10月から各地でスタッフ研修が始まる。


地区別ごとにその地区に合った地区別仕事を考えるのに彼女は忙殺された。
それぞれの地区に担当のスーパーを入れ、時間配分と内容を振り分ける。


1月からはM銀行の開設が2店舗オープンする。

2店舗は高岡と世話になった梅田が支店長昇格の開設だった。

彼女の仕事量は派遣の領域は超えニンニク注射に胎盤注射…栄養剤の服用。

担当者の黒井に相談しても

『9万人のアウ゛ァンティスタッフに貴女以外出来る人はいない』としか返事はなかった。


やっと落ち着いた12月5日魔の電話は鳴った。


黒井からだった


『内田さんは11月19日残業していないのに残業付いています。どうしましょう』


2ヶ月経って『どうしましょう?』と言われても…困る。

内田は水増し請求が公になったら退職するかもしれない。

せっかくの盟友を失う訳にはいかない。

『とりあえず私は単なるスタッフなんだから…』と言っても黒井は電話口で黙るばかりだ。


息子と同じ26歳。

困り果て電話をかけてきたのだろうと思案した彼女は事件の発端となった鴻池に相談した。


鴻池は『貴女内田を辞めさせる気ですか』と電話口で怒鳴り答える暇なく電話を切られた。


『何故鴻池さんは自分からでしょう散々相談していて?』と問う私に、彼女は

『やってはいけない盲判を押していたからじゃない?』

『水増し請求は業務上横領じゃないですか?』『銀行のお金だもん…2~30万円どうってことないのよ』

次の日から全く鴻池は彼女の電話に出なくなる。


毎日昼休みを返上してまで電話で鴻池と打ち合わせを重ね合う。

終電に乗る鴻池とはその日の問題点をメールでやり取りする日々の仲だった。


12月7日第三者を交えた会議で『電話出てくださいよ』と頼む彼女に

『私は電話出ない主義だから…』と昼休憩を取りに帰ってしまった。


午後三時彼女も食事はしていない。

あきらかに鴻池は彼女を避け始めた。

どんなに肩書があろうとも所詮派遣だ、指揮命令を受けられ無ければ仕事は出来ない。

その日夕方本部にいた鴻池に

『指揮命令を受けられ無ければ仕事できません』と訴えると


『派遣元に言って辞めれば』と電話は切られた。

『呆然としたわ』と彼女は答えた。


私も許せなかった。

すぐに派遣会社に言われたことを伝えるが黒井はとりあえず鴻池に会って来ると言ったまま5時間過ぎた。


黒井からの電話内容は『謝罪してください』の一点張りだった。

『鴻池さんは何が言いたいの?』にも『わからない』

『何故私が謝罪するの?』にも答えはない。

20分程のただ『わからない』『謝罪してくれ』の押し問答では時間の無駄だった。



翌日は土曜日…

黒井の携帯にメールを打ったところで彼の休暇を邪魔するだけだ。

彼女も休日に上司から2時間程の電話で何度も閉口した。

彼女は思いのたけを黒井の会社のPCに打ち続けた。


これが後の労働審判で退職願い扱いになるとも知らずに……

