アマヤドリ -171ページ目

うろうろ高円寺

リハーサルの前に余裕があったので高円寺の商店街を歩いた。遊んでないでレッスンしたら、という内なる声をまあまあまあ、と宥めながら。

友達とラーメンを食べよう、ということになって色々探す。
牛乳ラーメンというのがあって興味がわいたけれど稽古前にちょっと危険だなぁと思ったのでやめておいた。
そろそろ商店街も終わるかというところに目立たない看板の中華やさんがあった。雑誌に載ったというその記事のスクラップが色褪せて日焼けしていた。
「某有名店よりおいしいという噂」を信じて入ってみた。

つけ麺を頼んだのだけれど少しぴり辛で濃くて、美味しかった。麺があったかかったらもっとよかったなぁ。食べているうちにだんだん冷めてきて油っぽくなっちゃうから。
すごく量が多くて残しちゃった。
お店のおばあちゃんにごめんなさいを言った。

古着屋さんとかレトロな雑貨屋さんとかがたくさん並んでいてわくわくした。
ちょっと面白い手袋と、ダースベーダーのペッツを買った。ダースベーダーは、友達がすごくスターウォーズ好きだということをこないだちょうど聞いたから、あげるんだ。
もし持ってたら私の部屋に飾ればいいし。


★  ★  ★

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通りかかった薬局の、マスクぷーさん。

イベントへ

KAyM の『青い果実』を観に、渋谷のO-WESTへ。


辻本さんの動きも好きなんだけれど、以前キミホさんの舞台で見た佐藤さんの動きがもう一度観たくて楽しみにしていた。

キミホさんの舞台の時に、ついつい目がすいーっと引き寄せられちゃう、ダイナミックかつ美しい残像を残す、空気を充たす動きの人だった。

あれは誰?誰?ってずうっと思っていて、こないだ出演していた友達に聞いて判明。



観客の中にいつのまにか出演者が静かに入ってくる。

ライブハウスだからスタンディングなんだけれど、ステージ上がほとんど見えない。

最初はテーブルの上に飾ってあったフルーツを、みんなで食べる。官能的に、退廃的に、暴力的に。

ステージの脇には絵描きさんがいて、ずっと絵を書いている。ブラックと天野喜孝と、ウィンドウズにはじめから入っているスクリーンセーバーを混ぜたみたいな絵。

ゆっくりの動きが長い。

悪くないけれど、もう少しで集中力が切れそうになった。(多分、人垣を分けながら見ているからというのもある)


骨が綺麗だなあ、って思った。

骨が動いているひとの動きが好きみたい。


音楽も悪くなかったしダンサーたちもすごく素敵だったのに、ちょっと演出にもうひと工夫欲しかった!という気がする。

力を抜いた感じとか別に悪くないしそれぞれの個性はダンサー自身がちゃんと立てているから問題無いのだけれど、あのメンバーだったらもっともっとはっとさせて欲しかった!という気持ちが残る。

そう思わせてくれるなんてすごいことだと思うけど。


強い背中の感じとか、透き通った感じとか、ジャンプの高さとか、目線のやりかたとか、重い動きのできる手先とか、たくさん見どころがあった。

だから、これからが楽しみ。



全部見終わってから佐藤さんがどのひとか、結局わからなかった事に気づいた。

今回はちょっとタイプの違う動きをしていたから(それでもすごかったけど)。



久しぶりの友達にも会ったし、久しぶりの先生も見かけたし、なんだかみんな元気で嬉しかった。



これからどういうものが創れるのかな。

どういうものを創りたいんだろう。


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友達が出演者からキャッチしたへんなもの。

果物?プラスチック?

なにこれー??

ちょっと破ってみて。

という感じで割ってみたら、果物でした。

種が出てきた!

