〈あらすじ〉
匕首を刀夜に返却。
香奈が火傷。
妹紅と飲み交わした。
修「香奈、腕の具合は?」
香「動かすと痛みますけど、動かさなければ特に。」
あれから数日が経った。香奈の火傷は回復しているわけだが、即治るような症状じゃない。まぁ、当の本人は火傷の原因を作った妹紅を許している。というより気にしていない。だから、俺がとやかく言うつもりもない。ただ、治るまではどうにも落ち着かない。早く治って欲しいな……
香「それにしても、どうして魔法の森なんかに来たんですか?」
辺りを見回すと、生い茂った木々、そして森一面を覆っているであろう瘴気によって視界が遮られている。その上、足元は苔がびっしりと生えていて、木の幹にはキノコなんかも生えている。ただでさえ木が多くて方向感覚、距離感も掴めないというのに、この濃霧。視程は数百メートルもない。夜じゃない、というところが唯一の救いか。
修「あれだよ。火傷に効くキノコとか薬草とか、この辺りなら生えてるんじゃないかなって。それっぽいのを見つけたら、見抜く力でその成分と効果を見て、持って帰ろうかなと。」
香「……なんか、最近すごく優しくないですか?」
言われてみれば、確かにそんな気がする……
香「私が式神になった途端これですもんね……そんなに私の存在意義が変わりました?」
修「かもなぁ……」
香「なんか、ありがとうございます。」
修「いえいえ。」
あの日のことは、今でも忘れられない。一度失った香奈という大きな存在。消えてしまった時は、頭が空っぽになってしまい、ただただ、涙がとめどなく溢れていた。
藍には本当に感謝している。彼女が居なければ、香奈もそうだし、今の俺もないだろう。
魔「あれ、修一じゃねえか。何してんだこんなところで。」
修「お、魔理沙か。久しぶりだな。いや、香奈が火傷したから、それに効くキノコとか探しに来てる。」
霧雨魔理沙。よく考えたら、最後に香奈と会ったのは生まれて間もない頃だから、相当久しぶりに会うわけか。久木どころか、地霊殿の一件でもすれ違ってすらない。
魔「お、香奈ちゃんか。確か、修一の子供だっけ。」
修「訳ありで、今はれっきとした式神だよ。」
香「よろしくです!あいてっ」
わざわざ火傷をした手で敬礼しなくても……あぁもう、本当痛そう……
魔「包帯……さっき言ってた火傷か。火傷に効くキノコか薬草だったな、それなら確かこの辺に生えていたような……」
この辺に?たまたま辿り着いた場所だったけど、これは都合がいい。いろんなキノコ、草が生えているけど、果たしてどれが……
修「お、この真っ白なキノコ、綺麗だな。なんかエノキより一回り以上大きくなった感じだけど……なんだろう、とりあえず鍋にしたら美味しそうだな。」
香「鍋にして食べてみましょうよ!こんな美しい見た目をしてるんだし、きっと絶品ですよ!」
魔「ん?あぁ、それか。食べてもいいけど、それが最後の晩餐になるかもな。」
えっと……
修「最後の晩餐って、毒でもあるのか、これ。」
魔「もちろん。それはドクツルタケだ、一本で死ぬぜ。」
香「えっ……」
香奈の反応、多分一本で死ぬというところじゃなくて、食べたかったキノコが食べられないということにショックを受けたんだろうな……食い意地が張ってるというか……
修「毒キノコだったのか……じゃあ、このナメコみたいなやつは?」
倒れた木に生えている、この艶のあるキノコ……ナメコにしては少し大きいな……これは鍋にしたら美味しそう。
香「ナメコは好きですよ。ナメコ汁、また頂きたいなぁ……」
魔「どれどれ……あぁ、ナメコじゃないな、コレラタケだ。トイレで生活する羽目になるな。いや、それで済んだらまだマシか。」
修「てことは毒か……なんだよここ、毒キノコしかないの?」
魔「いや、そうでもないけどな。見つけるキノコがことごとく毒キノコってだけだ。まぁ、確かに食用にできるキノコはかなり限られるわけだけど。」
そうなのか……キノコ、大好きなんだけど……
香「修一さん、ほら見て、火傷に効きそうなキノコ、ありましたよ!明らかに火をなんとかしてくれそうな!」
