Ms.Violinistのひとりごと
*
私が、アメーバブログを始めてよかったと思うのは、
現実の社会生活では、私の生活圏の外におられて、
たぶん触れ合うチャンスがない方々とも、
年齢や社会的なステータスを越えて、同じ視線の高さで、
親しくお付き合いをできる点だと感じています。

それに、ピグ(=チャット)を使えば、ステキなブログを
綴っておられる憧れの方と、親しくお話もできます。

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最近、アメーバに「ピグライフ」というガーデニングを
模擬体験できるゲーム機能がリリースされました。
運営会社の公示では、すでに100万会員に達しているとか。
きっと皆様が抱かれる田舎暮らしへの憧れと、
お花や作物が実ることへの喜びにマッチしたのだと思います。

私も、お家のお庭メンテ担当で、ガーデニングは好き。
だから、この「ピグライフ」にも自然に馴染めました。

*
でも近ごろ、この仮想世界でのガーデニング体験について、
私を含め、プレイされていらっしゃる方々について、
とても気がかりを感じ始めているのです。

このゲームは、課題(クエスト)をクリアすることで、
「ご褒美と達成感」を感じられるように出来ています。

私が心配しているのは、ご褒美や達成感の喜びを求める余り、
ゲームに現実の生活時間を乗っ取られてしまうこと。
それも、夢中になってしまって、
自分の時間を惜しげもなく注入しているという自覚すらない。

*
現実の畑仕事は、ゲームのように、すぐにお花が咲いたり、
炎天下の草むしりや害虫駆除などの手間暇を掛けずには実らない。
ゲームのガーデニングは、いわば「美味しいところだけ」を
模擬体験しているに過ぎないのです。

もし、あなた(=私)が、一日に何度もピグのお庭が気になって、
ブログのお世話を越えた頻度で、ゲームに入っているのなら、
どうか、現実の畑仕事の大変さを想い起こすことで、
気持ちを冷静に戻してくださいね。

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パチンコに夢中になって、小さいお子さんを車の中に放置し、
重大な結果を招いた事件とは、問題のレベルが違うけれど、
どうか、あなたに思い当たる節がわずかでもあるのなら、
くれぐれもご自分を気持ちを強く律して欲しいのです。

「私も、気をつけます。だから、あなたにもお願いします。」


今日も、よい一日になりますように。
(ende.)

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Ms.Violinistのひとりごと-花束 楽屋 ヴァイオリン
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"過去"の引き出しに仕舞い込んだはずの苦い体験が、
何かの拍子に、記憶の水面に顔をのぞかせる。

そんなご経験、あなたにもありませんか。

これは、少し前の私の記憶。ずっと封印していたお話です。

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私が関わる演奏会に、足繁くご来場くださり、
熱心に応援していただいていた初老の紳士さまがおられました。
いつも、楽屋に届けられる花束には、必ずカードが添えられていて、
そこには、短いけれど洒落た言葉が綴られていたものです。

でも、ある日のこと。それに代わって、普通のレターが付いていました。
『残念ですが、今後は、音楽会に来る回数を減らしたいと思います。
 長引く不況は、私のポケットマネーにも影響があり……(略)
 ……「音楽は不要不急のもの」なので、申し訳ありません。』

*
来てくださるお客様が減ってしまうのは、興業的にツライ。
でも、それ以上に私は、この方が"一番の楽しみ"と言われていた音楽会から
距離をおくことで、大きな喪失感に苛まれていらっしゃるかもしれないと、
とても心配になった。

お食事が肉体の栄養なら、大好きな音楽は心のエネルギー。
私たちの身体は、体と心が車の両輪で、どちらかが欠けても
きっと、何かの形で不具合が起こる気がするの。

*
世の中を見渡しても、先行き不安で、消費の手控えが起こっている。

衣食住に比べて、嗜好品と同じく『音楽は不要不急のもの』だから、
後回しにされやすいのかもしれない。

*
でも、TV番組やCMなどのBGM、そして街をお散歩していても、
私たちの周囲は、どんなカタチにせよ「音楽は必ず存在」する。
「音のない世界なんて、想像できないでしょう。」

じつは、私たちにとって『音楽は不要不急のもの』なんかじゃなくて、
『音楽は必要不可欠なもの』ではないのかしら?


