阿沙比奈小学校ー

 村唯一の小学校で全校児童が少ないため、各学年一クラスずつしかない。卒業生は地元に中学校がないため、隣町の百合園中学に通っている。5年のクラスでも17人だ。それでも元気いっぱいの声が教室中に響いている。担任の八原進助は、この日の授業を終え、放課後にあたり、

 「このあたりで不思議なことが起きている。帰るときは気をつけるように」と呼びかけをした。

 「なんだよ。変な奴がうろついてるとか。例えば誘拐犯とか…」

 「人聞きの悪いこと言うなよ。そういえば、先生の奥さん何をやってるんだ?」

 「知らねーよ。そんなこと訊いてどうするんだよ。関係ないだろ」子供たちは不審者の行動に警戒しながら、それぞれ帰宅しようとしたが案の定、あちこちに作業着っぽい服装をした不審者らしき人物が監視をしているのだ。胸ポケットには”HAGE”と書かれたバッジを付けている。

 「きっと、そいつらだろう。いったい何がしたいんだ」

 「先生の言ってたことはそれかもしれないな。捕まらないようにしないと…」ところが、クラスメイトの和志田大海が、HAGEのメンバーと思われる男から声をかけられた。

 「貴様らはやがて俺たちの餌食になる。覚悟するがいい」

 「何をするんだ!俺は何も悪いことはしてねーぞ!」大海は抵抗するが、相手が子供だろうが容赦はしない。彼がその理由を問い詰めても答えてくれない。それどころか彼を連れ去ろうとしている。

 「やめろよ!どこに連れてくんだよ!」

 「黙ってついてこい!とっておきの場所を教えてやる」と、男は大海の腕を掴むと、

 「離せ!離せと言っとるんだ!ママや弟たちもいるんだぞ」その叫びを聞いた彼の母・とも子が家から出てくると、

 「息子に何するのですか!離してって言ってるでしょ!」

 「いきなりしゃしゃり出てくるんじゃねーよ、ババアは引っ込んでろ!」男がとも子を押し倒すと、

 「いたたた…息子を連れて行かないで…」

 「ママ、助けてよ~」

 「大海、早く家に入って」男はあきらめたかのように大海の腕を離した。しかし彼らは獲物を狙ってるかのごとく周囲を見張っている。

 (先生の言う通りにしないと外に出られなくなる…)村じゅうは不穏な空気に包まれ、いつ自分がやられるかと思うと夜も眠れない。日が沈み、あたりが暗くなっても彼らHAGE一味による監視が続けられている。さゆり牧場もかたつむり農園も買収されたらおしまいだ、と頭を悩ませている。

 和志田家ではー

 三人の息子、長男・大海は小5、二男の大陸は小3・三男の大空は4歳だ。母のとも子は専業主婦で、さゆり牧場の特製ヨーグルトが好物。そのおかげか、美肌が自慢で悩みだった花粉症の症状もなくなった。元々、田舎暮らしに憧れて村に移住したが、平凡なサラリーマンである夫・一雅は地元に働くところがないため彼の実家から通勤、毎月生活費を送っている。夫がサッカー好きで自身も学生時代、選手として活躍していた。その影響もあって息子たちもサッカーに夢中だ。ちなみに大海は乳製品アレルギー、大陸は卵アレルギーである。