渋谷駅前のスクランブル交差点で大騒ぎ、大笑いしてたのは私たちです。


輪郭、色の抜けた

電車の窓が曇って今どこの駅?!と緊張感たっぷりな季節がやってまいりました。
どうしてこういうことになっちゃうの、この電車。


のんびり構えても焦っても、歩む時間は同じだから、
たくさん映して変換して、
否定して塗りかえてぼっとして、くちびるの端をきゅっと上げて、
からあげを撫でなでして、
眼鏡のレンズを借りたり、
オレンジ色のひかりのその仕組みを考えて、

どんどんすぎてゆく月日にのばした手の白さに胸をつかまれて、

雑音を全部あますところなく耳に入れる。



この一瞬もマッチ棒辞典みたいに。



今日も月をみていない。




『運動靴と赤い金魚』

手付かずの午後を楽しもうと思っていたのに何だかんだしていたらあまり時間が無くなってしまったので、借りっ放しになっていた中でも一番短い映画を見ることに。


思っていたような重たいものじゃなかった。
この国(…じゃないかもしれない。でもとにかくご近所の国)の映画は『鍵』しが見たことがないんだけど、明るさとか、でもそこに漂うやるせなさとか、子供のこころのありようとかが似ている。

兄妹ふたりの奮闘は本当にいじらしくて、自分の持っていたかずかずの秘密や、そのにおいを思い出す。大人には見えないところで生きていたこと。
子供はまだいろんなことがはじめてだから、一生懸命いろんな思いをしている。
毎日が一大事だし、はじめてみるものもたくさんある。

大事なことはすり減りやすくて、ぽんとそこらへんに捨てられやすい。大人になると。豊かになると。
生きることに慣れちゃうと。
でも子供や、ものをたくさん持っていない人や毎日を新しく迎えているひとはそれに目を留めてしゃがんで拾い、裏っ返してみたり穴を覗き込んでみたりする。

子供って変なことを大事にしてて肝心なことが抜けてたりする、って大人は言う。
気球みたいにアンバランスに見えるかもしれないけれど、空ではうんと自由になれるのにな、と思う。


妹役の女の子がとてもとても可愛かった。
小鳥の翼。
ちょっとまゆげがつながっているけれど。
おすまししていると深い思慮の感じられる瞳がどきっするほど大人びてるんだけど、笑顔になるととたんに瞳にたくさん星を宿す。
この子が笑うのを待つみたいにずっと画面を見ていたような気がするくらい。


やさしい映画だった。

自分の子供にはちゃんとわけを訊こう、と思った。


角川エンタテインメント
運動靴と赤い金魚

ケバブの国、逆行

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渋谷にあるトルコ料理屋さんに行ってきた。

トルコと言えばケバブとのびるアイスとトルココーヒーくらいしか知らなかったのだけれど、…やっぱり食べに行ってもそんなにトルコ料理を分かったわけではなかった。塩味のヨーグルトドリンクが新鮮でおいしかった。


ドイツにいた時に食べたケバブが懐かしい。
と言ってもたしか、3回しか食べていないけれど。

イーストサイドギャラリーを見ながら食べたよね。
ケバブを食べながら写真を撮るのは結構大変だった。

夜通し遊んだあとに食べた。その日は電車乗越しDayだったらしく逆の方向に行っちゃったり、パンコウ地区の奥地まで行ってしまったりした。

それから、ベルリンのずいぶん南の方から一人で電車に乗って帰ってきたとき。
いつもとは違う細長いケバブにした。お店のお兄さんが親切で、荷物で手が塞がってる私のカバンの中にちゃんと飲み物を入れてくれたな。
何本かやりすごしてやっとこれだ!と思った電車に乗り、ひとりもりもり食べた。
近くに酔っ払いのおじさんがいて(真っ昼間)面白いことを話していたみたいで他の乗客がくすくす笑っていた。
私はちゃんとおうちに辿り着けるかずっとどきどきしていて、あたたかなのんびりした丸い日差しに包まれているのに、それを楽しむどころじゃなかったなぁ。しきりに路線図をポケットからひっぱりだして駅名を照らし合わせていた。

懐かしい。


今日食べたケバブはあの時の安い、しょっぱい味じゃなかった。
ヨーグルトに包まれたまあるい味。




あのときの日差しのことをよく覚えている。

自分の睫毛が金色に透けて、すすきを思い出した。
もう冬が終わりかけていて、だけどまだとても静かな太陽だった。
電車の中のひとはそれぞれに本を読んだり向かいの人と静かに話したり(酔っ払ってるおじさん以外は)流れる風景をただ瞳にうつしていたり、ほおづえをついて目の前の空気を眺めたりしていた。
みんなの髪や頬や首筋は、目覚めたばかりのそのあたたかい光を少しでも長い時間受けたがっているかのように見えた。

金の、橙色の光。


心ははやっていたのにあの場面だけは静かに時を止めて、
いつでも動きだしそうなほどちかくに、ある。