アンコールワットからの帰り道で・・・
台湾ネタを書いていたら、何やら旅の事を思い出してしまいました・・・
色々と旅をしてきましたが、僕の旅は日本から数日間、観光をして帰って来るような旅ではありませんでした
3年ほどぶっ続けで旅をしてましたので・・・
その旅の中にはかなり濃い思い出がいっぱい入っておりますが、アンコールワットからの帰り道で遭遇した出来事です
今のアンコールワットは早稲田の調査隊やボランティアのおかげでかなり整理されたみたいですね・・・
15年ほど前のアンコールワットはまだまだ雑草と巨木の中に突如現れた寺院っていう雰囲気を残しておりました
アンコールワットについてはけっこう、語っている方がいるので割愛します!
クメール・ルージュと言うゲリラを知っている人はどくらいいるのでしょうね・・・
ポル・ポト政権と言えば分かる人もいますが、
このクメール・ルージュのおかげでカンボジアは疑心暗鬼の内戦を10年以上やっていたのですからね・・・
1992年、国連の明石氏が国連カンボジア暫定統治機構(UNTAC)事務総長特別代表になり、
平和維持活動を始めてやっと国内の政治が安定し始めたのです
しかし、それはプノンペンとその周辺アンコールワットのあるシアムリアップくらいしか、その活動の勢力が及んでいなかったのです
勢力範囲外ではまだまだクメール・ルージュの生き残りがゲリラ活動をしていたのです
戦争ジャーナリストか命知らずの大バカもの以外は夜のプノンペンの街も歩きません・・・
外国人は誘拐される恐れがあるからです
外国人の集まるカフェに置いてある英字新聞で、毎日、どこぞの国の旅行者が誘拐されたと報道されていました
お金を払って解放されればいい方です
ドイツの旅行者が殺されたとその時の新聞にも出ておりました
これだけ書くとスゴい恐い国のように思えますが、とんでもない・・・
UNTACの活動範囲内の昼間の街であれば、カンボジアののどかな雰囲気が十分楽しめ、古い寺院や
美味しいカンボジア料理を楽しむ事が出来ました
観光客も多かったのです
カンボジア政府はアンコールワットを観光の目玉にし、一大観光国家になることを目指していましたので・・・
外貨を簡単に手に入れるには観光が一番なんです!
当時、アンコールワットへ行くには飛行機、もしくはトンレサップ湖を横断して行くのが安全と言われていました
道路もあるにはあったのですが、未舗装ですし、UNTACの勢力範囲外に出る可能性があったのです
しかしトレンサップ湖も大きな湖・・・ゲリラのボートも時々出没すると噂がありました
トンレサップ湖を横断する時は高速ボートに乗れ、と言うのが外国人観光客の常識でした
ローカルの人たちの乗る乗り合いボートは速度が遅く、湖上でゲリラが出た場合、逃げられないのです
で、高速ボートに乗り、アンコールワットへ・・・
数日間、シアムリアップに滞在し、プノンペンへの帰り道・・・
高速ボートの中には数人のカンボジアのロコたちが乗っていました
彼らの様子がおかしいのです
ボートは速度をグングン上げて行きます
ロコたちは窓よりも低い位置で頭を抱えています
ボートはさらに速度を上げます
木製の柱が天井を突き上げます・・・高速で水上を走っているので湖面をボートがたたいてすごい振動です
とうとう柱が壊れてしまいました
それでもボートは止まりません・・・
ロコたちは泣きそうな顔で頭を低くしています
外国人の僕たちはまだ事態を飲み込めていません・・・
雰囲気から察するにヤバい状況の様です・・・
しばらくしてやっと外国人の僕たちにも飲み込めました・・・ゲリラが出たんだと・・・
僕たち外国人も頭を低くし、壊れそうな高速ボートの中でじっとしてました
しかし・・・僕は何故か好奇心が出て来てしまい・・・頭を上げて窓の外を見ようと・・・
その時・・・巨大な水柱が目の前に立ちました!!
打ってる・・・!!
何を打ったの・・・?大砲・・・???
さらにボートは速度を上げて走って行きます!