 「大海、大陸!学校に遅れるよ!」母のとも子は就寝中の小学生組を起こした。

 「やばっ!遅刻だ!間に合わない!」

 「朝食べないと給食まで持たないわよ」

 「大丈夫だよ」二人は朝食を摂らずに急いで学校に向かった。ハァハァと息を切らしながら学校に着いた。5年生のクラスでは一限目の授業が始まっていた。

 「ハァ…疲れた…おはようございます…遅刻しちゃった…」大海は疲れ切った表情で教室に入ると、

 「また寝坊かよ…お前は。わかってるか?お前は遅刻の常習犯だぞ」と、担任の八原進助がため息をつき、呆れ顔で言った。

 「すみません…」

 「これで何度目だ?気合入ってないぞ。まさか朝飯食ってなかっただろ?」

 「給食まで持たねーだろ」と、クラスメイトで唯一の親友である姉川元起が言うと、

 「ま、それまでになんとか我慢するよ…」だが案の定、大海は三限目あたりから腹の虫が鳴り始め、授業中も腹の虫がおさまらず進助から、

 「こうも腹の虫がうるさいと授業に集中できない。迷惑だから廊下に出とけ」と、大海は廊下に出て授業が終わるまでそこで待っていた。そして待ちに待った給食の時間、この時間が彼らにとって楽しみなのだ。メニューは地元で穫れた農産物を使った、いわゆる地産地消である。しかし大海は乳製品アレルギーがあるため、さゆり牧場の牛乳や乳製品が食べられない。また弟の大陸も卵アレルギーで同じくここで採れた卵や卵料理が食べられない。そのため二人にはおかずと水筒に入れたお茶を持たせている。

 「食べるときは喋らないように。食べることに集中しろ」進助が注意を促すと、子供たちは黙々と食べ始めた。しかし笑い声が聞こえないのは、なんとも味気ないものだ。どんなに好きな献立があっても、どんなに美味しくても美味しく感じない。

 「先生!」すると元起は、

 「どうした?気分でも悪くなったのか?」

 「食べるときは”喋らず”って言ってるけど、家では喋りながら食べてるよ」と、不満をぶつけた。

 「家と学校は違うだろ。学校ではちゃんとした決まり、ルールがあるんだよ。文句があるなら食べなくていい!」

 (先生の子供の時はどうだったんだよ…)だが、大海は朝食を食べていなかったため、ガツガツ食べている。元起は大海のヤツ、さすがに腹減ってたんだろうな…と眺めていた。午後からも授業があり、

 「あ~まだ授業か…眠くてあくびが出ちゃう…」

 「このまま帰りたいよ~」子供たちが口々につぶやく。放課後を迎えると、子供たちは解放感に浸りながらそれぞれ帰路につくが、例の不穏な空気が村全体を包んでいる。

 

 

 (つづく)

 一方、HAGEが全力を注いでいるシラハタワールド・プロジェクトのため、阿沙比奈村には村役場・学校・各家庭に監視カメラが設置され、サングラスに作業員風のユニフォームを着けた部下たちは昼夜問わず監視を続けながら村人が不審な行動をカメラで捉えると、たちまち彼らを餌食にしてしまう。そのため村人たちは一歩も外に出られない状況になっており恐怖と不安を感じている。そのメインであるホワイトフラッグタワーの完成も近づいている。

 「我々の思い通りに進んでるな。これが完成すればこの村は我々のものだ。シラハタワールドも現実的になってきたぞ」HAGE幹部の一人、カッツェはニンマリしながら建設現場を眺めていた。彼は高身長で格闘家を思わせる体格に、スキンヘッド・サングラス・上下黒のスーツ姿でいかにも893風の外見だ。

 「完成までもうすぐだ。今からワクワクしている。自慢のランドマークになるぞ」その目玉は高さ260m、50階建てという田舎にふさわしくない超高層タワーだ。急ピッチで建設が進み、完成まで間近となった。村人たちにとって、このタワーに期待する一方、複雑な気持ちが絡んでいる。また景観を損ねるなどの不評もある。

 そして半年後、待望のホワイトフラッグタワーが完成した。このタワーは屋上展望台・ホテル・オフィス・シネコン・レストラン・スポーツジムやショッピングモールと様々な設備が入居している。いずれはシラハタホールディングスの本社もここに移転する予定だ。

 「素晴らしい。実に素晴らしい!これで村もにぎわうぞ」同社の白畑社長は完成したタワーを眺めてご満悦だ。それに対し阿沙比奈村の毛妻次生(けづまつぐき)村長は顔をしかめていた。彼の許可なしに勝手に建設を進めていたからだ。村人たちの反対を押し切ってまで自分たちのものにしたかった。その無謀っぷりにいてもいられなかった。

 「何としても止めたかった。でも今さら嘆いたところでどうしようもない。このまま奴らの楽園になってしまうのか」と悔しさでいっぱいだ。いっそのこと、自分たちの好きにさせてあげよう。HAGE一味の餌食にならないためには、その方が無難なのだ。だからといって、いつまでも黙ってるわけにはいかない、あきらめてはならない、奴らに怯まず戦っていこう、と。すると毛妻村長は、