スーパースタッフの合同会議が終わり鴻池との打ち合わせがある彼女以外は自己申告のタイムシートに認め印を貰っている最中だった。



何気なく見えてしまった内田のタイムシート…





170時間は異様な残業時間だった。



通常スーパーといえども140時間が普通だった。



鴻池との打ち合わせの中で彼女は内田の残業の話を切り出した。



鴻池は何の躊躇もせずに





『困ってるですよ。朝行く筈の支店には来ないけれどと言われ、誰の業務後研修をしているかもわからない…アウ゛ァンティの部長じゃあ、話し合わせる訳にいかないでしょう』



アウ゛ァンティのH部長はM銀行が慰留してほしいと頼まれたスタッフすら慰留出来ずアウ゛ァンティ社からもM銀行からもその点の信用が全くなかった。





『とりあえず様子見ましょう。』





しか答えられない。





金銭絡みの下手をすると業務上横領となる。



それから鴻池は内田の動向に目を光らせた。





朝予定の支店に入らない。





1時間待ち連絡するとメール送信エラーだった…と内田は答える。





相変わらずタイムシートには残業が記載される。





『アウ゛ァンティ社の黒井に相談して残業の有無を確認しましょう!』





と彼女が言うと鴻池は





『僕からだと事が大きくなるから…』





と結局彼女がアウ゛ァンティ社の黒井にその話をした。



何故内田は鴻池に疑われていると感じないのだろう。





頻繁に続く内田の水増し請求。





既に外部にも漏れ始めていた。



内田と会った際それとなく注意もした。





彼女の中で金銭絡みに関わりたくない気持ちがアウ゛ァンティ社に任せた事で内田の件は聞かなかった事として片付いた筈だった。


彼女は4月から上司が変わる。


高岡から鴻池に…その際高岡から鴻池では貴女を使いこなせないから~と退職を促された。


しかし鴻池との話し合いで

『本部の誰にも派遣扱いさせない。このまま残り、私の居なくなった後もこの業務の指揮をして欲しい』

とまで言われとどまった。

既に彼女はM銀行の業務のスーパーインストラクターという職で彼女の作り上げた新入行員指導も人事課に認められ、

2008年の新入行員研修で彼女は研修講師として多くの新入行員の心を掴んだのは前にも書いた。

しかしM銀行全国を一人ではこなせない。

鴻池は7名のスーパーチームから2名のプレイヤーに講師としての指導を彼女に依頼した。

本部直属で一匹狼のように偉業を上げてきた彼女には仲間を持つことは好ましい事ではなかった。

『何故断らなかったですか?』と聞くと

『命令と懇願だったから…

全国のM銀行にこの研修をやらせるのに指導員いません!じゃあ話しにならないでしょう』

これがまさか後で奈落に落ちる原因になるとは彼女も思わなかったのだろう。

この2名も彼女の仕事ぶりに心酔していく。


選ばれたスーパースタッフは互いに牽制仕合い、うまく彼女の存在を受け入れるか不安を感じていた鴻池は、

この光景に残り5名のスーパースタッフも彼女に任せ始める。

