めんどくさいので3日目終了後まとめて掲載します。
新城市のパワースポットと言えば、百閒滝や鳳来寺と相場は決まっているのですが、更にパワースポットとしてもっと注目されていいのが、アラハバキ神も最西端の神社とされ真っ二つの石を御神体に祀る石座神社、ヤマトタケル伝承の作手の日本でも珍しい白鳥神社11社の集合地、そしてここ日本でも有数の龍脈の印が見れる棚山の瀬戸岩、あたり。
特にこの瀬戸岩は龍の2つの角が露わになっているということで、龍脈研究者やスピリチュアル関係者の間でも書籍などで取り上げられています。
龍脈とは?ってことですが、この龍脈に関しては特に東アジアでは遥か昔から例えば国家の存続とかまで含めて、重要な不可思議として、色々この龍脈に関して面白い話が残っています。
例えば朝鮮半島では、日本の支配下にあった時期に、国家を衰退させるために日本が半島の龍脈になる山脈に鉄杭を打ち込んだ、なんて話もあって、未だに韓国では山で妙な杭が埋め込まれているとそれを抜くそうなんですが、ただの測量の名残ではあっても、そんな風に思い込んでいる人もいるんですよね。
まあそれほど龍脈というのは「気にせずにはいられない」ものだと言えます。
おそらくですが、利修が鳳来寺山周辺を聖地として選んだのもこの龍脈の地として見つけたということではないでしょうか。
非常に理想的な配置となっておりまして、図にある「案山」が寒狭川と板敷川の交差点の長篠、重要な「龍穴」は鳳来寺山、となります。
そして「龍脳」という頭の部分が棚山の2つの突起した岩、つまり通称・瀬戸岩となるわけです。この麓で利修は修行をしてその修行場で開山地があるのも頷けます。
更に、中央構造線をなぞるもうひとつの大きな日本の龍脈上でもあるので、パワースポットとしては申し分ない設定となっています。
多くの宗教家や、具体例で言うと、最近はyoutubeでも引っ張りだこの元オウム真理教で現ひかりの輪主宰の上祐氏も、この鳳来寺山をひとつのパワーみなぎる地として訪れブログにも書いております。
モルドバのフォルクローレロックバンドと民族音楽奏者兄弟のユニット。ユーロビジョンでも大きな反響があり確か視聴者投票では2位くらいの大量得点があったんじゃないかな。ルーマニア圏でもありますが、キシナウ・ブカレストという都市名、つまりモルドバとルーマニアの首都名出てますね。
ここんとこ「ホットコーラ」に嵌っておりまして。
自分は小さい頃からオレンジエード、つまりホットオレンジが好きだったものですから、中国人が風邪引いた時コーラをホットで飲む、ってのがいかにも漢方の国だなって思ってまして、クラフトコーラ濃縮液を自分でつくってお湯で割って飲んでます。ドクペやチェリーコークが好きなのでこれにチェリーシロップ入れるといいのかも。
スパイスは粉末のでちゃんとできます、ホールより安上がりだし。
ただしシナモンはスリランカ産に限る、です。他の使うと全然違うんよね。スリランカのはもっと漢方っぽい。
こないだツレがクラフトコーラ界の雄・伊良コーラ飲んだそうですが、なんか本人的にはもういいかな、って感じのようですな。
まあクラフトコーラでも伊良コーラはスパイス種類も多めなんで好みは分かれるところ。Youtubeに自作できるコカ・コーラとかありますけど、スパイスは15種類くらいの多めのから最低5種くらいのまで様々でして、最初はあんまり複雑な味にしないほうがいいかもですね。自分は6種でベースにスミダのコーラシロップも入れてスパイシーにしてます。
デーツの煮詰めたやつアマで売ってて入れると黒くなって健康にも良い、ってのがあったので今度やってみっか、です。
梅シロップ入コーラは次世代新城土産のクラフトコーラ目指してるようですけど、自分でやってみるとまーそんなに自分的にはバズらなかったかなー。コーラじゃなく梅ドリンク領域なんよね。結構やっぱ梅って自己主張派。シンシロ特産だとブルーベリーの方が合うかも、知らんけど。或いは梅シロップじゃなくて梅エキスならなんとかコーラ領域なのかもね、やってみなくちゃ分かりません、しらんけどw
それとカレー。
トマト果肉入のカレーは美味しいと思ったことあんまりないのですが、濃厚無塩トマジューでつくるとこれがびっくりするほど美味しくて、もう度を超えて水無しでトマジューだけで、ってのが定番普通になりました。もう戻れないッスw
ナポリタンつくるときも麺をトマジューで煮て、そこにトマケチャすると濃厚で美味しいんよ。脳みそガツンで到達度いと高し。
最近はこの本がそこそこ面白かったのではありますが、ダレも言わないからここで言っちゃうけど、藤山寛美って声が通らないのでDVDでかつての松竹新喜劇見てても、座員中一番何言ってるんだかわかんないとこあんのよねー。当時指摘してた人いるんかしらん? 自分なら言っちゃうねたぶんw クビになりそうだけどw
さてぶっちゃけ本題。
最近の傾向として「うちのジモトは凄いんだぜー!」みたいなのがあるんですけど、ぶっちゃけ「別段凄くねぇじゃん」ってのがホンネでございまして、結局こういう誇大広告思考ってのは、それだけ気弱で自信も無くて不安でさりとて迷いもあるからという鼓舞させるマヤカシなんだろうと察っするんですけどねー。ホントに凄いならもっと発展もするし、観光もオーバーツーリズムってのになりますぜダンナ。
