役員店舗の2日目…

銀行のシャッターが開く前からきちんとセールスコーナーの準備は整えられていた。

新入行員指導に前向きなのは4名の副支店長くらいなもので
新入行員を抱える課長達は目先の雑用に追われる。

新入行員達は自分達に与えられた雑用とも闘わなくてはならないのだ。


全員早出で準備したらしい。


物静かで聡明な蔵田は彼女にそっと囁く。


『逆らえない先輩や役席に逆らってでも閣下に教えてもらおう!って昨日飲みながら同期で話し合ったんですよ。

銀行には入ったものの研修と雑用でやる気を失いかけていたけれど、ヒトラーと巡り合ったんだから必ず目標達成して自分達の意地を一年生の思い出にしようって。』


彼女は独裁政権のヒトラーとあだ名を付けられたらしい…


それは逆らったらアウシュビッツに送られそうだからだそうだ。


敵意剥き出しだった入江山の付けたあだ名がヒトラー。


『ありゃ本物のただ者じゃない…何言われても腹立たんしな!銀行員じゃないな~まぁ銀行員じゃなくても俺達に必ずなんか与えてくれる人やろなぁ』


勿体ない!


後4日しかいられないのだから…と貪欲な若者が認めたのだ。


シャッターが開き

『いらっしゃいませ』『お待たせいたしました』

から客を迎え新入行員達は教えられた作業を必死でこなす。
澱みない空気を作るセールスコーナーは支店の中に際立って来る。
来店者の少ない火曜日にセールスコーナーだけがテキパキと動く。



銀行の休憩は11時からだった。


11時になると休憩時間をセールスコーナーで学ぼうとする新入行員と休憩時間取らずに学ぼうとする新入行員で身動きすら取れなくなる。

片時も目が離せない。


契約書に書かれる住所、氏名、口座番号は個人情報そのものだった。

不備は事故に繋がり金融庁に届けなくてはならない。


6名の誰一人にも汚点は付けられない。

そんな中クールな小菅は張り詰めた神経と闘う彼女に

『僕らは若いから1~2食抜いても大丈夫ですから閣下は年寄りだから15分休憩して来てください』

と笑う。

新入行員が彼女を指導員と認めた一言だった。

彼らは現実に凄い!と共鳴すれば、素直に従う。


マニュアルや形式には捕われないのだ…まして村社会と言われる銀行に入り有無も言わせず従わされる境遇に辟易していたからだ。



その日の契約は39件。


目標に1件足りない。


しかしそれは本部の高岡に『奇跡の数字や』と言わせるに足る結果だった。

そして新入行員達は必ず自分達がこの業務でM銀行に名を馳せるチャンスと確信する2日目だった。