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CCCPソビエト社会主義共和国連邦・・・首都モスクワ

1991年公開の「My Own Private Idaho」
この同じ年の1月にソビエト社会主義共和国連邦にちょっと行ってみたりしたんです・・・

くしくもこの年にソビエト社会主義共和国連邦は解体・・・
運が良いのか悪いのか・・・共産主義国家の最後にモスクワを訪れる事が出来ました
アメリカ・イギリスの映画では適役のこの国家に、ある意味ロマンティックな思いをはせて
行ったのですが、移動するだけでも大変だったなぁ・・・
ロシア語わからないし・・・あのアルファベットも英語のアルファベットと付け合わせて解読しなきゃいけないし・・・

しかし・・・こんな北国の国家にわざわざ一年で一番寒い時期に行かなくてもいいじゃないのかね・・・
本当に寒かった・・・
北極・南極に行った事もないし、ユーラシア大陸の内地にはマイナス40度まで気温が下がる所があるらしいので
それに比べればまだまだ暖かい方なんでしょうけど・・・
今まで行った国で一番寒い思いをしたのは旧ユーゴスラビアの首都ベオフラードだったりするんで
この時のモスクワはまだ良かったのかも・・・


この旅、思い出すだけでも日本では考えられない事が多かったなぁ・・・

まず、旅慣れている人なら一度や二度は体験するビザの獲得ですが、当時のモスクワ滞在するには
けっこう面倒な手続きありましたね・・・

渡航理由とか滞在期間、滞在ホテルの予約をして・・・
パーミッションを取り、何ページもある申請書に必要事項を書いて
ソビエト大使館に行って申請して
一ヶ月後にビザが出来上がるような・・・・

この頃すでにシベリア鉄道で大陸横断している強者も多かったので手続きさえふめば
ちゃんとビザはもらえるのでした

僕の場合、シベリア鉄道に乗る事はなかったのでアエロフロートで一路モスクワに・・・
延々と真っ白なツンドラ地帯の上空を飛んで行きました

で、モスクワ到着・・・
当時ソビエトルーブルの公定レートは1ルーブル320円くらい
公定レートで1ルーブル交換したらモスクワは超物価の高い街ですよ・・・
多分、コーヒーも飲めない・・・

しかし、ホテルへ行くタクシーの中(タクシー代はビザを申請する時にあらかじめ払うのでこの時は払わないでいいんです・・・)で運ちゃんが$10を両替してくれよ・・・と言ってきて・・・
こんな国家でやみ両替とかバレたら面倒だけど、試しに交換してみようと$10をルーブルに交換・・・
この時、いったいいくらもらったかは忘れました・・・
でも沢山だった事だけはたしか・・・
いくら使ってもぜんぜん減らない・・・
やみ両替のレートは多分、公定レートの十倍以上でしたよ・・・

で、沢山もらったルーブルを持って街にくり出してお土産買おうと思って
デパート行ってもホテルのショッピングモールに行っても何もない・・・
ソビエトっぽい毛皮の帽子やBOSTOKって言うソビエトのミリタリーウォッチを買いたかったのに
何処にも何もないんです・・・
ソビエトの計画経済も末期の状態・・・かなり物資が不足していたのは確かです

で、泊まったホテルは4つ星のホテル・・・
自分的にはもっと安いホテルで十分なんだけど、渡航前にソビエト政府の推奨するホテルしか選べないので
しかたなく4つ星ホテルに・・・
そして朝ご飯はバイキング・・・さすが4つ星ホテルだといくら物資が不足していても
客へのサービスはスゴいな・・・と思うくらい種類も量も豊富な朝ご飯・・・
しかし、モスクワ滞在の美味しいご飯はこの朝ご飯だけでした
昼飯にレストランに入ってもほとんど何もなし・・・
晩ご飯にホテルのレストランに行ったら大丈夫だろうと思っても・・・
写真付きの豪華なメニューからボルシチとかロシアっぽいモノいっぱい注文したのに
ほとんど「ない」と言われ・・・
結局、キャベツの塩漬け(ザワークラウト)と固いステーキしかホテルのレストランにはなかった・・・
朝のあの豊富な食材はどこに消えたの・・・

まぁ・・・そんな事も旅の経験と思い、モスクワの街を歩き回りましたよ・・・

ロシアって混血の民族なのでロシア民族といってもスラブ系やフィン系やアングロ・サクソン系など
様々な血が混ざっているようです
でも思い浮ぶのはキレイな顔立ちのロシア美人・・・
僕のようなモンゴロイドは変に目立つだろうな・・と思っていましたが
ソビエトは大国、アジアの東から西まで領土がある
その中にはモンゴロイドの多い国もある訳で・・・
僕が歩いていても誰もかまう人もなく・・・道に迷ったロシア人に道を聞かれる始末・・・
氷で滑る路面でスリップしているクルマからロシア語で助けを求められる事もあったし・・・

