映画化されて話題になっている「あの花が咲く丘で、君とまた出会えたら。(以下あの花が咲く丘で、)」ですが、映画のあらすじを読んで感じたのが猛烈な既視感でした。「かなり昔に似た話を読んだこと有るなぁ」と感じたわけです。
※ネタバレありなのでその点を留意の上お読みください。
「あの花が咲く丘で、」はAmazonプライムビデオ見ることが出来ますが、私自身は未見です。
ただし、原作の小説の方はAmazon Unlimitedの読み放題サービスで読んでみました。
映画の方のレビューもそうですが、酷評する人のそれはまぁ結構な言いようですが「戦争が題材」ではなく「戦争時を舞台とした恋愛もの」としてみれば酷評するほどのものでも無いような気はします。私的には物足りなさを感じはしますが、人の出会いと別れをメインにした作品としてみれば悪くない。ただ、戦争とその時代を描いたものとしてみれば物足りないという感じ。
という訳で、読んだことが有るような気がして時点で、ネット検索でいろいろと調べて見つけたのが下記の作品。
戦後50年にあたる1995年に漫画家で小説家の「折原みと」さんが発表した、「あの夏に・・・」という現在で言うところのラノベ作品です。当時は集英社コバルト文庫など、10代少女向けの小説などが多くあったのですが本作は講談社の「ティーンズハート」から刊行されたものです。
という訳で、自分の記憶になる作品が「あの夏に」だったのかといえば「別の作品だった」訳で、私が読んだのは何に掲載されていたのかも思い出せないものとなっています。記憶にあるのは「10代の少女が戦争中の日本にタイムスリップ」し「目を覚ました部屋に掛けられたカレンダーが戦争中の年代」「新聞だったか、ポスター文字だったか横書き文字が右から左に読むように書かれている」 最初は「少女は部屋の主は古いものを集めるのが趣味の人なのかと思った」というような描写があったことですが、「あの夏に」にはそのようなシーンは書かれていません。
読んだ時期は遅くとも90年代と思うので、可能性としてあるのは当時愛読していた「SFマガジン」あたりに短編として掲載された読み切り作品ということくらい。気にはなりますが作者もタイトルも、掲載誌すらも不明とあっては探すのは困難でしょう。
さて、「あの花が咲く丘で、」と類似の作品が少なくとも30年くらい前にはあったと思われると感じた事と「あの夏に」がその作品だったのかが気になったのでそれぞれを読み比べて見るために「あの夏に」をAmazonで購入しました。
・中古本しか買えない(´・ω・`)
どうやら「あの夏に」は絶版になっているらしく、中古本しかヒットしません。中古本って作者には利益がいかないのでちょっと残念に思うところがあるのですが、それしか買えないのでは仕方有りません。
実際に読んでみないと「自分の記憶にある作品なのか?」「あの花が咲く丘で、との違いは」ということが確認できなわけですから。

カバーイラストも著者御本人が描かれているのは漫画家でも有るからです。漫画も小説もというだけでも多彩な方だなと思うのに、防災士も目指しているとのことで実に活動的な方のようです。
まぁ、いかにも少女漫画的なカバーイラストは50代のオッサンが電車の中で読むのにはちょっと気恥ずかしい絵柄ではありますねw
肝心の作品の方ですが、先にも書いたように自分の記憶に有るものでは有りませんでしたが、序文の部分から「あの花が咲く丘で、」がなんとなく似ている感が強くなりました(下記画像参照)
・あの夏に
・あの花が咲く丘で、
ただまぁ、どちらも恋愛要素を含んでいるので似るのは仕方ない気はします。時代背景も似たもので、「あの花が咲く丘で、」は戦争末期の陸軍特攻隊(海軍の神風特別攻撃隊ではない)の隊員が描かれ、「あの夏に」は原爆投下1ヶ月前の広島が舞台。
主人公は、「あの花が咲く丘で、」は(原作では)14歳の中学生(映画では高校生)で、「あの夏に」では16歳の高校生でモデル兼女優。共に「シングルマザーの家庭」で、「あの夏に」の方は主人公の属するタレント事務所の社長が母親で父親がアメリカ人のハーフ。

そして、両作ともにタイムスリップ前は「ナマイキで斜に構えた」態度が目に付くというキャラクター付け。

戦争に関する部分では、「あの花が咲く丘で、」の方は「特攻隊員の青年」が相手役ですが、「あの夏に」の方は主人公が演じるはずだった少女の恋人が「特攻隊に志願」となっている。
タイムスリップのシーンについては、かなり異なる。「あの花が咲く丘で、」の方は「母親に反発して家を飛び出し、防空壕跡で一夜を明かすと昭和20年の時代へ」となっていて、「あの夏に」の方は「原爆投下のシーンで焚かれたストロボの光にのまれて気がつくと原爆投下1ヶ月前の広島の街に」となっている(元の時代に戻る時の伏線でもある)
タイムスリップシーンの描かれ方は「あの夏に」の方が意味合い的に納得しやすい設定と感じる。原爆投下直前の広島が舞台の映画の撮影、タイムスリップした先が原爆投下1ヶ月前の広島と舞台を一致させている為かもしれない。対して「あの花が咲く丘で、」の方は「防空壕跡で一夜を明かした」という点以外は戦争との接点がないし、タイムスリップ先で出会うのが特攻隊員という必然性も感じられない。あえて言えば、授業を放棄して教室を飛び出す前に受けていた授業が社会科の歴史で、太平洋戦争の部分であったことくらいか。
そもそも、舞台となったところがどこなのかすら不明です(おそらくは鹿児島の知覧辺り)
類似点に関しては他にも見られる。例えば下記のシーン。

