昨日の朝刊を見て「うそ~ぉ~」って思った方、多いのではないでしょうか?
 つい先日「爆報!THEフライデー」(TBS 1月29日放送)を見て「元気にしてるんだぁ~」って思っていたところだったのに、本当にショックでした。ただ、映像で見る限り「生きている実感が薄い感じがした」ことが気懸りではありました。声って不思議なもので、どこかしら悪い所があると、芯になる声が小さい、若しくは聞こえないのです。それとゆったりした生活をされていて、それがまた達観した感じがありました。それとマスコミから逃げていた方が「今頃、出演する気になったこと」も気懸りでした。ひょっとしたら、ご自分の運命と言うか寿命と言うか、知っていたのではないかと今は感じます。
 一番のショックは「おひとりさまの孤独死」の現実でした。発見してくれる人が傍に居ないと困るなぁと。親がなくなると兄弟がいないと身内が誰も居ないって人、沢山いるのではないでしょうか?私も弟がいなくなると、一人ぼっち。私も弟も未婚。いとことは親しくしていないし、遊びに来てくれる訪問者もいない。私だったら腐乱死体で発見されるでしょう。
 山口美江さんはキャリアウーマンのお手本みたいな方でした。バブル当時、学歴とキャリアがあれば男性の経済力をアテにしなくても一人でやっていける、って女性に夢と希望を与えた方のお一人だったと思います。その最期がこのような形で終わるのが本当に寂しく、身に詰まされる思いです。
 御冥福をお祈りいたします。

 

 本日はお休みなのでNHKの「カーネーション」を見て「あさイチ」 クリックを見ました。

 家計簿の付け方、参考になりましたね。

 実は私が「簿記」に興味を持ったのは、お小遣い帳がキッカケだったんです。本当のキッカケは母が付けていた「家計簿」かもしれません。

 ある日突然、父が持って帰って来た家計簿(銀行が粗品でくれるヤツ。余ったらしい。)を付け出して、三日坊主にならずに続けていたので「何でそんなん書いてるの?」って聞いたら、「何に使ったか書いといたら、無駄遣いせえへんやろ」って言われた。「小遣い貯まるンやろか?」という素朴な疑問で小遣い帳を付け始めた。父親が無駄遣いしているノートの残りを使って始めた小遣い帳。何がイイのかサッパリ分からず、色々工夫して短大生になるまで付けていたんです。

 工夫は「月々の小遣い」「おばあちゃんから貰ったお金とか、小遣いの繰越金など」に分けて財布を作って、それぞれに帳面を付けていましたね。これでも結構無駄遣いしないようになっていたと思います。っていうか、元々ケチだから、そんなに無駄遣いしてなかったんですけど、ジュースとかお菓子は買わないように我慢していましたね。

 短大の時に「簿記」を習います(大栄経理学院で)。その当時、現金を集めると纏まったとまではいかないけれど貯まっていたんで「貯金」をしようかと思い始めた所(時代はバブル。預金知識だけでも夢があって楽しかったなぁ)だったんです。でも、財布の中身を複雑にすると「困る」のでイイ案がないかと思ったら、簿記にヒントがあった。「現金」「預金」と各種経費科目に分けて帳簿を付けること、貸借対照表は左右(貸借)が一致する・・・そっかぁ~なるほど~そこから私の「経理WOMAN」生活が始まったんですから、人生分りませんよね。

 「あさイチ」で紹介された「家計簿」は正にソレ。私の場合は小口、繰越金、切手代(当時、海外文通をしていたから)で限度額(予算)を決めて、そこから引き算をするんです。そうすると月末には「ヤバイ!来月に買おう」ってことになる。それなりに生活の工夫もするし。

 で、私の場合は「簿記」を習っていたので、月末に貸借のチェックをしていました。現金、預金は左(借方、つまり資産と考える)、予算の残額は左(貸方、引当金と考えた)に並べ、貸借が一致するのを確認してから、月初に進んでいましたね。会社に入ってから更に複雑化しますが、基本はこんな感じでした。会社の先輩は沢山財布を作って管理していたようですが、沢山の金融商品があるんだから、使わない手はないとのことで、私はMMC(現在スーパー定期、当時は自由金利って1000万ないとダメだったんですが、300万円、100万円とかにも適用になって画期的な商品だった)とかに預けたくって。

