Android情報
一部情報筋
によると、多くの方々からリクエストがありました、「城めぐりをAndroidでも使いたい」という要望に、ようやく応えられそうな感じになってきた模様です。
大変お待たせ致しましたが、近日中に正式なスタート日をお知らせできそうです。
決して遊びほうけていたわけではありません![]()
Androidはフツーの携帯と違って、裏側で実はややこしいことが多々ありまして(言い訳)、だいぶ時間がかかってしまいました。
世界規模で見ると、すでにiPhoneのシェアをAndroidが抜いたとかで、わたくしのまわりでも「アンドロイドケータイ」なるものに機種変更する人々が増えてきています。(「え、城めぐり対応してへんの?」という罵声を浴びることもしばしば
)
これで、より多くの方に城めぐりを楽しんで頂けると、城めぐりスタッフ一同ワクワクしております![]()
対応するAndroidのバージョンや、ダウンロード・機種変方法、正式なスタート日など、もろもろについては正確なことが決まり次第、順次お知らせしていきますが、まずは速報
ということでブログ告知させて頂きました。
それでは続報をお待ち下さいませm(_ _ )m
赤い堀
前回のブログでシレっとアップしていた写真に気付いた方はいますでしょうか![]()
そう、久留米城の堀が赤いのです。↓再確認![]()
こんな珍現象
が、まれにお城の堀でも起こるんですね。
大昔、どこかの城の堀がプランクトンの発生で赤くなったという記事を読んだような読んでないような気がしますが(赤潮的な?)、この久留米城の場合は原因は分かりません(遠くからしか見てないので)。
昨年は、大坂城の堀が真っ赤っかになりました。

大阪城の赤いお堀 posted by (C)zero-52
こちらの原因は「アゾラ・クリスタータ」です。
新外国人選手の名前ではありません。外来種の“浮き草”です。これが大繁殖したことによって、こうなったとか。気持ち悪っ![]()
意外と奇抜好きの秀吉なら天国で喜んでいるかもしれませんけど。(あ、でも外来種だからバテレン追放令に触れるか
)
ということで、さっそく久留米城に触発されて、本日城アバターに「赤い堀」が登場します(なんて単純な思考回路
)。
その昔、姉川の戦いで激しい戦闘の結果、血で川が赤く染まったとかいうおぞましい
話もありますが、城アバターを赤で統一している方は、ぜひ堀を赤に染めてみて下さい![]()
ついでと言っては失礼ですが…
先日念願の柳川城
へ行ってきましたブログをアップしましたが、実はその前後にあと2城リアル訪問していました
なので、「ついでと言っては失礼ですが…」というタイトルになったわけです。その2城とは、福岡城と久留米城です。
我ながら良くできたプランで、福岡の天神に宿泊だったため、まず到着日にそのまま福岡城へ向かいました。福岡の中心地からも近く、都会派
のあなたにもピッタリな城です。
久しぶりに建物が建っている城に来た気がします…。あぁ、城って本来こうだったんだ、と再認識。
正規で登るべき登城口とは全く違うところから登ったことによって、全貌を掴むまで時間がかかりましたが、石垣もよく残っていて見どころは多いです。現在、城跡はほとんどが公園になっていて、昼寝している人がいたり、どう少なめに見積もっても猛犬であろう犬を、リード無しで散歩させている外国人(イギリス人と推測)がいたりで、市民の憩いの場になっています![]()
で、ほどなくして天守台へ到着。
天守台にて、無邪気にもシャボン玉を乱射している少女がいたために、ほとんどの写真にオーブが写り込んで心霊写真と化してしまいましたが、そんな悲劇をかいくぐった写真を1枚↓
天守台真下がこのように穴蔵のようになってるんですねー(天守台の中から撮影)。福岡城は、そもそも天守閣があったかなかったかの論争があるのですが、とにかく立派な台は残っているのです。
わたくしの場合、だいたい全部見て回るのに2時間ほどだったでしょうか。その日は疲れてホテルで就寝![]()
翌日は、朝から西鉄に揺られて柳川へ向かいましたが、その柳川でMAXにまで上がったテンションを落ち着かせるために、天神への帰り道の途中にある久留米城攻略へ。これが2城目です。
こんなに立派な遺構が残っているのに↓
ビジターはわたくしのみでした…。まぁよくあることです。
それでも本丸跡に、城主であった有馬氏の資料館があったので、お金を払って入城。入るなり、係のおじいさまに、資料映像の再生ボタンを無言で押され(ドS
)、そこに10分ほど拘束されましたが、ほぼ予習ゼロで挑んだので、基礎知識は蓄えることができました。