7名の派遣スタッフ相手に、ましてスーパーという300名から選ばれた人間達は彼女に心酔するとともに愚痴やそれぞれの牽制を始める。


意見の食い違い、仕事のやり方…全てを統一に向ける。


心身ともに疲労が始まり、その中で一般スタッフも育てる。

旧F銀行のOGとして支店長達の本部への強力要請も直談判で行う。


鴻池では支店長は格上だが、彼女は何故か受け入れられた。


『ご高名はかねてから』を『ご高齢』と聞き違えて『わかっているなら大事にして下さい』と答え役員を驚かせた事もあったと語る。『ご高名』と『ご高齢』では雲泥の差だ。

彼女は偉業と異業を繰り返す。

とくに彼女に心酔したのは同じ㈱アウ゛ァンティスタッフの内田だった。

彼女はD勧銀の出身で同じ銀行員だった経歴を持った為だったせいか…

いつかスーパーとはいかなくてもインストラクターになるのが夢だと語った。

内田は同じスーパースタッフでも時給が安かった。


『人が良いのもほどほどよね』彼女は後で起こる事件も知らず鴻池に内田の時給を上げるように頼む。


スーパースタッフは一週間に一回の合同会議で自己申告のタイムシートに鴻池の認め印を貰い、それぞれの派遣会社に送る。それが給与となる。

7名の合同会議の後彼女は鴻池との打ち合わせ。

一般スタッフより200円、スーパースタッフより50円時給が高いだけで彼女の仕事範囲は広がる。

そして9月に彼女は事件に巻き込まれる。



その後彼女はM銀行に於いてカリスマと称される。

或いはテポドンと…これはよくM銀行で誤発射された。


攻撃するべく発射した本人にテポドンが落ちることもあった。

そしてリサールウェポン…M銀行最終兵器。

実際彼女を紹介するのに、高岡は


『彼女がうちのカリスマ~』


また部下にもそれを強要した。

高岡は真剣に『小林教』を布教させたかった。


良い意味で欲深かった。


彼女の教えを絶対と思うほどに高岡も私同様彼女に魅入られたのだろう。

彼女に任せ失敗した事はなかった。


高岡が上司だった頃は…新入行員研修で銀行員の心得から多岐に渡る講演で彼女は新入行員の心を掴み研修後のアンケートでも良かった研修は『小林』と書かれた。

高岡はM銀行で活躍するための出世欲を持ち合わせた。

『欲望を持たない人間は向上しない!』


彼女は言う。


『何枚も何枚も未来への扉を押し開け…やっと栄光への階段を登る。しかし登る階段も優雅に~そして頂点に相応しく華麗に』

それが憧憬…つまり憧れを呼ぶのだ。

私は彼女に聞いた。


『派遣スタッフがここまで登るのに苦労はなかったのか?』と

『なかった。今までの経験と心をつなぐ努力しただけ』

『スタッフのところへ応援で接客スタイル見せるでしょう。するとスタッフが友
達に会えて良かったですねって…相手は初対面のお客様なのに~きっと友達に見えるくらい相手も楽しんでくれたのね』


と笑った。

『人の気持ち捉える術は?』との私の問いに


『恋愛も接客も人が対象でしょう。相手が何を求めているかよ!

