豪、グレートバリアリーフの回復・保護に413億円 過去最大規模
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空から見たオーストラリア・ウィットサンデー諸島沖のグレートバリアリーフ
(2014年11月20日撮影、資料写真)。
(c)AFP PHOTO / SARAH LAI
【4月29日 AFP】オーストラリアは29日、世界最大のサンゴ礁群である
グレートバリアリーフ(Great Barrier Reef)の回復と保護に
5億豪ドル(約413億円)超を投じ、壊滅的な現状を転換する方針を表明
した。
グレートバリアリーフは世界遺産に登録され、大勢の観光客が訪れる。
ただ、気候変動に伴う海水の温度上昇によってサンゴの白化が拡大し、
打撃を受けている。
マルコム・ターンブル(Malcolm Turnbull)首相は、5億豪ドル超を
水質改善や、サンゴを食い荒らす生物の対策、回復への取り組みに
充てる意向を表明。
「サンゴ礁を保護し、生存能力やサンゴ礁に頼っている6万4000人の
雇用を保全するための、過去最大規模の単独投資だ」と語った。
その上で、
「オーストラリア国民全員、特に生活をサンゴ礁に依存している人々の
ために、サンゴ礁の将来に向けて万全の手を打ちたい」と付け加えた。
グレートバリアリーフはオーストラリアになくてはならない国家的資産
であり、国内経済に年間64億豪ドル(約5300億円)寄与している。
(c)AFP
豪老犬お手柄、不明の3歳女児を一晩中守る 警察が表彰
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オーストラリアの森林地帯で迷子になった3歳女児を一晩守った
オーストラリアン・キャトル・ドッグのマックス。
ケリー・ベンストン氏提供
(2018年4月21日撮影、提供)。
(c)AFP PHOTO/KELLY BENSTON
2018年4月21日 21:10
発信地:シドニー/オーストラリア
【4月21日 AFP】オーストラリアで21日、行方が分からなくなっていた
3歳の女児に一晩中寄り添い、少女を守った上でさらに救助に貢献
した老犬が警察に表彰された。
3歳の女児はクイーンズランド(Queensland)州で森林地帯に迷い込み、
行方が分からなくなっていた。
救助隊は20日に徒歩と上空からの捜索活動を開始した。
女児の家族の飼い犬、ブルーヒーラーとも呼ばれる
オーストラリアン・キャトル・ドッグの「マックス」は17歳で、家族によると、
耳は聞こえず、視力も弱っている。
そんな老犬のマックスだが、雨の中で15時間以上、女児に寄り添い、
一夜明けた21日朝、家族や救助隊を女児の元に導いた。
女児が見つかったのは、自宅から約2キロ離れた場所だった。
家族の一人は、「(女児の)声が聞こえて最初にマックスを見つけると、
マックスが彼女の元に案内してくれた」と話した。
救助隊によれば、女児はわずかなかすり傷を負っているだけで
健康状態は良好だという。(c)AFP
戦争を乗り越えた 関門トンネルの工事
ナショナル ジオグラフィック協会 写真資料室から
岩盤がむき出しになった空洞で、4人が何やら話し合っている。
これは、本州と九州を結ぶ関門トンネル(国道2号)の工事現場だ。
1953(昭和28)年11月号に掲載された一枚。
「1939年に本工事が始まったが、完成はまだ先だ」と写真の説明
にあるように、着工から開通までの道のりは長かった。
戦時下で資金や資材、労働力が限られるなか、まずは断面の
小さな導坑(どうこう)を44年までに貫通させたが、
終戦後に立ちはだかったのが、物価や賃金の高騰による予算不足だ。
工事は遅々として進まず、坑内を維持するだけの状況が長く続いた。
52年にようやく工事再開にこぎつけ、全長3461メートルの
海底道路トンネルが開通したのは、58年3月9日のことだった。
関門海峡には終戦前に開通した山陽本線の関門トンネルの
ほかに、今では山陽新幹線の新関門トンネルや高速道路の関門橋
も建設され、連絡船も運航されている。
開通60周年を迎える国道トンネルでは、1日に3万台近い車が行き来
する。
道路の下を通る人道は、海峡を歩いて渡れる海底トンネルとして
観光スポットにもなっている。
写真:J.BAYLOR ROBERTS
ナショナルジオグラフィック日本語公式サイト
障子がキャンバス わんぱく芸術家
ナショナル ジオグラフィック協会 写真資料室から
(日本の百年、April 2018)
堂々と障子にいたずら書きする、やんちゃ盛りの子どもたち。
後で親に大目玉をくらったのではないかと気になってしまうが、
心配は無用。
大掃除で障子を張り替える前に遊んでいいとの許しを、きちんと
得ているからだ。
写真を撮影した女性ジャーナリストのエライザ・R・シドモアは
「普段は破かないように気をつけている子どもたちも、このとき
ばかりはうれしそうに落書きしたり穴を開けたりしている」と、
1914(大正3)年7月号の特集「日本の子どもたち」に書いている。
冬は雪だるま、夏は浜辺で砂の城を作り、かくれんぼや
鬼ごっこもすると、シドモアは日米に共通する遊びを見いだして
もいる。
とはいえ、この障子の場面に注目したのは、日本の子どもにしか
味わえない特別な楽しみのほうが興味深かったからだろう。
今では障子のある家庭が減り、プラスチックを貼り合わせた
破れにくい障子紙も登場して、自由に落書きできる機会は
めっきり減った。
もちろん遊びはほかにもあるけれど、いたずらを解禁された喜び
は格別なのだろう。
幼い芸術家たちが墨で描いたはかない作品から、その気持ちが
伝わってくる。
写真:ELIZA R. SCIDMORE
ナショナルジオグラフィック日本語公式サイト













