包容力って何でしょうね・・・
戯言ですが・・・
色々な人のブログを読ませていただきますと・・・多くの女性方が好きな男性のタイプに「包容力のある人」
とか書かれています・・・
包容力があると自分を包み込んでくれるような安心感が想像できるのでしょうね・・・
茂木健一郎の言う「安全基地」が未知への挑戦を駆り立てる・・・と言う事なんでしょう・・・
かく言う僕も包容力のある器の大きい人間になりたいものだと思いますね・・・
しかし、です
包容力のある人の態度・・・または人に接する態度はいかがなモノか・・・
僕も包容力のある態度にしようと頑張ってしまう時もあります・・・でもその時って
上から目線ですね・・・
落ち込んでいる人が目の前にいてもあくまでも人ごと・・・
「そうなんだ・・・」と相づちは打ちますが、共感してないし・・・
包容力って言葉の魔術か言葉の独り歩きか・・・・
理想を追ってる夢見がちな少女じゃないんだから好みの男性のタイプが包容力のある人ってどんなもんなんでしょ・・・
まぁ、僕が取り違えている可能性が非常に大きいと思いますけどね・・・
人間が二人いれば、ぜったい上下の関係が生まれる訳ですし
平等とかぜったいあり得ないものです
どちらかがリードし、どちらかがフォローする訳で・・・
包容力とか言う非常に抽象的な言葉にあまり機能していない脳みそを使ってしまいました
あらためて人間の作り出した言葉と抽象観念に疑問をいだく、春の宵です・・・
ここにも言葉の独り歩き的表現が・・・
水晶で包容力が生まれるものなんだろうか・・・・
色々な人のブログを読ませていただきますと・・・多くの女性方が好きな男性のタイプに「包容力のある人」
とか書かれています・・・
包容力があると自分を包み込んでくれるような安心感が想像できるのでしょうね・・・
茂木健一郎の言う「安全基地」が未知への挑戦を駆り立てる・・・と言う事なんでしょう・・・
かく言う僕も包容力のある器の大きい人間になりたいものだと思いますね・・・
しかし、です
包容力のある人の態度・・・または人に接する態度はいかがなモノか・・・
僕も包容力のある態度にしようと頑張ってしまう時もあります・・・でもその時って
上から目線ですね・・・
落ち込んでいる人が目の前にいてもあくまでも人ごと・・・
「そうなんだ・・・」と相づちは打ちますが、共感してないし・・・
包容力って言葉の魔術か言葉の独り歩きか・・・・
理想を追ってる夢見がちな少女じゃないんだから好みの男性のタイプが包容力のある人ってどんなもんなんでしょ・・・
まぁ、僕が取り違えている可能性が非常に大きいと思いますけどね・・・
人間が二人いれば、ぜったい上下の関係が生まれる訳ですし
平等とかぜったいあり得ないものです
どちらかがリードし、どちらかがフォローする訳で・・・
包容力とか言う非常に抽象的な言葉にあまり機能していない脳みそを使ってしまいました
あらためて人間の作り出した言葉と抽象観念に疑問をいだく、春の宵です・・・
ここにも言葉の独り歩き的表現が・・・
水晶で包容力が生まれるものなんだろうか・・・・
アルゼンチン・ブエノスアイレス、コルドバ・・・ちょっと里帰りで行って来ました・・・
ウチの嫁さんの身内を訪ねに数年前にアルゼンチンへ行って来たんです・・・
色々と旅をしてどこが一番遠かったか・・・などと考えていたのですよ
そしたら、何故かアルゼンチンのネタを仕入れに行けとアドバイスと言うか
人ごとの様なリクエストをする人が立て続けに現れ・・・
ここに行くまで超メンドーなんですけどね・・・
多分、この国が日本から一番遠い国でしょう
時差ちょうど12時間・・・季節はまったく逆
地球の直径上の一番長い距離をちょうど半周した所にあるんでないでしょうか・・・
飛行機に乗っている時間だけで24時間
トランジットがまた長くて4時間
28時間かかります・・・経由はアメリカ、アトランタ
飛行機って嫌なんですよ・・・何もする事ないし・・・ご飯はマズいし・・・
まぁ、商売になるなら行って来ますけど・・・
で、アルゼンチンと言えば何をイメージしますか・・?