自分は観光自体それほど興味も無く、風光明媚とかねそういうの見てもあんまり感動も無いし自然とかもそんなに興味無いし。
ただね、どうやって街ができて、どんな文化が開いて、それが移り変わってとか、そういうのはめっちゃ興味があるんですよん。
東京や大阪京都ならともかく、田舎のさして隆盛も一時だった田舎まちに、それを見出すのは酷ってもんなんざんしょなんですけど、人の営みってのはどの時代も興味深いものでして、何思いながらこの地で一生終えたんだろうかとか、そういう痕跡の積み重ねなんですよね。
明らかにその厚みは文化的にも非常に薄いものなんでしょうが、その多くは今や継続ままならない伝統行事とかばかりに視線が集中するんだけど、そこばっか見てるのはちょっと違うんでないかい?ってのがあります。
まあですからいくら凄いと言ったところで返ってくる「そうだよねー」はオベンチャラというものでして、真に受けないでもっと違う面も捉えるってことでしょうね。
「日本スゴイ」を揶揄する人もこと田舎なんかの「おらが村スゴイ」には変に共感したりとか、まーそれもダブスタやんと思うのであります。
そもそもスゴクないとダメなの?ってとこで考えたほうがこの時代良いように思うくらい。
だって可愛げあったほうがいいでしょ。虚勢もホンネで滑稽に見える時代になりましたし。
そりゃ大谷くらいならほんとスゲェですけど、一般我々のレベルなんて五万どころか数億人以上いますのでね、身の丈でやってくってのは変にストレスも抱えなくていいんじゃないですかね。
昔はこんなこと言うと「ダメなヤツ」レッテルだったけど、よくよく考え見渡せばまーそんなご立派なの居ませんもの。
というより、ITやAIやマシン進化でもうそこと比べるとどうにもならん業種や分野もいっぱいありますしね。そういう意味でも「こだわり」は良い面も悪い面もある、ということです。
腹抱えて久しぶりに笑ったのが、市川うららFMの「弱つよむのフニャフニャラジオ」w
ここのFMの「ミギオのフラットシャープに」が楽しみでそれだけ月イチの聴いてるんですが、ちょっと浮気してフニャフニャ見てたら、ビーチ坊やっつー芸人さんだかなんだかよくわかんない人が出てて、このラジオ中継動画で8分過ぎあたりから「秘伝のタレ」つう御本人歌唱の歌が流れるんですけど、まー長げーわwなんですけど妙にハマるのでありましたw
最初「びーちく」って呼んでるようだったので検索すれど出てこずで「?」だったのですが、よくよく聴くとビーチ坊やだっつーのでして、まーどーでもいいけどこの脱力感はスゴイです。久々の逸材。
あータモリと根本敬に聴かせたいっ!
こういうのやっぱ東京の懐の深さだよなー、まぁ局は千葉ですが。
一ヶ月くらいブログ更新してなかったのですが、日本武道館公式Tシャツ2024柔道デザイン依頼が年明けに日本武道館から来まして、あとなんやかや自分でやってる趣味Tデザインの注文来たのでなんやかややってましたが、大してあんまし仕事欲の無い中、やりたいのだけやる、という感じでスタートした2024年。
自分はデザイン権料サブスク仕立てが多いので、2週間くらい全く仕事しないで毎日アマプラで映画見たり、youtubeで過去のユーロビジョン見たり、古本読んだりで、今月実労3日くらいかも。そこそこ地味に生きていけるくらいのサブスク利益がもうかれこれ10年目くらいなのですが、大儲けの欲も無いのであんまり手広くやりたいとも思わなくなりました。
ツレには「もっとやんなさいよ」ってハッパ掛けてくるんだけど、とにかく「メンドクサイ」のが嫌っちゅーかねw
昔はそんなことなかったんだけど。まあでもシンシロオモシロ観光サイトづくりはちゃんとやりますわ。多少サボって遅れるかもだけどw
まー今の時代、誘惑が多いのよ。特にYouTube。もうそんな興味出る動画載せないでー!って言いたいとこなんですが、まあパブロフのなんとかでして。
レトロ好きももう日本のはとっくに飽きてきて、ここ数年は外国のテレビバラエティーのCM入った70~90年代のレトロ古いやつとか、それもアメリカ・韓国・東南アジア・東西ヨーロッパとかですね。
最近はソビエト時代のやつとか、言語わかんないんだけどなんか面白いのw
ですのであっちゅーまに時間は過ぎ去ります。年齢重ねると若い時の倍速で時間が流れるんよ。若いうちはそういうの「なにかしなくっちゃ」で焦るんだけど、歳食うと「まいっか」なんです。惰性の沼。これマジで老けますです。だから歳喰ってから新しいコトとかメンドクサイとか不得手になるのってめっちゃ解ります。
ただやっぱそんなことしてると、ベクトルモード変わって逆に急にヤル気出てくるんですけどね。ちょっと興味あるデザインコンペ応募して最近2件獲れました。結局自分はパソコンいじってなんやかやデザインしてるのが幸せなんでしょうね笑。
ところでろでろで、映画「八ツ墓村」無料公開中ですよ!
