かたつむり農園では、かつて百合園のおにぎり屋”じゃんけんぽん”の女主人だった川山絵美と、姪の七村野絵が住み込みとして手伝いを始めて数か月が経った。最初は腰を痛めたり慣れない農作業に手こずり仕事の大変さを痛感したが、すっかり慣れて作物を育てる楽しみが生まれてきた。主人の立見宗二郎もこれには嬉しい限りで家族の一員として、また大切な戦力として、ともに農園を発展させていくと意気込んでいる。絵美と野絵も家庭環境に恵まれなかった分、宗二郎の温かさや優しさを感じて、やっと自分たちの居場所を見つけた、と彼に感謝した。二人はいずれ、また店を持ちたいな、と夢を描きながら日々農作業に励んでいる。かたつむり農園とともに阿沙比奈村の主産業でもある、さゆり牧場では元気な家畜たちがにぎやかに放牧されている。昔ながらの放牧法にこだわっているため、家畜たちはストレスなくのびのびと育ち、そこで採れる卵や牛乳は味が濃厚で市販品は食べられないほどファンも多い。また、ヨーグルトやアイスクリームや肉加工品も看板商品となっている。”看板娘”のさゆりは子供がいない羽多間夫妻にとっては大切な家族でもあり、飼育されている家畜たちも大切な家族でもある。夫妻の家畜たちに注ぐ愛情は誰にも負けていない。その一方で、村では静けさを保っているものの、どことなく不気味な雰囲気だった。依然HAGEによる監視が昼夜問わず続き、あきらめていない様子だった。ダイヤモンド・ヴェールと再び戦い、リベンジを誓ったのだ。

 (奴の息の根を止めることだ。そうすれば阿沙比奈村は我々のもの。シラハタワールドを作りドクターネンチに恩返しする)と彼らの野望はまだ終わっていない。ドクターネンチとは、HAGEに資金提供をしたブラックインサイドの総統だ。彼は代々医師の家系で生まれ育ち、父親はいくつのも病院を経営していたが、跡取りになるはずの息子である本人にその意思がなく、その父親が亡くなると巨額の遺産を手に入れ、それを元手にブラックインサイドを設立。以前はしがない研究者だったが、金に対する執着心が強く、たとえどんな手を使っても自分の懐に入れたいのだ。そして世界から数ある資産家を集め、世界征服を夢見て悪と欲望にまみれた道をひたすら進むのだった。

 ブラックインサイドから資金提供されたのはHAGEだけではなく、いくつもの団体が同様の手口で受け取っている。ブラックインサイドとHAGEとの関係は、かつては慈善団体だったHAGEが、ある日幹部が入れ替わったのをきっかけに多額の資金を受け取ってから一転して闇組織になった。総統のドクターネンチは絶対的な権力者で、部下たちは彼に逆らうこともできず、内部の情報が漏れるとたちまち粛清される。HAGE幹部の一人、カッツェは以前は建設会社の営業部長で、業績を認められ三役に昇進。だが、会社が経営危機に見舞われ、赤字転落すると資金繰りに頭を痛めた。そこである団体が出資してくれるという話を聞き、さっそく協力を求めた。その手助けをしたのがHAGEだった。おかげで会社は経営危機から脱出できたのだ。さらに彼はHAGEに引き抜かれ、建設会社時代三役だった経験にものを言わせ、幹部まで登りつめた。ブラックインサイドはHAGEを闇組織に変えた張本人で、HAGEはやがて出資先であるシラハタホールディングスとともに阿沙比奈村に計画中のシラハタワールド・プロジェクトに着手した。HAGEとシラハタホールディングスとのつながりは、HAGE幹部のカッツェが建設会社勤務時代に遡り、シラハタホールディングスの白畑社長が阿沙比奈村にテーマパークを作ろうと、カッツェに話を持ちかけたのがきっかけだった。彼も村の活性化になるのなら、と承諾をした。話が決まるとさっそく実行に移した。それはブラックインサイドとの誓いでもあった。カッツェは、

 (これは私どもに与えられた任務だ。それを果たさないとブラックインサイドからとんでもない制裁を加えられる。それどころかシラハタワールドの計画もおじゃんになってしまう。これだけはなんとしても避けたい)と、ブラックインサイドとの約束を果たすべく、計画は順調に進んでいる。

 村人たちはどんな夢を見ているだろうか。そんな日々を過ごしていたが、再び喧騒が起きた。シラハタファームのシンボルであるホワイトフラッグタワーの一部が崩壊していたのだった。おそらくタワーから出ていた煙のせいか、はっきりしていない。それを囲むかのようにHAGE一味が工事を請け負っていた建設会社にいちゃもんをつけていた。工事に携わっていた責任者は、