久留米城には、特に建造物は残っていませんが(移築門は市内に現存してるらしい)、当時は櫓も多数あったようで、それらの土台となる石垣や、水堀もよく残っていて見応えがあります
あと、個人的には、久留米には城跡全体が醸し出す独特の雰囲気が感じられて、非常に好印象でした。
最後に、名前がかわいかったから、という理由だけで撮った写真を1枚↓
![]()
![]()
。
ということで、ついでと言っては失礼ですが、福岡城&久留米城のお話しでした。お近くにお立ち寄りの際はぜひ![]()
2013年 大河ドラマ
asahi.com によると、2013年の大河ドラマが、『新島八重』に決定したそうです。
誰か分かりませんでしたヽ(゚◇゚ )ノ
ということで、Wikipediaで調べてみました。(なお、Wikiの「新島八重」の項にはすでに大河ドラマの事が追記されていた。恐るべし…)
『幕末から昭和初期の日本女性。同志社創立者の新島襄の妻として知られる。旧姓は「山本」。一部の手紙などでは「八重子」と署名してあることから、史料によっては「新島八重子」と書かれる場合もある。
悪妻、烈婦、元祖ハンサムウーマンなどと呼ばれるほど明治の時代にあってエネルギッシュに生き、皇族以外の女性としてはじめて政府より叙勲を受けた先進的な女性である。
会津藩の砲術師範であった山本権八・さく夫妻の子として誕生。戊辰戦争時には断髪・男装し家芸であった砲術を以て奉仕し、会津若松城籠城戦で自らもスペンサー銃を持って奮戦した。後に「幕末のジャンヌ・ダルク」と呼ばれる。』
新島襄、ましてやジャンヌ・ダルクの知識すらおぼつかないわたくしにとっては未知の人物です![]()
ただ、先ほどのasahi.comによると、「東日本大震災で当初の予定を急きょ変更、震災関連プロジェクトの一環として、福島を舞台にした作品で「被災地を元気づけたい」としている」という記載があったので、なるほど、そういうことかと納得![]()
ちなみに、新島八重は山本勘助を遠い祖先に持つそうです。確かにWiki↑に“旧姓山本”って書いてあった。真偽のほどは知りませんが、やっと馴染みのある名前が出てきて一安心![]()
と、危うく城と関係ないブログになってしまうところでしたので、最後に城の話を。
せっかく会津を題材にするなら、他にもいたのにーとお思いの方もいらっしゃるかと思います。過去にこのブログでも会津若松城のこと を書いたことがあります(赤瓦とかお城ボくんのこととか)。
その時に問い合わせもした会津若松市の観光公社のHPが、えらくリニューアルしていました(たぶん)。こんなゴージャスな感じではなかったと記憶してます。(PCのみ )
このHPに会津若松城の歴代城主のことが、超ー詳しく書かれてあります。同城の前身である東黒川館の時代から幕末までぎっしりです![]()
こうしてみると、この城は有名人だらけです。葦名、伊達、蒲生、上杉、加藤…。
伊達政宗は過去にありましたが、個人的には、ぜひ今後これら戦国武将たちも大河ドラマとして取り上げてもらえるよう、願うばかりです![]()
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震災から3ヶ月
今日は6月11日、東日本大震災からちょうど3ヶ月です。もう3ヶ月もたったのかというのが個人的な思いですが、改めて、被災者の皆様には城めぐりスタッフ一同心よりお見舞い申し上げます。
城めぐりの運営者の立場としては、被災地における城郭建築物や城跡の状況も気になるところですが、現在はまだまとまった情報がありません。
ピンポイントで被災地にある城郭の自治体サイトなどをのぞいて、断片的に情報を得ている状況です。
例えば、日本100名城で国の史跡にも指定されている白河小峰城などは、石垣が大きく崩れて一部立ち入り禁止になっているようです。同城がある福島県白河市の観光協会のサイトで、実際に写真も見ることができます。
(財)白河観光物産協会 (PCのみ)
※ちなみに、すごく悲しい気分になってしまいました。
さて、そんな文化財を救うための文化庁による事業への募金も引き続きお待ちしております。城めぐりとしての募金活動の詳細は以前のブログ に詳しく載せておりますので、まだご存じない方はぜひご覧頂けますと幸いです。
募金は10月5日まで行っております。ぜひ、素晴らしい日本の財産を後世に残していくためにも、みなさまのご協力を得られれば嬉しく思います。
(募金は、銀行振り込みのみで承っております。以下は、義援金の受付口座の情報です。)
■金融機関 :三井住友銀行(銀行コード:0009)