香奈が少し離れたところで手招きをしている。今度こそ美味しそうなキノコを見つけたのだろう。本来の目的は薬用のあるキノコ探しなんだけど、この際なんでもいいや。うん。楽しいし。
三角座りでしゃがみこんだ香奈が指差していたのは、地面からニュッと顔を出している、明らかに他のものとは違う、極めて異質なキノコだった。
修「おっ、この赤いキノコか……なんか独特な形してるけど。確かに赤いし、メラメラしてるし、もしかしてこれかな?」
魔「それには触るな!カエンタケだ!」
スッと手を伸ばそうとしたところを偶然目にしたのか、魔理沙が当然大声で叫んだ。
カエンタケ?火炎茸……あぁ、確かになんか、色といい形といい、火炎を連想するのもわかる。にしてもそんな、大声で叫ぶことなのか?食べかけてるならまだしも、触るだけなんだけど……
修「そんなにやばいの?」
魔「触れただけで手の皮が爛れるんだ。致死量も一欠片とかなり少量だから、一口かじっただけで、地獄の閻魔様に会いに行くことになる。」
香「ひぃ……修一さん、触れてもダメ、食べてもダメですよ……」
修「わ、わかった……恐ろしい……」
魔「ふう……キノコは種類が豊富、その分毒を持った種類もめちゃんこ多いんだ。わからないうちは、触ることも躊躇った方がいいぞ。」
軽く説教されてしまった……ドクツルタケ、コレラタケ、そしてカエンタケ……今度見かけても、絶対触らないようにしよう……
魔「火傷に効くキノコねぇ……確かこいつとこいつ、あとこの薬草と……」
何か品種名を口にしているが、どれも長かったり、小声だから聞き取れなかったりしたが、魔理沙に収集を任せて数分、目当てのキノコと薬草は集まったらしい。
魔「……まぁ、こんなところかな。あとは私が美味しく調理してやる。香奈ちゃん、今日はうちでキノコ鍋でもしようぜ!」
香「本当ですか!やったぁ!」
魔「当然、お代は頂くけどな。」
修「贅沢は言わないさ、タダ飯が食えるほど、世の中甘くないしな。」
横に顔を向けると、少し肩を落とした香奈の姿があった。タダ飯が食べられると思っていたんだな、きっと。食い意地、張りすぎ。
俺と香奈は、魔理沙の家にお邪魔し、そのまま四人か五人は囲めそうな食卓に案内され、用意されていた椅子に腰かけた。
魔「暫く待っていてくれ、今から作るから。」
修「そんな、ご馳走してくれるとはいえ、何もしないってのは流石に良心が痛む。何か手伝いとかない?やるよ。」
魔理沙はしばらく悩んだ後、「その辺の掃除でもしておいてくれ。」と言い残し、そのまま台所へと姿を消してしまった。辺りをよく見回すと、彼女の脱いだ服や、乾いた洗濯物をとりあえず取り込んだ様な服の集まり、あとは分厚い本が積まれていたり、小物が彼方此方にあったりと、確かに綺麗とは言い難い状況だった。だが……
修「掃除って、あのなぁ、乙女の部屋だぞ。男にそんなこと任せていいのかよ……うーん、非常にやり辛い、なんで俺に任せたんだ魔理沙は。」
乙女の部屋、そう、容易に手を出せる様な場所ではない。たとえ気を許されていようとも、躊躇してしまう。
香「修一さんだから、そう言ったんじゃないですか?」
修「は?どうして?」
香「だって修一さんって、ピュアで純粋で照れ屋で奥手で恥ずかしがり屋の鑑じゃないですか。女の子の部屋を掃除するなんて無理、分かりきったことです。」
散々な言われ方をするのは慣れているにしても、流石にこれは胸に刺さるものがある。この意見に関してだけは、無視できない。動揺を抑えられないのだから、これは俺という人間の本質なのだろう。それをこうもスパッと説かれてしまっては、ぐうの音も出なくなる。
修「……つまり?」
香「きっと『お前は何もするな』ってことです。」
修「ダメだ、泣きそう。」
香奈の為にキノコや薬草を用意してくれた上、それを使った料理まで出してくれるという。魔理沙のこの羽振りの良さに比べて俺ときたら、何もせず、ただ出してくれる料理を食べるだけなのか……それって男としてどうなの……
香「お手伝いは私がしてきます!修一さんはお昼寝でもしてください。」
修「完全に用無し……辛いを通り越した何かだな、この感情は。」
魔理沙には「何もするな」、香奈には「寝てろ」と。自信をなくすのには十分すぎる破壊力だな、これは……