と聞かれても大して想像も出来ないくらい、日本と関わりがない国です
サッカーか、タンゴか・・・母をたずねて三千里か・・・ガウチョを知ってる人も少ないし・・・
パタゴニアってアルゼンチンの地名だと知っててダウンジャケット着てる人も少ないでしょうね・・・
それにしても大きな国です
世界的に認められている領土で世界第8位です
いまだ問題のフォークランド諸島と南極の良くわからない領土と主張しているところを合わせると
かなりの大きさになります
この大きい国でまだブエノスアイレスとコルドバしか行った事ありません・・・
歴史的にも日本と絡む事が皆無の国です
基本的には南米のどの国もそうですが、ここもスペインの血なまぐさい侵略によって出来た国です
インディオの虐殺や、内戦の殺戮とか、ネガティブな部分も上げたらきりがないでしょうね・・・
しかし、1880年くらいから国政が安定し、第一次世界大戦で被害が激しかったヨーロッパの経済の影響を
受けず世界第5位までの経済大国になったこともあるんです・・・
「母をたずねて三千里」のマルコ・ロッシのお母さんが出稼ぎにアルゼンチンへ来たのもこの時代です
アニメの設定では1882年となっております・・・
9歳のマルコ・ロッシ・・・お母さんを探しに行くと言うモチベーションがあるものの・ジェノバから
アルゼンチンのコルドバまで一人旅ですか・・・
スゴい・・・
僕の旅の人生の先輩ですね
で、ここがマルコがジェノバから船で上陸したラ・プラタ川のあるブエノスアイレスの街です
以前は南米のパリとも呼ばれたブエノスアイレス・・・町並みはかなりオシャレに見えました
石造りの建物は100年以上も立派に機能してますし、計画された大通りを広場でつなぐ道路網は
たしかにヨーロッパの都市計画を参考にしています
そういう写真は他のホームページを参考にしてください・・・
これは若い人やオシャレ者に人気のある小径にあるカフェ・・・
マンハッタンの一角にあるようなハンバーガーショップです
でもタクシーがいまだにプジョー505だったりするのに感激しますね!
しかもマニュアルシフトです・・・
で、ここからバスで約10時間のところにコルドバと言う第二の都市があるんです
マルコ・ロッシは馬車とマルコを哀れと思うみんなから集めたお金で汽車に乗りコルドバまで行くのです
途中、マルコ・ロッシが見たであろう、パンパの草原の景色です
コルドバは南米最古と言われる大学Universidad Nacional de Córdobaがある街・・・
ここがそうです
で、これが中庭
コルドバはゆったりとして落ち着いている街でした
首都とは違うおもむきのある京都って感じの所です
ブエノスアイレスよりコルドバの方が歴史が長いし・・・
この街はイエズス会という侵略者たちが作った街
自分たちの信じる神を押し付けに、そして、この地にある資源と土地を略奪しに来たイエズス会は
日本でも有名なザビエルのいた教派でもあります・・・
で、これがアルゼンチンの飯・・・
基本的にこの旅行は何処でもゲストとして扱われた旅です
なんせ身内に会いに行ったのだから・・・
そうなると訪ねる家が毎回、歓迎のご馳走をしてくれるのです・・・
そして、どこの家庭ももてなす料理がこの「アサード」と呼ばれるガウチョのBBQ
もちろん牛肉・・・それにチョリソーとよばれるソーセージ・・・
でもこの量を見て下さい・・・
ほとんど二週間、この料理を毎日食べ続けました
アルゼンチンも都市圏の周り、いわゆる郊外は本当の庶民の地区
そういう所はニューヨークのクィーンズ、ブロンクスじゃないけど、こんなカッコいい建物もあるんです
ワンモア キッズのカタカナの意味がわかりませんが、ここで日本語に遭遇するとは・・・
で、お決まりに二つ
アルゼンチンタンゴのストリートパフォーマンス
チェ・ゲバラのグラフィティ
最後におまけ
アルゼンチンのキティーです
色々と旅をしてどこが一番遠かったか・・・などと考えていたのですよ
そしたら、何故かアルゼンチンのネタを仕入れに行けとアドバイスと言うか
人ごとの様なリクエストをする人が立て続けに現れ・・・
ここに行くまで超メンドーなんですけどね・・・
多分、この国が日本から一番遠い国でしょう
時差ちょうど12時間・・・季節はまったく逆
地球の直径上の一番長い距離をちょうど半周した所にあるんでないでしょうか・・・
飛行機に乗っている時間だけで24時間
トランジットがまた長くて4時間
28時間かかります・・・経由はアメリカ、アトランタ
飛行機って嫌なんですよ・・・何もする事ないし・・・ご飯はマズいし・・・
まぁ、商売になるなら行って来ますけど・・・
で、アルゼンチンと言えば何をイメージしますか・・?
