このお話は後編です。前編、中編をご覧になっていない方は、そちらからお楽しみください。
香「ふへへへ……参りましたか!」
?「チィ……みてろ……今にボスが、お前達をチリに変えてくれるわ!」
香「オホホホホ、大口を叩きますねぇ〜、でも私に勝てますか?これでも私、最弱扱いですよ?分かりますか、最弱ですよ?倒す事も捕まえる事も容易いって評価なんですよ?」
香奈は完全に調子に乗っている。相手が相手だから仕方ないが、一応拳銃を装備しているから気をつけてほしいんだよな。
?「……ふ、俺たちは陽動に過ぎない。」
完全に始末する勢いだったのによく言うわ。
?「全てはボスの為……!」
穴の中でボロボロになっていた男たちが、ふと頭を抱えて伏せた。まるで何かから逃げるように……
ん?何この嫌な予感。
?「……!」
早「ん?何か声、聞こえました?」
香「よし、では私、隠れます。修一さん、早苗さん、よろしくお願いします!」
修「それはいいけど……声……上か?」
スッと上を見上げると、何か星空に黒い影が浮かんでいた。
修「……うお!」
経験からなのか、咄嗟に体の軸をズラすことが出来た。その直後、さっきまで修一がいた場所に、一人の男が土煙をあげてその場に屈んでいた。
?「……よく避けたな、俺の必殺キックを。」
似たようなやつに慣れてるからね。あとあれより遅いし。リグルキック痛かったんだよなぁ。
?「高高度からの急降下蹴り……その衝撃は呪術で相手に背負わせる……物理的な力と呪術の力、通常の倍の破壊力を与え、確実に相手を仕留める……俺の専用技だ。」
めちゃめちゃ喋るなこいつ。手の内分かったよそれで。あと二回目だけど、似たような技食らってんだよね俺。アレは本当、文字通りの「必殺」だったし。
修「あんたが呪いを扱う術師か……なるほど、呪いってそういう使い方もできるのか。」
茂「こいつに呪いをかけられた仲間は、自分の行いが自分に返ってきたと言っていた。カウンターと言えばそうだが、厄介なのは、こいつ自身無傷ということだ。」
早「……え、手出しできないじゃないですかそれ。」
修「俺はできるけど、痛そうだなぁ……」
俺はいくら怪我をしても再生できるが、もちろん痛覚はあるわけで。だとしても、相手が無傷なら俺が痛いだけか……
茂「それに奴は、呪いで術を無効化することもできる。かなり厄介だ。」
……え、無効化?
修「それってさ、式神を消したりしちゃうぐらい?」
茂「召喚の方法にもよるが、現世に繋ぎ止める必要があるものなら、可能性はある。」
まずいまずい、そんな技を香奈にされたら間違いなくやられる。冥界に行って魂を取り戻せばいい話だが、もうそんな思いさせたくない。それだけは阻止しなければ。
?「……ふむ、式神のことをえらく心配するじゃないか。なら手始めに、その式神とやらを処分してあげよう。」
香「え」
男が懐から札を取り出し、何か呪文のようなものを唱え始める。
修「……まずい!」
?「消えろ!」
その声と同時に札が弾ける。同時に、目には見えないが、それを中心に波のような力が広がり、自分達の体をすり抜けていく。この「波」に当たった術が、きっと打ち消されるのだろう。
香「あ……修一……さ…………」
香奈の体が地面に倒れていく。間に合うか?!