にしてもこの場所は陽当たりがいい。さっきまでモヤモヤした森の中にいたから、こうして日光を浴びるのは新鮮な気分だ。背中がポカポカと暖められ、台所の方ではカチャカチャという食器やらなんやらの音、二人の会話や笑い声……眠気を誘う条件は揃っていた。吸い込まれるように俺は机に突っ伏し、そのまま寝てしまった…………
魔「そーらお待たせ、魔理沙ちゃん特製キノコ鍋だ。」
香「修一さーん、起きてください!」
修「ん……あ、ごめん……本当に寝てた。」
目をこすって体を軽く伸ばし、欠伸を一つ。まだ日光は体を暖めてくれているようで、眠気はどうにも治らない。が、美味しそうな香りに食欲がそそられ、次第次第に目は覚めていった。
目の前に運ばれてきたのは少し大きめの鍋で、大量のキノコが出汁の中に沈んでいた。
魔「あ、修一、私の八卦炉を鍋の下に置いてくれ。」
修「八卦炉……あぁ、これか。はい。」
何をするのかと思うと、まるでカセットコンロのような火がそこから噴き出す。魔理沙はその上にさっきの鍋を置き、向かい合った席にちょこんと腰かけ、香奈もその横に同じように腰かけた。
香「熱を通すことで毒を無力化できるキノコ、つまり、もともと毒キノコだったものも入ってます。火が通っているかどうか、食べる前にもう一度だけ確認してくださいね。」
修「わかった。って、俺はいいけど、魔理沙と香奈が一番心配だな。」
魔「はは、お前なぁ、私はキノコに関しては群を抜いて詳しいんだ。含有成分はもちろん、調理法も熟知している。仮に毒が回ってしまったとしても、処置の仕方も理解している。安心してくれ。」
魔理沙にこう言われては、反論はできないな。自信たっぷり、といった笑みをこちらに向けている。なんか輝かしい。眩しい。
魔「さて、頂きます。」
香「いただきまーす!」
修「ありがとう、頂きます。」
色々なキノコが入れられている中、野菜……というより草というか、雑草ではないけど、見たことがない植物が突然入れられる。というか、根っこごと入れられてるんだけど……いいのか?
修「魔理沙、これは?」
魔「これはセリだ。根っこも食べてくれ。美味いんだこれが。」
へぇ……と思っていると、「もういいぞ。」と魔理沙に声をかけられる。一分ぐらいしか茹でてないのに、本当に大丈夫なのだろうか……
とりあえず小皿に入れ、警戒しながら口にするが……うん、確かに、というか、かなり美味い。しっかりとした根っこの歯ごたえが、旨味をより引き立てるというかなんというか。食レポは苦手だなぁ、俺。とにかく美味い。
修「根っこ、美味いな。」
魔「だろ?みんなよく捨ててしまうんだけど、本当、勿体無いことしてるぜ全く、こんなに美味いというのに。」
自分がもしこのセリを調理するとなれば、一番最初に捨ててしまうのはおそらく根っこだろう。この美味しさを知らなければ、まず間違いなく捨てている。良いことを知ったな……
香「ほんほおいひいへふ。」
修「本当美味しいです。だって。」
魔「そうか!キノコも美味いだろ?」
そういえばキノコを食べてないなと、鍋の中を覗くとあら不思議。中身が半分以上消えている。おかしいな、俺はさっきセリを少し取って、魔理沙に関しては、セリを入れただけで何も口にしていない……まさか。
香「おはひはほまらはいへふよ!ほいひい!」
修「お箸が止まらないですよ、美味しい!……って!食べすぎだろ!もう半分消えてるよ!?」
魔「うわ、本当だ!よく食うなぁ。」
修「感心してたら自分たちの食事がなくなるぞ魔理沙!」
魔「そ、そうだな!とにかく自分の食べ物を確保しないと!」
結局、俺と魔理沙は小皿一杯分を食べ、残りの全ては出汁も含めて、全て香奈の口の中へと消えていった。どこに入ってるんだ、あの華奢な体で……
食事を終え、さっき何もできなかったことを悔いていた俺は、無理を言って洗い物の手伝いをしに台所へと向かった。様子を見に来たのかわからないが、一緒について来た魔理沙は、何か言いたげな表情をしていた。何か告げに来たのだろうか。
修「何?」
魔「いや……あの鍋、別に食べてもらうのはいいんだけどさ。正直な話、火傷に効くような成分はないんだ。」