■支 店 名 :渋谷支店(支店番号:654)
■口座番号 :普通 8980907
■口座名義 :発見!ニッポン城めぐり義援金(ハッケンニッポンシロメグリギエンキン)
※誠に恐れ入りますが、振込手数料はご負担をお願い致します。また弊社からの領収書の発行は致しかねます。ご了承下さいませ。
攻城の種類(力攻め/強襲)
犯人が人質を取ってたてこもるのも籠城、子供が親とケンカして部屋に閉じこもるのも籠城、予めTSUTAYAでDVDを借りだめして休日に自宅に引きこもるのも籠城、ということで、現代でもさまざまな籠城がありますが、戦国時代にも、そんな手強い敵をいかにして攻略するか、バラエティに富んだ攻城手法が採られました。
今回は、そんな攻城法のひとつ「力攻め/強襲」を見てみましょう![]()
力攻めとは、単純に兵力と物量にモノを言わせて正面から攻める正攻法です。この戦法では、籠城側の数倍~10倍の兵が必要とも言われ、当然攻める側に相当な犠牲が出ます。
居酒屋で最初の注文をする感覚で、「とりあえず力攻めで
」と指揮官が言おうものなら前線の兵士は悲惨
です。上から鉄砲やら矢やら石やら丸太やら糞尿が降ってくるわけですから。
ということで、当然指揮官としては避けるべき攻城法ではあるのですが、一方で、短期間でケリをつけたい場合や、周辺にいる他の敵に対する見せしめとする場合などに、あえてこの方法をとることが多々ありました。自軍の圧倒的な軍事力を誇示することができる点で、戦国時代には頻繁に見られます。
例を挙げればきりがないですが、例えば九州制圧を目指す島津軍を、大友家臣である高橋紹運が迎え撃った「岩屋城の戦い」では、最終的に城兵763名全員が討死するという壮絶な戦いが繰り広げられましたが、攻めた島津側の死傷者も数千人にのぼったと言われます。
大坂冬の陣での「真田丸の戦い」のように、前線の各将が自分の戦功をはやって我先に正面から攻めかかった挙げ句に、大損害を出した、という例もあります。
力攻めは籠城方の力を試す上でも、まず最初に採られることが多かった戦法です。籠城方の兵力や士気を確かめた上で、そのまま力攻めを継続するか、はたまた「別の方法」に切り替えるか、という選択を行うことが多かったようです。
ということで、今回は攻城法としては最もポピュラーな力攻めについてでしたが、また折を見てそんな「別の方法」についても触れていきたいと思います。
クイズの予告
去年、期間限定で歴史クイズを「幕末編」として配信しましたが(履歴を見たら半年以上前のことでした)、今月またやります![]()
その名も「三国志編」。
三国志にまつわるさまざまな問題を10日間連続で出題します。期間は6月21日~6月30日。
予習をすると言っても、さすがにあと2週間ほどで横山光輝「三国志」60巻を読破するのは、さらさら越え よりも至難の業なので、まわりの三国志マニアを確保しておくか、インターネットをフル活用して挑んで下さい。
とはいえ、戦国好きな人であれば、三国志も結構詳しかったりするので、大丈夫じゃないでしょうか(人ごと
)
で、今回フツーに出題するのもアレですので、正解したときにもらえる両に工夫が施されてます★
ひとくちに三国志クイズと言っても難易度がありますので、その難易度によって正解時の両が、「3両」「5両」「9両」「4両」の4種類に分かれています。
そう、勘の良い人ならお気づきかと思いますが、完全なシャレです…。
「 3 5 9 4 (三国志)」 です。すいません(なぜか謝罪)。
「おい、ふざけるな!」と言われるとぐうの音も出ませんが、せっかくの期間限定なので、ちょっとお遊び要素も許されるかな、と…。
ただ、10問中、ほとんどのクイズが「9両」で、通常クイズの難問(10両)と比較するととっても簡単なので、サービス問題であるとも言えます。ぜひ、シャレで稼いで下さい![]()
ということで、あと2Weekお待ち下さいませ。
写真が盛りだくさんな城
前回に引き続き、城めぐりでアップできる写真
について。今回は反対に「写真が盛りだくさんな城」をピックアップしてみましょう![]()
ズバリ、みなさんがアップした写真の数が多い順に、ベスト20城を発表です。
(枚数は、この統計を取った時点のものですので、増減している場合があります。)
1位 松山城 85枚
2位 松本城 82枚
3位 姫路城 67枚
4位 小田原城 65枚
5位 熊本城 63枚
6位 江戸城 62枚
7位 会津若松城61枚
8位 名古屋城 61枚
9位 犬山城 58枚
10位 彦根城 57枚
11位 金沢城 56枚
12位 大坂城 56枚
13位 竹田城 52枚