喉渇いて水飲みたいのにジュース出したら…有り難くないでしょう』

『亜矢子さん気を効かせたつもりで100%のジュース出すから相手が失望しちゃうんじゃない?』


と余計なアドバイスがあった。


もてなしの心得を熟知しなくてはならないと私も思った。

茂子さんが歩んだ派遣の道はまだ3合目にも満たない。


茂子さんはまだまだ登りつめる。

派遣スタッフという立場でのまま巨大なM銀行の『トップシークレットですよ』さえ知らされる立場にもたち~あらゆる称賛の的にもなる。

しかし非情な銀行は隠蔽の名の元に茂子さんを切る。


茂子さんの雇用条件通知書には9時~15時30分までの就労と書かれてはいるがタイムシートと呼ばれる勤務時間は23時過ぎまで働いている。

休憩は労働基準法で定められた8時間超えた場合1時間…


同法を守らないと懲役6ヶ月以下或いは罰金30万円以下と定められてはいるが守られた日はほとんどない。


しかしアウ゛ァンティスタッフ社は懲役も罰金も取られてはいない。

これが現実なのだ。



茂子さんは実在する魔法の杖を持つ女性なのだ。

魔法の杖は茂子さんの知識~努力、英知の結集のような気がする。

だから杖を振り、天女の羽衣をまといふわふわと舞い踊り普通の世界に奇跡を起こす。

しかしそれは茂子さんを見た人~茂子さんに踊らされた人だけが感じるオーラなだ。

目鼻立ちは整ってはいるが驚くほどの美人ではない…と前にも書いた。

妊娠していたとはいえ90㌔あったとは思えないスタイル。

話術は魅き込まれる。

目の付け処が違う観点~視点。


ダイエット、美容方法~生き方まで茂子さんは100%ではない。


180%と20%異様な天才と幼稚さを持ち合わせ生まれた人なのだ。


だから人を魅了するのだ。


これからも彼女はM銀行のカリスマとなり…M銀行の新入行員研修まで塗り替えながら派遣ギリをされる。


さかのぼれば3度の離婚、弟三木助さんの自殺、彼女に悲劇は大波のように嵐のように降り懸かる。

私が書きたいのは茂子さんの栄光ではない。

栄光の階段を駆け上がり、外され…また新たな栄光を掴み駆け上がる~その都度磨かれる一人の女性を描きたい。


事実は小説よりずっと苛酷でずっと緻密なのだ。


逢ってご覧なさい。


みてご覧なさい。


話してご覧なさい。


私よりあなたが魅了されるから…

3日目から異様な雰囲気を醸し出す一年生に強力な助っ人が現れる。

サービス課長代理だった。彼は一年生の頑張る姿に自分の仕事を後回しして後方支援してくれた。

金田は一見気難しい装いを呈しながら人情に厚い男だった。

銀行の中で後方支援が無ければ、いくら成績を上げても無駄になる。

金田の協力と一年生の熱い思いは確実に成績が上がる。


目標の40件は突破した。


高岡は毎日が称賛の日々となりM銀行各支店~本部調査役が見学に来る。

今や新人行員は一年生となりM銀行に新たな金字塔を立てようとしている。

若さとは素晴らしいものだった…と彼女は振り返る。

彼らはM銀行の行員としての誇りと社会人としての虹を我が手で掴み本来の持てる力を発揮したのだ。

それは彼女の力ではなかったのだ。

彼女は有能な人材にエッセンスを落としただけなのだ。

そして、必死に働く後輩に金田の男気が成長を与えた。


前代未聞の1日で52件といった数字を打ち出して。


優秀な人材を活かすも殺すも周りの大人次第。


『新社会人を育てる愛情は与える側にも受け取る側にも信頼というパイプが必要なのよ。』


と彼女は言った。


私は優秀な人材に巡り逢えたから…そして一緒に育てようとしてくれたサービス課長代理がいたからM銀行も変えられた。

今金田は九州にいる。

『逢いたいわね。人としても最高の男だった』


もう彼のような剥き出しの男はいないだろう。
保身と隠蔽の銀行には…

5日目記念写真を撮った。


入江山、小菅、徳井、蔵田は満面は笑み~達成感を表し2名の女性行員は彼女に寄り添う写真だった。

虹を掴んだ阿修羅は生涯どんな形にせよ…社会人としての矜持を持ち続け生き行くだろう。






役員店舗の2日目…

銀行のシャッターが開く前からきちんとセールスコーナーの準備は整えられていた。

新入行員指導に前向きなのは4名の副支店長くらいなもので
新入行員を抱える課長達は目先の雑用に追われる。

新入行員達は自分達に与えられた雑用とも闘わなくてはならないのだ。


全員早出で準備したらしい。


物静かで聡明な蔵田は彼女にそっと囁く。


『逆らえない先輩や役席に逆らってでも閣下に教えてもらおう!って昨日飲みながら同期で話し合ったんですよ。

銀行には入ったものの研修と雑用でやる気を失いかけていたけれど、ヒトラーと巡り合ったんだから必ず目標達成して自分達の意地を一年生の思い出にしようって。』


彼女は独裁政権のヒトラーとあだ名を付けられたらしい…


それは逆らったらアウシュビッツに送られそうだからだそうだ。


敵意剥き出しだった入江山の付けたあだ名がヒトラー。


『ありゃ本物のただ者じゃない…何言われても腹立たんしな!銀行員じゃないな~まぁ銀行員じゃなくても俺達に必ずなんか与えてくれる人やろなぁ』


勿体ない!


