アマヤドリ -89ページ目

『蟲師』

オダギリジョーの銀髪にひかれて借りてしまった。
原作があるとのことなんだけれど全く知らず、北斗の拳かなんかに出てきた相手のからだに蟲を寄生させて倒すみたいなやつとか、ナウシカの蟲使いみたいのを思い浮かべていた。

映像の雰囲気が美しかった。
神々のいる森。
日本の湿り気を帯びた空気と憂いを含んだ木々や湖の色。
映し方はわりと平凡だけれど、画面の質感がうまい。
どこでロケをしたんだろう。
衣裳も自然で良かった。ギンコのシャツだけちょっと気になったけど…。

湖のなかのヌイのシーンも美しい。
あそこのテンポはよかった。

が、全体としては上滑りしているかんじ。
見た目がきれいなだけに深みがないのが気にかかる。漫画を実写版にしたらなんだかがっかりしちゃうのは当然…という図式を誰か崩してくれないかな。

たとえばギンコとヌイの関係の描きかたがもったいないような感じだった。もしかしてそこにもっと深みをもたせたら全然ちがったものになったんじゃないのかなぁ。

銀髪にしているのにオダギリジョーはつかみの部分の演技が軽すぎ、(途中はあれでいいのかもしれないけれど)江角マキ子は意識しすぎてる。ような気が、私はした。
でも虹を探してるひとはよかった。それから淡幽も。蒼井優にはなぜかこころひかれる。

話のテンポがちょっと悪かったと思う。あの景色を見せたいにせよ、あの内容なら1時間50分でおさまると思う。
観客はいちどきに案外たくさんの情報を入れられるものなんだよと、見ながら勉強になった。

でも気軽に楽しめるから、いいと思う。
これを連ドラみたいに放送したらいいのに。
video maker(VC/DAS)(D)
蟲師 (通常版)

『恋愛睡眠のすすめ』

夢の中ど飛ぶシーンのあの空気の粘り、閉塞感、遠近の感じが見事だと思った。
私は空を飛ぶ夢はたいていあんなふうに重たい空気の中を泳いでゆくから、ちょっと息苦しいくらいだった。
自分と背景がまじりあったり遠くから見下ろしたり、そこを通過する時間がねじれたり。
エターナル・サンシャインの悪夢の感じをもっとおもちゃ箱みたいにして、色彩も質感も可愛らしくつくられていた。

夢の感覚をここまで再現できるなんて天才だなぁ、と思う。
昔あまりにも毎日強烈な夢をみるからいつか自分の夢をCGとかにできたらいいなぁと思っていた。
それを、ミシェル・ゴンドリーは実写版で、だもの。

夢のインパクトに比して実際のキャラクターがとてもほんとうらしい曖昧さで描かれている。
夢のシーンの強さにひっぱられてなにか別のところの期待をしていたんだな。はじめのうちはこの主人公の性格がとらえづらかったのだけれど、だけどおわってみるとそれが良かったのだろうと考えるようになった。

なまいきシャルロットは大人になったなぁ。
はじめ、ゾーイ役の子がシャルロットだと思ってしまった。
私の感触ではシャルロットはあんなとんがりかたをどこかに含んで成長するはずだった。
でも実際はなんとやわらかに、淡いままなんだろうか。艶のある淡さは、抜けた淡さになった。
時間を感じる。
どこに、どんなふうに、なにを置いてきたのか。
最後のシーンのやさしい手に、ああ、だからこんなにもあたたかなんだな、と思ったら、彼女のほかの作品も観たくなった。


フェルトやセロファンやコットンや、卵のケース。
クラフト紙、色とりどりの銅線。
鮮やかで可愛い作品でした。
恋愛睡眠のすすめ スペシャル・エディション

黒い羽根、骨をたどる


リハーサルのあと美容院へ。
今回黒鳥の役なのですっごい久々の黒髪に。
顔色わるーいひとになっちゃうかなぁとか、かなり金髪の部分があったからちゃんとキレイに染まるのかなぁとか心配したけれど、漆黒の髪になりました。
これを艶やかに保てるといいんだけど。

何度も日記には書いているけれどほんとうにいつもやわらかな驚きをくれる美容師さん。
彼女の前ではなんだか自分を探索しているような気持ちになる。だからちょっぴり、緊張もしてしまうのだけれど。
好きなひとだから。

今私のまわりには、そういうひとがいっぱい。
どきどきしたり、子供じみた自分を反省したり、透明な風を吹き込んでもらったり、ほんわりと包まれたり、ぴしりとお尻をはたかれたり。
幸せなことだと思う。
ほんとうに。


中身で勝負だもん、などと言い放ちながら実はただのずぼら以外のなにものでもない自分を少しずつ変えたいと思ったりして、原宿を歩きながらきょろきょろ。
母が肌の乾燥が気になると言っていたのを思い出してボディバターを買う。
いい匂い。


骨のことをおもう。
物体のことと、物体と物体のあいだにある、感じるしかないものごとについて。

ひとつきり


月がやけに明るく部屋に差し込んでいたのでベランダに出た。
空気は思いがけず湿り気をおびていてまるで森のなかのようだった。
足さきからしんなり冷えたけれど、月のありかを探す。
満月じゃないんだ、と思う。
街をみて、森でもない、と思う。

月あかりに照らされた足の甲の白さが静かだった。

星が滲まない濃い空だったけれど私の視界の端にはベランダの天井と、空ににゅっと突き出た植物があったから、落ちてゆきそうな感触はない。

もしこの空に月がたったひとつでなかったらこんなに想いをはせるだろうか。
たったひとつ、という憧憬を教えてくれたのが月なのかもしれない。


23日の月は十三夜の月。
中秋の名月を特別な気持ちで待ったからこのひかりが呼んでくれたのかもしれない。

柔軟性のこととか


今日は友達が担任をしてる小学校に振付けのお手伝いをしに。

今の学校って教室がまず違うのがびっくり。廊下側は閉じていなくて、解放されている。
こんなの、いいな。
閉じた空間じゃないというだけで明るい。
それを逆手にとって遊んじゃう子も出てくるんだろうなぁ…って思うけれど。

そんなに何回も見てあげられるわけじゃないからシンプルにしようと思っていたのに脚本を読んだり曲を聴いたりしていたらどんどんイメージが湧いて欲がでてきてしまった。
あの脚本を理解できる子たちなら大丈夫、と思ったというのもあるのだけれど、やっぱりなんとかやりこなしてくれた。
よくあんな短い時間であれだけの振付けを創ってくれたなぁ…。
私の夢見るゆめこちゃん発言もちゃんと汲み取って感覚として動きにしてくれたし。

面白いものになるといいなぁ。
なると思う。


さて。
白鳥の本番まであっという間にあと5日。
思わぬ細かい間違いを見つけてもらったり、音を確かにしてゆく作業。
私はどう踊りたいんだろう。
どんな軌跡を描きたいのか。
音をからだに流せてるかな。
呼吸は。
ベクトルは。

考えることは盛り沢山で、けれどもうたぶん一度頭の追い付かないところまで動いてみなければわからない。
すっからかんになって、ああそっか、ってぽかんとゼロに戻るところまで。

5日前なのにね。
でも、そう。ゼロ。


やわらかなひとになりたい、と言った矢先になんだかリハーサルでは意味のない意固地な発言をしちゃった。
私はそう踊りたい、ということと、アンサンブルにしてゆくことが正反対の作業ではないと今はわかっているのに。
一度ちゃんと、どちらも飲み込んで、どちらもを生かすように、静かな頭で考えてみなくちゃ。