まぁ・・・言語がわからなくても雰囲気で察しはつくものなんで・・・

この頃、オープンしたバースキン・ロビンズの31アイスクリームは人気だったようで
氷点下の気温の中・・・毛皮の帽子を被ったキレイな女の人が歩きながら食べてましたよ・・・
McDonaldも一号店がオープンした直後でしたね・・・
少しずつ資本主義の物欲政策がソビエトの経済を浸食し始めたのですよ
すでにベルリンの壁は崩壊し、イデオロギーの対立の線引きも明確でなくなり・・・
ここから経済的な崩壊が始まる前夜と言う感じのモスクワです


生まれてからずっと資本主義のイデオロギーの中で育って来た自分としては
仮想敵国のこの街で過ごした数日間は奇妙は思い出ばかりでした
しかし、同じ人間の基本的な気持ちは変わらないと思いもしましたが・・・


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赤の広場へ向かう路地・・・赤の広場は有名なので他のブログで紹介されてますよ、きっと・・・




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ホテルの窓からの風景・・・
共産主義特有の建築デザインですね・・・
でも一つ一つの部屋には暖かい家庭があるんだろうな・・・




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この公衆電話のデザイン大好きなんです・・・
抑揚のない・・・シンプルで使い勝手のよさそうな・・・
色も控えめ・・・これぞバウハウスの目指したポストモダン的機能性
だと思いますが・・・



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この写真・・・自分的は好きなんです
何が書いてあるかわかりませんが・・・
ソビエトの計画経済の破綻と共産主義の束縛されたイデオロギーへの怒りが表れているような気がして・・・


1991年当時・・・デジカメなんてないからね・・・写真の日付がフィルムっぽいですね・・・


桜の名所じゃないですが・・・近所の異空間を見つけたような・・・

ここのところ公私ともに忙しく髪を切る時間がなかなか取れなくて・・・
かまけて伸び放題の後髪が・・・
帽子を被ると後髪がチェ・ゲバラに似てるな・・・と悦に入っております

今朝は法務局に用事があり、自転車で外出・・・
渋滞の間を駆け抜けるのは楽しいですねぇ・・・

それにもまして、ふたたび、近所に異空間を見つけました

銭湯と稲荷神社と桜・・・
いつも通るバス通りなのに、脇にこんな空間があるなんて・・・

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銭湯がここにあることも知らず・・・
で、ここの路地を入って行くと

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グレーしかない住宅地の奥に桜色がフワっと広がっていました

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小さい路地の奥にひっそりと佇むように桜と稲荷神社がありました
よく見る光景のような・・・
なつかしい光景のような・・・

偶然停まっていたBMW R80がなんかいい感じに見えてしまいます

近所のオバさんも犬の散歩でここで電話ですか・・・


My Own Private Idaho・・・目を閉じると何故か思い出します・・・

1991年って言うと
ユダヤ暦では5751年
イスラム歴では1411年
日本は平成3年

湾岸戦争が始まり、ソ連はまだ共産主義体制をしいていたこの時・・・
モスクワ、トルコ、イランと戦地の周りを旅していたのでした・・・

この年に公開された映画「My Own Private Idaho」
ガス・ヴァン・サントのこの映画・・・僕の記憶の中にずっと残っている映画です

キアヌ・リーブスとリバー・フェニックスが二人でNorton Commandoに乗ってアメリカの草原の走るシーンが印象的
これでますますカフェレーサーが好きになった記憶があります
もともとバイクが好きだったんでこのシーンが気に入っている訳ですが

基本的にガス・ヴァン・サントの世界観は好きなんです・・・
特に90年代の彼の映画はよかった・・・

人生の中で一番映画を観てた時期が90年代と言うだけの事かも知れませんけど・・・

アメリカは本当に奥深い国・・・
アメリカの映画と言えばハリウッドの娯楽映画ばかりが取り上げられますが
インディーズ系の映画も映画がいっぱいあります

アメリカの映画製作の詳しい所までは知りません・・・
知ってみたいものですけど・・・何故かハリウッド系の映画のフィルムの色とインディース系の映画の色は違いますね
使っているフィルムの種類が違うのかも知れません・・・
最近のハリウッドはデジタル撮影なのでますますキレイになる反面、色がキツ過ぎて味わいがないですけどね・・・

このガス・ヴァン・サントの映画の色は乾いているけど、キレイな色だし、グレイッシュな雰囲気だけど
濡れた色にも見える不思議がたまりません

彼の初期のポートランド三部作と呼ばれる映画の舞台のポートランドは町並みと街の色が
確かに彼の映像に合っている所ですしね・・・


この映画が公開されてからすでに18年・・・
今観ても古さを感じさせない彼の感性は本当にこの時が一番よかったと思います

ヒッピーの家族の元に生まれたリバー・フェニックスも役にはまっているし
ハリウッドデビュー前のキアヌ・リーブスはぜんぜん変わりませんけどね・・・

ぜひぜひもう一度観たい映画です


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このシーンですよね・・・
Norton Commandoに乗って旅をする男二人・・・


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映画はモノクロじゃありません
こんな感じです