 「あさイチ」に戻ります。今日紹介された家計簿の画期的な所を紹介すると「雑費」がないことが面白いです。理由は「無駄遣いをなくすため」。それと「交通費」などもナシ。つまり「交通費」とか「雑費」と言っても何らかの為に支出したんだから、そこの科目に入れるってことなんです。動物園に行く場合、電車賃、入園料、お弁当、お茶、お菓子など必要です。その費用の全てを「娯楽費」にしてしまうんです。そうすることで「1つの行動に対して、どれだけ費用がかかったか」が分かるのです。本当の経理では消費税の問題とか、交際費課税の問題とかあるので100%応用出来る訳ではありませんが、参考になりました。

 改めて「簿記」の基本と重要な役目を理解出来たので、面白かったです。

4829206020 家計簿 2012年
羽仁 もと子
婦人之友社 2011-10

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 朝日新聞の「患者を生きる」を毎朝読んでいます。親の後悔とか悩みを読むたびに辛くなります。

 私は脊柱側弯症と顎関節症患者です。皆さんと違って難病ではありますが、通常の生活を送ることが出来るので幸せモノです。

 実は小学校1年生の時に私は風疹から水疱瘡になりました。それも連日40度を超える高熱です。発疹もかなりあり、全身はもとより頭皮や喉にまでありました。歩くことも出来ません。だからトイレに行くことが大変な重労働でした。

 中学校の時に「生い立ちの記」という自伝を書かされます。学校から親からインタビューとして聞く内容がプリントされます。その時に母に書いてもらった中に「お医者様から、この子の命が助かっても何らかの後遺症が残る可能性がある」と言われていた内容があり、愕然とした記憶があります。

 当の本人は、実は人生で一番幸せな時期を過ごしていたのです。外目からすると「顔色が悪く、遊べなくて可哀そう」と思われていたと思います。私としてはこの世で一番怖い母が優しくしてくれたことが嬉しくて、「プリンが食べたい」って言ったらスグに持ってきてくれたり、横で添い寝してくれたり、氷枕を取り換えてくれたりすることが何よりの幸せだったのです。

 それ程の重病人でありながら、私は入院しなかったのです。当時は近所にイイお医者様が居なかったので、隣駅から往診に来て頂いて、薬を頂いてました。沢山の種類のお薬を飲みましたが、全く効果なし。お医者様から「注射しようか?」って言われて、相当嫌な顔をしたのでしょう「ほな、やめとこ」。何度も来ていただいたのですが効果がないことに困ったのでしょう。困り果てた時、お医者様も私が高熱のために私がボンヤリしていると思って母に尋ねたのでしょう「もう、この子に呑ます薬は全て、もうありません。ただ、この子は体が大きいから大人が呑む薬を使ってみようと思います。いいですか?」と。母は黙って頷いたようです。私は実はボンヤリなんかしてなくて「チョット待って!いいの、そんなんで」って思っていたんですよ。その後、奇跡的に助かりました。

 子供って意外とタフなんです。それと大人になると少し弱っただけで「死」を考えますが、子供は「死」を考えません、っていうか知らないんです。そして未来も考えません。今を大事にするんです。「美味しい」とか「あったかい」とか、そんなことがとても幸せなんです。大人の幸せの尺度と、子供の幸せの尺度は違います。

 結果はどうであれ、精一杯のことをすれば、子供は親に対して感謝していると思います。

4072671118 おひとりさまの更年期―あなたを救う心と体の処方箋
田中 奈保美
主婦の友社 2009-06-30

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 この本を読んで確信したこと「私は更年期かもしれない」。そして密かにネットで病院探しを始めました。それが先週の月曜日の休暇の時。誰かに相談したくても出来ないし、親なんて勿論出来ません。こういう時って本当に「ネットって便利よね~」ってことになります。

 大阪駅近くのある産婦人科を見つけ、まず最初にネットの掲示板で相談。こういうところが「親切だなぁ」と感心した所。出産以外にはかなり勇気がいるところであり、「こんなんも診てもらえるのかなぁ」と不安にもなるから、メールとかで前もって相談できるといのは本当にありがたいです。掲示板にレス(書き込み)したら翌日の朝には返答があり「更年期の可能性あり、一度受診して下さい」とのこと。だからこそ行く勇気が持てたんです。