今日も、よい一日になりますように。
(ende.)

#
心が辛くなると、オルゴールのように、ふいに鳴り出す音楽が
私には、あります。

J.S. Bach's Choral Prelude BWV 639
J.S.バッハ:「我、汝に呼ばわる、主イエス・キリストよ」 BWV639



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Ms.Violinistのひとりごと-Die Sendung mit der Maus DVD ドイツ語版
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始まる前には長く感じた「夏休み」も、もうすぐ終わりですね。
宿題が滞り気味の生徒さんには、今が追い込み時期でしょうか。

『夏休みの宿題』とは、
学校から生徒に与えられる、自由研究や各教科毎の宿題の数々。

今回は、私が感じた素朴な疑問をお話させてくださいね。

*
今でこそ、冷房がごく普通になった学校や私たちのお家。
でも、昔は冷房がなかったから、夏場の暑さで頭が回らない。

「暑くて、お勉強がはかどらない」から、「夏休み」がある。

だとしたら、お家でこなすあの山盛りの宿題は、何のため?
(長期のお休み以外の、毎日の宿題は必要だけれど……。)
この時期、暑くて集中できないのは、学校もお家も同じはずでしょ。

*
(ごめんなさい。うがった見方かもしれないけれど。。)
もしかしたら、長い夏休み、学校の監視が行き届かないところでは、
生徒がお勉強をサボる、あるいは、何をすればいいか分からない。
という前提で、ドリル等を一式セットで出されているのではないの?

でも、それは生徒の自主性の萌芽を摘み取っているかもしれないよ。

そういう、(良くない言い方だけど)ケチなやり方ではなくて、
まとまったお休みだからこそ、あれこれと手を出すよりも、
たとえ一つでも、自分の頭で素直に興味を抱いたことに、
じっくりと腰を据えて取り組めるよう、生徒の自由意思に委ねる。
そのほうが、より豊かな実りがあるのではないか、と私は思うの。

型にハマッタ「夏休みの宿題」で、強制的に結果を絞り出すのは、
確実に実りが出せて、安心なのかもしれない。でも、それでは
斬新、かつ個性的な、"極上で大粒"の成果が得られるとは思えない。

*
たしかに、全ての生徒が、真面目に取り組むかの疑問は残るけれど、
それは、あくまで生徒個人の問題。大人になってから、
「もっとお勉強すれば良かった」と後悔するのも、よい経験になる。

また、たとえ100人中、その殆どが平凡な結果であったとしても、
「これはスゴイ!」というものが2、3個でもあれば、
それらが、"将来の素晴らしい実り"に繋がるかもしれない。

だから、「夏休みの宿題」は、今みたいのやり方ではなく、
もっと、生徒の"自由と自己責任"に委ねてもいいと、私は感じる。

*
もし、大人(先生や親御さん)が子供(=生徒)を管理しやすいから、
慣習的に「夏休みの宿題」を続けているのなら、止めた方がいい。

十人十色の言葉の通り、生徒ひとりひとりに個性があるのだから、
それに任せるほうが、人間らしいやり方ではないのかしら。
何よりも、物事の選択肢は多いほうが、幸せじゃない?

「夏休みの宿題はナゼあるの?」
あなたは、どんな答えをお持ちですか。


今日も、よい一日になりますように。
(ende.)

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Ms.Violinistのひとりごと-代官山ひまわりプロジェクト 2008年8月
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「おはようございます!」(^^)

金曜日。月曜日から思えば、色々あったけれど、
「終わりよければ全て良し」で、今日を乗り切ろうよ。

"息を詰めて、一気にゴールテープを走り抜ける!"
そういうイメージを大切に。

*
勢いが、幸運を呼び込むこともあるのよ。
私も頑張るから、あなたもね。

*
さあ! 一緒に頑張ろうよ!
長道を歩き通すにも、ひとりぼっちでは大変。

だけど、"ふたりぼっち"だったら、笑顔でお喋りしながら、
あっという間だったこと、あなたにも覚えがあるはず。

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いつも、あなたを見守る眼差しがあることを忘れないでね。
さあ! 一緒に頑張ろうよ!