・あの花が咲く丘で、から引用
主人公が警官に殴られそうになるのを相手役の青年「佐久間彰(さくまあきら)」が庇うシーンです。これと似た描写が「あの夏に」にも有るんですね。

・「あの夏に」から
「あの夏に」の方は、身を寄せている家の青年「三島暁人(みしまあきと)」を侮辱されたことに腹を立て警防団長に食って掛かって殴られそうになるシーン。全く同じではないものの、反抗的な態度の為に殴られそうになるという点では一致しますし、タイムスリップ時に助けてくれた青年が身を挺して殴られるのを防ぐという点も同じです。しかも、「彰(あきら)」と「暁人(あきと)」としたの名前も類似。更に書き加えると、「あの夏に」の三島暁人は特攻隊に志願するも訓練中に脚を怪我して除隊しているという設定です。
他にも何点か類似点はあって、「あの花が咲く丘で、」は百合の花が咲く丘にヒロインを連れて行くシーンがありますが、「あの夏に」では「ホタルの見られる川に行く」シーンがあります。
あと、ヒロインの名前ですが、「あの夏に」の方は画像で既に出してしまっていますが「主演映画での役名が宮本百合花(みやもとゆりか)」で、「あの花が咲く丘で、」の方は「加納百合」
「あの夏に」では、撮影中にタイムスリップだったために「ブラウスのモンペ姿」「ブラウスの身元票に宮本百合花の名前入」であるので、宮本百合花として生活する事となる。
最も異なるのは、「あの夏に」の主人公の方が当初は現実的な判断をしていることでしょう(下記参照)
・あの夏により
台本のほかにも戦争の記録などを読めと言われて不貞腐れる様な主人公ながらも状況判断は的確。原爆投下の一週間前まで三島暁人の家族にも伏せている。
未来から来たと明かすシーンでは、単に告白だけでなく「切り札となるあるモノ」を見せて説得する。そのあるモノは1冊の本。撮影小道具のカバンに入れていたおかげで一緒にタイムスリップ後も持ったままだった1冊の本には原爆投下後の広島を写した写真も載っている。その本に載っている「産業奨励館(=原爆ドーム)」の姿を見て三島暁人とその姉「佐和子」は主人公の言葉を信じます。
単純に言葉だけで信じたということにしない点でプロットがしっかりしています。
また、焼夷弾による空襲の場面や墜落した米軍機のパイロットに対する人々の行動など、戦争というものの狂気も少なからず描かれている点も少女向けの文庫作品としては珍しいかもしれません。そもそも、ライトノベル初期の時期の作品ですからね、「あの夏に」って。
この2つの作品を読んでみての感想ですが、作品としての完成度は圧倒的に「あの夏に」のほうが高いと感じます。特に、主人公が現代に戻るシーンの描き方は「あの夏に」の方が説得力が有る。
何しろ原爆投下のシーン撮影時のフラッシュ光の中で過去にタイムスリップし、原爆投下の爆発光で現代に戻る。どちらも「光」というトリガーでタイムスリップを引き起こしている。過去へと現代へと「猛烈な光というトリガー」を利用することで瞬間移動させるという手法。
対して「あの花が咲く丘で、」の方は過去へと現代へのタイムスリップのきっかけに統一性がない。過去へは「防空壕で過ごした一夜」で、現代へは「(おそらくは)特攻に向かう佐久間彰が投げた百合の花の薫り」がトリガー。過去へも現代へも百合の花の薫りがトリガーで有るならばタイムスリップのトリガーとして統一性があって良かったと思うし、百合の花の咲く丘のエピソードとも絡んで良かったのではと感じます。
更にいうと、「あの花が咲く丘で、」のラストは「佐久間彰の生まれ変わり?」を思わせる転校生が登場しますが、これって蛇足感が強く感じるんですよ。
その点で、「あの夏に」の「共演者の親族だった」というラストの方が人と人の縁を感じさせる。ちなみに、エリカの共演者「秋元祐(あきもとたすく)」の祖母の弟が「三島暁人」で、祐は祖母から聞かされていた戦争中に出会った少女の話の事を確認したくてオーディションに参加して合格したという設定。祖母が語った話では「宮本百合花」で聞かされていたけれど、映画の役名が「宮本百合花」と知ってオーディションに応募というのもなかなかに凝った設定ではないかと思う。無理矢理感の有る「生まれ変わり登場」よりは自然です。
今回、「あの花が咲く丘で、君とまた出会えたら」の映画が話題になったことで自分の知らなかった作品にふれることが出来たのは幸いだと感じています。と言うか、何故に絶版になっているのか不思議です。
2024/08/19追記:
「折原みと」先生のオフィシャルブログの「あの夏に・・・」を取り上げた記事の検索結果をリンクで貼っておきます。