 水曜日に病院を探したけれど見つからず、木曜日に見つけたけれど、お休みなので金曜日に受診。午後6時前に受付を済ませた時には患者数が少なくて「こんなもんなんだぁ」と思いながら問診票に記入してたら数分後には若い女性がドンドン入って来るではないですか。これにはビックリしました。

 よく考えると人気の秘訣が良く分ります。院長が女性であること、立地条件が良い(駅に近く、看板もなく、雑居ビルで夜営業している店もあり産婦人科へ行く人なんて分からない)、ホームページが充実しているなど。入ってみて分かったことですが、受付の方は「本日はどの様な御用件で」なんて絶対に尋ねない(大きい病院ほど大きな声で受付で聞いてみたりするもんだよね)、問診票が充実している(一番下の所に何でも書いていい所がある)、診察内容が外に漏れない(ある病院では中の待合にいたら丸聞こえの所があります。それも産婦人科。)。

 実は産婦人科は初めてではないんです。約20年前、不正出血で受診しました。当時のことを思い出すと、本当に医師や看護師、事務員に至るまでレベルが高いです。それで保険が効くのです。少子化のために産婦人科が減ったと聞くことがありますが、対応次第では儲かる医療だし需要もあるのだと思いました。

 問診票にかなり詳しく書いたので、生理のことを中心に尋ねられました(生理日のノートを付けていて助かった)。私は「更年期」のことを中心に進めるものと思っていました。まず癌を疑うんですね。子宮内の映像も見せて頂きましたし、子宮頚癌の検査もして頂きました。生理中だったこともあり小さな子宮筋腫が沢山あるとのこと。あと10年間は定期的に検査をしないと突然大きくなることがあるので要注意とのこと。知らなかった・・・子宮筋腫なんて他人事だったのですから。その後、生理中だから丁度いいとのことでホルモンの量を検査していただくことになり採血。

 昨年の7月初めにホームセンターで気分が悪くなり(目まい、動悸)、自動販売機で水を買った辺りからの不調。冷え、疲れ、肩こり(その後、定期的にマッサージに行くことになる)、生理の出血量と日数が極端に少なくなる、イライラ感が毎日ある、やっていた仕事を忘れてしまう、チョットした物忘れが出てきた、朝起きると右手の強張りがある(後に改善したが、ペンを使っている時に時折ヘンな方向へ動くことがある)、思考回路がおかしくなった、表情がサランラップに包まれたような感じで自由に出せなくなった(8月の中頃から)、鬱症状がとれない、仕事が嫌になった、外出が億劫、食事が美味しくないし食べ過ぎるとお腹が痛い、何もしたくない・・・。本当に更年期だと思う。救いは年齢が若いことだけ。でもそれも例外ではないので該当する可能性がある。

 10日後に結果が出る。どんな結果になっても、本にある通り、自分の転換点だと思って、仕事を変える、人生を変えることになるでしょう。まず、勇気を持って上司に相談しないといけないでしょうね。42歳の転職はキツイしなぁ。それと治療方法の選択も難しい、「自分はこの先どうやって生きていくのか」が問われるから。「年だからと全てを諦める」のか「オンリーワンになれる」のか。人生の岐路に立ったんでしょうね。

 皆さんはどうやって乗り越えるのでしょうか。一度お聞きしたいです。


追伸:

更年期障害って見方を変えると「やる気がない」とか「気が緩んでいる」と言った偏見めいた感覚で見られたりしませんか?だからこそ一番苦しい時に相談も出来ないのではないかと思うのです。何でもいいので、メッセージをいただけませんか?


 1988年頃、SONY MUSIC TVで見た時からこの曲が大好きで・・・さすがYouTubeはありました、MUSIC Videoが・・・嬉しかったです。最初と最後が不完全なのは残念ですが、見ているだけでドラマチックで、音楽はイイし最高です。
 88年当時はファッションが「古臭い」って感じでしたが、最近は流行りもあってか「面白い」し「カワイイ」ですよね(勿論、トレーシーの方ですよ)。男性の方は・・・
 YouTubeで改めて見てビックリしたのは、最後の方のシーンでポール・マッカートニーが出ていること。昔は小さい画面のテレビで、映像も何回も録画したテープを使用してタイマーで予約録画(夜中の3時頃までやっていた放送だから)したモノを見ていたので気付かなかったなぁ。
 デジタル画像で見て見ると案外新たな発見があるモノです。
 ウィキペディアによると、現在もトレーシーさんは現役のコメディエンヌとして御活躍中みたいです。
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