 「私に許可なく建設を進めてたのはなぜなのか」

 「一応、地主には許可を取り、土地を買いとった。貴様に許しがなくてもできてたはずだ」カッツェが言い返した。

 「私だけではない。村人たちも反対していた。その目的を知りたいのだが」

 「知ってどうする。貴様には関係ない。これはある事情が絡んでいるんだ。それは絶対外部に漏らしてはいけないことだ」

 「いっておくが、そいつらに騙されてるよ」

 「なぜだ?そんなわけないだろ?何が不満だ?」

 「それができたところで村が繁盛するとは思わない。村らしさがなくなり、無機質になってしまう」

 「それを歓迎してる者もたくさんいるぜ。それでも貴様は嬉しくないのか?」カッツェの一言一言に毛妻村長は納得いかなかった。

 (真新しいものにひかれて最初はよくても、そのうち飽きられる。だいいちこんな田舎に不釣り合いな建物を建てたところで”無用の長物”になるに違いない)

 待ちに待ったオープン初日、タワー目当てに隣町の百合園市をはじめ遠方から大勢訪れ、駐車場があっという間に埋まり、客がひっきりなしにやってくる。

 「順調な滑り出しだ。成功といっていいだろう」

 「村長め、ざまあみろ、だよ」HAGE一味はほくそ笑んだ。ホワイトフラッグタワーのにぎわいで、シラハタワールドの現実味が帯びてきた。屋上の展望台からは村全体だけでなく周辺の海や公園、ビルなどを眺められる。レストランはシラハタファームで穫れる食材をメインに和洋中と様々なメニューがある。ちょうどランチタイムだったこともあり列を作っていた。ショッピングモールではカフェ・ファッション・雑貨など個性派揃いが数十件入居しており、来客に飽きないよう工夫されている。白畑社長は、その盛況っぷりに笑いが止まらなかった。その話題はニュースにもなり認知度が高まった。

 「これだけ話題に上ればますます楽しみだね。好調さがいつまで続くか、だな」

 「出だしが好調なら、ビルも何軒か建てられそうだな。”シラハタワールド”が現実的になったぞ。あとは客が逃げられないようにしないとな」HAGEの幹部・カッツェは計画通りに事が進んでるのを身をもって感じた。彼らの暴走はますます手がつけられなくなり、村を悪の道に染めて自分たちの国を作る。村人たちにはその”悪の手”が伸びていることに気づいていないのだ。

 

 

 (つづく)

 

 

 一夜(いちや)明け、おにぎり屋「じゃんけんぽん」を店じまいしてから絵美と野絵は百合園を離れ、シラハタホールディングスが村ごと買収計画中の阿沙比奈村を訪れた。一見、静かでのどかな村だが、彼らが進めている”シラハタワールド・プロジェクト”の一つであるシラハタファームのランドマーク・ホワイトフラッグタワーが着々と完成が近づいてきている。それどころか、村のあちこちに監視カメラが取り付けられ、HAGEと思われるサングラスをかけた作業員風の男たちが村人の行動を監視し続けている。

 (とも子の言ってた通りだわ…大丈夫だろうか…)絵美と野絵は不安な足どりで、かたつむり農園に行ってみた。ところが、

 「おい、ここで何してるんだ!」一人の男が怒鳴りつけると、

 「私たちは住むところを探してるんです」

 「これまでどこにいたんだ?」

 「百合園でおにぎり屋をしてました。店をやめてから百合園を離れて、ここで暮らすつもりです」

 「そうはさせないぞ。早くこいつらを捕まえろ!」男は仲間を呼び、二人を捕まえようとした。すると年配の男性が、

 「離してやれ。この人たちは悪い人じゃないぞ。これからうちで世話になるんだ」

 「黙れ、ジジイ。この女たちにようがあるんだ。てめえは引っ込んでろ!」

 「そうはさせてたまるか!大事な家族だ!」農場の主人らしき男性が鍬を持って応戦したが、

 「くっそー!覚えてやがれ!」男たちはすかさず逃げた。

 (なんて弱っちい奴らだ。口ばかり達者で)