今日も、よい一日になりますように。
(ende.)

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Ms.Violinistのひとりごと-ドラッカー マネジメント 原書(英語版)
*
以前、とある経済誌を読んでいて、
そこそこ有名な経済ジャーナリストが寄稿した
『あなたの代わりならいくらでもいる。』
と題されたコラムに、私は少しばかり違和感を覚えた。

あなたは、どう思われますか?
下記の、その全文を載せますので、お読みになってください。
(長文にて、ごめんなさい。)

#
『あなたの代わりならいくらでもいる。』

そんな言葉を上司から投げられた人はいるだろうか。
失敗をなじられた時? クビを宣告された時? 叱咤激励のつもり?
かけられた側はかなり傷つく。

「上司が部下に言ってはいけない言葉ベスト10」に入りそうな言葉だ。

*
「替わり」の効かない仕事といえば、どんな仕事を思いつくだろうか。
歴史上の人物の成し遂げた仕事からはたくさん挙げられるだろう。
あなたならどの仕事を挙げるだろうか。
スポーツ選手にも伝説の仕事をした人は少なくない。

*
先週、心臓外科の権威、須磨久善さんにお会いした。
日本初のバチスタ手術を成功させ、世界初の手術法を
いくつも確立しながら、何千人もの命を救ってきた人だ
(ドラマ『医龍』や映画『チーム・バチスタの栄光』の
医事監修としても知られる)。
須磨さんの仕事も「替わり」の効かない仕事だろう。

*
サッカーの日本代表で次の試合のメンバーが発表される度に、
何人かが入れ替わる。今回新たに招集された
平山選手や小笠原選手の陰で呼ばれなかった選手がいる。
彼らは予め分かっていても、自分の“替わり”がいることを
思い知らされただろう。
欧州組が入れば、この二人だってどうなるかわからない。

日本中から集められた精鋭の世界でさえ、「替わり」はいる。

*
冷静に考えれば、世の中には
「替わり」の効かない仕事をしている人など
殆どいないことに気がつく。

「あなたの代わりならいくらでもいる」のだ。
---

*
読み終わった直後は、人権を無視した暴言だと、怒りの余り、
その雑誌を、その辺りの壁に投げつけたくなる衝動に、私は駆られた。

でも、たしかに世の中には、
経営者と、雇われて金銭の対価として働く従業員の、
決して相容れないの二派がある。経営者は会社の継続とさらなる繁栄、
そして株式会社なら、株主様を大切にすることが、第一義である。
時に、人材の扱いで、非情な判断を下すことも求められるだろう。

そもそも会社が無くなれば、
従業員とその家族を路頭に迷わしてしまうというある種の責任感も
経営者側にはあるかもしれない。(……と望みたい。)

*
そのコラムは、読み手が、経営者か従業員かの立ち位置の違いで、
共感したり、逆に反発を覚える。

おそらく、人生ゲームというものが実際に存在するとすれば、
経営者と従業員とでは、最初から違うルールでプレイされるのだろう。

*
けれど、それでも私は、お金よりも大切なはずの
『個人の自由と権利(=命)』に掛けて、この論説に反対したい。

たとえ、お金のために、あなたの時間、そして労働としての
汗と涙を捧げたとしても、心までは売ってはイケない。

資本主義の原則としては、間違っているかもしれないけれど、
でも、敢えて私は言いたい。
「ご自分を大切になさって。あなたの代わりはいないのよ。」って。

*
ところで、あなたは、ドラッカー著の『マネジメント』を
お読みになったことがおありですか。

『あなたの代わりはいくらでもいる。』という組織の有り様が、
正しくないことを学べるはずです。
ぜひに、ご一読をオススメします。

もう一度、言いますね。
「ご自分を大切になさって。あなたの代わりはいないのよ。」


今日も、よい一日になりますように。
(ende.)

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Ms.Violinistのひとりごと-トマト いただきもの
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今日は、私からあなたに尋ねたいことがあります。

あなたが「好きっ!」って思っていることって、
「周囲から絶賛されている」から気になるだけで、
心から好きと思っていることと違うかもしれないよ?