 「決して手抜きはしていません。崩れていたのは何が原因か一度見てみないとわかりません。煙が出ていたそうですが、火事や放火でもなさそうです」その建設会社とは、HAGE幹部のカッツェがかつて勤めていた職場だった。会社の事情をよく知る彼は、 

 「火事でも放火でもなければ、貴様らの手抜きしか考えられねーだろ!そうでなければいったい何が原因か突き止めないといけないだろうが!」とカンカンだ。

 「その原因を突き止めるまで、タワーの営業は当分休止に…本当にご迷惑をおかけして申し訳ございません…」

 「せっかく工事を頼んでも、この有り様ではな。シラハタファームで盛り上がりを見せても、なんてザマなんだ!これで計画がなかったことになったらどうするんだ!貴様らのせいだぞ!」責任者はなんてお詫びをすればいいのか、ただ頭を下げるばかりだ。

 「そんなことやったところで、許してくれるとでも思ってるのか。我々は果たすべき約束がある。それを破れば貴様らも我々と同じ目に遭う」タワー完成から村は活気づいたが、決して楽観視していない。HAGEを悪の組織と変えたブラックインサイドの魔手が忍び寄っているのだ。

 

 

 (つづく)

 

 (やはり、うちにはヒーローがいないと…)が、その時だった。歌が流れるとともに、白馬にまたがった仮面女が颯爽とやってきた。

 【いけいけ 黒ブーツ

  うてうて 赤い鞭

  善と悪とは 紙一重 

  悪を裁いて 骨の髄まで 懲らしめる

  夜も朝も 休むことなく(Everyday!)

  平和のために闘うぞ(Oh、justice!)

  愛と正義で(Love&piece!)

  幸せつかめ(Get happiness!)

  ダ・ダ・ダイヤモンド

  ダイヤモンド・ヴェール】

 その仮面女は「ダイヤモンド・ヴェール」と名乗り、銀色のラメをあしらった仮面を着け、ピンクのレオタードに黄金色のベルト、黒いブーツ、緑のベレー帽、長い茶髪を振り乱し、手には謎の能力を秘めた赤い鞭、そしてダイヤモンドのようなきらびやかなマントといういで立ちで、突如としてHAGE一味の前に現われた。生息地については不明だが、阿沙比奈村のどこかであるが、その正体は村人の誰もが知られていないそうだ。

 「何者だ、貴様」

 「ワタシはダイヤモンド・ヴェール。世の中の悪と戦う。ワタシはオマエたちを許さない。ワタシはオマエたちを倒すためにやってきた」

 「ふざけるな!女だからってなめてるんじゃねーぞ!皆ども、やっつけてしまえ!」

 「なめてるのはオマエたちだ。これでも喰らいな!」と、ダイヤモンド・ヴェールは赤い鞭を打ちながら、

 「ワタシの愛するこの村をオマエたちのものにさせるか!とっとと降参しな!」彼女は大勢の部下に囲まれても怯まずに体を張って挑んだ。仮面の下の瞳からは力強さをにじませていた。

 「こんなショボい技なんてチョロいもんだぜ。早くこいつを捕まえろ!」

 「そうはさせない!」ダイヤモンド・ヴェールは身軽さを生かし、素早い動きで敵の攻撃をかわしていく。

 「なんてすばっしこい奴だ!」すると彼女は赤い鞭をしならせながら、敏捷さと驚異のジャンプ力で次々と倒し、さらにその鞭をロープのように操り、身動きを取れないようにした。

 「く…苦しい…」

 「ほどいてくれ…」部下たちは鞭で締めつけられ苦しさを訴えると、

 「ビアンコ!とどめを刺すのよ!」ダイヤモンド・ヴェールは愛馬・ビアンコにまたがり、彼らにとどめを刺した。

 「くっそー、覚えとけ!今度現れたら必ず倒してやる!」すると村人たちはパチパチと拍手が沸きあがった。

 「カッコよかったぞ!我が阿沙比奈村のヒーロー、いやヒロインだ!」彼らが待ち望んでいたヒーローの出現は現実のものになっていた。その存在は村に希望をもたらし、HAGEによって染められた悪を一掃してくれると期待しているのだ。ダイヤモンド・ヴェールは無言でその場から風のように去っていった。

 「ありがとう!また助けに来てくれよ!」おかげで阿沙比奈村はいつもの静けさを取り戻すことができたが、それで終わりではない。HAGEの幹部の一人、カッツェは、

 「”ダイヤモンド・ヴェール”か…ただ者じゃねーな。我がHAGEにはまだ秘密兵器がある。待ってろよ、ダイヤモンド・ヴェール…」彼の表情には無敵の笑みを浮かべながら、ダイヤモンド・ヴェールへの復讐を誓った。まだまだ彼らの攻撃の手は緩めておらず、あの手この手で企んでいるのだ。

