いわゆる青春物、まだ現在ほど多くの『青春の聖書』と言われる小説が少ない頃だった。

 田舎から出てくる話ならたくさんあったけれど。

 そんな時代に書かれたのが、現在の都知事石原慎太郎氏の『野蛮人の大学』と『野蛮人のネクタイ』。

 たいした個性も魅力もない主人公『ゲンちゃん』が仲間の『ヒシ』たちと繰り広げる現実離れした荒唐無稽な話の数々。

 『ヒシ』の間の抜けたキャラ以外あまり覚えていないけど、ゲンちゃんが言った「言葉」で唯一好きだった「言葉」がある。


 『 Look over your shoulder I'm walking behind You. 』 

 大阪天満、日本一長いと言われる天神橋筋商店街のある町としても知られている。

 自営業をされてる方が多い町なので、ガラはけっして良くはない。

 大阪を知らない人間が口のききかたを間違えればボ○ボ○にされることもあった。

 <今はそんなこと全く、いや少ししかないです、念のため。>

 cologneの古くからの友人も多く住んでいる町。

 この町に「K三兄弟」という有名な兄弟がいた。

 印鑑に文字を彫るのを商いとする家に生まれた男三人の兄弟。

 長男と次男は東大、そして大学院へと進む。

 出来が悪いと言われた末っ子も京大に進学した。

 同じ高校ではなかったけれど、近所に住む同級生を通じて知り合った。

 頭のいい兄を持った者同士、すごく気があった。

 遊びをあまり知らなかったみたいで競馬・麻雀・タバコ・パチンコみんな教えて連れて行った。

 パチンコ屋ではパチンコ球に油をつけると抵抗が減ってよく入るから「顔に浮いてる油をパチンコの玉に塗れよ」、と冗談で言ったら素直に本気にして、顔を手でこすってはせっせとパチンコ球を握って顔の油を塗っていた。

 偶然だったのだろうが、良く入って彼一人が大勝ちした。


 そんな彼の唯一の趣味が音楽。

 普段何も話さないのに、家に遊びに行ったらレコードだけの棚が天井から床までびっしりだった。

 M・T・B(マーシャル・タッカー・バンド)やN・G・D・T(ニッティー・グリティー・ダート・バンド)、CSN&Y(クロスビー・スティルス・ナッシュ・アンド・ヤング)等長い名前のバンドはなぜか彼から教わった。

 そして彼は大学卒業後、大手酒造会社に就職、東京へ行ったことにより会う機会もほとんどなくなった。


 そして数年後、会社の警備を当社に委託してもらえませんかと、飛び込みの営業マンが会社を訪れた。

 正確には営業マンではなく、警備会社の代表取締役の女性が営業活動でcologneの勤務する会社を訪問したのだった。

 まだ20代半ば、cologneより少し年下という感じの、気の強そうな美人だった。

 珍客という感じで応対していたら、会社の所在地が天満とのこと。

 多分知らないだろうと思いながらも「天満といえば有名なK三兄弟知ってる?」一応聞いてみた。

 「エッーー!、K三兄弟さん、すぐ近所ですよ、頭よくて優しくて、小さい頃よく一緒に遊んでもらいました」

 一気に話がはずんでしまって、思わず「天才っていうのは、ああいうガラの悪い町から突然変異のように現れますね」と口がすべって言ってしまった瞬間、女性社長が「天満をハキダメだと言うんですか!」凄い剣幕で言われ、こちらがしどろもどろになっていると、畳み掛けるように「そしたら私は鶴ですかっ!?」 


 近くで話を聞いていた総務部長や総務の他の社員まで爆笑の渦になった。


 こちらがつい口を滑らせて言ってしまった暴言を、聞かなかったふりはせず、きっちり暴言として抗議し、そのうえでサラリと笑いに切り替える頭の回転の速さとセンス。

 それ以来その警備会社にセキュリティを任せるようになりました。

 

 K三兄弟の末っ子、cologneの友人はその後大阪に戻ってきたのですが、営業活動のための新地クラブめぐりで、底なしと言われていたくらい強かったお酒で体を壊してしまいました。