修「うぉら!」
ベチィンと、甲高い音とともに、顔に札を貼り付けることに成功した。本当にギリギリ間に合ったようで、貼った瞬間に香奈の呼吸が元に戻った。
香「ッハァ!、はぁ、き、危機一髪……」
修「あ、危ねえ……嘗めてたわ……」
不幸中の幸いだろうか、男が無力化できるのは「発動中」の術だけらしい。でなければ、俺が今持っている札も全て無力化されていただろう。
?「ほう、その娘が式神だったとはな。まるで人そのものだな。」
茂「その子、式神だったのか……!?」
海「嘘でしょ、こんなハッキリと……」
香「すみません、今は喋ることしかできない能無しです。」
事実そうなんだけど、そう悲観しないでくれ。
?「式神を消すことは出来ずとも、無力化はできたようだな。」
修「……お前のこと、嘗めてたよ。」
?「ふん、今更実力差に気がついたようだな。しかし後悔しても遅い。」
修「本当、後悔しても遅いよ。香奈をあんな目に合わせたんだ、こっちも全力でいかせてもらう。」
こいつは正直、放っておけない。香奈を消す力がある……それだけで俺にとっては脅威だ。
茂「修一!無闇に突っ込むな!返り討ちに遭うぞ!」
修「大丈夫、俺のやり方見ててよ。まぁ、不死の身体の使い方ってやつかな。」
?「不死だと?笑わせるなよガキが。」
修「本物の不死身……その身で味わえ!」
相手の呪いの効果は実際に受けなければわからない。初手はいつも通り弾幕を展開し、間合いを維持する。
?「これは、霊弾か?」
修「そんなこと気にしてる場合か?」
拡散していく霊弾を、男は飛びながら避けていくが、やはり避け方はかなり甘い。
甘いとは言ったが、あれは熟練度の差というより、当たっても問題はないという、自負心の現れなのだろうか。
修「がっ……本当に攻撃が返ってきた。」
男の肩に弾が当たったその直後、同じ箇所に衝撃が伝わってきた。だがその威力は見た目以上。どうやら色をつけて返してくれるらしい。迷惑この上ない力だな、この呪いってやつは。
?「わかっただろう、何をしても無駄なんだよ、ここで仕留める!」
男はベルトにでも差し込んで隠していたであろう拳銃をこちらに向け、トリガーに指をかけた。確かにまずい。だが……
修「それはこっちのセリフだ、その呪いの弱点、徹底的につかせてもらう!風符『ムービングファスト』!」
スペルカードを宣言したと同時に、男が発砲する。その弾速はとても緩やかで、その気にならずとも指で摘めそうなほどだった。
攻撃を受けてからカウンターが来るまで、ほんの僅か、ラグがあった。タイミング……つまり時間まで完全に同期していないとすると、この遅く流れる時間の中で気絶させれば、返り討ちに遭う前に倒せる可能性はある。失敗すれば、倍までとはいかずとも、それに近い力で返される。それを俺が耐えられるかどうかだ。
やってみなければわからない、とにかく弾を男の全方位に配置する。死なない程度の威力で抑えてはあるが……加減を失敗すれば、俺だけが痛い目にあう。
……痛い目?あいつ、弾を受けた時、何の反応も無かったが、避けていたよな……なんならあの時点で全ての弾を受けていても良かったはずなのに、どうして避けたんだ……
弾が得体の知れない物だから?だが、あれが霊弾だということは認識していた筈。
呪いが効く条件が存在するのか?例えば同時に受けた場合、うまく作動しないとか……だとすれば合点はいく。
同時に受けたらうまく作動しない、そして呪いのラグ……
あ、大丈夫だこれ。
修「いけぇ!」
スペカの効果が切れる直前に全弾を命中させる。幻想郷でこんな事をしたらみんな怒るだろうけど、ここは日本の山中、それに非常事態。許してね、霊夢さん。
修「さて……現段階で呪いはこっちに来ないわけだが……よし、そろそろだ。」
一応発射された弾丸は処理しておき、それから数秒待つと、スペカの効果が切れた。
?「ぎゃああああ!」
お、痛がった。さっきとは違う。それに俺に力も返ってこない。上手くいったかな?