もうかれこれ10回は昔から見てるけど、岡山までだったのよねー新幹線。そう思うと、広島とか九州なんてほんと遠いとこって当時の感覚。
冒頭のシーン、なんだか設楽原で新城の行く末睨む武者、って感じに見えちゃうんよね。
さても。
大晦日の記事で「辰年の辰は農の意味もある」みたいなのが載ってて、元日になってふとそういえば農って辰の字入ってるけど、「地震の震」とかもそうだよなぁ…なんて考えてたら元日早々地震でびっくりしてしまいました。
寒い中気の毒過ぎて、なんとか悲しみの中でも体力温存して「生きてこそ」の人生ですものね。
一人一人生き抜くことって大変なことですが、なんとか踏ん張って、いずれ落ち着いたらまた前向きに進んでいただけたら、と思います。今はとにかく行政や国でちゃんとサポートしてほしいですね。
この地震は、半島どん詰まりの過疎地域での災害問題とか、今後どうやってインフラも含め維持してゆくかとか、今後の日本の進んでゆく道を考えさせられる災害でもあります。
コンパクトに街に集結して住んでいけばいい、という発言もありますが、それとてそこの住民がゼロになることもないでしょうし、輪島のような日本の文化の引き出しを無くすなんてのももったいない話です。
まだまだ時間をかけながらも、官民両側での上手に生きていける妙案を考え実現することで、人それぞれが自分の思った願った生き方ができる世の中をつくってゆくことが、ある程度成熟した国家や社会の次の課題でしょう。
ロケ地巡礼動画好きなんよねー。
ところで辰の文字には「とき」という意味もあるそうです。
最近youtubeのどっかの動画で「歳喰ってから後悔したこと」ってのがあって、その中に「人生は20歳台で決まる」というのがありまして、まさにこれです。
もっと言うと、やりたいことは十代で決めて、二十代で大方のプランとスキルを身に着け、三十代でブラッシュアップ、四十代で時代に合わせる軌道修正、五十代で完成形、くらいで行くといいですね。
これは仕事とは限らず、趣味とか副業とか体作りとか密かなお楽しみにも言えることでして、ここらへんをいくつか持続させてるといつか花咲くものです。
退職してから趣味を見つけて老後の楽しみに・・・なんてのは大方うまくいかないようで、それとてある程度若いうちから、忙しい仕事の間に隙や時間つくってコツコツいそしむからこそ、数十年経ってその継続が大きな完成形になる、というのも多数意見でしたね。時にはサボってやりたいことやるのがいい、って確か中川家の兄ちゃんだったかも言ってました。そういうのにココロ傷めなくていいってこと。
なんか周りに感化されて「よしっ!やるぞっ!ワクワクしてきた!」って思ってても、まー40歳超えるとほぼ言うだけで時間はどんどん過ぎ去ります。明日やろう、なんて考えてるとそれは数年経っても手つかず・・・なんてのを多く見てきました。まあそういうのは今後もやらずに「あーあのときやっときゃよかった」で終わるのもツマンナイです。
正しい本能、にはそれなりに向かうのがいいですよ。結果はすぐに出ない場合もあるし。ある程度解ってきたら進むか見切るか、それでもいいんですよ。
知人などで上手く行ってるタイプはほぼ20歳台後半で道筋決め実行した人ばかり。
それでもほんと一握りですので、年齢は早いうちにある程度決めるのが吉とはいえど、本人に聞くと「後戻りできないだけで、ほんとはもっと違った楽な生き方したかった」とか言ってましたね。忙しいので大好きだった趣味は諦めたそうで、今youtubeなんかでそれやって楽しそうなの見るのツラいわー、だって。
他のことで補填幸福感はあるけど、ホンネはやっぱね、ってとこみたい。成功してる人でもそれなりにいろいろあるんです。
結局なんでもそうですが「やりたいことが持続継続できてるかどうか」なんです。
仕事と趣味両立できる環境や人もいれば、どっちか諦める選択もしなきゃって人もいて、案外ちょっとしたことにふと面白さを見つける人もいたり。
んで「これはキツいなぁ」となれば、落とし所を見つければいいわけでして、諦めて違う道考えるのも若いうちのほうが軌道修正しやすいです。人の幸せ度ってそれぞれですから、がんばらない楽な生き方を選ぶのも全然オッケーですね。
自分に合った生き方がストレスも無くていいのです。
まあそれでも楽しいコトっていっぱいあるので、それ優先で生きられるならそれでやっていきましょう。
生きていくことは「命の継続」なので、自分の「本命」を決める、つまり仕事ややりたいことだけでなく、歯を食いしばってでもの生き方から、まーそれなりに楽ちんライフがいいとか、自分に見合った「本命」を見つけてくださいねー。
