イラストとマンガ ときどき哲学 -10ページ目

イラストとマンガ ときどき哲学

哲学とイラストとマンガを気の向くままに投稿しています!

こんばんは!

 

~最近思う事~

 

何かなすときは,一種の諦念というか,根性の振り切れというか,

 

自然の流れに身を任せる過程が必ず必要になってくるように思うのである.

 

 

何かしようとすると,必ずストレスは伴ってくる.

 

人との接点が増えればなおさらである.

 

 

そうすると,つい後戻りしたくなる.足が震える弱気な自分が出てくる.

 

けれども,心の奥底の自分は,やっぱり前に進みたいのである.

 

 

すると,後戻りしたい上辺の層にいる自己本位な自分と,自分の根幹にいる肯定的な自分が

 

エイヤ,エイヤと 心境をどちらが多く占められるか葛藤することになる.

 

 

その葛藤はさらにストレスにもなるように感じている.

 

 

だけども,

 

ずっとエイヤ,エイヤと心境で葛藤していると,

 

 

時が来ると,一種の諦念,悟りが来るように思う.

 

ときに血みどろの戦を経ていき,ついには,

脱力と共に,

 

「あっ  もういいや・・・

 わしは 自然の流れに任せるよ・・・

 自分勝手に自分の力でどうのこうのしようとするのはよすよ・・・

 なるようにしかならんわな」

 

 

そんな心境になるんだ.

 

すると,何かしらにとらわれを有していた自己本位な自分は雲散霧消し,

 

本心良心からの自分が心境に残る.

 

 

すると,

 

「あとはやるだけだ.万難を排して成し遂げよう.

 不屈不撓の心で成し遂げよう」

 

という覚悟が決まる.

 

後ろを向くことのない覚悟が決まる.

 

そして物事を成し遂げていくのである.

 

 

そんなところで,何を言いたいのかというと,

 

今どんなに思い悩んでいようと,

心境で,ひいこらひいこら葛藤していようと,

 

いずれは諦念が出て来るんだということである.

なにも心配はなく,いずれ諦念がでてきて,脱力して,

覚悟が決まるから,

 

今の自分を大切にしてあげるのが大切なんだなと思う.

 

葛藤は客観的に心境を観察することで,ストレスも受けづらくなる.

 

 

ただ一つ言えるのは,

葛藤しているときの,自己本位な自分は必ず後々降参する存在だから,

そっちの応援はなるたけしないことである.

 

やっぱり正義は必ず勝つという道徳は,正しい側面があるなあという最近である.

 

あまり整理されていないけれど,描いている自分は整理できたぞ!

 

 

こんばんは!

 

~最近思うこと~

 

自身の言行は全て心から生じている.

そして心は大きく二分類できる.

 

自己本位な心と全体本位な心である.

 

即ち,我々の日々,刹那刹那の言行は常に自己本位な心か全体本位な心に端を発している.

 

全体本位な心というのは,自分も良くて,相手も良くて,社会も良いという全体に貢献しようというものである.

 

※ここで気を付けるべきは,自分はいいから,あなたは幸せになってという考えは,自分と仲の良い相手,グループという存在のみに固執したとらわれのある自分勝手な考えになってしまうという点である.あくまでも,近江商人のように三方よしの考えを貫くということである.

 

 

感謝という感情は,人間の活動の万事の原動力になると思っている.

 

その感謝は,感謝しようすればわかるが,全体本位の心でいるときに感謝でき,自己本位な心では感謝できないものである.

よく表彰された選手が,周囲の応援に感謝するように,自己本位に捉われた心ではなく,全体をみれた心であってこそ感謝できるのである.

 

 

また,利他の言行も同様に全体本位の心から生じている.

 

突き詰めると,人間として高級な言行は全体本位な心からいずれも生じているのである.

 

悟りの境地に達した人は,その心境で活動する心の構成が全体本位な心で占められているのだと思う.

 

しかし,一般の人は,野生動物時代のなごりとしての,嫉妬や怒りや恐怖や猜疑等様々な自己本位な感情がふとすると出てくる.

 

だからこそ,そやつらの活動を抑制するために,日々精神的鍛錬が大切になる.

 

 

そして,その支柱になるのは,全体本位であるように最近漠然と思うのだ.

 

つまり,自分を客観的に見て,全体を見る.そうした視点を持つことが,なんか,余裕も持てて良いように感じる.

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

ロッツォみたいなギャップのあるキャラクターは印象に残る

 

こんばんは!

 

~最近思うこと~

 

ブラックニッカウイスキーは安い.

 

安いお酒はあまり良いものではないという先入観から,

 

彼女と居酒屋に行っていたときは,角ハイボールをだいたい頼んでいた.

