何者かになりたいという焦りはどこから来るのか | 裏庭のないしょ話

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心の中のこと

久しぶりにカウンセリングも別の用事も入っていない1日。
今日は腰を据えてブログを書くぞ!と心に誓ったリーディングカウンセラーの雫石雪乃です。

どれぐらい記事が書けるかな?
途中で挫折したらゴメンナサイ(最初に謝っとく!笑)

さてさて、いろいろと書きたいことはあるのですが、まずは昨日偶然見たヒーラー雪のブログ記事から思ったことをつれづれと。

ほんとここ最近、数年間でいろんなことがありました・・・


依存されたり、裏切られたり、甘えられたり(頼られたり)、ウソつかれたり。。。


その真っ最中は気づかずになんだか苦しかったりして。


そしてその真っ最中、わたしはその意味がわらかずにいて、わかったら、悲しくなったり怒りに任せて逆ギレしたり八つ当たりしたりグチったりして。。。


でもいまになって思うんです。


自分自身が無意識に相手に依存されるような状況に誘導したり、裏切られるような流れにしたり、甘えられたかったり(頼られたかったり)、ウソつかせる状態にさせるために追い込んだり。。。


(全文はこちら

雪とはこのことで何度もやりとりをしたのですが、彼女がこんな風に苦しんだのは、彼女の中に強い承認欲求があったからです。

認められたい
頼りにされたい

その気持ちが、

「私ってスゴいでしょう~」という態度になり
「私が助けてあげるよ~」になり、

最終的に、妬まれ、必要以上に背負い込み、期待に答えられずに相手を失望させて裏切られて、自分がぺしゃんこになってしまったのでしょう。

では、自分を省みて、私に辛い状況が続いたのはなぜだったんだろう?と考えてみると、私にもまた

認められたい

という強い思いがあったからなのだと今でははっきりと理解出来ます。

私の中の「私は正しい。だから私の正しさを認められたい」という思いが、

「これは間違ってる!!」「こんなことをする人は正しくない!!」

という出来事や人物をどんどん作り上げ、必死で自分の正しさを誰かに認めてもらおうとしていたのです。

今考えると・・・・

すっごくバカみたい(笑)

だけど、当時は

「私のしていることは正しいのに。なんで?なんでこんなに嫌なことばかり起こるの?」

と、ますます自分の正当性を主張していました。
ホント、バカみたい(笑)

そう、何を隠そう・・・

バーン!


私がヒトラーだったのです
(関連記事『誰もがみなヒトラー』

誰かが引き起こしたように見える問題も実は自分自身の「認められたい」という欲望を現象として現実世界に映し出したに過ぎないのにね。

最近、カウンセリングをしていていつまでたっても変わるきっかけを掴めない人たちには、ある共通点があることに気がつきました。

それはなにかというと、何かを選択しようとする時に

「どっちを選ぶのが正しいことなのか?」

を考えて、世間的に見て「正しい方」「良い人だと思われそうな方」「素敵な人に見えそうな方」を選ぼうとすることです。

この傾向は特に長男、長女として生まれた方に強く、

「どっちを選べば良い子だと褒めれるかな?」
「どうすれば、いいお姉ちゃん(お兄ちゃん)だって言われるかな?」

という思考パターンがしっかりと染み付いてしまっているあまり、自分がどうしたいかが分からなくなっている方がほとんど。

昨日、カウンセリングに来られたSさんも典型的なこのタイプで、この数ヶ月間ずっと自分自身と向き合っているにも関わらず、なかなか自分を変えて行くきっかけを掴むことが出来ませんでした。

それが昨日、こんな話をしたことをきっかけにSさんは自分の心のパターンに気がついたようです。それは、

例えば、幼稚園が雪のために自由登園になった時。
あるお母さんは

「ええ!!子供と一日中一緒にいたらしんどい!!自分の快適さのために、意地でも子供を幼稚園に連れて行く!」

と思うでしょうし(私はこのタイプ。笑)

「ええ!!こんな雪の日にわざわざ幼稚園まで子供を連れて行くなんて面倒くさい!!こどもと一緒に雪遊びでもしていた方がまだまし!」

と思うお母さんもいるでしょう。

どちらが正解ということもないし、どちらが間違っているということも当然ありません。
ですから、「どちらを選択することが、自分がご機嫌でいられるか」が、本来は判断の基準になるはずです。

ところが、生きてゆくための基準が自分ではなく他人にあると、この判断をするための選択肢がもう一つ生まれます。

それは

「どちらを選ぶのが素敵なお母さんに見えるのか」

という選択肢。

そうして、自分の意思は押し殺して「素敵なお母さん」に見える方の選択肢を選びます。

これってね。自分の人生ではなく、他人の人生を生きているということなのです。

他人からどう思われるかを気にしていると、常に他人に「氣を取られ」ている状態が続きます。

常に他人が自分をどう見ているかが思考のほとんどを支配する。
それはすなわち、自分の人生ではなく他人の人生を生きているということです。

Sさんはずっと「何者かになりたい」と焦っていましたが、
その焦りとはすなわち「他人に氣を取られるのをやめて、自分の人生を歩みたい」という本能の叫びだったのですね。

にも関わらず、いつも「他人から見て正しい私」であることを選択して来た訳だから、「正しい私」が変わる必要性というものをいつまで経っても見つけることが出来なかったのです。

「正しい私」を続けるのも、「正しい私」でいることを止めるのもSさんの自由。
どちらが正しいということはないのです。

でも、「何者かになりたい焦り」を手放したければ、本来の自分に戻り、自分が自分であることの絶対的な安心感を手に入れることが必要かもしれませんね( ´艸`)

そのことに気づき、自分を変えて行く修行をしよう!と決意したSさんからは、今朝

「今まで努力しても出来なかったことがすんなり出来るようになりました」

というメッセージが届きました。

さて、あなたが変わりたくても変われない理由はどこにありますか?




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