アルゼンチン・ブエノスアイレス、コルドバ・・・ちょっと里帰りで行って来ました・・・
ウチの嫁さんの身内を訪ねに数年前にアルゼンチンへ行って来たんです・・・
色々と旅をしてどこが一番遠かったか・・・などと考えていたのですよ
そしたら、何故かアルゼンチンのネタを仕入れに行けとアドバイスと言うか
人ごとの様なリクエストをする人が立て続けに現れ・・・
ここに行くまで超メンドーなんですけどね・・・
多分、この国が日本から一番遠い国でしょう
時差ちょうど12時間・・・季節はまったく逆
地球の直径上の一番長い距離をちょうど半周した所にあるんでないでしょうか・・・
飛行機に乗っている時間だけで24時間
トランジットがまた長くて4時間
28時間かかります・・・経由はアメリカ、アトランタ
飛行機って嫌なんですよ・・・何もする事ないし・・・ご飯はマズいし・・・
まぁ、商売になるなら行って来ますけど・・・
で、アルゼンチンと言えば何をイメージしますか・・?
と聞かれても大して想像も出来ないくらい、日本と関わりがない国です
サッカーか、タンゴか・・・母をたずねて三千里か・・・ガウチョを知ってる人も少ないし・・・
パタゴニアってアルゼンチンの地名だと知っててダウンジャケット着てる人も少ないでしょうね・・・
それにしても大きな国です
世界的に認められている領土で世界第8位です
いまだ問題のフォークランド諸島と南極の良くわからない領土と主張しているところを合わせると
かなりの大きさになります
この大きい国でまだブエノスアイレスとコルドバしか行った事ありません・・・
歴史的にも日本と絡む事が皆無の国です
基本的には南米のどの国もそうですが、ここもスペインの血なまぐさい侵略によって出来た国です
インディオの虐殺や、内戦の殺戮とか、ネガティブな部分も上げたらきりがないでしょうね・・・
しかし、1880年くらいから国政が安定し、第一次世界大戦で被害が激しかったヨーロッパの経済の影響を
受けず世界第5位までの経済大国になったこともあるんです・・・
「母をたずねて三千里」のマルコ・ロッシのお母さんが出稼ぎにアルゼンチンへ来たのもこの時代です
アニメの設定では1882年となっております・・・
9歳のマルコ・ロッシ・・・お母さんを探しに行くと言うモチベーションがあるものの・ジェノバから
アルゼンチンのコルドバまで一人旅ですか・・・
スゴい・・・
僕の旅の人生の先輩ですね
で、ここがマルコがジェノバから船で上陸したラ・プラタ川のあるブエノスアイレスの街です
以前は南米のパリとも呼ばれたブエノスアイレス・・・町並みはかなりオシャレに見えました
石造りの建物は100年以上も立派に機能してますし、計画された大通りを広場でつなぐ道路網は
たしかにヨーロッパの都市計画を参考にしています
そういう写真は他のホームページを参考にしてください・・・
これは若い人やオシャレ者に人気のある小径にあるカフェ・・・
マンハッタンの一角にあるようなハンバーガーショップです
でもタクシーがいまだにプジョー505だったりするのに感激しますね!
しかもマニュアルシフトです・・・
で、ここからバスで約10時間のところにコルドバと言う第二の都市があるんです
マルコ・ロッシは馬車とマルコを哀れと思うみんなから集めたお金で汽車に乗りコルドバまで行くのです
途中、マルコ・ロッシが見たであろう、パンパの草原の景色です
コルドバは南米最古と言われる大学Universidad Nacional de Córdobaがある街・・・
ここがそうです
で、これが中庭
コルドバはゆったりとして落ち着いている街でした
首都とは違うおもむきのある京都って感じの所です
ブエノスアイレスよりコルドバの方が歴史が長いし・・・
この街はイエズス会という侵略者たちが作った街
自分たちの信じる神を押し付けに、そして、この地にある資源と土地を略奪しに来たイエズス会は
日本でも有名なザビエルのいた教派でもあります・・・
で、これがアルゼンチンの飯・・・
基本的にこの旅行は何処でもゲストとして扱われた旅です
なんせ身内に会いに行ったのだから・・・
そうなると訪ねる家が毎回、歓迎のご馳走をしてくれるのです・・・
そして、どこの家庭ももてなす料理がこの「アサード」と呼ばれるガウチョのBBQ
もちろん牛肉・・・それにチョリソーとよばれるソーセージ・・・
でもこの量を見て下さい・・・
ほとんど二週間、この料理を毎日食べ続けました
アルゼンチンも都市圏の周り、いわゆる郊外は本当の庶民の地区
そういう所はニューヨークのクィーンズ、ブロンクスじゃないけど、こんなカッコいい建物もあるんです
ワンモア キッズのカタカナの意味がわかりませんが、ここで日本語に遭遇するとは・・・
で、お決まりに二つ
アルゼンチンタンゴのストリートパフォーマンス
チェ・ゲバラのグラフィティ
最後におまけ
アルゼンチンのキティーです
色々と旅をしてどこが一番遠かったか・・・などと考えていたのですよ
そしたら、何故かアルゼンチンのネタを仕入れに行けとアドバイスと言うか
人ごとの様なリクエストをする人が立て続けに現れ・・・
ここに行くまで超メンドーなんですけどね・・・
多分、この国が日本から一番遠い国でしょう
時差ちょうど12時間・・・季節はまったく逆
地球の直径上の一番長い距離をちょうど半周した所にあるんでないでしょうか・・・
飛行機に乗っている時間だけで24時間
トランジットがまた長くて4時間
28時間かかります・・・経由はアメリカ、アトランタ
飛行機って嫌なんですよ・・・何もする事ないし・・・ご飯はマズいし・・・
まぁ、商売になるなら行って来ますけど・・・
で、アルゼンチンと言えば何をイメージしますか・・?