 

 

最近,ブラックニッカウイスキーを買って飲むと,普通に美味しい.

 

そして原材料は「モルト」「グレーン」の表記のみである!

 

安物に多い添加物が一切ない.

 

日本酒の三倍増醸は添加物によって純米の三倍の量になるらしい.だから安い.

熱燗にすると工業用エタノールのようなにおいがするという話もよく聞く.

現に私はよくない酔い方をした経験から,今は日本酒を飲むなら純米一本である.

 

 

しかし,

 

ウイスキーは安いからよくないということでもないんでないかや.

 

原材料に添加物一切なしキューン

 

ブラックニッカウイスキーは

 

大量生産できているだけであって,質はものすごい高いのではないだろうか

 

 

そう思って,連日飲むブラックニッカは とても美味しいのであるお茶

ありがたや

こんばんは!

 

~最近思うこと~

 

昨日の夕飯は吉野家の唐揚定食にした.

 

いつもは満席で繁盛している店舗なのに,昨日ばかりはカウンター席に数人いるのみで

 

店内は静かだった.

 

クリスマスイブは みんな 特別な夕飯にしているのだろうか.

 

来年はどこかでだれかと一緒に食べていたいなと,心の片隅で思いつつ,

 

吉野家ってうまいなあ,吉野家の定食で充分すぎるほど幸せだなあと

 

感じたのも本当である.

 

 

この一年,感謝の感度が少し向上してきたのかなと,うれしいものである.

 

 

 

お腹を満たした後,駅の改札口前で人間観察をした.

 

いつもよりみんな笑顔で明るい雰囲気を感じ取れた.

 

老若男女問わず,大切な人にもらったであろうものが入った紙袋を手に提げている姿が印象的であった.

 

 

あと,カップルが改札で別れるときの光景を見ていると,そのカップルの関係性が少し垣間見えるとともに,

 

日本人らしさも見えて,少しドキドキした.

 

 

■ケース1(ラブラブ)

・見送り側:彼氏 見送られ側:彼女

・彼女が改札からホームへ続く階段に差し掛かる30mほど,3回は振り向いた.

その間,彼氏はずっと改札前で見送り,彼女が振り向くたびに手を振っていた.

 

■ケース2(すこし胸がきゅ~となる)

・見送り側:彼氏 見送られ側:彼女

・改札で別れたら,彼氏は彼女の後姿を全く見ることなく,雑踏の中に消えていった.

しかし,彼女は振り返って雑踏の中に消えていく彼氏の背中を見て,少し悲しそうな顔をしていた.

そして,階段に着いた際に,もう一度振り返っていた.

 

■ケース3(クール)

・見送り側:彼女 見送られ側:彼氏

・改札で別れたら,お互いに一切振り向かずに背を向けたまま帰途についていった.

・なんかあまり仲よさそうでなかった.けんかしちゃったのかな.

 

■ケース4(クール)

・見送り側:彼女 見送られ側:彼氏

・ダンディなおじさんとおばさん.こちらもお互いに振り向かなかったけれど,

お互いを知り尽くしているからこその行動のようにも見えて,逆に信頼関係を見た.

 

 

このほかにも多くのケースがあったが,9割がた見送られる人は振り返っていた.

だから,最後の方は,改札で別れるカップルを見ながら,見送る側には,

「絶対振り返るから待っていてやって~」

と切に願っていた.

 

でも見送られる人は振り返るのも日本人らしいのかなって思った.

見送ってくれてるのかな?っていう配慮の気持ちも少し入っているのかななんて.

 

見送る側に立ったら,一度振り返るまでは見送るようにしよう!

 

こんにちは!

 

~最近思うこと~

 

政治の話を人とするのは好きではない.

 

ので

 

政治の中身については書かない.

 

 

一方で

 

政治を批判ばかりする姿勢にはいささか 考えなきゃいけない点があるように思う

 

 

岸田首相の批判ばかりが最近ニュースに取り上げられる.

 

その内容をみてみると,

 

だいたいがリスペクトの無い批判,自主自立を考慮していない不平不満によるものが多かったりする.

 

 

批判は大いに結構だとは思う.

 

けれども,もし自分自身が首相の立場に立ったならば何ができるだろうか.

 

国家を曲がりなりにも運営できるだろうか.

 

 

否であろう.

 

自分にできないことを出来ている.

 

その側面へのリスペクトは一切考慮していないのは,少し面はゆいものでなかろうか.

 

 

リスペクトの上に立って,コミュニケーションをする.

それは哲学,自己啓発,心理学の柱となっている考え方であると思う.

 

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