柱は天井にめり込んでいます・・・それでも走る・・・
やっとの事で逃げ切り、無事にプノンペンに到着
噂が本当だった事にショックを受けてアンコールワットから帰って来ました
こんな事が日常茶飯事にあるとは何て言う国だろう・・・
でも、そういう国の人の生きるエネルギーって感動するほどスゴい・・・
ネガティブな面がないとポジティブになれないのは人間なんでしょうが・・・
日本は平和ボケでポケーっとした人たちが多いとなげくのは、なんて贅沢な事なのだと思ってしまいます
色々と旅をしてきましたが、僕の旅は日本から数日間、観光をして帰って来るような旅ではありませんでした
3年ほどぶっ続けで旅をしてましたので・・・
その旅の中にはかなり濃い思い出がいっぱい入っておりますが、アンコールワットからの帰り道で遭遇した出来事です
今のアンコールワットは早稲田の調査隊やボランティアのおかげでかなり整理されたみたいですね・・・
15年ほど前のアンコールワットはまだまだ雑草と巨木の中に突如現れた寺院っていう雰囲気を残しておりました
アンコールワットについてはけっこう、語っている方がいるので割愛します!
クメール・ルージュと言うゲリラを知っている人はどくらいいるのでしょうね・・・
ポル・ポト政権と言えば分かる人もいますが、
このクメール・ルージュのおかげでカンボジアは疑心暗鬼の内戦を10年以上やっていたのですからね・・・
1992年、国連の明石氏が国連カンボジア暫定統治機構(UNTAC)事務総長特別代表になり、
平和維持活動を始めてやっと国内の政治が安定し始めたのです
しかし、それはプノンペンとその周辺アンコールワットのあるシアムリアップくらいしか、その活動の勢力が及んでいなかったのです
勢力範囲外ではまだまだクメール・ルージュの生き残りがゲリラ活動をしていたのです
戦争ジャーナリストか命知らずの大バカもの以外は夜のプノンペンの街も歩きません・・・
外国人は誘拐される恐れがあるからです
外国人の集まるカフェに置いてある英字新聞で、毎日、どこぞの国の旅行者が誘拐されたと報道されていました
お金を払って解放されればいい方です
ドイツの旅行者が殺されたとその時の新聞にも出ておりました
これだけ書くとスゴい恐い国のように思えますが、とんでもない・・・
UNTACの活動範囲内の昼間の街であれば、カンボジアののどかな雰囲気が十分楽しめ、古い寺院や
美味しいカンボジア料理を楽しむ事が出来ました
観光客も多かったのです
カンボジア政府はアンコールワットを観光の目玉にし、一大観光国家になることを目指していましたので・・・
外貨を簡単に手に入れるには観光が一番なんです!
当時、アンコールワットへ行くには飛行機、もしくはトンレサップ湖を横断して行くのが安全と言われていました
道路もあるにはあったのですが、未舗装ですし、UNTACの勢力範囲外に出る可能性があったのです
しかしトレンサップ湖も大きな湖・・・ゲリラのボートも時々出没すると噂がありました
トンレサップ湖を横断する時は高速ボートに乗れ、と言うのが外国人観光客の常識でした
ローカルの人たちの乗る乗り合いボートは速度が遅く、湖上でゲリラが出た場合、逃げられないのです
で、高速ボートに乗り、アンコールワットへ・・・
数日間、シアムリアップに滞在し、プノンペンへの帰り道・・・
高速ボートの中には数人のカンボジアのロコたちが乗っていました
彼らの様子がおかしいのです
ボートは速度をグングン上げて行きます
ロコたちは窓よりも低い位置で頭を抱えています
ボートはさらに速度を上げます
木製の柱が天井を突き上げます・・・高速で水上を走っているので湖面をボートがたたいてすごい振動です
とうとう柱が壊れてしまいました
それでもボートは止まりません・・・
ロコたちは泣きそうな顔で頭を低くしています
外国人の僕たちはまだ事態を飲み込めていません・・・
雰囲気から察するにヤバい状況の様です・・・
しばらくしてやっと外国人の僕たちにも飲み込めました・・・ゲリラが出たんだと・・・
僕たち外国人も頭を低くし、壊れそうな高速ボートの中でじっとしてました
しかし・・・僕は何故か好奇心が出て来てしまい・・・頭を上げて窓の外を見ようと・・・
その時・・・巨大な水柱が目の前に立ちました!!
打ってる・・・!!
何を打ったの・・・?大砲・・・???
さらにボートは速度を上げて走って行きます!
柱は天井にめり込んでいます・・・それでも走る・・・
やっとの事で逃げ切り、無事にプノンペンに到着
噂が本当だった事にショックを受けてアンコールワットから帰って来ました
こんな事が日常茶飯事にあるとは何て言う国だろう・・・
でも、そういう国の人の生きるエネルギーって感動するほどスゴい・・・
ネガティブな面がないとポジティブになれないのは人間なんでしょうが・・・
日本は平和ボケでポケーっとした人たちが多いとなげくのは、なんて贅沢な事なのだと思ってしまいます