と聞かれても大して想像も出来ないくらい、日本と関わりがない国です
サッカーか、タンゴか・・・母をたずねて三千里か・・・ガウチョを知ってる人も少ないし・・・
パタゴニアってアルゼンチンの地名だと知っててダウンジャケット着てる人も少ないでしょうね・・・
それにしても大きな国です
世界的に認められている領土で世界第8位です
いまだ問題のフォークランド諸島と南極の良くわからない領土と主張しているところを合わせると
かなりの大きさになります
この大きい国でまだブエノスアイレスとコルドバしか行った事ありません・・・
歴史的にも日本と絡む事が皆無の国です
基本的には南米のどの国もそうですが、ここもスペインの血なまぐさい侵略によって出来た国です
インディオの虐殺や、内戦の殺戮とか、ネガティブな部分も上げたらきりがないでしょうね・・・
しかし、1880年くらいから国政が安定し、第一次世界大戦で被害が激しかったヨーロッパの経済の影響を
受けず世界第5位までの経済大国になったこともあるんです・・・
「母をたずねて三千里」のマルコ・ロッシのお母さんが出稼ぎにアルゼンチンへ来たのもこの時代です
アニメの設定では1882年となっております・・・
9歳のマルコ・ロッシ・・・お母さんを探しに行くと言うモチベーションがあるものの・ジェノバから
アルゼンチンのコルドバまで一人旅ですか・・・
スゴい・・・
僕の旅の人生の先輩ですね
で、ここがマルコがジェノバから船で上陸したラ・プラタ川のあるブエノスアイレスの街です
以前は南米のパリとも呼ばれたブエノスアイレス・・・町並みはかなりオシャレに見えました
石造りの建物は100年以上も立派に機能してますし、計画された大通りを広場でつなぐ道路網は
たしかにヨーロッパの都市計画を参考にしています
そういう写真は他のホームページを参考にしてください・・・
これは若い人やオシャレ者に人気のある小径にあるカフェ・・・
マンハッタンの一角にあるようなハンバーガーショップです
でもタクシーがいまだにプジョー505だったりするのに感激しますね!
しかもマニュアルシフトです・・・
で、ここからバスで約10時間のところにコルドバと言う第二の都市があるんです
マルコ・ロッシは馬車とマルコを哀れと思うみんなから集めたお金で汽車に乗りコルドバまで行くのです
途中、マルコ・ロッシが見たであろう、パンパの草原の景色です
コルドバは南米最古と言われる大学Universidad Nacional de Córdobaがある街・・・
ここがそうです
で、これが中庭
コルドバはゆったりとして落ち着いている街でした
首都とは違うおもむきのある京都って感じの所です
ブエノスアイレスよりコルドバの方が歴史が長いし・・・
この街はイエズス会という侵略者たちが作った街
自分たちの信じる神を押し付けに、そして、この地にある資源と土地を略奪しに来たイエズス会は
日本でも有名なザビエルのいた教派でもあります・・・
で、これがアルゼンチンの飯・・・
基本的にこの旅行は何処でもゲストとして扱われた旅です
なんせ身内に会いに行ったのだから・・・
そうなると訪ねる家が毎回、歓迎のご馳走をしてくれるのです・・・
そして、どこの家庭ももてなす料理がこの「アサード」と呼ばれるガウチョのBBQ
もちろん牛肉・・・それにチョリソーとよばれるソーセージ・・・
でもこの量を見て下さい・・・
ほとんど二週間、この料理を毎日食べ続けました
アルゼンチンも都市圏の周り、いわゆる郊外は本当の庶民の地区
そういう所はニューヨークのクィーンズ、ブロンクスじゃないけど、こんなカッコいい建物もあるんです
ワンモア キッズのカタカナの意味がわかりませんが、ここで日本語に遭遇するとは・・・
で、お決まりに二つ
アルゼンチンタンゴのストリートパフォーマンス
チェ・ゲバラのグラフィティ
最後におまけ
アルゼンチンのキティーです
アンコールワットからの帰り道で・・・
台湾ネタを書いていたら、何やら旅の事を思い出してしまいました・・・
色々と旅をしてきましたが、僕の旅は日本から数日間、観光をして帰って来るような旅ではありませんでした
3年ほどぶっ続けで旅をしてましたので・・・
その旅の中にはかなり濃い思い出がいっぱい入っておりますが、アンコールワットからの帰り道で遭遇した出来事です
今のアンコールワットは早稲田の調査隊やボランティアのおかげでかなり整理されたみたいですね・・・
15年ほど前のアンコールワットはまだまだ雑草と巨木の中に突如現れた寺院っていう雰囲気を残しておりました
アンコールワットについてはけっこう、語っている方がいるので割愛します!