?「ボ、ボスー!」
そのボスとやらは白目を剥いて地面に倒れ、部下たちに抱えられるが、起きる気配はない。だが、命に支障は無さそうだ。完璧だな。
海「うわぁ……何したかわからないけど、容赦しなかった事はわかるよ、これ……」
茂「あぁ、あの呪いの弱点は把握していた。同時に力を返せないことと、ほんの少しの時間差があること……理解はしていたが、そこを突破する方法なんて見つからなかったというのに……修一、お前どうやったんだ?」
修「えっと、時間の動きを弄って、百発ぐらいの弾を全方向から同時に。威力は大体、小学生が硬球を全力で投げた時ぐらいの力かな。それが百発同時に全身に来るわけだから、流石に耐えられなかったみたい。」
早「ひぇ〜……修一くん、何気にえげつないことしたね……」
あんたも大概えげつないことしてたけどね。マスパやらなんやらが大量に降り注ぐのを防ごうとして出した結界を、手刀でぶち壊して去っていったこととかさ。
茂「さてと……お前たち、止まれ。逆らうようなら、私の部下達が黙っていないだろう。大人しく同行してもらうぞ。」
……あ、部下にされてる。まぁ、都合が良いのはわかるけど。
?「チッ……くそ、ここまでか……」
修「それはそうと、なんで襲撃されたわけ?」
茂「あぁ……こいつらはさっきも言ったが、呪いを扱う。使い道は除霊だとかそんな物じゃない。文字通り、人を呪うんだ。」
修「へぇ、だとすると今回、こんなにドタドタしている原因は……」
茂「呪いをかけられた大手政治家の娘……その呪いを祓った事が、事の始まりだ。」
政治に絡んできてるのかよあんたたち。とんでもねぇな、裏の世界。
茂「ともかくだ、あとは俺たちの仕事だ。結局全部させてしまったようですまない。恩に着る。」
海「ありがとう、修一くん。」
修「いえいえ……でも、絶対殺さないでよ。」
茂「当たり前だ、それこそ大変な事になる。」
命狙われてたのに、自分はそんなことしませんってか。俺はこの性格に似たんだろうな……
……うん、絶対に似た。敵だと判断した相手に容赦しないところとか絶対そうだ。
早「あ〜あ、せっかく買った服、汚れちゃった……」
紫の手配で幻想郷に戻ってきた俺たちは、戦利品を確認するが、あの騒動だ。流石に服は守りきれなかった。というか、いつの間にか土の上に置きっぱなしにしていたみたいで、袋も腐葉土でしっとりしたり、細かい葉がこびりついていた。
紫「全く……目立たないようにって言ったのにこれ?あなたたちってもしかして、疫病神?」
修「それは香奈に言ってくれ。」
香「ちょ、酷くないですか!?第一、修一さんも大概いろんなトラブル引き起こしてるじゃないですか!」
修「なっ……お、お前程じゃ──」
紫「二人とも。私は『あなたたち』って言ったのよ。」
修・香「んん……」
ぐうの音も出ないな。
紫「まぁ、相手も世間から目立たない存在で良かったわ……さて、説教はおしまい。三人とも、お疲れ様。」
そういって紫、早苗と別れ、とりあえず慧音さんの寺子屋へ帰り、そこでゆっくりと腰を下ろした。
修「だぁ〜、疲れた……何買ったかさえ忘れたよ。」
香「私は外の服があまりにも奇抜で、衝動買いした服が何点かありましたよ。」
例えばこれ!といって見せてきたのは「パーカー」だった。
香「パーカーって、服に帽子が付いているんですね!外にいた時、これを着ている人が多くてびっくりしましたよ!」
修「あぁ、確かにここじゃ見ない服だな。」
香「あとはこれ。」
出てきたのはホットパンツ……え?
修「お前……それ着るの?」
香「はい!パーカーと組み合わせたら、かなり可愛くないですか?」
修「いや似合うと思うし可愛いとも思うけど、札の事忘れてないよな?地肌に貼ってるやつ、丸見えだぞ?」
香「ふふふ、甘いですね。そんな時はこれ!」
そういって出してきたのはストッキング……ではなく、タイツ。
香「札はこのタイツで覆います。ちょっと着替えてきますね。」
修「……おしゃれに関心があるのは、俺との違いか。」
結局、服は一着も買わずに店を出てしまった為、こうして楽しんでいる香奈を見ると、失敗したなと思ってしまう。
襖一台隔てた所で、香奈がゴソゴソと音を立てている。着物から現代服に着替えるわけだから、手間と時間がかかりそうだ。
そういえば香奈の着物以外の姿、見た事ないな。
しばらく待つと襖が勢いよく開けられ、香奈はドヤ顔でこちらを見下ろしてきた。
香「ほら!可愛くないですか!」
正直、ものすごく似合っている。活発な性格がそのまま反映されたような印象だ。こうしてみると、蟒蛇には全く思えない。しかしまた黄色か、好きなんだな。
修「うん、やっぱり可愛い。それで酒の飲み方がマシなら尚のこと良いだろうね。」
香「今は関係ないです。さてと……うん。雅さんに会いに行きます。」
修「は?」
香「今のこの服装なら、きっと断末魔でもあげて倒れてくれるんじゃないですかね。あの人相当女の人が好きみたいですから。」
雅が断末魔をあげて倒れるところか……うん、見たい。
修「俺も行くよ。」
悪い顔をしながら寺小屋を後にして雅の元へと向かう。その後、彼が無反応を装いつつも、彼女の太ももを横目で見続けていたことを俺は見逃さなかった。