まる。そして、父、北斎の元へ帰る。

 

 北斎を演じるのは永瀬正敏。これが有名画家の家かと思うようなボロ長屋。そこに居候する娘の応為。

 

 そんなふたりの珍道中のような生きざまが描かれる。

 

 「おーい、応為」★★★☆☆

 

 今まで何度も描かれてきた北斎とその娘。しかし、娘を主人公にした作品はなかったのではないか。長澤まさみはキップのいい姐さんぶり。北斎を演じる永瀬正敏も飄々としていい。

 

 でも、映画のテンポは、何故か、まったりとしている。俳優の好演を活かしていないのが残念。演出は大森立嗣。いつもテンポがいいというタイプではないけど、今回は特別にまったりした印象。

 

 それにしても北斎のキャラクターは面白い。江戸時代には珍しい長寿。それでいて、セレブなのに、まったく名声には興味がない。まさに孤高の人。そのキャラの軽やかさが映画には、あまり反映されていない。

 ディスクユニオンのベスト盤コーナーで買ったのはビートルズ、ベスト盤の青盤。




 前期のベストの赤盤。そして、青盤は解散まで。ラストは「ロング・アンド・ワイディングロード」。


 こんな名盤が特価だったのも、購入の大きな理由だけど、今一度、ビートルズを聴きたいと思ったのは、ビートルズのマネージャーの伝記映画「ブライアン・エプスタイン」の影響。




 あの映画を観て、ビートルズの存在を改めて再確認した。


 いわゆるビートルズ世代ではないし、中学生になって周囲が洋楽に目覚めて、ビートルズに夢中になっても、自分はハマることがなかった。


 音楽は垣根なく聴いているが、唯一、ロックは苦手。多分、自分の中にロック的なものが欠けているのだと思う。


 ビートルズ沼にはハマらなったけど、こうして年を取るとビートルズの音楽の楽曲の質の高さが素直に身に沁みる。


 この青盤は全28曲。すべて名曲。そういえば、まだ小学生の時、ビートルズとは知らずに「オブラディ・オブラダ」が好きだったことを思い出した。


 ビートルズは永遠。