今日は訳の分からない強風の中、N響定期Bプロに行きました。指揮のエラス・カサドはコロナ禍で印象的だった2020年12月のN響・第九コンサート以来の来日公演です。N響のBプロは毎回ソリスト付きの公演になってますが、今シーズンで1番注目ソリストのハーデリヒが出演します(5月のBプロで巨匠・ブフビンダーが出演予定ですが、最近はミスが多いらしくて、期待値が低くなりました)。


今日のプログラムのテーマはスペインのようで、1曲目は「スペイン狂詩曲」、2曲目はスペインで初演されたプロコフィエフのVn協奏曲ですが、プロコフィエフの奥様はスペイン生まれで、この曲の第3楽章はスペイン風です。3曲目はスペインのファリャによる曲で、スペイン生まれのエラス・カサドのこだわりの選曲のように思えます。今年のバイロイト音楽祭は5人の指揮者が登場しますが、男性指揮者は2人だけで、その1人がエラス・カサドで世界中のオペラ劇場でも大活躍中です。


1曲目のスペイン狂詩曲で、エラス・カサドとN響の良さが最大限出ていました。今シーズンのBプロは9月のモーツァルト、先月のモーツァルトとベートーヴェン(14型)しか聴いてないので、久しぶりにサントリーホールでの16型のN響を聴きましたが、耳に突き抜けるほどの爆音が出ていて、N響の演奏能力がコンセルトヘボウくらいだと感じました。特に金管セクションが華やかで素晴らしかったです。エラス・カサドの指揮も切れ味がよく、様々な情景がうまく描かれていました。2曲目のプロコフィエフのVn協奏曲は、ハーデリヒの完璧なテクニックと深い音色による圧巻のソロでした。ハーデリヒは昨年8月のザルツブルク音楽祭のウィーン・フィルのコンサート(指揮:ネルソンス)で初めて聴きましたが、その時の演奏に魅了されて、今日も存分に実力を発揮してくれました。

ハーデリヒは幼少期は神童と言われていましたが、15歳の時に実家の農場の火災で全身やけどを負ってしまい、当初は医師が状態を診て、手術を諦めたと言われています。20回以上の手術を得て、ヴァイオリンの道を諦めずに復帰し、国際コンクールで優勝した強靭な精神の持ち主です。彼の演奏を聴いていると、強靭さと繊細さが同居しています。第1楽章の冒頭の無伴奏ソロは切ない旋律で始まりますが、ハーデリヒはあまり姿勢を派手に変えずに、堅実なスタイルで、独特の深い音を披露していました。第2楽章はハーデリヒが「ヴァイオリン音楽史上、最も偉大な旋律」と語っており(下記のベルリン・フィルの映像)、地に足の付いた極めて美しい音色で演奏しており、ピッチカートは粒の大きい音を出してました。この楽章が今日の白眉でした。第3楽章はカスタネットが出てきて、スペイン風になりますが、甘い旋律を丁寧に演奏することで、オケを圧倒するくらいの迫力がありました。ハーデリヒの録音でも確認できますが、独特の深い重量級の音色を出す稀有なヴァイオリニストだと思います。今日のハーデリヒの会場全体を惹きつける超人的な演奏で、筆者的にはコパチンスカヤに匹敵するレベルの存在になりました。2021年10月のベルリン・フィルとのデビュー公演でもこの曲を演奏しているので、彼の得意曲なのでしょう。今日の公演は2日連続で聴きたかったです。休憩後のハーデリヒは1階16列目の席で自分のヴァイオリン・ケースを持参して鑑賞していましたが、楽器を座席に持ってくるアーティストは珍しいです。かなり繊細な方なのかもしれないです。日曜日の紀尾井ホールでのリサイタルではハーデリヒのサイン会があるようです。ハーデリヒはルービックキューブが得意のようで、このインタビュー映像で話している時に、あっという間に完成してしまいました↓。


後半のファリャは、エラス・カサドの構成力が甘かったのか、前半に比べると少しインパクトが弱かったです。冒頭はソプラノのソロ歌唱とN響メンバーによる掛け声で始まりますが、エラス・カサドはタテの線の指揮は巧いのですが、流線型の指揮はイマイチなところがあり、あまり感動度合いは高くありませんでした。特に、第2部の《粉屋の踊り》や《代官の踊り》は少し飽きるところがあり、人の脳と心に刺さらないためか、周りに寝る方が増えてきましたが、最後の《終幕の踊り》はそれなりに盛り上がりました。今日のコンマスは郷古さんですが、この曲の1stVnセクションは見た感じで言うと、ほぼ全員20-30代の若い奏者のように見えまして、N響の若返りを感じました。N響は来週からは全国ツアー、来月は春祭の「トリスタン」なので、定期演奏会は2か月間お休みになります。


(評価)★★★★ ハーデリヒのソロが秀逸でした

*勝手ながら5段階評価でレビューしております

★★★★★: 一生の記憶に残るレベルの超名演 

★★★★:大満足、年間ベスト10ノミネート対象

★★★: 満足、行って良かった公演

★★: 不満足、行かなければ良かった公演 

★: 話にならない休憩中に帰りたくなる公演


出演
指揮:パブロ・エラス・カサド
ヴァイオリン:オーガスティン・ハーデリッヒ
ソプラノ:吉田珠代
NHK交響楽団
曲目
ラヴェル:スペイン狂詩曲
プロコフィエフ:ヴァイオリン協奏曲第2番 ト短調 Op. 63
ファリャ:バレエ音楽『三角帽子』(全曲)
《ソリスト・アンコール》
カルロス・ガルデル作曲(アウグスティン・ハーデリヒ編曲): 「ポル・ウナ・カベーサ」(首の差で)