ウプサラ大学の図書館
で「銀の聖書(銀文字聖書)」を見たというお話は
ほんのちらりとしただけででありましたけれど、今さらながらやはり少々気になったものですから、
関連本でもないものかと近所の図書館で検索したところそのものずばりといいますか、
「銀文字聖書の謎」なる一冊がヒットしたのですね。
でもって、著者があの小塩節先生でありまして、
小塩先生にはひと頃のNHKドイツ語講座のラジオでもテレビでも大層お世話になったのですよね。
といっても、勝手に視聴していただけですから、一方的にお世話になったと思っているだけですが。
小塩先生が「銀文字聖書」に対面したのは1962年の夏、
ストックホルムでの学会の合間にウプサラに出向いたときのことだそうで。
そのときには必ずしもゴート文字に詳しいというふうでもなかったようながら、
時の経つのを忘れて眺めやり、何時間も見入っていたといいます。
専門とする言葉は違えど、
言語に関する研究をされている方の知的探究心たるやさもありなむと思うような、
ご自身の知識を総動員して未知のものに挑む姿勢には敬服しきりでありましたし、
このような見方をすれば想像の飛翔は止めようがないかもしれぬと思ったりもしたのですね。
なにしろ個人的には「来た、見た、通り過ぎた」てはふうでしたから…。
とまれ、本書を通じて銀文字聖書の来歴を知るところとなれば、
つくづくチラ見で通り過ぎたことをもったいなく思うところでありますよ。
銀文字聖書に記された新約聖書のゴート語訳は、4世紀の後半頃に
ドナウ川に面した今で言うルーマニア
のあたりでウルフィラというゴート人の
キリスト者によってなされたと言います。
というより元々ゴート人は文字を持っていなかったそうで、
ウルフィラは訳出にあたって文字まで作ってしまったというのがすごいことですねえ。
で、今に伝わる銀文字聖書は色つきのなめし皮に銀の文字で描かれるという装飾性豊かなものですが、
ウルフィラの時代から時を経た6世紀に東ゴートの王(族長)であったテオドリクスが
何冊か写本を作らせた中で一冊、とりわけ手の込んだ作りを施して自分用にしたのではないかと
考えられているようですね。
本書ではまず、インド・ヨーロッパ語族に括られるもやがて言葉を違えていった人々が
紀元前5000年から3000年頃に住んでいた中央アジアや黒海あたりから四散していくという、
ゲルマン民族のそもそものお話からヨーロッパ地域での大移動、ローマ帝国との対峙といった
歴史の流れが示されます。
そして、ワーグナー
が「二ーべルンクの指輪
」に北欧神話を借用したように、
ゲルマン民族は自然とともにある多くの神々を信奉していたわけですけれど、
ウルフィラが新約聖書のゴート語訳で苦労した点のひとつとして、
一神教であるキリスト教の「神」当たる言葉の訳をどうするかといったことにも焦点があたるのですね。
そもそもゴート人にとって神さまはたくさんおり、それぞれに役割と独自の名前を持っていたわけで、
必要に応じて個別にそれぞれの神の名を称えるか、あるいは人まとまりに「神々」を意味する言葉しか
持たなかったというわけです。
そこで、ウルフィラが考えに考えて当てはめたのが、
「相談相手」といった意味合いを持つ「グス」という言葉なのだそうです。
カタカナでは「グス」ですが、「ス」は英語の「th」のような音らしいので、
そう考えるとゲルマン語の後の姿としてドイツ語の「Gott」、英語の「God」への転訛も
想像しやすいところかと。
ちなみにこの「神」に相当する言葉は種本のギリシア語では「テオス」であって、
ラテン語訳では「デウス」ですが、いずれにしてもギリシア神話の最高神ゼウスとの近さが偲ばれます。
ということは、一神教たるキリスト教がまずもって広く受容される過程で用いられたギリシア語、
ラテン語のいずれもが神を表すのに「神々の最高神」という語を使っていることになりますね。
そもそも「神々」も「その中で一番」という意味もないはずなのに。
てなことを考えてみると、ヨーロッパの諸民族がキリスト教を受容するにあたってラテン系では
言外に「最高神」を匂わせるからには「それには劣るけれど神に次ぐ存在がいてもいいよね」という
具合にあれやこれやの「聖人」が文化としても根付きますし、
もとからギリシアもローマも多神教であったのですから、その方が根付きやすいものと想像します。
多神教である点はゲルマン系であっても同じですから、
ここでウルフィラが「神」の訳語として最高神的意味合いを持たない言葉を使ったとしても、
やはり民衆にはいろんな神的な存在、たとえばたくさんの「聖人」の類がいた方が
受け入れやすかったのではないかと。
ただ、ラテン語系とゲルマン語系でその後の信仰のありようにもつながる決定的な違いはやはり、
「神」を意味する言葉に何を使ったかということにはなりましょう。
唯一無二というよりは最高神という裏の意味を持つ言葉を使うラテン語系では諸聖人を認めつつも、
最高神との格の違いを意識させることに努めていくのではないかと。
一方でゲルマン系の方はといえば、
神の意味合いは「相談相手」といった祈りを捧げると同時に語らう存在として、
そういう存在はむしろ唯一無二でしょうという方向に向かったとも言えましょうか。
そう考えれば、諸聖人を祭るのではなく唯一神の「神」に向き合うことになるプロテスタントが
ゲルマン系から生じたのもむべなるかなと思ったりもするところなのですね。
本書の紹介のように始めた話が途中から素人の思いつきに変わってしまっていますので、
ここでの話、特に最後の方はあんまりあてになるものではありませんけれど、
そんなあれこれを考えさせてくれる興味深いものに満ちた内容であったことは間違いないかと。
ともすると、ウプサラ大学図書館で「銀の聖書」を見ました…で終わってしまうところが
「もちょっと何かしら」と本を読んだら、こうしたことをつらつらと。
やっぱり興味の湧いたことを追いかけてみると、より面白いものに出くわすものだと思いましたですよ。
















![モスラ [DVD]/小林恵,山口紗弥加,羽野晶紀](https://img-proxy.blog-video.jp/images?url=http%3A%2F%2Fecx.images-amazon.com%2Fimages%2FI%2F519TWJR6PML._SL160_.jpg)
![海底軍艦 [DVD]/高島忠夫,藤木悠,藤山陽子](https://img-proxy.blog-video.jp/images?url=http%3A%2F%2Fecx.images-amazon.com%2Fimages%2FI%2F21Q6Z2AMBDL._SL160_.jpg)

![妖星ゴラス [DVD]/池部良,久保明,水野久美](https://img-proxy.blog-video.jp/images?url=http%3A%2F%2Fecx.images-amazon.com%2Fimages%2FI%2F2118347007L._SL160_.jpg)
![フランケンシュタインの怪獣 サンダ対ガイラ [DVD]/ラス・タンブリン,佐原健二,水野久美](https://img-proxy.blog-video.jp/images?url=http%3A%2F%2Fecx.images-amazon.com%2Fimages%2FI%2F31H6hKZ0gBL._SL160_.jpg)