 毎晩一軒のお店で挨拶代わりに水割りを一杯付き合いで飲むだけでも、一晩に最低20軒のお店を訪問しなければならない。

 体壊す前に、お酒断ればいいのに、頭はすごくいいけど、それ以上に人間がいい奴だから断れなくて、出された水割り、体調が悪くても訪問した全部の店で、総て飲み干してから次のお店に周っていたそうです。

 

頭も人柄も最高の友人、K三兄弟の末っ子と繋がった昔の話。



 PS ちなみにこの三兄弟、上から一郎、二郎、三郎といいます。


 いよいよ134回全英オープンゴルフ選手権も最終日です。

 今日の最終組のペアリングは昨日66をマークしたグーセンオラサバルとウッズのペアリング。

 ニクラウスが引退宣言したメジャー、最終日最終組なら全勝のメジャー、ウッズには優勝へ向かっての追い風材料がたくさんあります。

 しかし、グーセンもまた強い選手です。

 3日目にあまりにもいいスコアを出すと、翌日はなかなかいいスコアが出ないのがゴルフですが、グーセンというゴルファー、好きなタイプの選手ではありませんが、強い心を持ってる選手です。

 2004年マスターズトーナメント、最終日最終組でアメリカの人気者ミケルソンと対決しました。

 もう会場のパトロン(ギャラリー)全員がミケルソンの応援だったといっていいでしょう。

 特にミケルソンは、「メジャーに勝ったことがない最強の選手」だったこともあり、熱狂的な応援がついていました。

 ひどいパトロンの中には、あからさまにグーセンに対してブーイングや汚い言葉を吐きかけていました。

 そしてグーセンは敗れました。

 しかしミケルソンへの応援に負けたわけではありません。

 彼はアメリカ人のパトロンたちがミケルソン一色の応援をすることを当然、と言い切ったのです。

 ここはアメリカ、「アメリカ人がアメリカの選手を応援するのは当たり前さ」そして「ここが僕の母国なら全員が僕を応援してくれたはずだ」

 当たり前のような言葉ですが、彼の悔しさや、それに負けない強さ、そして母国への愛国心を感じ取ることのできる言葉です。。

 それらの思いを総てゴルフにかけて、彼は2004年全米オープンに勝ちました。

 彼の打倒USA魂は海を越えスコットランドでも変わらぬ野望として活躍するものと信じます。


 ずばり風がひどくならなければ15アンダーが優勝スコアではないでしょうか、そういった意味で8アンダーまでの選手全員にもチャンスありです。


 今日も気持ちのいい徹夜になりそうです。今から眠いのに ・ ・ ・。


 誤解のないように書いておきますがcologneが応援しているのはターガーウッズです、希望的展開は一旦誰かに抜かれて再逆転して勝利すること、かな♪

 10数年くらい前にKYT が職場に導入されて以来「危険」というものについて日常の生活の中にも多くの危険が存在することが具体的な形や言葉となって現れた。

 安全意識が高まったのはいいことだが、幾分臆病になったような気もする。

 先の見えないコーナーで追い越しをかけたりしていたバカにまで戻らなくてもいいけど、危険に対して敏感になりすぎていたと思えるときもあったように思う。

 プラットホームの先頭に立たない。

 車間距離に余裕をとる。

 これらはその場所や状況に応じて注意すればいいこと。

 今、それらの日常生活において全く異質なものについてKYTを認識必要のある時代となってきたのではないだろうか。

 本来のKYTは悪人の登場は考えに入れない、偶然や不注意から起こる危険や事故を防ぐためのものである。

 しかし、今最も危険なのはそれら物理的に起こる事故ではない。

 それは治安の悪化であり無差別的暴力者の横行。

 深夜の帰宅途上やコンビニ、あるいは深夜でなくとも人気のないトイレなどの密室空間。

 成人男性であっても危険な時間帯やエリアに立ち入るには慎重にならざるをえない。

 

 「TPO・KYT」とでも呼ぶことにする。


  つづく

  

 

 


 もうタイガーウッズはホールアウトしている頃だと思うが、彼が5年前今回のセントアンドリュース・オールドコースで圧勝したとき、ほとんど総てのホールでKeepLeftを実行していた。