修「え、そうなの。」
魔「すまん、ただ、栄養価は高い。火傷に直接効かないにせよ、回復は早くなるんじゃないかな。」
確かに、食べるだけで火傷を治すなんて、聞いたことがない。変だと思ったが、そういう事だったのか。
修「別にいいんだけど、なんでそんな嘘を?」
魔「あいつ……香奈ちゃんの笑顔を見たらさ、何かしてやりたいって思っちゃって。成り行きでああなっちまった訳だけど……」
修「まぁ、いいんじゃない。香奈も満足してるし。結構真に受けるタイプだから、火傷が治った途端、魔理沙のおかげだ……って思うよ。」
魔「それはそれで、なんだかなぁ……」
修「じゃあ、素直に言ってもいいんじゃない?」
魔「それが一番かもな……ありがとう、伝えてくるよ。」
修「わかった、俺も洗い物が済んだらそっちに行くよ。」
魔理沙は少し重めの足取りで香奈の元へ向かった。俺は目の前の鍋と小皿、お箸を洗い始めた。
香「いやー、火傷に効かないとは仰ってましたけど、本当美味しかったですね、毒キノコ。」
修「美味しかったな、ほとんど食べてないけど。」
うっ、と動揺を見せるが、本当に美味しかったのだろう、表情がより一層活き活きとしている。そんなに美味しいなら、俺も食べたかったよ、元毒キノコ。
香「帰ったら焼き鳥とお酒ですね。」
修「まだ食べるの!?」
この期に及んでまだ食べるってのかこいつは!!!!
修「焼き鳥はいいけど、酒はダメだって言われただろ?」
あの後、ヒトヨタケとかいうキノコと小松菜の和え物を頂いた。あれはあれで非常に美味しかったのだが、食べる前に魔理沙から「一週間は酒を飲むな。」と念を押された。のだが、香奈はその忠告を聞きながらムシャムシャと食べてしまっていた。しかし、なんで飲酒がダメなんだろうか。
香「私にとって食事、飲酒とは、生き甲斐なんです!」
どえらい力説をしてくれたのはいいが、食べ過ぎるのもダメだぞ。あと、魔理沙の忠告、ちゃんと聞こうね。香奈さん。
香「ところで修一さん。この前永遠亭で札を少し剥がしたんですけどね。ほら、火傷を診てもらう時に。あれから少し、体の動きが鈍いような気がして……」
修「え?香奈、体の札、何枚残ってる?」
香「確か……三枚ぐらい、ですかね。」
修「嘘でしょ!?その倍は貼って!それ、肉体と魂が離れかけてる証拠だから!」
香「えぇっ!?は、は、貼ります!」
香奈の体……札が剥がれ過ぎると、魂を現世の肉体に定着させる事が出来なくなり、乖離してしまう。そして、魂は冥界へ向かい、現世での香奈は消滅する。再度召喚すれば問題はないのだが、そんなことを何度もしていると、香奈という存在を軽いものとして認識するようになるかもしれないし、何より、生と死の存在が曖昧になってしまう。現に、俺がそうだ。死ぬことはもちろん怖いが、それ以上に慣れてしまう事が怖い。そんな経験、香奈にはさせたくない。
香「んしょっと……はい、何枚か貼りました。体が軽いし、あと、感覚が研ぎ澄まされたような……」
修「肉体と調和してきた証拠だな。もっと貼れば、その限度をさらに上げることはできるよ。この前は簡単にしか説明してなかったけど、よく聞いて。札を過度に剥がしてしまうと、魂がそのまま抜けてしまうんだ。その逆はもっと怖いから気をつけてくれよ。」
香「その逆って、貼りすぎって事ですか?」
修「そう。貼り過ぎると、たとえそれが体じゃなく服に貼ったとしても、肉体の消滅とともに、調和しすぎた魂も同時に消滅するからね、欲張り過ぎると全てを失う……って感じかな。」
香「うはぁ……ちなみに、今体には六か七枚、服には五枚ぐらい貼ってますけど、どうなんですかね。」
修「それが丁度いいぐらいだと思うよ。感覚、身体能力も人並みぐらい、もし死んだとしても、魂が消えることはないかな。その倍以上になってくると、魂が消えるリスクは跳ね上がるかな。」
香「わかりました、ではこれを基準の枚数にしておきます!」
それにしても、体に何枚か貼るって言ったって、どこに貼ってるんだろうか……いや、考えないでおこう。
香「……修一さん、うまく撒けたかな……」
後ろには、誰もいない。前もいない。左右、お空、誰もいない……よし!
