イメージ 1

 

本年1月16日、韓国映像資料院という組織が、韓国映画歴代100本を選出しました。同率1位3本には、「下女」(1960)、「馬鹿たちの行進」(1975)に並んで、本作がリストアップされてます。「下女」は観ましたし、「馬鹿たちの行進」は邦版も英語字幕版も見つかりませんが、本作については、オークションで邦版VHSを入手できました。その感想ですが…

朝鮮戦争休戦からさほど間もないソウル。場末の酒場では、戦争のため松葉杖が必要となったキョンシク中隊長を囲んで、下士官ヨンホらかつて戦場での部下たちが飲んでいる。皆、新しい職が見つからず困窮している。一方、ヨンホの妹ミョンスクが飲み屋街を彷徨っているが、兄たちの姿を見て、物陰に隠れる。男たちが別れた後、ミョンスクは松葉杖のキョンシクに近づく。戦争前恋人だったのに何故冷たくなったのか、一晩だけ良いから妻にして欲しい、とミョンスクは詰め寄る。しかしキョンシクは、不自由な体でミョンスクを幸せに出来ない、と彼女を突き放す。みすぼらしいバラックが積み上がるタルトンネ(月の町)。ヨンホが路地の貯め水で酔いを覚ましていると、背広姿の兄チョルホが帰ってくる。チョルホが梯子を登って家に辿り着くと、老いて惚けた母親がいつものように「帰ろう(カジャ)」とつぶやいている。朝早く、チョルホは、タルトンネを出てキム・ソングク計理士(今でいう会計士)事務所に出勤するが、歯が痛い。用務員は歯医者へ行くよう勧めるが、チョルホには歯医者に払う金も惜しいのだ。貧しいヨンホの家では、学校を拒んで新聞配達に精を出す息子、腹をすかせた幼い娘、三人目を宿した臨月の妻が、ヨンホの惚けた母親と暮らしているのだ。そして、仕事もなく居候のヨンホは、幼い姪から靴をせがまれ一つ返事で安請け合いするが、幼い姪にすら嘘つき呼ばわりされる始末だ。女優として売り出し中のミリの酒場は、そんな退役軍人たちのたまり場だ。そこへ、ミョンスクが現れる。ミリに職を頼むためだ。ミョンスクも仕事がないのだ。ミリが撮影のための車を待っていると、ヨンホが現れる。ヨンホとミリは、訳ありの仲らしい。ヨンホは妹ミョンスクに、上官キョンシクとの仲を尋ねるが、妹は、いっそ狂ってしまいたい、と走り去ってしまう。チョルホは、生真面目に仕事をするが、歯医者にも行けず、幼い娘に可愛い靴を買い与えることすらままならない。さらに、弟ヨンホは、危うい一発逆転の道を探し、妹ミョンスクは無断で外泊する始末だ。そんな時、ヨンホが踏み切りが開くのを待っていると、踏み切りの向うに見知った女が見える。戦場の病院で腹を貫いた銃創の手当てをしてくれた元従軍看護婦ソリだ。二人は再会を喜び合い、気持ちを近づけるのだが…

キャストですが、主人公で長兄チョルホを演じるキム・ジンギュが、やはり韓国映像資料院が歴代1位とする「下女」(1960)で主演しているのを観て知っているのを除けば、全く見知らぬ俳優ばかりなので省略します。ちなみに、キム・ジンギュという俳優、このベスト100本での同率1位作品3本の内2本で主演しているのは、凄い俳優だったのかもしれません(ちなみに、1998年に亡くなられています)。

今から50年以上も前の映画を鑑賞するのは妙な感覚です。きちんとしたネガが残っていないとのことで、VTRは、英語字幕が焼き付けられ、雨が降り、音声も不明瞭、というような状態なので、「観賞」というよりは「研究」みたいな感じすらします。ところが、やはり力のある映画です。悪条件で観ている中でさえ、どんどん映画の力が伝わってきます。終戦(休戦)直後のソウルに生きる貧しい人々の、行くあてもなく漂う閉塞感が実に生々しく、或いは、生臭く描かれている様は、圧巻です。歴代1位、とかいう肩書を忘れたとしても、圧倒的な力を持つ作品であることには納得です。香りが近いという意味では、ドストエススキーとか重苦しいロシア文学に近いのかもしれません。長男、次男、妹という三兄妹を中心に、登場人物たちそれぞれがそれぞれに呻吟する空間を群像劇的に描くシナリオや演出には凄い奥行きがありますし、確かに、絶賛されて然るべきでしょう。長兄チョルホの「歯痛」を象徴的なシンボルとして貫きながら、弟の野望、妹の転落を紡ぎだすドラマトゥルギーは、恐らく、現代にも通じると思います。ラスト、タイトル「誤発弾」の意味を明示する語り口も、驚くほど秀逸です。

白黒の粗い映像は登場人物の判別も難しく、音声が途切れたりもしますが、半世紀以上前の映画人たちの、或いは、その時代の生活者たちの苦し過ぎる息づかいみたいなものを、きちんと伝える名編だと思います。同率歴代1位の評価に異論はありません。一部の図書館に所蔵されていたり、中古VTR市場に出ていたり、観る機会は皆無ではないので、試してみるのもアリかもしれません。