 (覚えとけよ…この村は絶対我々のものにしてやる…)

 ダイヤモンド・ヴェールが去った阿沙比奈村だが、その正体については、あくまで噂であるが小学校の教師の八原進助の妻・珠美ではないかといわれている。彼女の実家は百合園市でフラワーショップ「リリーガーデン」を営んでいたが、何らかの事情で数年前に廃業。ちなみに隣は川山絵美が経営していたおにぎり屋「じゃんけんぽん」があった。夫の進助とは百合園中学の同級生で、卒業後はそれぞれ別の道に進み二人が再会した同窓会で本格的に交際を始めた。それまでは遠距離恋愛しながら会える日を心待ちにしていた。やがて二人は結婚、彼女は専業主婦として進助を支えている。子供がいない二人は、ペットの白馬をさゆり牧場から貰い、我が子のように可愛がっている。

 さゆり牧場は羽多間夫妻が脱サラで村に移住して農地を買い取り、そこに牛・豚・馬・鶏・羊が飼育されている。そこで採れる卵や乳製品・肉やその加工品が生産されている。子供はなく、一頭の雌牛を”さゆり”と名付け、我が子同然に可愛がっている。しかし、高齢のため脚が弱ってるものの、食欲は旺盛でいまだに搾乳はできている。かたつむり農園とは切っても切れない関係で、農園の主人である立見宗二郎は一人で野菜や米・麦を栽培している。その野菜くずでさゆり牧場の餌を作り、家畜に餌をあげるのが日課で、餌は家畜によって配合を変えている。牧場主の羽多間恵視(さとし)から”えさやりがかり”と呼ばれている。その家畜からの排泄物を発酵させた肥料で野菜などを作り、収穫物をおすそ分けしている。その返しとして卵や牛乳、肉を貰い、ほぼ自給自足の生活を送っている。それら生産物は地元民にも好評で、ともに阿沙比奈村を支える産業となっている。

 

 

 (つづく)

 (怖い…怖いよ…)ホワイトフラッグタワー完成後、村はにぎわいをみせていたのもつかの間、そこを見渡すと黒っぽい煙のようなものが建物から出ているのだった。開業してまだ月日が経ってないにもかかわらず、だ。

 「あのタワーができてから不気味というか、変なオーラが出てるみたいだよ」

 「火事だろうか…でも消防車は止まってないみたいだし、なんだか怪しいニオイがしてくるよ…」

 「まさか、タワーにソーラーパネルが仕組まれて、そこから引火したとか…」

 「だから火事じゃないってば。炎も出てないし…」その煙の正体については、わかっていないそうだ。

 「とにかく家から出ないことだ」子供たちは我が家に着いても、友達の家に遊びに行くこともできず落ち着かない様子で外を眺めていた。大海は母・とも子に問いかける。

 「監視カメラが学校とかあちこちに仕掛けられてるし、家にもあるんだよ。だから俺たちの普段の行動が捉えられるとHAGEやそれを操ってる組織に流れてしまう。きっと阿沙比奈村を乗っ取って自分たちのものにしたいんだ」

 「大海、ママも心配よ。でも現実的じゃないと思う」とも子は他人事のよう態度を取っているが、

 「タワーから黒い煙が出てるの、わかる?」

 「何よ、それ。火事じゃないの?」

 「消防車や救急車も止まってなかったから、火事じゃなさそう。それに火も出てないし」

 「不思議よね…いったい誰の仕業なんでしょうか」

 「先生からも外に出るな、って。こんなものができてから落ち着かないよ、俺」

 「私もその噂は知ってるよ。ただ誰も言わないだけ。監視カメラに捉われると命にかかわるって…だからうかつにお出かけもできない。村じゅうの人は皆そうよ。特に女子供には真っ先に狙われる」傍で聞いていた弟の大陸や大空にはさっぱりわからないそうだった。母子4人は夕食を済ませ、宿題をし風呂に入った後、眠りについた。

 「ママ、おやすみ…」しかし、夜が来ても、外ではタワーから出る煙と騒音で眠れない。

 (うるさくて眠れないよ…)大海は眠い目を擦りながら、部屋の窓から外を覗くと、タワー周辺に人だかりができ騒音を立てていた。これには、さすがの村人も黙ってはいられない。

