アマヤドリ -154ページ目

命日、コキョウ






昨日、12月28日はタルコフスキーが亡くなって20年の日だったそうです。
おばあちゃんの、そして大切なお友達の誕生日でもあった。

偶然だけれど今日のお昼ごはんの時に3chでクラシック音楽と映像を流す番組を見ていて、ラフマニノフの音楽とともにロシアの風景が流れていた。
雪の中おじいちゃんと男の子が葉のついていない木をひきずって運んでいる風景を見て大好きな映画を思い出す。
どうやら南の景色よりも北の景色にひかれるようで、北欧とかロシアとかしんと広くて澄んだ空気のことを思うと懐かしい気さえして息苦しくなる。
とても寒がりなのに。

お正月は映画をいくつか観れたらいいな。

★   ★   ★

今日は今年最後の仕事を終え、夜からは1月の友人の結婚式の出し物の準備。
ずっと一緒に踊ってきた仲間たちだから1時間半で振付けも完璧。
久しぶりに会うと元気をもらえる。
でも一方で、昔いたスタジオの話を聞くと少し気持ちが沈む。相変わらず同じ時間を刻んでいるんだな…と歯痒くなる。
私だってなにものにもとらわれないわけにはいかないけれど、そこにたくさんの想いがあるのもわかるけれど、だけどもっと…踊るときに大切なことだけを考えられる場所を知ってほしい。素敵な踊りをするひとだから。叫ぶみたいにつぶされてほしくない。


あっという間にお正月。
はやいなぁ。
街にあんまりたくさんひとがいるから、すこし胸がつうんとした。


インタビュー/安岡亜蘭さん


今日は初カメラマンをしてきました。
画家の安岡亜蘭さんのインタビューの撮影。

とはいえその実、カメラマンなんて言うととてもおこがましい。全くの素人なのだから。
インタビューの場に同席させていただき、カメラを覗きながら亜蘭さんに近づいた、とそういう感じです。

お話をいただいて初めて亜蘭さんを知ったのだけれど繊細なのにどこか強いラインと色にひかれてお会いする前からわくわく。

何を好きで、何を見てそれを絵にしているんだろう。
ただ絵を見に行くだけならそのことをあたまにめぐらせておくだけでいい。
でもその作家を撮るということはそのひとを見つけだしてまたさらに、今度は私がかたちにしなければいけない。
よく考えたらなんて難しい作業なんだろう。想像しているだけと実際やろうとしてかかわりはじめることとはこんなに大きな差があるのか、とここ最近じわじわと感じている感覚を塗りなおす。


インタビューの間はずっとほぼファインダーを覗いていた。
お話をしっかり聞く余裕はほぼなく、映し出したかった内側のことなんてやっぱり映像に表せた実感もなく。ああ、今の表情をつかみたかった、って思っても、私の目ほどにカメラは私の言うことを聞いてはくれない。
素敵な表情が何枚かあればいいのだけれど。

でもカメラを覗いて意識を集中させたり探したり一緒に呼吸したりまばたきの隙をうかがったりしていることで、直接お話をしているのとは違う何かを相手に感じた。
何か、ってなんだろう。
一方的であるということがまず不思議。
私がそのひとのことを考え、探り、揺れや表情を追うことはこのファインダーのこちら、私のなかで行われていること。
こんなに近くにいるのに不思議なものだ。
インタビューの内容もちゃんとはっきりとは覚えていない。
なのに何だかわかったような気がした。全体をちゃんと包んでいたような。ピンポイントのやりとりじゃなくて全体を感じ取っていたような、そんな気がした。

これってもしかしたら初めての自分が主体じゃない表現、なんじゃないだろうか。
主観でものを伝えるんじゃなくて誰かの存在をうつしとってみる。私はそこにはいない(もちろん私が撮ったものだからゼロというわけにはいかないのだろうけど)。
だから線とか点のやりとりを越えたところから感じて、それをぼんやりとこころに残すことができたのかもしれない。

あ、もしかしたらそれが私の中だけ、一方通行でないところまでいくことがでたらもっと素敵なのだろうな。
でも今は、今日感じた感覚はとても自分にやさしく染みたので心地よいものだったので嬉しい。


初めてだから感じられたことかな。これからもしまた機会があって重ねてゆけばもっと感覚も変わってくるんだろう。
おもしろかった。


本を頂いてサインまでしてもらっちゃった。


おもしろかった、だけじゃいけないな。相手がいることだから。
それも肝に銘じよう。




安岡 亜蘭
Forest―ARAN YASUOKA Art Works






連なり、灯る

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てんてんと与えられていたことばやまなざしが、実は同じメッセージだったとは。
友達にもらったヒントがそれをひとつずつ掬ってつないでくれたかもしれない。
あ、やっぱり繋ぐのはこれから。
まだひとつひとつが記憶の中でほのかに光ってここだよ、と知らしめてくれたにすぎない。それが連なって、道のように見えはじめた。
どれどれ、と丁寧に繋げられるのはやっぱり、わたしの手。