そこから「使命」感なども出てくる人もいるでしょうし、そのうち「運命」的なものも感じることだっていくつか出てきます。
自分なりに軌道修正やブラッシュアップで「革命」を起こすのも、案外リフレッシュも兼ねた自分の人生の作戦かもです。
でもそれが辛いなら、そんなの無きゃ無いでいいんですよ。不幸せに生きるより、ひとつでも幸せに生きてこそ、なので。
来年で昭和にすると100年だそうで、これでやっと良くも悪くも昭和感覚のひと世紀が終わりを告げます。そんな感じで政治も国民感情もその他色々、ほんと変わり目ですね、ここ数年。
昭和の常識だったことが今や非常識、あり得ないってことがワラワラ出てきてます。
大騒ぎになってる吉本なんかも昔の経営感覚ではやってけないというのが解っているので、松ちゃん問題はもう戻りません。一時代の終わりです。そして新たな方向に向かうしか選択肢は無いのでございます。
こんなこと考えてると今後の時代テーマは「地味」「ジミ」だけど「なんだか愛おしくて面白い」というとこなんかなー。そんな時代にもはや来てる感があります。
最近の若い子に「この会社で働く意義は?、どうなりたい?」って聞くと、それこそ昭和なら「昇進したい」「会社のために頑張ります」なんて答えだったのが、今は「今やってる副業が上手くいくようならさっさと辞めたい」「給料そこそこでいいので好きなコト中心でいきたい」って返ってくるそうでして、人生において何をメインにするか、って実は大事なんですよね。良い傾向ですこれ。
今後考えるに、個人個人がもっとやりたいこと優先とか、どんなふうに生きたいとか、仕事二の次でいいとか、地元にこだわらなくていいとか、そういうことこそ未来志向なんじゃないかと思います。
こだわり続けることでイイ面もワルイ面も出てきますもんね。
地元に縛られることで失うものもありますし、地元にこだわり続けたい人もいるでしょうし、どっちが良いとか全くナンセンス。
まずはいろんなもの取っ払った上での自分の理想の人生観を描いてほしいですね。そこから足したり引いたりしてライフデザインしてってください。
多分それが正解です。
紅白はリーダーズオトナブルー、ado、吉高由里子のキャラ、この3つだけめちゃよかったです。他はYOASOBIとかマンウィズそのあたり以外、後はなんだか微妙だったなー。よく出来てはいるんだけど案外印象に残らないツマラナイ曲が多かったですね。
アバンギャルディの出番が少ないのはちょっとねーいただけませんでした。もったいないことよ。
あと小汚い芸人の裸とか、今やYoutubeなんか意味もなく乳首見えるのもご法度なのに、昭和宴会しょーもなさ過ぎて辟易。一年の締めくくりであんなもn見せられたら新年もろくでもない年かもね、って思った人多そうです。
前半はロリ&ホスト&オッパブ風俗キャバクラ幕府集団盆踊り文化祭、後半はもういいよ要らんよなジジババ懐メロみかん箱オンステージ。
純烈のQRコード読み込むやつがサーバ負荷すぎてNHKプラスが3~5分くらいエラーになってましたねw ネット視聴も金取りまっせってなるそうですが、そんな脆弱で大丈夫なんかしらんw その意味ではジャンジャカサクサクYoutubeって凄いですよね。
通常はある大河家康イジリもガン無視企画すら無く、ワーストブービーどうする大河、いかに人気なかったか、っつーことでした。
ルビーの指輪はどう聴いてもビリー・ジョエルのストレンジャー+ボズ・スキャッグスのシモン【←ルビーより1年前作品】だし、福山さんのHelloはソ連邦崩壊過渡期のロシアのロックミュージシャンのヤツにそっくりなんよね曲。手放しで名曲扱いしてるのもなんだかなー、です。
シモンの指輪w
1989年のベストヒットUSAでワールドミュージック特集やった時に、ジャンポール・ゴルチエ、サリフ・ケイタ、オフラ・ハザ、ブレンダ・ラッセル&イヴァン・リンスなんかと共に、ソビエト崩壊寸前ソ連邦ロック歌手の1989年の曲も出てきてそれがその数年後1995年に出た福山さんのHelloのギターイントロとか曲調と明らかにほぼ同じなんです。
ただこのロシアの歌手、名前ど忘れしちゃって、アレクサンドルなんとかーとかアレクセイなんとかとかそんな感じの名前だったような違うような。
紅白に出たソ連邦歌手のアレクサンドルなんとかさんとは違う人。
10年くらい前にYOUTUBEで探し当ててあーこれこれだっ!、ってなってたんですが、チェック外してたので今更どーも名前と曲名が思い出せません。