と聞かれても大して想像も出来ないくらい、日本と関わりがない国です
サッカーか、タンゴか・・・母をたずねて三千里か・・・ガウチョを知ってる人も少ないし・・・
パタゴニアってアルゼンチンの地名だと知っててダウンジャケット着てる人も少ないでしょうね・・・
それにしても大きな国です
世界的に認められている領土で世界第8位です
いまだ問題のフォークランド諸島と南極の良くわからない領土と主張しているところを合わせると
かなりの大きさになります
この大きい国でまだブエノスアイレスとコルドバしか行った事ありません・・・
歴史的にも日本と絡む事が皆無の国です
基本的には南米のどの国もそうですが、ここもスペインの血なまぐさい侵略によって出来た国です
インディオの虐殺や、内戦の殺戮とか、ネガティブな部分も上げたらきりがないでしょうね・・・
しかし、1880年くらいから国政が安定し、第一次世界大戦で被害が激しかったヨーロッパの経済の影響を
受けず世界第5位までの経済大国になったこともあるんです・・・
「母をたずねて三千里」のマルコ・ロッシのお母さんが出稼ぎにアルゼンチンへ来たのもこの時代です
アニメの設定では1882年となっております・・・
9歳のマルコ・ロッシ・・・お母さんを探しに行くと言うモチベーションがあるものの・ジェノバから
アルゼンチンのコルドバまで一人旅ですか・・・
スゴい・・・
僕の旅の人生の先輩ですね
で、ここがマルコがジェノバから船で上陸したラ・プラタ川のあるブエノスアイレスの街です
以前は南米のパリとも呼ばれたブエノスアイレス・・・町並みはかなりオシャレに見えました
石造りの建物は100年以上も立派に機能してますし、計画された大通りを広場でつなぐ道路網は
たしかにヨーロッパの都市計画を参考にしています
そういう写真は他のホームページを参考にしてください・・・
これは若い人やオシャレ者に人気のある小径にあるカフェ・・・
マンハッタンの一角にあるようなハンバーガーショップです
でもタクシーがいまだにプジョー505だったりするのに感激しますね!
しかもマニュアルシフトです・・・
で、ここからバスで約10時間のところにコルドバと言う第二の都市があるんです
マルコ・ロッシは馬車とマルコを哀れと思うみんなから集めたお金で汽車に乗りコルドバまで行くのです
途中、マルコ・ロッシが見たであろう、パンパの草原の景色です
コルドバは南米最古と言われる大学Universidad Nacional de Córdobaがある街・・・
ここがそうです
で、これが中庭
コルドバはゆったりとして落ち着いている街でした
首都とは違うおもむきのある京都って感じの所です
ブエノスアイレスよりコルドバの方が歴史が長いし・・・
この街はイエズス会という侵略者たちが作った街
自分たちの信じる神を押し付けに、そして、この地にある資源と土地を略奪しに来たイエズス会は
日本でも有名なザビエルのいた教派でもあります・・・
で、これがアルゼンチンの飯・・・
基本的にこの旅行は何処でもゲストとして扱われた旅です
なんせ身内に会いに行ったのだから・・・
そうなると訪ねる家が毎回、歓迎のご馳走をしてくれるのです・・・
そして、どこの家庭ももてなす料理がこの「アサード」と呼ばれるガウチョのBBQ
もちろん牛肉・・・それにチョリソーとよばれるソーセージ・・・
でもこの量を見て下さい・・・
ほとんど二週間、この料理を毎日食べ続けました
アルゼンチンも都市圏の周り、いわゆる郊外は本当の庶民の地区
そういう所はニューヨークのクィーンズ、ブロンクスじゃないけど、こんなカッコいい建物もあるんです
ワンモア キッズのカタカナの意味がわかりませんが、ここで日本語に遭遇するとは・・・
で、お決まりに二つ
アルゼンチンタンゴのストリートパフォーマンス
チェ・ゲバラのグラフィティ
最後におまけ
アルゼンチンのキティーです