クメール・ルージュと言うゲリラを知っている人はどくらいいるのでしょうね・・・
ポル・ポト政権と言えば分かる人もいますが、
このクメール・ルージュのおかげでカンボジアは疑心暗鬼の内戦を10年以上やっていたのですからね・・・
1992年、国連の明石氏が国連カンボジア暫定統治機構(UNTAC)事務総長特別代表になり、
平和維持活動を始めてやっと国内の政治が安定し始めたのです
しかし、それはプノンペンとその周辺アンコールワットのあるシアムリアップくらいしか、その活動の勢力が及んでいなかったのです
勢力範囲外ではまだまだクメール・ルージュの生き残りがゲリラ活動をしていたのです
戦争ジャーナリストか命知らずの大バカもの以外は夜のプノンペンの街も歩きません・・・
外国人は誘拐される恐れがあるからです
外国人の集まるカフェに置いてある英字新聞で、毎日、どこぞの国の旅行者が誘拐されたと報道されていました
お金を払って解放されればいい方です
ドイツの旅行者が殺されたとその時の新聞にも出ておりました
これだけ書くとスゴい恐い国のように思えますが、とんでもない・・・
UNTACの活動範囲内の昼間の街であれば、カンボジアののどかな雰囲気が十分楽しめ、古い寺院や
美味しいカンボジア料理を楽しむ事が出来ました
観光客も多かったのです
カンボジア政府はアンコールワットを観光の目玉にし、一大観光国家になることを目指していましたので・・・
外貨を簡単に手に入れるには観光が一番なんです!
当時、アンコールワットへ行くには飛行機、もしくはトンレサップ湖を横断して行くのが安全と言われていました
道路もあるにはあったのですが、未舗装ですし、UNTACの勢力範囲外に出る可能性があったのです
しかしトレンサップ湖も大きな湖・・・ゲリラのボートも時々出没すると噂がありました
トンレサップ湖を横断する時は高速ボートに乗れ、と言うのが外国人観光客の常識でした
ローカルの人たちの乗る乗り合いボートは速度が遅く、湖上でゲリラが出た場合、逃げられないのです
で、高速ボートに乗り、アンコールワットへ・・・
数日間、シアムリアップに滞在し、プノンペンへの帰り道・・・
高速ボートの中には数人のカンボジアのロコたちが乗っていました
彼らの様子がおかしいのです
ボートは速度をグングン上げて行きます
ロコたちは窓よりも低い位置で頭を抱えています
ボートはさらに速度を上げます
木製の柱が天井を突き上げます・・・高速で水上を走っているので湖面をボートがたたいてすごい振動です
とうとう柱が壊れてしまいました
それでもボートは止まりません・・・
ロコたちは泣きそうな顔で頭を低くしています
外国人の僕たちはまだ事態を飲み込めていません・・・
雰囲気から察するにヤバい状況の様です・・・
しばらくしてやっと外国人の僕たちにも飲み込めました・・・ゲリラが出たんだと・・・
僕たち外国人も頭を低くし、壊れそうな高速ボートの中でじっとしてました
しかし・・・僕は何故か好奇心が出て来てしまい・・・頭を上げて窓の外を見ようと・・・
その時・・・巨大な水柱が目の前に立ちました!!
打ってる・・・!!
何を打ったの・・・?大砲・・・???
さらにボートは速度を上げて走って行きます!
柱は天井にめり込んでいます・・・それでも走る・・・
やっとの事で逃げ切り、無事にプノンペンに到着
噂が本当だった事にショックを受けてアンコールワットから帰って来ました
こんな事が日常茶飯事にあるとは何て言う国だろう・・・
でも、そういう国の人の生きるエネルギーって感動するほどスゴい・・・
ネガティブな面がないとポジティブになれないのは人間なんでしょうが・・・
日本は平和ボケでポケーっとした人たちが多いとなげくのは、なんて贅沢な事なのだと思ってしまいます
色々と旅をしてきましたが、僕の旅は日本から数日間、観光をして帰って来るような旅ではありませんでした
3年ほどぶっ続けで旅をしてましたので・・・
その旅の中にはかなり濃い思い出がいっぱい入っておりますが、アンコールワットからの帰り道で遭遇した出来事です
今のアンコールワットは早稲田の調査隊やボランティアのおかげでかなり整理されたみたいですね・・・
15年ほど前のアンコールワットはまだまだ雑草と巨木の中に突如現れた寺院っていう雰囲気を残しておりました
アンコールワットについてはけっこう、語っている方がいるので割愛します!