1989年当時一応ビデオ録画して、その後DVDに焼き直してはあるので、それ探せばあると思うのですが、どこに仕舞ってしまったかw、ですな。
さてさて、ここに来て松ちゃん問題で賑わってますが、おそらくこういう流れなんじゃないかと思いますので解説します。
2025年万博は史上初めて「お笑いエンタメ企業」の吉本パビリオン出展がありますが、同時進行でカジノ事業に付随するのが「ステージエンタメ事業」です。
確かMGM系のアメリカ資本がIRのメイン運営かと思いますが、本場ラスベガスでは旦那はカジノ、奥さんや子供はエンタメステージを楽しむ、というのがパッケージになっています。吉本の意気込みたるや壮絶です。
オワライがひとつの産業になってる都市っておそらく世界広しと言えども大阪くらいでしょう。
吉本興業は昨今のお笑いタレントのアメリカ進出などを考えれば、今後もう浸透しきった伸びしろのない日本のフィールドから、特にアメリカと東アジアに事業拡大を考えてると思います。
そのひとつの発信拠点と核がIRのエンタメ事業となりますので、後々問題が噴出しそうなタレントは数年後の開業までにきっちりしておかないと、これからさらに厳しくなる倫理姿勢を問われ、ワインスタインやエプスタイン問題やMetoo運動と同じ轍を踏むわけでして、そうなると世界進出は失敗となり大損害となるわけです。
どころかブランディングに失敗しますもんね。
おそらくそこに引っかかってくるタレントは主軸人物であろうが浄化せよ、という流れになってきているんでしょうね。案外この問題噴出は身近なとこから仕組まれてる「裏と表」で仕組まれてるのかな、とも思います。
以前紳助が引退せざろう得なかったのもこれでしょうし、もうこういう流れは止められないでしょう。
IRのカジノのあるビッグステージで中国人や中国語の漫才を楽しむとか、それを現地で養成する事業とか、英語漫談とか、海外のお笑い芸人集積地にするとか、こういうのがもうすぐそこまで来てるわけですから、トップクラスの稼ぎ頭とて、世界標準の倫理観に反比例するのをもう見過ごすわけにはいかないでしょう。
アニメとゲームの次にくるオワライエンタメ、日本の代表的文化コンテンツを世界的なものにする事業ですから、案外当たり前の流れなんじゃないでしょうかね。
マスコミの考察とか識者の意見として、これが全然出てきてないのは不思議です。まともに考えればおそらくこの理由しかないと思うのですが。
大晦日の話題は設楽作手風力発電建設問題。
ここに来て政府筋で、自衛隊や航空機のレーダーに風力発電の羽などが影響するということで、今後規制がかかってゆくようです。
実はこの地域は、米軍の戦闘機が太平洋上の空母から発進した場合、浜名湖の今切口を目標に北上します。
太平洋戦争時には完全にこのルートで、北上後、鳳来寺山と棚山上空で進路を変えるために、海老や玖老勢では米軍の戦闘機が上空を横切って、その後に小さな日本の戦闘機が西に向かい追っかける、というのが毎日目撃されました。
海老の東泉寺の裏手の山には、見張り小屋があったくらいです。
浜名湖を北上し、棚山上空で西へ、そして名古屋方面に飛んでいきますので、日本がまた戦争などに巻き込まれたり上空侵犯などがあれば、浜名湖横の浜松の航空自衛隊も含め、ほぼこの図のようなルートになります。
したがって邪魔になるのが設楽作手の風力発電の羽になるんですね。
特に棚山越しは低空飛行の場合も多く、そうすると御前崎レーダー阻害どころか直接風力発電の羽や支柱に戦闘機がぶつかる可能性もあるため、おそらく建設はもう物理的にも無理なのではないかと思います。
戦時中海老の街なかに米軍の焼夷弾が誤って落ちたこともあり、また戦闘機ルート西旋回の目安になるために、夜は灯火管制で窓を全部黒い紙を貼って灯りが漏れないようにしていました。
それぐらい鳳来北西部の山は、米軍機も日本軍機も重要な交差点のような位置にありました。
日本が非常事態になれば、またこのルートで戦闘機が飛び交います。
ここで西方に旋回することで、名古屋・小牧空港・各務ケ原基地などにすべて到達できるために、今後も変わることはありません。
さらにちょうどレーダー波がこの西旋回地点と重なってちょうど作手の風力予定地にぶつかるので、イチバン望ましくない立地となってますので自衛隊も米軍も建設は歓迎しないでしょう。
おそらくというかほぼもう建設は難しい状態になってしまった感じですね。
有事シミュレーションすれば、作手風力発電施設のすぐ背後はトヨタの自動車産業集積地ですので、ここを敵機が来襲し壊滅させることで、日本は主幹産業の軸を一挙に失います。