 極端なケースでは隣のホールのフェアウェイを利用していた。

 その理由はティーショットでバンカーに入れないため。

 今年、どういった形で主催するR&Aがコースに対して手を加えたのかを知ることも非常に興味深い。

 隣のコースに攻略ルートが発見され、利用された時点で主催者は、アンフェアではないが好ましくない攻略ルートを戒める義務があるのだから。

 

 誰が優勝するのか予想もつかない展開を期待するcologneには、まさに「吹けよ風呼べよ嵐」である。

☆ ボビー・ジョーンズ


 今年の全英オープンゴルフ選手権は今日からスコットランドの名門セントアンドリュース・オールドコースで開催される。
 元祖帝王ジャックニクラウスのメジャー引退試合という話題にもふさわしい名門コースだ。
 ゴルフ界には過去に帝王以外に「球聖」と称される米国人ゴルファー、ボビー・ジョーンズがいる。

 今日の4大メジャートーナメントの一つマスターズトーナメントを作ったのは彼だ。
 ボビージョーンズはそのゴルフ技術も超一流であったが、彼の名声をさらに高めた出来事は1926年の全米オープンの試合で起こった。
 彼はパーでホールアウトしたと思われたホールのスコアを「クラブをボール向けて構えた際にボールがわずかに動いた」と言って、自ら一打罰を申告した。

 そしてこの一打罰により優勝を逃した。

 当時は今のようにTV中継もなければアップの映像もない。

 ボールが動いたかどうかは彼本人にしか分からないことだった。

 そしてその潔い行為に賞賛の声が集まったが、彼は「私が銀行強盗をしなかったと言ってあなたは認めますか」と平然と答え、正直な人柄への評価はさらに高まった。

 「球聖」とまで言わしめた彼のエピソードのひとつだ。
  彼は全米オープンチャンピオンになることよりも、一人の当たり前に正直である人間であっただけのこと。

 彼はボールが動いたとき、全米オープンチャンピオンの座を天秤にかけてはいなかった。

 人間として当然の行いを当然のごとく行っただけ、そこがまた凄い。

 

 まさに「球汚れなく道険し」。


 


☆三谷 幸喜


 cologneの大好きな脚本家が三谷幸喜さん。
 彼は自分の見た目には「華」がないのを知っているから、なんとか相手を話で盛り上げようと必死で考え、努力しているのがわかる。
 そんな人気脚本家の三谷幸喜さんがかってイギリスでスピーチしたときの話。


 英語がだめなので、原稿を総て英訳してもらい、それを丸暗記した。
 そして自己紹介の後、英語で切り出した。

 

 「皆さん、僕の英語分かりますか」。


 観客は口をそろえて「Yes!」。
 で、三谷さんは続ける。


 「ごめんなさい、僕は自分の英語が分からないんです」

  

 三谷幸喜さんサイコー♪♪



 

☆ ダービーとダービー

  
 競馬界の最高峰レースであるダービー、そもそもの由来はイギリスの貴族であるダービー卿(エドワード・スミス・スタンレー)とサー・チャールズ・バンベリー卿の間で、いずれの名を冠するかをコイントスによって決定したレースの名称にすぎない。
 もし、コインの裏表が逆だったなら「ダービー」ではなく「バンベリー」になっていたかもしれない。

 これとは別にサッカーや野球などでも「ダービー・マッチ」という言葉がよく使われる。

 例えばサッカーではセレッソ大阪VSガンバ大阪の試合などは大阪ダービー。
 この「ダービー」は、先に紹介したダービー卿とは全く関係がなく、イギリスの地方である「ダービー地方」に由来している。

 昔、サッカーが盛んになり始めた頃、同じ地域で二つのチームが激しい戦いを繰り広げたことが、そもそもの発端。

 つまり、同じ地域で2つのチームが激突することを、この故事にちなんで「ダービー」と言うようになった。

 