後4日しかいられないのだから…と貪欲な若者が認めたのだ。


シャッターが開き

『いらっしゃいませ』『お待たせいたしました』

から客を迎え新入行員達は教えられた作業を必死でこなす。
澱みない空気を作るセールスコーナーは支店の中に際立って来る。
来店者の少ない火曜日にセールスコーナーだけがテキパキと動く。



銀行の休憩は11時からだった。


11時になると休憩時間をセールスコーナーで学ぼうとする新入行員と休憩時間取らずに学ぼうとする新入行員で身動きすら取れなくなる。

片時も目が離せない。


契約書に書かれる住所、氏名、口座番号は個人情報そのものだった。

不備は事故に繋がり金融庁に届けなくてはならない。


6名の誰一人にも汚点は付けられない。

そんな中クールな小菅は張り詰めた神経と闘う彼女に

『僕らは若いから1~2食抜いても大丈夫ですから閣下は年寄りだから15分休憩して来てください』

と笑う。

新入行員が彼女を指導員と認めた一言だった。

彼らは現実に凄い!と共鳴すれば、素直に従う。


マニュアルや形式には捕われないのだ…まして村社会と言われる銀行に入り有無も言わせず従わされる境遇に辟易していたからだ。



その日の契約は39件。


目標に1件足りない。


しかしそれは本部の高岡に『奇跡の数字や』と言わせるに足る結果だった。

そして新入行員達は必ず自分達がこの業務でM銀行に名を馳せるチャンスと確信する2日目だった。


M銀行本部の一番近くに役員店舗はあった。
支店長の下に筆頭副支店長を始め4名の副支店長を配したM銀行屈指の支店だった。

協力体制等まるでない。
新入行員に研修等受けさせる暇があるなら雑用をこなしてほしいのだ。

初日の朝礼で恒例の挨拶。


自民党の遊説で鍛え上げた独特の話し方。



元々遊説等は聞く耳持たぬ人間を振り向かせる演出で効果を上げる。
それを朝礼でやられては銀行員も度肝を抜かれる。

さすがに役員店舗。
新入行員も一筋縄でいくメンバーではない。
総合職という選び抜かれたメンバーは男性行員4名に女性行員2名だった。

最初休憩をはさみ4時間の机上研修。


この机上研修も本部の調査役が同席しても入江山という関西人はいまさらそんな
初歩的な接客~セールス等聞きたくないと言わんばかりの横座りに足を組む。


同期の小菅はおとなしく聞いてはいるがやる気はない。

休憩中本部調査役は『苦戦しそうですね!』と心配顔だ。

机上研修を終わり、いざATMコーナーで本番の実地研修だ。


ATMコーナーに出る直前入江山は彼女に言った『オバハンの力見せてください
よ~事務なんか俺らには軽い作業ですから』傍で小菅は薄笑いを浮かべている。


緊張する女性行員の肩を抱きながら『事務ミスは無い自信あるのね!』江戸っ子と関西人の火花が散る。


『たかが一時間ですよ、ミスする時間もないッスよ』

午後2時

『私がセールストークするからキャッチと事務は任せたわ』

一時間経たぬうちに19件の客がセールスコーナーに群がる。


小菅から

『参りました。事務が追い付かない!トークを止めて事務処理を手伝ってください』


入江山も必死の形相で契約書を差し出しミスがないか確認してくださいという。


牙城の悪餓鬼どもは素直な新入行員に変わっていた。


一日の獲得件数の最高が40件ならそれを自分達が塗り替えたいと…

徳井というパソコン操作の得意な新入行員は毎日の反省と研修した事を日報にするフォーマットを立ち上げた。

今日19件…

残り4日で200件いったら俺達自分達をヒーローと思えるなぁ。



自分達の本来業務を残業して片付けると6名は彼女の傍で満足げだった。

4月24日という中途半端な時期から彼女は本部直属の派遣となる。



本部施策の実施といってもたいした施策などなく唯一変わったのは、

M銀行のエプロンで働いていたのが黒いスーツに変わっただけであった。

結局彼女はスーパープレイヤーという通称に変わり、新入行員指導者に落ち着いた。


