「韓国映画100選」に戻って…現在でも十二分に通用する、実に知的で、怖く、そして先進的なサスペンス・スリラーの逸品…「魔の階段」

 

大きな個人病院、オ・サンギル病院。医師たちが担架に病死体を乗せ、裏庭の隅にある遺体安置小屋に運び込む。同じ病院の一室。情事を終えたヒョン・グァンホ外科科長は、相手の看護婦ナム・ジンスクに裏口から誰にも見られず帰れと諭す。病院にオ・サンギル病院長の妙齢の娘チョンジャが訪ねてくる。指に小さな怪我をしているが、どうやらお目当ては辣腕外科医のヒョン科長らしい。その様子を心配そうに見ているのはチンスクだ。そして、ヒョン科長は病院長から、娘チョンジャと結婚して病院を継がないか、と持ち掛けられる。そしてその結婚話が病院内の看護婦の間で話題になり、チンスクは気が気でない。一方のヒョン科長もまたチンスクの存在が邪魔に思えてくる…

 

チョン・グァンホ科長に、「誤発弾」「森浦(サンポ)への道」など100選常連の二枚目キム・ジンギュ、相手の看護婦ナム・ジンスクに、やはり「誤発弾」「黒髪」など100選常連の肉感的ムン・ジョンスク、病院長の妙齢の娘チョンジャに、女優というより、自宅で妻子ある恋人が泥棒を撃ち殺す、という事件が有名な美形パン・ソンジャ、事件の重要な鍵となるカン看護婦長に、ドラマ『田園日記』でチェ・ブラムの母役を23年間も務め、しかも実娘は今も活躍する老名優イェ・スジョンだという名女優チョン・エラン、最後に登場する刑事に、「チルスとマンス」などのチャン・ヒョク(あのイケメン俳優とは別人)。

 

とにかく、脚本と演出は(犯罪・捜査手法は別として)圧巻といって良いでしょう。脚本については、結末流出を防止する管理を徹底したため今の韓国映像資料院に脚本の後半が残っていない、という逸話も納得できる見事な展開を見せます。今では珍しくない『刑事コロンボ』的な倒叙法を先進的に取り入れていますが、事件が起きるのが映画のほぼ中間という時間の使い方も意表をついていて、当時の観客の驚きは想像以上だったでしょう。そして、演出。実は初めて観る巨匠イ・マニ監督作品ですが、これまた凄い。当時は、1958年松本清張原作、小林恒夫監督「点と線」や1960年ヒチコック監督「サイコ」とかお手本となる名作があったとはいえ、負けないくらいのサスペンスの盛り上げ方です。オープニングでは事件の舞台となる、病院内の古びた階段、裏庭の澱んだ池、豪雨と病院裏の急な非常階段などを効果的に見せていて、物語が進むに連れ妙な既視感に襲われますし、他にも、松葉杖、点滅する電灯、ペンダントなど小道具の使い方も絶品だといえるでしょう。

 

事件後、物語が、文芸的悲劇に向かうのか、推理小説として進むか、恐怖映画に転身するか、そのドキドキ感もまたこの映画の魔力といえるでしょう。今の韓国ノワールの知る限り最初の原点だと信じて疑わない名サスペンス・スリラーだと思います。

 

余談。病院の看護婦たちが重要な役割を担うわけですが、そのメイクがどう見てもクラブのホステス風、描き眉、付けまつ毛、アイシャドウなのがどうにも気になったりします。まぁ、医師が病院廊下を咥え煙草で歩いても許される時代なので、やむを得ないのかもしれません。