*
ふと目に止まったCDチャートの毎週のランクイン。
先週トップだったものは、今週にはもう影も形もない。
そのめまぐるしさは、まるでトレンドのトップ争いのよう。
CDだけじゃない。ご本にしても、憧れのお洋服の流行りだって。

TV番組や著名人たちが良いといえば、みんなそれに飛びつく。
どこかの誰かが決めた意見に「右へならえ」しているのかも。
ジブンという個性のつもりが、街に出ればみんなと同じ。
でも、不思議に感じないのは「それが流行っていから」ね。

*
スーパーのお野菜たちは、みんな姿勢の良い優等生たち。
でも、お野菜は工場製品じゃない。畑には個性がイッパイなのよ。
色々な個性がある自然なのに、勝手に選別しているのは私たち。
もしかしたら、気づかぬうちにあなた自身もそうなのかもね。

「真実だと信じていること。見えているものが全てだと考えること。
 それって、本当にあなたの頭で考えたことなの?」

知らないうちに誰かから、吹き込まれたうわさ話かもしれない。
いつでも、ジブンの頭で考えることをサボらないでください。

*
「物には決まったよさはなく」様々な色や形で出来ている。
それが、自然のありのままの姿であり、
またそれは、あなたの心の中にいる「本当のジブン」なんだよ。

どうか、周囲の目を気にし過ぎて、自分の個性を抑え込まないで。
「いつでも、"あなたらしさ"を大切に生きていてください。」


今日も、よい一日になりますように。
(ende.)

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Ms.Violinistのひとりごと-節電ポスター 渋谷駅構内
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今朝も、朝一番のカーテンを揺らす風は涼やかさで、
心地よい目覚めを迎えた方が多いのではないでしょうか。

私の住む関東では、この前の集中豪雨から雨がちのお天気。
それまでの暑さが嘘のように、冷え込み、秋めいて来ています。

*
「15%節電」の下、"一番電気を使う(と言われている)"エアコン。
設定温度28度に耐えられず、そっと室温を下げたことに、
なんだか"後ろめたい気持ち"を感じたのが、懐かしいですね。

でも、一息ついた今、この時期にこそ、
「『節電』する理由」をしっかりと考えてみましょうよ。

*
いつの間にか、「節電」の流れが"ブーム"のようになって、
あなたは、「この夏さえ、しのげれば……」という、
目先のコトしか頭にないのではありませんか? 

原子力発電所の事故以後、このエネルギーが様々な意味で
クリーンな存在でないことに、私たちは気づいたでしょう。

*
事故以前なら、知らずに(?)電力の大量消費の国策に
乗せられていた私たちは、無知を恥じるだけで済んだ。
けれど、都会に住む私たちの過剰に便利な生活を支えるために、
闇から闇へと葬りさられている事実が幾つもあると知った今、

あなたは、「今の自分さえ良ければいい」と、体験を風化させ、
事実から目を反らし、便利過ぎる生活に戻ってゆくのでしょうか。

『無知は一時の恥で済むけれど、無関心はずっと続く罪』なのよ。

*
一息ついた今、この時期にこそ、
「『節電』する理由」をしっかりと考えてみましょうよ。

そうでないと、「エネルギーの未来に続く良い流れ」が、
夏の終わりとともに、どこかへ消え去ってしまうかもしれない。


今日も、よい一日になりますように。
(ende.)

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Ms.Violinistのひとりごと-あさがお
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『才能』があるとか、ないとか。
そういうお話を聞くと、私は残念な気持ちになる。

少なくとも音楽では、「持って生まれた才能で全てが決まる。」
という言葉は、正しく真実を表しているとは、私には思えない。

だって、楽器を持って生まれる人(=赤ちゃん)はいないでしょ。

*
もし、才能というものがあるとすれば、
「努力を続けられる」というコトが、それに当たるかもしれない。

*
たぶん『才能』という言葉の正体は、
本人が、「何よりも音楽が好き」という気持ちが始めにあって、
その「好き」という"幼い若葉"を枯れさせないように、
上手に育て上げる庭師のような良き理解者が周囲にいたということ。