14位 広島城 49枚
15位 松江城 47枚
16位 岡山城 46枚
17位 岡崎城 45枚
18位 備中松山城43枚
19位 丸亀城 43枚
20位 忍城 41枚
まさに、そうそうたる顔ぶれですね。「え、この城が?」みたいな意外な城は一切ありません。20位以下もしばらくはかなり僅差でした。
前にブログで紹介した「あなたが好きな城は
」というアンケート結果では、「姫路城」が堂々の1位でしたが、こちらではそれを押さえて「松山城(愛媛県)」がトップに輝いています![]()
逆に、この松山城、さきほどのアンケートの方ではトップ10にも入ってないんです。特に凄くマニア受けする、という城でもないのですが、不思議なもんです。
ということで、前後2回にわたってお送りしました写真の数のお話。これで終了でございます。また城が増えたらみなさんのお力を借りねばなりません
その際には、ぜひともまたよろしくお願い申し上げます![]()
写真がまだな城
城めぐりには、城の写真
をアップするという機能があります。今さらなお話ですが。
すでに相当な数の写真をアップして頂いておりまして、日本でこれだけの城の写真がいっぺんに見れるサイトもないんじゃないかと、我ながら活用させて頂いています![]()
今回は、そんな城郭写真のアップ状況を調べてみました。
まず、どれくらいの城の写真が上がっているのかというと、全部でなんと約1800城の写真がアップされています
ということは、現在全部で2000城なので、もうすでに9割の城に何らかの写真がついていることになります。
ただただ、ありがとうございます(T▽T)
では、残り1割にはどんな城が残っているのか、参考までにお知らせしておきましょう![]()
(箇条書きすると200城ちょっとあるので、かいつまんで)
まずは、北海道の城(チャシと陣屋)の割合が結構高くて、20城ほどあります。確かに、北海道はとてつもなく広いので、実際現地まで行って写真を撮るのは大変ですね![]()
続いて東北が20城強。秋田県北秋田市の根子舘や、山形県酒田市の朝日山城などです。ちなみに宮城県は全部写真がありました![]()
関東甲信越は5城しかありませんでした。全部載せちゃいましょう。尾附城(群馬県多野郡)、坂本城(同安中市)、金堀城(千葉県船橋市)、桜井城(同旭市)、山之城(同鴨川市)です。
中部地方は10城、関西地方が20城ほどあります。ともに城の数が多い地域ですが、中部は写真アップ率が高い![]()
それから中国地方がちょっと多くて40城くらいあります…。広島県史跡の三入高松城(広島市)など比較的有名なところも意外となかったりします。
四国が30城ほどで、九州が60城弱あります。九州は写真が上がっていない城が各県にまばらにあるみたいです。
最後に、沖縄はあと伊江城(沖縄県国頭郡)を残すのみとなってます![]()
ということで、かいつまんだわりにはえらく長くなってしまいました。
写真無し城が残り200ばかりとなってまいりましたが、ぜひ引き続きご協力のほどよろしくお願い申し上げますm(_ _ )m
※本当は写真が多い城ベスト10もやろうと思ってましたが、長くなったので次回に持ち越します![]()
青い城代と緑の城番
昨夜(6月1日の切り替わり時)に少し表示の不具合がありましたが
、本日無事初の「城代」、「城番」が決定致しました。
城主~城番に就任されたみなさま、おめでとうございます
今日から1ヶ月間、誇りまくって下さい![]()
わたくし含め、惜しくも上位3位に食い込めなかったみなさん、今月こそ頑張りましょう。(先月も言っていたような( ̄▽+ ̄
))
ちなみに、トップページや自分の城主争いのページに表示される色は
城主 赤色
城代 青色
城番 緑色
と色分けされています。
色自体に大きな意味はないですが、他の人のトップページを見た際に、直感的に分かるようにしています。
あと、すでにご存じかもしれませんが、複数の城主などに任命された方は、自分の城主争いのページで、どれをトップページに表示するかを選ぶことができるのです。
(※自分の城主争いのページへは、トップページのプロフィールが表示されているブロックの一番下にリンクがあります。)
なので、お気に入りの城の城番に就任したのであれば、たとえ他の城の城主になっていたとしても、あえて城番の方をトップページに表示することもできるのです。
城代と城番は城詳細ページに「歴代城主」として名前が残らない儚いものですので、そういう意味では貴重な肩書かもしれません。
ということで、何ら肩書を持たないわたくしによる、肩書の使い方の説明でした![]()