この新入行員指導員制度もM銀行の組織的なものでなく、

高岡の部署が勝手に始め知人の支店長のいる支店の施策として始まった。

現場も理解していないし体験したこともない銀行本部は彼女に従う形で見切り発車した。

彼女とて旧F銀行は知っていても統合したM銀行の事など知りはしない。

しかしとりあえず発車してしまった以上やるしかない。

有り難いものでN支店の教え子が、次の支店の新入行員にメールで彼女の言う事を一言一句聞き逃すな!と推奨しておいてくれた。

さんざっぱら研修漬けにされた新入行員も同期の助言には耳を貸す。

現場で接客しながら教わる実体験の研修は雑用に追われる日々と違いモチベーションが高まる。

まして目の前で見せつけられるセールス力は魔法のようだった。

すぐに成果が現れる。


研修三昧に支店へ戻れば雑用の日々。


新入行員に教えたくても、教える時間のない先輩や役席にとって新入行員のモチベーションや接客力が上がり、与えられた目標も新入行員がこなしてくれる。

本部への評価はうなぎ登りとなっていく。


そのうちに『彼女の研修を見たい』という問い合わせが本部にどんどん上がって来る。

ついにM銀行の牙城ともいうべき役員店舗への派遣要請が高岡に下る。


高岡は納得出来なかった。


『廻してくれ』ではなく『うちも受けたいから』という形だった。

懇願されていくなら顔も立つ。という理由だった。

元々無給でやらせて成功したから本部の施策にしただけで~何も本部が発案したものでもない。

高岡は彼女に任せ成功したらM銀行の正式認定となり手柄を上げた事になる。


今や彼女の『銀行員としての所作、礼節』は高岡の自慢だった。

『いよいよ役員店舗かぁ。これが成功したらこの4階のフロアーを大手を振って歩けます!』


高岡は高揚した気持ちを隠しきれずに彼女を見た。

N支店の新入行員指導が順調に進む中、

彼女は本部の派遣先責任者高岡参事役から『お目に掛かり、お話ししたい』と連絡を受ける。

約束の場所はM銀行本部。

この仕事に就き2ヶ月余り、M銀行本部は旧D勧銀の跡にあった。

高岡以外に3名のこの仕事に携わる本部行員もいたという応接室。

ここで後にカリスマと位置付けられる彼女が誕生するのだった。

高岡は彼女を『本部直属の派遣になってほしい』と要請した。

同時に時給も上がり、派遣会社も変わる。

という条件を呈示した。

派遣法違反の第一歩が密室で行われる。

派遣法では時給は派遣会社が上げるのであって直接雇用ではない派遣先が関与してはならない。


また派遣元指針第二に於いて

『派遣労働者の特定を目的とする行為に対する協力等』禁止されている。


つまり、彼女の派遣会社を勝手に変えては違法行為にあたるのだった。


派遣会社を選ぶのは労働者の意思であり、使う側が派遣会社を特定してはならないのだ。


派遣法を勉強して派遣社員になる人等いないだろう。


派遣法を知らない彼女は、まさか天下に誇るM銀行が派遣法違反をしている等思いもよらず…

M銀行本部の密室での話し合いに受諾した。



それはM銀行の組織の中で様々に交錯した銀行員達が、

新人行員指導育成者として銀行が一気に迎えいれた新卒者の対応を、本部の名の元に行うに相応しい逸材の発掘だった。


無給で彼女に新入行員指導育成させた事に口を拭っての発露だった。


彼女の移籍された派遣会社はM銀行が株主として君臨するアウ゛ァンティ社だった。

敢えて派遣会社の名前を実名にしたのは、既に労働審判で彼女はアウ゛ァンティ社と闘っている。


このカリスマへの階段とともにアウ゛ァンティ社は見事なまでに派遣法をかい潜り、派遣労働者を派遣先の人柱として彼女を喰いものにしたのだ。


派遣会社としてトップクラスの㈱アウ゛ァンティスタッフ社は

雇用条件通知書等で彼女を欺いていく様を全国35%の派遣労働者は我が身を振り返り見てほしい。

カリスマへの階段には派遣法違反という裏階段もついていた。