風力発電の羽のために御前崎レーダー波が狂う可能性があり、敵機を追い払い追撃する航空路も正確さがぶれますので、この発電施設は非常にやっかいなものになるわけです。
この風力発電施設によって、敵機追撃なども失敗となれば、もはや国防失敗ですもんね。リスク大にしかなりません。
防衛面で考えれば、日本で最も設置には不適合な場所と言えます。
おおよそ日本の北方にある国、北朝鮮・中国・ロシアといった国は南からではなく北の方から来襲しますので、米軍は横須賀などから空母を遠州灘沖に配置し、浜名湖方向に航空機を北上させ、濃尾平野に至るためにはどうしてもこのルートが外せません。自衛隊も同じでしょう。国防考えれば作手風力施設はレーダーの邪魔になりヤバいですよね。
またもうひとつ、新城市や奥三河の代表的な遠景で見渡せる鳳来寺からの眺望で、この風力発電の乱立が目に入ることで、観光産業にもかなりの打撃にもなるでしょうね。
「大自然と歴史の景観」が売りなのに、そこに大きな風力発電の人工物が目立つことで、鳳来寺の求心力的魅力も半減してしまいます。
国防的にも奥三河の観光的にも何もいいことが無いのです。
あと2日ですねー。
10日までお休みってとこが多いみたいです、自分の周辺でも。
来年はひとつは観光サイト、まーこうゆーポスター画像やイラストマップなんかを駆使したヤツですが、おおよそ3月いっぱいくらいで完成形にしようかと、やる気出ない中、それなりにやっておりますw
最近もうどっちゃでもいいかな、ってなってましたが、せっかくつくってるので使わないともったいないもんねw
こっちがメインでもうひとつ、実用新案や特許案件のモノで何年か前から考えてたのがありまして、夏頃までには実物をどっかと組んで作ろうかと思っています。年内には販売できたらいいなあと。
超絶簡単な仕組みのものですが、特許サイトなんかにも無くて、まあ安くつくれて安く売れるのと、場合によっては消耗品感覚な面もあるので、通販サイトやホムセン、ダイソーなんかでそこそこ売れそうなライフハックアイテムかな、と思います。
軌道に乗れば自分でやるのメンドクサイので、一応お任せできるとこも既に話つけてございまして、まあこれもサブスクですね。コンサルも抱えてる知り合いのとこなので「イケるねそれ」ということに一応なっておりますが、まあ全く売れないようなものでもなさそうなのでボチボチ売れればいいかなくらいの心づもりですけどね。
もうネーミングもパッケージデザインも設計図や原寸ダミーもできてますので、あとは製品をとりあえず試作するだけです。その業者さんをピックアップしてるとこ。これにとにかく時間掛けたい。プラと紙と両方向できる商品なので、できたらどっちも得意でってとこがいいのですがねー。
形状も単純でほぼ裁断だけのものなのですが、類似品作られてもってのがあるので、そこらあたりは慎重に、って感じです。
収益出るようなら一部を観光や地元物産品開発などの資金に回せますもんね。
最近考えるのは「観光事業だけで観光事業やるのはもう無理」だと思っています。これは地元特産品加工なども同じでしょう。ネタが無いのが原因になってますし。観光にしても地場商品にしても。
現在の人口が42000人。10年後には新城市はおそらく29000人台の人口自治体になりますので、そうなると観光事業って大きな財源になってゆきます。
しかもイベント方向より、個々の小さいお商売でもやってゆける平常運転観光や地元商売が持続可能できる街になると思うのですよね。
まもなく紅白ですね。
このタイトル文字ロゴの面白さとステージデザインの面白さにビビッときて、大人になったらデザイン仕事でやってゆくのを決めた映像です。まあこれだけではありませんけど、文字デザインのカッコよさに魅了されたひとつ。
この頃の紅白って手が込んでて、それぞれの曲タイトルすべてロゴ化させてましてな。
今や自分もこのタイトル文字より全然カッコイイのがいくつも作れますけど、何が人生決めるか分かりません。
ついこないだ東京オリンピックだったのに、もうあと半年とちょいでまたオリンピックですよーん。
3年4年あっちゅーま。
それと来年のユーロビジョンはおそらくイスラエルも離脱、っちゅーか参加させない方向かね。ロシア・ベラルーシはすでにそうだけど、優勝常連のイスラエル出ないとなるとちょいと寂しい大会になりそうですが、オリンピックも参加できるんかね。
下手に出るとミュンヘン事件再来とかありそうで怖いよなぁ。
そういえば以前ツレとその映画「ミュンヘン」見に行ったのを思い出した次第。
