泉岳寺
に行ってきたといいましたけれど、目的地の単純往復では面白くないものですから、
JR山手線の田町駅で下車し次の品川駅まで歩くことにして、途中の泉岳寺に寄るという形、
しかも第一京浜国道(旧東海道の一部)沿いに歩けばまっすぐですけれど、
それもまた味気ないものでして、右往左往しつつも
スタンプラリー的なチェックポイントをクリアしていくように歩いてきたのでありました。
まずは田町駅を西側、つまり山手線の内側方向へ出ると目の前には第一京浜ですが、
これに沿って右手(日本橋方向)に進みますと、程なく日比谷通りと合流する芝五丁目交差点にでます。
その横断歩道のところに、「西郷南洲・勝海舟会會見之地」碑があるのですね。
まだ西郷隆盛が駿府城にいるときに
官軍包囲網をすり抜けて使いにやってきた山岡鉄舟
の意気を感じたのか、
東進してきた西郷は勝海舟との会見に応じ、結果江戸城無血開城が約されるという、
あの会見場所であります。
と一端は幕末気分となったところで、第一京浜を渡ってまた田町駅方向に引き返すと、
右手に慶應仲通りなる小路が見えてきますので、ここに入り込むのですね。
おそらくは慶應の学生にも重宝される飲食店が軒を並べる狭い道ですが、
道が左手に折れるその角のところにひっそりと「水野監物邸跡」という説明板が建てられています。
(とってもわかりにくいので、うっかりすると見過ごす可能性大かと)
今では名残りの何もないところですが、岡崎藩水野家の邸跡でありまして、
吉良上野介を討ち果たして泉岳寺の浅野内匠頭の墓前に報告をした後、
赤穂浪士 の面々は4つの大名家に分けてお預けとなり、
神崎与五郎ら9名がこの水野邸で切腹となったという…。
そのまま慶応仲通りを突き抜けて桜田通りを右折、
三田通り交番前の信号の次の角を左に入ってだらだら坂を上って行きますと、
左側に大きな敷地のイタリア大使館が現れますが、ここは元伊予松山藩松平家の邸であって、
ここでも大石主税ら10名がお預け、切腹した場所なのですね。
外交問題にならないよう即座に退散しますが、平日なら庭園見学などできるらしいです。
とまれ、そのままイタリア大使館を廻り込むようにして、三田綱町(鬼退治の渡辺綱ゆかりらしい…)を過ぎ、
首都高の下を抜けると麻布三の橋に至ります。
そこからほどなく曹溪寺というお寺さんに到着。
ここは映画「最後の忠臣蔵」で取り上げられた寺坂吉右衛門の墓所なのですが、
ご住職(らしき方)に「何か?」と問われて、「これこれこうこう」と来意を告げると、
「申し訳ないが、非公開なので。檀家さんのためのものだから」と至極もっともなお答え。
神妙に退散を致したわけですが、ご住職(らしき方)のお顔つきからするとですね、
言葉は丁寧ながら、さぞや迷惑蒙ってるかもしれんなぁと思うところでありますね。
やっぱり赤穂浪士の生き残りともなると、
そも討ち入りに加わらない脱盟者とも思われてしまったことなどもあるのかも…。
ですが、「墓まいらー 」もほどほどにと肝に銘ずるところでありましたので、
行き方もかなり端折って書きました(今のご時勢、どうなりとも調べられるでしょうけれど)。
さて、三の橋の大通りに戻ってしばし南下、左手に魚籃坂を見てこれを登っていき、
桜田通りとの交差点を渡ってから左に折れ…と、たどり着いたは長松寺。
今度は妙に細かく書いてますが、こちらはちゃあんと道端のインフォメーション地図にも
「荻生徂徠墓所」という案内が出ていますので、訪ねてもOKということなのでしょう。
これまた唐突に荻生徂徠の登場ですけれど、討ち入り果たした赤穂浪士の処断を巡る議論の中で、
私闘を許すは公儀の面目立たずとして(こういう言い方ではなかったかもですが)
断固切腹を主張し、実際その通りになったことから四十七士とは大いに関係ある存在なのでありました。
いったん魚籃坂に戻り、そのまま途中のカレーハウスを過ぎて右折するのですが、
カレーハウスとは荻生徂徠以上に唐突ですな。
でもですね、わざわざ「お水はいっさい出しません」というのが気になりますよねぇ。
もっとも「英国式のカレーって、そもそもどんな?」とも思いますし。
返す返すも休業日だったのが残念でありましたよ。
ところで魚籃坂を右折し、都営高輪一丁目アパートの角もまた右折してしばし進んだ先の小さな案内掲示、
これに従っていくと「大石良雄外十六人他忠列の跡」に至ります。
先に触れた赤穂浪士お預けの場所のひとつ熊本藩細川邸の跡でありまして、
首謀者大石内蔵助他16名が切腹をしたのが、この場所ということになります。
さて一旦、さきほどの都営高輪アパートの角までもどって通りを渡り、
ほんの少々魚籃坂方向に戻って歯医者の先の角を右折します。
この細い坂道を降りていきますと、こんなに入り組んだ狭い路地がまだ残っているかてなふうな道でして、
道なりに右折左折を繰り返しながら進んでいくと、やおら泉岳寺の山門前に到着するのですね。
で、泉岳寺のことは先に書きましたので、泉岳寺参詣の後のお話。
参道を真っ直ぐに進むと第一京浜に出ますので、これを右折して高輪二丁目の交差点の次の角を
右に入って坂を上り詰めると東禅寺というお寺さんに到着します。
またしても幕末の話に戻りますが、最初のイギリス公使館が置かれたのがこのお寺さんだろうで。
ここから第一京浜に戻ってしばらく南下すれば、品川駅に到着となりますが、
結果的に幕末に始まり忠臣蔵を経てまた幕末に戻るというお話…おあとがよろしいようで。