 「もしかして、”かたつむり農園”のご主人ですか?」絵美は彼に訊いた。

 「そうだ」かたつむり農園の主人・立見宗二郎は、この広大な農地で野菜や米など、一人で栽培している。妻とは数年前に死別、二人の子供は独立し、跡は取らないそうだ。

 「先日、お手伝い募集のビラを見てやってきた者で…」

 「そうだったか。うちは一人でやってるもんだから体力的にきつくてね…手伝ってくれるのはありがたいよ。お嬢さん、やっていけそう?」

 「はい。あたしたち仕事も住み家もなくして路頭に迷ってたところだったんです。きついのは覚悟してます」

 「それは大変だね。でも力仕事もあるから、お嬢さんの体力が心配だよ」

 「大丈夫です。この間まで百合園でおにぎり屋をしていました。でも売れなかったし毎回借金取りに追われたことを考えたら大したことないです」

 「そうでしたか、助かるよ。それでは明日から手伝ってくれ。部屋が空いてるから、そこで暮らしなよ。その代わり食事とかは自分たちで用意してくれ」

 「ありがとうございます!」二人は宗二郎に感謝しながら明日からの仕事を頑張ることにした。

 翌日、二人は挨拶と自己紹介をした。

 「私は川山絵美。百合園市で小さなおにぎり屋をしていましたが、訳あって店を畳みました。商売の厳しさを思い知らされました」

 「七村野絵です。絵美さんとは叔母にあたります。叔母さんの店を手伝っていました。これからもよろしくお願いします」

 「野絵ちゃん、いくつ?」

 「17です」

 「見た目よりしっかりしてるな。楽しみにしてるよ」

 「頑張ります。”おじさん”って呼んでいいですか?」

 「いいとも。まるで自分の娘みたいだよ」家族の温もりを知らない野絵は宗二郎の優しさに感激し、また跡取りがいない彼も彼女の可愛さと健気さに頬を緩めた。

 (おにぎり屋をやってたとは…うちで穫れた米で作ったら最高にうめえだろうな…また開けるといいね)この日から彼女たちはかたつむり農園で”居候”として農作業の手伝いをすることになった。翌日、小鳥のさえずり、川のせせらぎの音とともに目が覚めると、宗二郎はとっくに農作業をしていた。農家の朝は早いのだ。

 「日が昇りだすとともに仕事を始めてるよ。雨なら休むけど、それでもすることはいっぱいあるんだよ」

 「おじさん、おはようございます」二人は朝食を済ませ、手伝いを始めた。

 「畑を耕すのはやったことがないのかね?」宗二郎は二人に鍬の使い方を教えたが、初めてのこともあり、なかなか思うようにできない。

 「重いし力が入らないよ~」

 「慣れたら大丈夫だ。自分も初めはそうだったよ。やっていくうちに野菜作りの楽しさを感じていくんだよ」二人は鍬を使って畑を耕していく。野絵は、

 「腰が痛くなっちゃった…」絵美も、

 「農家さんの苦労がひしひしと感じました。作物を粗末にできないよね」と農家の大変さを身にしみた。二人とも慣れないせいか腰を痛めたが、それでも生活のためと自分に言い聞かせている。

 (おじさん、このだだっ広い農園を一人でやってるなんて…そりゃあ、おじさんもきついですよ)こうして日が沈むまでに仕事をして一日が終わり、土まみれになった二人は風呂に入って汚れを落とした。だが、腰が痛くなって次の日からの作業ができそうでない。すると、宗二郎は、

 「無理するな。それでまた悪くなっては、それこそ本末転倒だ」

 「大丈夫です。戦力になりたいためにここにやってきました。泣き言など言ってられません」しっかり者の野絵が言うと、

 「頼もしいな」と彼女に期待を寄せた。絵美も、

 「おじさんを助けたい気持ちがあるので、たかが腰を痛めたくらい大したことありません。自分を甘やかしたらますますダメになっちゃうから」と彼の言い分をはね退けた。

 「また頼んだぞ」三人は遅い夕食を済ませ、自分たちの部屋で休んだ。

 

 

 (つづく)