かなり入り込める映画です。モサド暗殺チーム、黒い九月事件のイスラエルの報復合戦をリアルに描いています。
年末でなんやかやメンドクサイのでw今日は昔ハマってた音楽なんぞを。
todayのtake it off。
ジェフリー・オズボーン「dont stop」。
3ムスタファズ3。バルカン半島の架空のユニット設定でした。この頃からワールド・ミュージックつうジャンルが出てきて、欧米以外の国の音楽が一部のマニア内でウケ始め、イスラエルのオフラ・ハザ、フレンチラテンのジプシーキングス、アフリカユニットのユッスー・ンドゥールとかサリフ・ケイタね、アジアだとシンガポールのディック・リー、マレーシアのシーラ・マジット、挙げたらきりが無いですけど、まあ知らない国の音楽に触発されるというムーブメントであったわけです。音楽シーンも90年前後で新ジャンルのラップやヒップホップなんかも完成形となって出てきて、音楽ジャンル全般、大方一巡してましたので、音楽の新天地へ、ってとこだった時代。
もはや「観光」より今後はもっと「旅」という方向になってゆくと思います。
もっと言えば、りょこう「旅行」でもなく、「たびゆき」みたいなニュアンスですかね。
そこには思いや心があって、より人間的で情緒的で文化的。
これからの時代、こういうのが大事なんじゃないですかね。
「旅行きに行くと知らずて 母父(あもしし)に言(こと)申さずて 今ぞくやしけ」
万葉集ですが、「二度と会えない旅に行くと知らずに、両親には別れの言葉も交わさなかった、ああそれが今は悔やまれてならない」みたいな。
まあそれはそれとてそこまで深刻にはなるまいてですけど、心情はちょっとお察しします。
ちょっと誰にも言わずにトリップしたいってことありますもんね。
行ったことすら誰にも言わない、ってのもあります。
そんな場所に新城市がなればいいなぁ、と思うのですがね。
これは明らかに新城市の観光定義的には表現できてなかったことでもあります。
日本の観光はもっと心象反映してると面白くなります。
今現在は表現も言葉も説明も通り一遍等で、単調で飽きる方向だけにどん詰まりしてるってことです。
無機質感が地元とて無関心な感じで伝わっているのです。よく分かって無い感ハンパないですもん、新城の観光全般に。
幽遊白書。いい曲なんだよなーほんと。実写版どうなんでしょうか。
英語版。
この早滝橋というと、鳳来方面から豊橋へ行くときのショートカット道として知られてますが、世の中早々ショートカットできる、上手く回避できるってことが難しいのかな、と思った一年でしたね。
そこそこ長く生きていると、そんなに近道とかは無くて、結局地道にやって、それが良い方向や道なのか続けながらも常に微調整や階段もできる範囲でちょっと昇ることが生き残る手段なんだな、つう2023年でもありました。
人口減少問題は今や深刻な日本の象徴になってはいますが、1970年あたりだと「人口爆発問題」が日本の心配事でした。
こんなに増えて日本大丈夫か、という不安があった日本だったわけです。
それがたかだか数十年で人口減少問題に。特に地方ですね。
それとて若者心理とすれば、地方や田舎の魅力やコストや仕事やスキルの脆弱さから離脱して、東京や大阪に出て本当の自分を完成させたいのは当たり前。
こういうのは個人的には特に若い層なら「若いうちはじゃんじゃん都会や世界に出て活躍してほしい」というのがありますね。
若い人は地元の人口減少とかあんまり心配しなくていいのですよ。都会でしかできないことがあれば、スグにでも都会に出ろ、ってことです。
但し、その行った場所で「モノになる」ことが重要。ある程度結果を出すことですね。単なる「良い経験した」では半額セール止まりです。それではまともな値段では売れないです。
そういう「モノになった人」がいずれまた少しでも戻ってくればいいのです。
都会や外国に長く行ってても、プロフには「経験」とかだけのニュアンスのみで詳細は書けずにごまかす程度のことならそれは「モノになってない」ってことです。
そこで何やってたの?ってのと、どういう結果で終わった?、ってのが大事なんですよ。
一見何か持ってそうなんですが、実は薄っぺらい、ってことが多くあります。漠然とした経験というのは単に思い出であり、また薄煙。包まれ眺めただけで、握って掴んではないのですね。
新たな出発地点で既に「手応え」の経験上の戦略が無いので、やっぱり着地点にたどり着くのが難しい局面はどうしてもありますよね。これは年齢重ねるごとに難しくなってきます。模索と手探りがずっと続くのは体力的にも疲弊するわけです。