香「さーて、お小遣いがこれだけあるから……お酒お酒!」
とにかく、近場の酒屋は修一さんにマークされてるかもしれない、少し離れたところの酒屋、そこでいくつか買って帰ろう!私ってば、お酒に関しては幾らでも飲める訳だし、ヒトヨタケ?ってキノコを食べてても、そんな大したことないでしょ!お酒は百薬の長だし、むしろ健康になっちゃうかも!
修「しまった……あいつ、絶対お酒を買いに行った……」
あの行動力、というか俺から逃げるとは……そこまでして香奈が行く場所といえばもう、酒屋しかない。でも、香奈はこういう時に頭が冴える。きっと近場の酒屋には行っていないだろう。とすると……
……どこ?
香「すみませーん!お酒、買いに来たんですけど!」
店「お、いらっしゃい。ここはいいお酒を仕入れてるよ。どうだいお嬢ちゃん、気になるお酒があれば、試し飲みしてってもいいよ。」
香「本当ですか!いやーご主人、羽振りがいいですね!」
店「そりゃあんた、べっぴんさんだから。こんなの特別だからね。にしても……なんか妙な匂いがするね。鍋でも食べてきたのかい?」
香「ほへー、わかるんですか。確か、セリだとかなんだとか……あと、ヒトヨタケ?ってキノコとか。あとはあまり覚えてませんけど。」
店「ヒトヨタケ!?あんた、食ったんか!」
ひっ、何、このご主人……急に顔が怖くなっちゃった……何かまずいことでも言っちゃったかな?
店「あんた……ヒトヨタケ食ったら、一週間は禁酒しないと、痛い目見るよ。」
香「えと……もしかして……三途の川を渡ったり、しちゃいます?」
店「それはねえけど……」
香「なぁんだ!命が無事なら問題ないじゃないですか。」
店「死にはしねえけども、だ。あんた、酔ったことは?」
香「うーん……まぁ、十本ぐらい飲んだら流石に酔いますけど……」
店「ふむ。相当酒に強いらしいけど、ヒトヨタケを食べたら最後、ただの一杯であれ、即酔うことになるよ。もちろん、悪酔いね。」
香「え……生きてて幸せーって感じの、酔い方じゃないんですか?」
店「ありゃむしろ、生きてて辛えーって感じの酔い方だな。悪いことは言わねえ、買うのは構わないが、飲むのは一週間開けてからな。約束だ。」
……このご主人、嘘をつくような人柄じゃない。きっと本当のことなんだろう。この私が悪酔いするの?そんなに恐ろしいの?さっきのヒトヨタケって……魔理沙さんの話、聞いてから食べればよかった……いや、前もって聞いていても、食べてたな……
店「おや、珍しいお客が来たね。いらっしゃい、先生。」
香「先生?」
振り返ると、そこにいたのは長い青髪で、頭によくわからない帽子のような何かを乗せた、慧音さんがいた。そういえば先生だったなぁ。
慧「ご主人、お久しぶりです。あ、香奈ちゃん。お久しぶり。元気だった?」
香「お久しぶりです!えぇそりゃもう!ところでどうしてここに?」
慧「野暮用でね。妹紅と飲もうと思って。香奈ちゃんこそ、お酒買いに来たんじゃないのか?」
店「それがなぁ先生、このお客さん、ついさっきヒトヨタケを食べたらしいんだよ。それで止めてる訳。何かそれらしい理由を教えてやらないと、きっと帰って飲んじまうよ。」
慧「ヒトヨタケを食べたのか。」
香「えぇ。でも、どうしてそれがだめなんですか?少し飲むだけなのに。」
慧「いいかい?ヒトヨタケにはね、コプリンという成分が含まれていて、それが加水分解されると、1-アミノシクロプロパノールとグルタミン酸に分解されるんだ。このグルタミン酸はただのアミノ酸だから問題ないんだけど、問題は1-アミノシクロプロパノールだ。通常アルコールは体内に吸収されると、アルコール脱水素酵素、つまり、アルコールデヒドロゲナーゼに反応して、アセトアルデヒドという物質に変化するんだ。この物質は毒性があってね、早々に分解しなければならないんだ。