 同じ厩舎、あるいは同じ馬主の馬同士がダービーで戦っても、誰もダービーダービーとは言わないだろうな。



 お後がよろしいようで。

 1940年代フランク・シナトラ、50年代エルヴィス・プレスリー、60年代ビートルズ、まだ時代が一人のあるいは一組の象徴で語ることの出来た古きよき時代。

 当たり前のことだが、リアルタイムではほとんど聴いていない時代ばかり。

 そんな時代に終わりを告げるかのような1970年に映画「エルヴィスオン・ステージ」 は公開された。

 当時映画月刊誌「スクリーン」を毎月楽しみに読んでいたので、話題になったこの映画に何の予備知識も持たず観た。

 エルヴィスの曲なんて「ラヴ・ミー・テンダー」くらいしか知らずに観たのだが、圧倒された、凄かった。

 長いスランプからの脱出後のステージということだったが、ステージ衣装以外は生で見てみたいという衝動を抑えられないくらい凄かった。

 どう凄いかということを当時は上手く表現出来なかったのだが、その後エルヴィスの曲を誰がカバーしても、あるいは逆にエルヴィスがカバーした曲はオリジナル以上で誰にも超えられなかったのではないかと、今ならはっきりそう言える。

 映画の中で特に印象深かった曲として「サスピシャスマインド」「スウィートキャロライン」「好きにならずにいられない」そして「アメリカの祈り」 だ。

 「アメリカの祈り」は詩の内容も判らず聴いていたのに、込められたいろんな意味や想いがガツンガツン魂に訴えてきた。

 未だにあの感覚を他では受けたことがないし、 あのときだけの衝撃だった気がする。

 もう35年も経ってしまった。

 もし今聴いてもあのときの感覚に戻れなかったらどうしようと何度もためらったけど、試しに聴いてみた「アメリカの祈り」は全然色あせていなくて、音楽を聴いただけなのに映像までが蘇った。


 日常会話で使用する外来語(カタカナ言葉)というのは、英語の意味をちゃんと理解している人以外は会話の前後関係からその言葉の意味を推察しがちである。

 そういう意味でならcologneなど典型的なカタカナ使ってみたいけど英語得意じゃない人間なので、日常生活で適当に使ってしまっていて大きな勘違いに気がついてドキッとすることが多々ある。


 ポジティブ(Positive)とネガティブ(Negative)もその典型的な例ではないだろうか。

 日本語の会話の中でポジティブという言葉を使用するとき、否定的印象や好ましくないことを連想することにはあまり使わないのではないだろうか。

 しかし、血液検査等で、血液中に疾病等になりうる菌やウィルス等の有無の検査時に「陰性」であってほしい場合であっても「陽性」と反応が出れば、それはポジティブ(Positive)。そして陰性ならネガティブ(Negative)だ。

 いいかげんな理解から日常会話で安易に使うのではなく、きちんとその意味を理解して使うべきだと深く認識した。

 

 スーンジョルナレ・レットケー・イルテンポカンビェラー・レヌボレッソネーリンチェーロー・・ケパセリラ・スー・ノボレラノピュッ・キッサペルケー
ヨーノカンビョマーイ・ーノカンビョマーイ・ーカデレモンドーーイ・マーケポルタ


 「ええ加減にせえよ」という声が聞こえてきそうなカタカナの羅列ですが、昔cologneが好きだった曲の歌詞を聞こえたまま書いたものです。


 さてなんという曲か判りますか?


 ちなみにサビの手前までしか書いていません。サビの部分書くとかなりの方が判ってしまうと思いますので。
 正解のコメントが来ると次の記事アップするかもしれません。
かもしれないというのは、まだ次の記事書いてないからです。


 

 今年の日本ダービーでディープインパクトと武豊の雄姿を見て以来、一時的な虚脱状態に陥ったのかと感じていました。

 しかし一時的なものではなく、燃焼しつくしてしまった感があります。

 満足感でいっぱいなのです。

 現在は競馬を観戦することや、馬券予想に全く情熱を傾けることがどうしても出来ません。


 秋競馬のシーズンに再び闘志がわくかどうかもわかりませんが、夏競馬の開催期間中は競馬記事並びに競馬予想についてお休みをいただくことにしました。

 

 なお日常の記事についてはこれまで通り更新させていただくつもりです。


 cologneが書く競馬記事のようなものでもこれまで読んでくださっていた方々、申し訳ありませんがしばらくお休みさせていただきます。ありがとうございました。