久しぶりにビリヤードをやった。エイトボールをちゃんと覚えたから、今度勝負だ。
気になっていた「街」にも行った。以前見たドキュメンタリーを思い出す。
ひと同士、ということにまた想いをめぐらせた。


冷たい雨だった。
渋谷で、前のひとについて歩いていたらいつのまにか大きな水溜まりに誘導されていてざぶざぶ水をわけて進んでいる自分に気付く。びしょびしょになってATMに着くとお財布がない。家だ、と青くなる。
渋谷まで友達の舞台を観にきたのにこれじゃチケット代が払えなくて入れないよ。よろよろと帰りかけるが、気を取り直して、もしかしたらお金はあとでもいいと受付のひとが言ってくれるかもしれない、とざぶざぶ進む(もう靴がずぶ濡れ)。
やっぱりチケットはもう友達が代済みにしてくれていた。

よかった。帰らなくて。

ダンスノエル


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友達の踊りはとてもよかった。きいんとした張りが素敵なダンサーなんだけれどいくぶん力が抜けてこちらもすとんと椅子に体重を抜ける感じ。
初めて聞くKさんの声もとても素敵でした(もちろん踊りも!やっぱり記憶していたとおり、つきぬけてプラスな光のある踊り。こちらをわくわくさせてくれるような)。
そうか。この作品はこういう作品だったのか、と2回目にして、このKさんのセリフを噛み締めることで気付くことができた。

ああ、ここで踊りたかったな。すごくすがすがしくてのびやかな作品。初演が8年も前なんて思えない。時間を感じさせない。若くて新鮮なにおいがするだけ。

振付家自身が男性2人と絡む作品にはすっかりこころを奪われた。
あんなに凝縮した空気をこんな広いホールの後ろまで届けるなんて。息をひそめて見ているとほんとに虹彩がぎゅっとなっちゃうようだった。
光のつぶが肌にふりかかるのが見えるよう。
呼吸がつられる。
見ているだけなのに肋骨の奥のおくがなめらかに動きはっと緊張する。

前にもこの振付家の作品を見たときに感じたことだけれどこんなにスムーズで豊かなコンタクトをダンサー同士がしているところを、やっぱり他に知らない。裏切られるのは観客だけでダンサー同士は何にも逆らわずにだまされずに重みと空間を支配している。しかも、いつも3人で。裏返りながら転がるおもちゃのボールみたい。他人の関節や重力と一体になっている。なのに見ているこちらを一瞬でも飽きさせることがない。
やっぱり佐藤さんの動きはいい、と思った。


その他の作品の感想。

マシモ・アクリさんのバレエ作品がレベルが高くて伸びやかで見ていてとても心地よかった。あんな風にポアントで動けたら気持ちいいだろうなあ。若いダンサーたちなのに舞台に立つことに良い意味で慣れてる。舞台での意識が高い。

韓国からの作品は、どちらもちょっと私の好みではなかった。

とくにソロの作品はダンサーの動きに隙がありすぎて見ていて辛かった。それと装置の存在がアンバランス。

最後のバレエ作品。あれだけのダンサーを揃えているのにもったいないなあ、と感じてしまった。昔のジャズダンスの発表会をどうしても思い出してしまう。照明も衣装も。あえてそこを狙っているとしても…とも考えたけど動きと芝居が古い。スタンダードジャズをきちんと狙って鳥肌がたつほどかっこいい作品もあるから古いということだけがその理由ではなくて…なんだろ?もうそういうのはいいよ、飽きた。って私が拒絶してしまっているだけだろうか。

新しくなくてもいいものはいい、って思えるはずなんだけどな。

オリーブさんとわんちゃんを見て

チェコ。
あまり知らない。
知っているのはドナウ川が流れていること、暗い街並みのこと、人形劇のこと。
でもとても行ってみたくなった。

阿部サダヲさんの出ていたウルルン滞在記をやっと見る。
阿部サダヲさんのこともあまりよく知らなくて「大人計画」の器用に奇妙な演技のひと、と、お芝居を見たこともないのに勝手な想像をしていた。
でもなんだかひとと接している様子を見ているだけで興味をそそられた。時々ぴかっと光る瞳や、たまにもじっとするところとか。

どんな形でもいい。見てくれるひとも、どんな範囲でもいい。
いつかストップモーションアニメを創ってみたいと思っているから余計にわくわくした。
水はヘアジェルを使うんだ!とか、現場を見るまで気付かなかったこともたくさん。
絵コンテを描くって楽しそう。

オリーブさんに被せてみていた帽子のあれこれや釣り竿、足が動く椅子。そんな小物が揃ってるところがいいなあ。
ああいうちいさいものたちにどうしてこころ惹かれるのかな。
赤い舌をぺろって出している椅子犬がとっても可愛かった。

動き、ということでもしかしたら私には考えさせられる事がたくさんあるかもしれない。
演出やひかりのことをかんがえるのも好きだし。
アイディアも大切だけどどんなものを動かしたいか、ということも日々考えてみよう。
思いつきよりも、自分が愛情を抱けるものを大事に。