クメール・ルージュと言うゲリラを知っている人はどくらいいるのでしょうね・・・
ポル・ポト政権と言えば分かる人もいますが、
このクメール・ルージュのおかげでカンボジアは疑心暗鬼の内戦を10年以上やっていたのですからね・・・
1992年、国連の明石氏が国連カンボジア暫定統治機構(UNTAC)事務総長特別代表になり、
平和維持活動を始めてやっと国内の政治が安定し始めたのです
しかし、それはプノンペンとその周辺アンコールワットのあるシアムリアップくらいしか、その活動の勢力が及んでいなかったのです
勢力範囲外ではまだまだクメール・ルージュの生き残りがゲリラ活動をしていたのです
戦争ジャーナリストか命知らずの大バカもの以外は夜のプノンペンの街も歩きません・・・
外国人は誘拐される恐れがあるからです
外国人の集まるカフェに置いてある英字新聞で、毎日、どこぞの国の旅行者が誘拐されたと報道されていました
お金を払って解放されればいい方です
ドイツの旅行者が殺されたとその時の新聞にも出ておりました
これだけ書くとスゴい恐い国のように思えますが、とんでもない・・・
UNTACの活動範囲内の昼間の街であれば、カンボジアののどかな雰囲気が十分楽しめ、古い寺院や
美味しいカンボジア料理を楽しむ事が出来ました
観光客も多かったのです
カンボジア政府はアンコールワットを観光の目玉にし、一大観光国家になることを目指していましたので・・・
外貨を簡単に手に入れるには観光が一番なんです!
当時、アンコールワットへ行くには飛行機、もしくはトンレサップ湖を横断して行くのが安全と言われていました
道路もあるにはあったのですが、未舗装ですし、UNTACの勢力範囲外に出る可能性があったのです
しかしトレンサップ湖も大きな湖・・・ゲリラのボートも時々出没すると噂がありました
トンレサップ湖を横断する時は高速ボートに乗れ、と言うのが外国人観光客の常識でした
ローカルの人たちの乗る乗り合いボートは速度が遅く、湖上でゲリラが出た場合、逃げられないのです
で、高速ボートに乗り、アンコールワットへ・・・
数日間、シアムリアップに滞在し、プノンペンへの帰り道・・・
高速ボートの中には数人のカンボジアのロコたちが乗っていました
彼らの様子がおかしいのです
ボートは速度をグングン上げて行きます
ロコたちは窓よりも低い位置で頭を抱えています
ボートはさらに速度を上げます
木製の柱が天井を突き上げます・・・高速で水上を走っているので湖面をボートがたたいてすごい振動です
とうとう柱が壊れてしまいました
それでもボートは止まりません・・・
ロコたちは泣きそうな顔で頭を低くしています
外国人の僕たちはまだ事態を飲み込めていません・・・
雰囲気から察するにヤバい状況の様です・・・
しばらくしてやっと外国人の僕たちにも飲み込めました・・・ゲリラが出たんだと・・・
僕たち外国人も頭を低くし、壊れそうな高速ボートの中でじっとしてました
しかし・・・僕は何故か好奇心が出て来てしまい・・・頭を上げて窓の外を見ようと・・・
その時・・・巨大な水柱が目の前に立ちました!!
打ってる・・・!!
何を打ったの・・・?大砲・・・???
さらにボートは速度を上げて走って行きます!
柱は天井にめり込んでいます・・・それでも走る・・・
やっとの事で逃げ切り、無事にプノンペンに到着
噂が本当だった事にショックを受けてアンコールワットから帰って来ました
こんな事が日常茶飯事にあるとは何て言う国だろう・・・
でも、そういう国の人の生きるエネルギーって感動するほどスゴい・・・
ネガティブな面がないとポジティブになれないのは人間なんでしょうが・・・
日本は平和ボケでポケーっとした人たちが多いとなげくのは、なんて贅沢な事なのだと思ってしまいます
