これを、昔から使われ尽くした言葉に置き換えるなら、
「好きこそ上手」と「継続はチカラ」の両方が、
絶妙のバランスで成り立っていたということではないかしら。

*
だから、音楽を学ぶお子さんに、"大輪の花"となって欲しい
という願いをお持ちの親御さんには、
『才能』という言葉を前に、あれこれ思い悩むよりも、

頑張っておられるお子さんの「最初のファン」になって、
いつでも応援してあげることが、最も大切なことだと私は思う。

「あなたも、そう思いませんか。」


今日も、よい一日になりますように。
(ende.)

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Ms.Violinistのひとりごと-長崎原爆犠牲者慰霊平和祈念式典 2011
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原発事故を経て、ecoで安価で安全という『原発推進』派に
騙されていたと怒る人たちを見聞きするたびに、
私は、敗戦後の手記などで、「(大本営に)騙された」と
無念な想いを綴り残している人たちの姿を重ねてしまう。

*
時の政府やマスコミの主張を鵜呑みにして、
自らの頭で考えたり、反対しなかったことを
「自分たちにこそ非がある」という"戒め"にしないと、
次には、また騙されてしまうのではないかしら。

*
確かに、大多数の中、たった一人で反旗をひるがえすのは
勇気がいるし、大人なら、反対を唱えた後の計算をしてしまう。
でも、新聞とラジオから情報を得るしかなかった当時よりも、
現代は、ネットで世界と繋がり、日本を外から見ることができる。

*
だから、あなたには複数の情報を突き合わせることを習慣にして、
流された偽りに踊らされないよう、注意していてほしいのです。
逝った先人たちに「過ちは二度と繰り返しません」と誓ったのは、
私たちだってことを、どうかいつまでも忘れないでいてください。

「終戦(敗戦)記念日。そして大震災が新たな出発点となるように。」


今日も、よい一日になりますように。
(ende.)


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Ms.Violinistのひとりごと-ベーゼンドルファーピアノ 浜松楽器博物館
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先日のブログ記事「ハイドン様のチキンライス?」で、
コメントしていただいた中に、『親の次に付き合いの長いピアノ』という
お言葉(=コメント)がありました。

*
思えばピアノも、私の奏でるヴァイオリンも、
「小さな頃から練習を始めなければ、身に付きにくい」と
(一般に)言われ、早いお子さんですと、3歳頃には
すでに楽器に触れていらっしゃるご様子ですね。

自分の子供時代を思い出しつつ、あれこれ考えているうちに
ふと、私の頭に「素朴なギモン」が湧き上がって参りました。

*
ヴァイオリンには、分数楽器という子ども用の小さな楽器があり、
レッスンを積み上げる年月の中、成長する体の大きさに合わせて
大きなものへと買い替えてゆくのものなのですが、
ピアノは、始めから大人と同じサイズで練習を始めるのですよね。

*
体が小さく、手も大きく広がらないのに"ハンデなし"で、
いきなりフルサイズのピアノに向かって行かねばならないのは、
子ども達には、とっても辛い修業だと感じます。
「そういうことを、子供時代に思ったことありませんか?」

けれども、不思議なコトに、スヌーピーの物語の中の、
お友だちのシュローダー君が弾いておられるような
小型グランド「分数ピアノ」というものに、
私は未だかつて、お目に掛かったことはありません。

*
……などと、とりとめのない考えを巡らしながら、
昨晩、レッスン室の物置スペースの、幼い頃に使った
何丁かの分数ヴァイオリンと、親に買ってもらった
初めてのフルサイズを眺めていて、ふと思いついたのです。

もし、成長に合わせて大小のピアノを買い替えてゆくとすると、
たぶん、自宅のピアノのレッスン室は、たとえ小型といえども
ヴァイオリンに比べて、それなりにかさばる大きさのピアノたち、
それらが積み上がった、狭苦しい中で練習することになるのかも。(笑)

「なんだか、とんでもないことを妄想したな」と自嘲気味の私です。


今日も、よい一日になりますように。
(ende.)


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