NHK-TV「さかのぼり日本史」を時折見るのですけれど、
今月は「室町・鎌倉“武士の世”の幕開け」という4回シリーズでありますね。
足利義満の時代から足利尊氏、北条時頼、そして源頼朝の時代へと
歴史を遡行しているわけですけれど、それぞれの回でのエポックメイキングとなる年号が示されています。
最初が南北朝が再統一された1392年、次いで室町幕府の成立した1336年、
そして撫民政策が始められた1252年、最後が1180年で武家政権の誕生ということなんですが!
源頼朝による武家政権の誕生というのは、即ち鎌倉幕府の成立ではないんでしょうか…。
実はこれ以前にも(といっても最近のことですが)類似のことがありまして、
外国から来られた方によるお国紹介ミニ講座のようなものを覗いたときのことでした。
その国の歴史の概略をたどる年表の中に、
そのとき日本は?的に日本史に関わる年号と出来事がいくつか記されていて、
そこに鎌倉幕府の成立が確か1180年とあったものですから、
失礼ながら「あらら、間違っちゃって。外国の方なればやむなしかぁ…」などと
思っていたわけなのでよ。
こちらの理解といたしましては、鎌倉幕府の成立は1192年。
なんつったって、「いい国作ろう鎌倉幕府」とばっちり暗記してるわけで、
今となってはどうでもいいことながら、「意欲に満ちたコロンブス」と同じくらい定着しちゃってるのですね。
しかし、NHKがというより、日本のマスメディアがこうした教科書的な歴史のことで
「あらら、間違っちゃって…」はさすがに無かろうと思うところでありまして、
不動の定着度合いを誇ると考えていた知識(?)が今、ぐぅらぐぅらと揺らいでしまったのですよ。
そこで例によって、いささかの探究を始めましたところ、
全幅の信頼を置いてよいものかどうかとは思いつつもよく引用するWikipediaには、
こんな記述がありました。
かつての通説によると、鎌倉幕府は、1192年(建久3年)に源頼朝が征夷大将軍に任官されて始まったとされていたが、頼朝の権力・統治機構はそれ以前から存続しており、現在では実質的な成立は1192年より前すなわち1185年であるとする説が支配的である。
えっ?かつての通説?
ということは、今は通説ではないということ?
それでは、鎌倉幕府はいつできたのでしょう。
Wikiでは「1185年であるとする説が支配的である」としていますけれど、
この言い方は決定的ではないということなのでしょう。
先のNHKの例でいえば、
1180年という年に「武家政権の誕生」としてあって、鎌倉幕府の成立とはしていない。
となると、鎌倉幕府というもの自体あったのか、無かったのか。
武家政権は生まれたけれど、鎌倉幕府とは呼ばなかったのか。
はて歴史研究の進捗なのか、解釈が変わってきたかどうしたことやら。
とまれ、1192年に源頼朝が征夷大将軍となったことは変わらぬものの、
それをもって鎌倉幕府というか、頼朝による鎌倉を本拠としての武家政権ができたとは
今では考えられていないということなんでしょう。
本当ははっきりしていた方がすっきりはするんですが、
たぶん頼朝政権というものが段々と確固たるものになっていったことがあるので、
どの時点を取るのかによって、1180年なのか、1185年なのか、それとも別の年なのか、
見解が分かれるところなのでしょうなぁ。
かつては「( ① )年、( ② )は鎌倉に( ③ )を開いた」、
この文の( )内にそれぞれ適切な語句を入れなさい…みたいな試験問題が出せたのでしょうけれど、
今はできないわけですね。
歴史の勉強としては、頼朝政権が確立していく過程として、
1180年から1192年の間に段階的に起こったことを分かっておかないといけない。
こりゃあ、大変だぁ。でも、この方が断片的でない歴史認識はできそうですけれど。
だいたい教科書的には、どういうふうに書かれているんでしょうねえ…。

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