そのうち「自分探し」なんてコトやり始めたりね。そこに自分は無いんだから幾らさまよったって探せやしません。
イチバンいいのは、ですからやはり中学生あたりでどういう職種ややりたいことを決め刻み込んで、高校ではもうその方向をある程度掴んで勉強してゆく、そして大学や専門職、或いはその後の人や会社の出会いで大小ありますがその調達と調整をして、仕事に就き3年から5年である程度の結果を出して、次の30歳代からは「そのベース土台に建てていける」道筋をつくる。
まあPDCAサイクルですね、人生版の。
ここが上手く行かないと時間が経過するにつれ結構大変になっていきます。30歳後半から40歳代前半でモノになってなければもうワンチャン率はグッと減ります。
おそらく「こんなはずじゃなかった」→「思ったことができていない」→「おそらくこのままで終わる」という流れが強くなります。
もうひとつは、それでいいという人はいいんですよ。メンドクサイ生き方嫌な人も多いですし、それぞれ大きな希望抱かなくてもストレス少なく生きること考えたほうがいいですし。ある程度の年齢や段階で限界値って見えてきますから、そこで一旦止まって、次の生き方を考える、ってのが大事になってきます。
熱量というのは人それぞれ。
遠火やトロ火料理もあれば、一気につくる超火力まかせ料理もあります。
ただ熱量が多い人は不完全燃焼や焦げちゃうことも多いです。
こうなると余計に仕事が増えますよね。
だからさっき言った順番みたいなのがこのハイ熱量タイプの人には大事なんです。
経験値と結果を知ってれば、おおよその塩梅が解るというもの。料理は火加減と順番です。
美味しいかまあまあかはともかく、一応料理としては完結します。とても喰えないモノにはならんでしょう。
そのあたりで「やりたいこと」が変わってきてるとしたら、それは新たなスタートラインです。
走るのはもう無理だけど、ゆっくり歩いてくのはできる、っていうのも全然ステキな選択ですもんね。それは仕事でなくてもいいんです。好きなことをひとつだけちょっとだけ時間を割いたりすることで、また見える景色も違ってきます。
この2020年から25年あたりでかなり世の中や個人的にも価値観も変わる時期のようで、まあそれなりにそうなっています。
応援してくれる人が出来たら、少しでいいのでそれにちょっとだけでも応えましょう。
応援してくれる人が居ないなら、小声でいいので呼びかけましょう。
もし応援してくれる人が離れて行ったら、振り返ってその人の背中が何を語ってるか見ましょう。
ずっと応援してくれてる人が居るなら、自分も応援返ししてあげましょう。
なにか得たらそこからまたスタートです。
単純に新しいことばかりに目を向けないで、他と違う選択するのを怖がらず「身に合った」「工夫による」「少しでも影響や成果が出る」といった方向で今後やっていかないと、単なる取り合い奪い合い競争ばかりで、体力消耗してしまうかもですね。
これは個人でも企業でも自治体でも国家でも同じかなと思います。
「先が見通せる」というのはつまり後ろを向けば「過去も同じ距離見通せる」ことになり、過去を知れば知るほど、未来を遠くまで見通すことができる、という話がありまして、その見通す距離は「背の高さ」に比例する、という答えになります。
その「背の高さ」はつまり「知識や技量という脳みそ・好結果の経験という確固たる詰まった骨・見合った予測ができる五感・継続できる知力体力・社会と循環できる血流や内蔵などの蓄積の結果」でありまして、元々見通せる背丈(能力や才能)がある人、背は低いが足元に本などの知識を積み上げて背を高くしてる人、それからもうひとつ、スマホのカメラで自撮り棒でもくっつけて映像として後で確認する或いはライブで見る、という方法もありますよね。但しのこ3つめは自分の目で見てないので、バーチャルやフェイクに騙されることもあります。画面越しなので裸眼よりはやっぱり視野も狭まります。
前者2つは岡田斗司夫論、3つめは自論ですw まあでも間違ってないでしょ。
そして横も頭上も足元もちゃんと見れるようにしないとですね。前という未来やアイデアの霧や煙だけ、後ろという過去や蓄積の影や埃だけ、ではね、おそらくまだモノになってないんですよね。
触っても大丈夫なカタチにしていくことが大事なんでしょう。
ヤル気とダレ気が交差するのが自分も常ではございますが、ちょっとだけでもその気になった時間は頑張りましょうかねw
福耳、星のかけらを探しに行こう。行こう行こう、どこかでかけら探し。ちょっとだけ心の旅。