世界のソン・ガンホ作品だと聞いたので”100選”はお休みして…多くの”100選”を産んだ1970年代の映画撮影所を舞台に、納得がいかない撮影・検閲済み作品を監督が執念で書き換えようとする二日間に渡る再撮影の大騒動を描く…「蜘蛛の巣」

 

1970年代、冬。【モノクロ】嵐の夜、洋館。必死の形相の妻は二階へと夫を追いかけベランダから夫の部屋へ入ろうとする。妻はベランダのドアガラスを叩き割り、夫は恐怖に震えあがる…【カラー】そこへ「カット」の声がかかる。この作品「蜘蛛の巣」監督キム・ヨルだ。監督は、このクライマックスシーンをワンカット撮影に変え、妻にナイフを持つよう変更し、撮影を再開する…そこでキム監督は夢から目覚める。撮り終え検閲も済ませた筈の「蜘蛛の巣」のエンディングが気に入らないのだ。キム監督は書き換えた脚本を抱え撮影所に向かい”二日間だけ再撮影させて欲しい”と頼むが、女所長も部長も、検閲が通らない、と大反対だ。しかし財務担当で前所長の娘ミドは脚本を絶賛し何とか再撮影に持ち込もうと言ってくれる。ちょうど女所長が日本に出張に出て、ミドや助監督の努力もあって、役者、スタッフが再集結する。こうして怒涛の再撮影が始まるのだが…

 

映画監督キム・ヨルに、今や世界的俳優といえるでしょうソン・ガンホ、妻役主演女優イ・ミンチャに、キム・ジウン監督作品は大傑作「箪笥」以来20年ぶりすっかり大人の魅力イム・スジョン、夫役主演男優カン・ホセに、もはや主演級の魅力オ・ジョンセ、キム監督の数少ない崇拝者でシンソン(申成)撮影所所長の姪ミドに、「楽園の夜」「シークレット・ジョブ」から応援するキュートな演技派チョン・ヨビン、愛人役主演女優ハン・ユリムに、実姉は<少女時代>元メンバーのジェシカで尖ったガールズグループ<f(x)>出身クリスタルこと美形チョン・スジョン、母役女優オ女史に、TVでは長年活躍のお母さん女優パク・チョンス、シンソン(申成)撮影所ペク所長(会長)に、大ファンのチャン・ヨンナム、撮影所実務担当キム部長に、名脇役キム・ミンジェ、若きチョ助監督に、子役出身の実力派キム・ドンヨン。特別出演では、巨匠シン監督に、「グッド・バッド・ウィアード」の縁でしょう超二枚目チョン・ウソン。友情出演では、美男スター役でオム・テグ、カン・ホセ夫人役でヨム・ヘランの顔が見えます。

 

「箪笥」という大傑作もありますが、「グッド・バッド・ウィアード」「悪魔を見た」「密偵」という全く肌の合わない監督キム・ジウン作品で、本作もかなり残念な感想となるでしょう。ただ、この監督、驚くような名優をふんだんに使った優れた作品構想、そして各場面の絵作りの巧さは天才的だと思います。今回も、厳しい検閲制度下での難題続きの再撮影という題材は驚くほど魅力的ですし、近視眼的にはモノクロ「蜘蛛の巣」とカラーの撮影所シーンを行き来する場面構成が様式美に満ちている上に演じる役者が超魅力的という本当なら五つ星級の骨格を持っていると思います。問題は、構想と各場面をつなぐ物語が全く理解できないという点にあります。劇中劇「蜘蛛の巣」のストーリーが二転三転するのを良しとしても、本編の再撮影が右往左往する大混乱がどう見ても支離滅裂に思われてならないわけです。これらは上記悪評三作にも共通すると思います。当方の理解力不足なんだろうとは思いますが、起きる出来事の因果に辻褄が感じられないのがかなり苦痛だと感じます。一言付け加えるなら、劇中何度か言及される実在のイ・マニ監督傑作「魔の階段」の雰囲気を巧みに踏襲するモノクロ劇中劇「蜘蛛の巣」の映像の美しさ、さらには、劇中劇クライマックスのワンテイク撮影シーンは実に見事だったりします。

 

脚本・演出・役者など映画のどこを見るかで観客の受け取りは様々で、本作も観客30万人と大コケですが、個人的には、ソン・ガンホ、イム・スジョン、チョン・ヨビンを始めとする火花散る演技合戦だけでも十二分に満足したとはいえるでしょう。Filmarksの様々な感想が楽しみな作品でしょう。

 

楽曲について。監督が映像所に向かう時のBGMは、キム・チュジャ(김추자)1969年「葉が落ちて(나무잎이 떨어져서)」、再撮影の開始を告げるBGMは<愛と平和(사랑과 평화)>1979年「しばらくぶりね(한동안 뜸했었지)」、重要な回想シーンのBGMは、マット・モンロー(Matt Monroe)1966年「Wednesday's Child」(同年のスパイ映画「さらばベルリンの灯」のテーマ)、劇中劇クライマックス火災シーンで流れるのは、フランス・ギャル(France Gall)1965年「夢見るシャンソン人形(Poupée de cire,poupée de son)」、エンディングテーマは、チャン・ヒョン(장현)1991年「僕は君を(나는 너를)。