そこで、これを分解するためにアセトアルデヒド脱水素酵素、つまりアセトアルデヒドデヒドロゲナーゼが、アセトアルデヒドを酢酸に変化させ、無毒化するんだ。これが、アルコールが無毒化されるまでの過程になる。ここで問題になるのは、ヒトヨタケに含まれる1-アミノシクロプロパノールだ。通常、アルコールは一度アセトアルデヒドに変化し、最終的に酢酸に変化する。だが、このアセトアルデヒドから酢酸になる過程で、1-アミノシクロプロパノールが、アセトアルデヒド脱水素酵素の働きを阻害してしまう。すると、血中に流れているアセトアルデヒドが分解されずに蓄積してしまう。つまり、毒が分解されないまま、身体中を回ってしまうということ。酩酊とは程遠い、泥酔よりも恐ろしい地獄のような体験をする、というわけさ。どうだ、わかったかい?」
香「いえ、全く。簡潔にお願いします。」
慧「わかった。つまり要約するとだな、アルコールがうまく分解されず、血中に毒性のある物質が蓄積してしまう。結果として、酷い悪酔いをするんだ。どんなに酒に強かろうとね。」
香「なるほど……とにかく、酷い酔い方をするってことですね。」
慧音さんのお話、途中から日本語じゃなくなったみたいで、まるで耳に入らなかった……
修「……はぁ、やっと見つけた。」
人里、主に俺たちが活動している範囲より少し離れた所にある小さな酒屋。そこに香奈の姿があった。何やら落ち込んでいるように見えるが……まさか!
修「香奈!やっと見つけた!」
香「修一さん……」
修「勝手にここまで来たのはまぁいいとして、それよりどうした、しゃがみこんだりして。辛気臭いぞ。まさか、お酒飲んだんじゃないよな。」
香「……ごめんなさい。」
修「飲んだのか……」
香「私もう、生きていける自信が……」
修「う、嘘だろ。って!香奈!だからあの時、ヒトヨタケの話をちゃんと聞いていれば──」
香「一週間禁酒なんて!私はこれから、何を楽しみに過ごせばいいんですか!」
……ふむ。なるほど。お酒を飲んでしまったから、体調が悪化して、再起不能になることを悟った訳ではなく、あくまでも、禁酒によって生きていく自信を失ったと。捉えにくい受け答えをしないでほしいなぁ!いや、安心したからいいんだけどさ!
香「雑談していると、ヒトヨタケの話になって、その時にここのご主人と慧音さんに言われました、絶対に飲むなって……」
修「ヒトヨタケのこと、話したのか。」
香「悪酔いを超えた酔いをすると……相当響くらしいです。流石に私も、飲酒を躊躇いました。」
修「禁酒か……できるとは思ったこともないけど、いいきっかけになるんじゃないかな。これから、お酒のペースも落とそう。な?」
香「でも!一週間耐えたら、ここのご主人にお酒を譲ってもらうんですよ!もう、楽しみで楽しみで……」
だめだ、懲りてない。禁酒が成功すれば、家計も少しマシになると思ったのに……
修「でも、楽しみが一つ増えたじゃないか。禁酒後にもらえるお酒。それを楽しみにしながらのほほんと過ごしていればいいんじゃない?」
香「軽く言ってくれますけど、本当に厳しいですよ?妹紅さんが禁煙するのと同じぐらい厳しいです!」
なるほど、わかりやすい例えだ……こりゃ、しばらく苦労しそうだ……
〈あとがき〉
寒い寒いと、口癖のように呟いていた季節も終わりを迎え、木々にも花がちらほらと咲き始めてきました。私は花粉が天敵ですので、るんるん気分でお花見はできません、というかした事がありません。桜、好きなんだけどなぁ……
今回の話を考えるにあたり、色々な山菜やキノコを調べたりしていました。にしても、毒キノコって色々あるんですね。見ていて飽きませんでした。ところで確か、原作にもヒトヨタケは出てきた事があるらしいですね。私はまだ確認しておりません。いいのかな、こんな知識で……
さて今回は、魔理沙の家でキノコ鍋を食べた、香奈とお札の関係、一週間禁酒令を出された香奈ちゃんでした。
次回もお楽しみに。