 「おい!こんな夜中に何やってるんだ!うるさくて眠れないじゃないか!とっとと帰れ!」すると作業員風のユニフォームを着たHAGEの部下と思われる男たちは、

 「この仕事は、この時間にしかできないんだよ!てめえらは引っ込んでろ、野次馬どもめ!でないとてめえらの命が危ないぜ」と、逆ギレした。村人たちは鳴り止まない騒音に苛立ちを感じ、ついに作戦を企てようとするが、村の至るところに監視カメラが取り付けられているため、思うように事が進まない。もし捉えられたら彼らの行動は外部のある組織に漏れてしまい、彼らの思うがままにされ、下手すると命にかかわってしまう。そうなってしまうと本末転倒だ。もはや黙って彼らの言う通りにするのが自分の身を守る上でいいのだろう。願わくば彼らを倒してくれる”ヒーロー”が現れてくれたら…と思っているが、これも”夢物語”で終わりそうだ。沈静化するはずもなく泣き寝入りするしかないと絶望的である。

 夜が明け、村は静けさを取り戻すと、ホワイトフラッグタワーからの煙は消えていた。

 (あれは何だったのか…)これで平穏な生活が送れると思っていたが、周辺は相変わらずHAGEによる監視が休まずに続けている。

 (何の目的なんだ…やはりこの村を自分たちのものにしたいのはなぜなんだ…)村人たちがぞろぞろとやってきて、ひとところに集まった。やがて一致団結して、

 「このまま黙っておくわけにはいかない。我々村人たちはなめられてしまう。奴らの思うがままにされてたまるか!奴らを倒すぞ!」かたつむり農園の主人・立見宗二郎も、さゆり牧場の羽多間夫妻も掛け声を出して敵を倒すことを誓った。しかし、相手は自分たちより体格がはるかに勝るものばかりで、とても太刀打ちできない。当然、それを耳にしていたHAGEの部下たちは、

 「こんなことをやっても無駄だ。俺たちに勝てると思ってるのか、カッペどもが」と言い放ち、それでも村人たちは、村の平和を守るために何としても奴らを倒さなくてはいけない。だが、人数も力も圧倒的に上でなすすべがない。そんな中、宗二郎が鍬を持って脅したが、その場面を監視カメラが捉えると、その映像が”ブラックインサイド”に流れてしまう。”外部のある組織”とはそのことだ。ブラックインサイドとはHAGEを闇の組織に陥れた悪の秘密結社だ。総統・ドクターネンチを中心に世界から有数の資産家で構成されている。金のためには時間や労力を惜しまず、全世界からの資産を手中に収め世界征服を目指している。ブラックインサイドに操られたHAGEも、ありとあらゆる金目のものに手を出し、その金がブラックインサイドに渡る。またブラックインサイドもHAGEへ資金を提供し、企業や団体を援助している。さらに、村の奥の方から人影らしきものが見えた。正体を現すと、格闘家のような体格でスキンヘッドにサングラスに黒い上下スーツをまとった893風の強面男があたりをうろついていた。

 (見たことがない奴だな…こいつも連れなんだろうか。あんな体つきだと一発でねじ伏せられそうだ)おそらく、このスキンヘッド男がHAGEの幹部かと思われる。阿沙比奈村を自分たちのものにし、新たに国を作り、シラハタホールディングスとともに”シラハタワールド”にするプロジェクトを実行中なのだ。噂によると、彼の正体は阿沙比奈小学校の教師・八原進助の父親の則勝らしいが、あくまで噂で断定できていない。彼は学生時代に空手選手としてならし、数々の大会に出場。賞を独り占めし、その実力は”メダルあらしの八原”と呼ばれていた。息子の進助も父に似た体格で百合園大学時代に空手部で黒帯を取得している。ちなみにスキンヘッド男のコードネームは”カッツェ”。見張り番にとなっているのは彼の部下たちだ。彼らは村人たちを見つけるたびに包囲し、カッツェから怒号が上がった。

 「さっさと取り囲め!そうしないと貴様らもそいつらと同じ目に遭わせてやる!」部下たちは言うがままに従い、村人たちを一人残らず駆逐し始めた。だが、どの家も鍵が掛けられており、ひっ捕まえようとしても、どうにもならないのだ。すると、カッツェは、

 「どいつもこいつも使えねーな!こうすればいいんだよ!」と、力づくでドアを蹴とばすと、あっさり開けられた。住人はガタガタ震えながら彼らの餌食になるのを怖れ、もはや抗えなくなっていた。

 (もう俺たちは終わりだ…)と絶望感しかなかった。HAGE一味は次々と村人を襲い、逃げ場をなくすと、

 (これでこの村は我がHAGEのものになる…二度と逆らう者はいなくなるだろう)と薄ら笑いを浮かべていた。

 

 

 

 (つづく)