black or …
目を閉じると闇のなかにいくつかの血管のような光のラインが見える。
艶めいた血管のようだけれどそれぞれの配置に調和はない。けれど生きてないもののようでもない。
意識のほんのいちぶがどこかにじわじわと吸い込まれるのを感じる。だけど大部分は目を閉じているこの意識につなぎ留められているのだからなにが起きても平気だ。
吸い込まれる、というイメージを持ったからではたぶんないと思う。
突然同じ色同士が結束されたかと思うと私が向かう穴のなかへどんどん落ちていった。すすられているおそばみたいに細かく震えながらものすごいスピードで去ってゆく規則正しい色。
その出来事に私は驚き、見惚れる。
消失点と私との距離は現実よりもとても近い。短いろうとをのぞいているみたいに。穴はこちらがわすべての空間よりもうんと小さく、そのろうとの壁全部が震える色のコードで埋め尽くされている。
完全に消えてしまう前に一瞬でその色たちを抜き去った。
ひと呼吸暗やみを進んでから、ここは2001年宇宙の旅のあの精神の部屋だ、と思う。
今度ははっきりとした輪郭をもたない光たちが地球の法則にしたがって螺旋をおちながら流れてゆく。
私はわたしのスピードを少し緩めながらこの先に何と出会うのかを待つ。待ちながら本当に眠りにおちてもいけないし、かといってこのシャットダウンの状態を弛めすぎてもいけない。
ほら、もうじき。
トンネルのように光が途切れはじめる。
狭くしか見えていなかったゆくては三角の図形を描きだす。
進んでいるのに私からは断続的に紫色の鈍い光が遠ざかり、金色にはじける。
しゃぼん玉の表面のように、
時間を切り分けながら永遠に変化を続けてゆく。
私はいっしんにその先を待ち、どんな細かいことにも意識を遣り、みのがさずに観察する。
ひとみを閉じながら。
艶めいた血管のようだけれどそれぞれの配置に調和はない。けれど生きてないもののようでもない。
意識のほんのいちぶがどこかにじわじわと吸い込まれるのを感じる。だけど大部分は目を閉じているこの意識につなぎ留められているのだからなにが起きても平気だ。
吸い込まれる、というイメージを持ったからではたぶんないと思う。
突然同じ色同士が結束されたかと思うと私が向かう穴のなかへどんどん落ちていった。すすられているおそばみたいに細かく震えながらものすごいスピードで去ってゆく規則正しい色。
その出来事に私は驚き、見惚れる。
消失点と私との距離は現実よりもとても近い。短いろうとをのぞいているみたいに。穴はこちらがわすべての空間よりもうんと小さく、そのろうとの壁全部が震える色のコードで埋め尽くされている。
完全に消えてしまう前に一瞬でその色たちを抜き去った。
ひと呼吸暗やみを進んでから、ここは2001年宇宙の旅のあの精神の部屋だ、と思う。今度ははっきりとした輪郭をもたない光たちが地球の法則にしたがって螺旋をおちながら流れてゆく。
私はわたしのスピードを少し緩めながらこの先に何と出会うのかを待つ。待ちながら本当に眠りにおちてもいけないし、かといってこのシャットダウンの状態を弛めすぎてもいけない。
ほら、もうじき。
トンネルのように光が途切れはじめる。
狭くしか見えていなかったゆくては三角の図形を描きだす。
進んでいるのに私からは断続的に紫色の鈍い光が遠ざかり、金色にはじける。
しゃぼん玉の表面のように、
時間を切り分けながら永遠に変化を続けてゆく。
私はいっしんにその先を待ち、どんな細かいことにも意識を遣り、みのがさずに観察する。
ひとみを閉じながら。
なにがしあわせ?

少し前ちゅんの頭にいっぱい傷ができていた。毎日見ているのですぐにわかったのだけれど、いつ、どうやってそれができたのかがわからなくて試行錯誤だった。
夜はかごに毛布をかけてあげるんだけど、毛布と床との隙間から出られる気がして頭をぐりぐりしているのかな。真っ暗な中飛ぼうとして天井に頭を擦っているのかな。それとも虫か何かがいて痒いのかもしれない。
でもわからなくて、傷が治った頃にまた傷ができる、の繰り返しだった。
あれこれ考えていろんなことをしてみて、やっと原因がわかる。
犬小屋を改良して造った鳥かごは網目が大きすぎたので細かい網をかぶせていた。閉じ込めたくはないんだけど、暗い中飛び回って怪我をしちゃうといけないから。
でもどうやら外にでたくなるとそこから頭を出そうとしていたみたい。
もう飛び方がうまく行かなくて変な隙間に落ちることもなくなった。
出たいならでたらいい。
と、小さい網を外すことにした。
傷が治ってちゃんと羽根も生えてきたちゅんを手にのせて、背中を撫でながらたくさん話し掛ける。
どうしたい?一緒にいて楽しいかな。
誰もいないおうちは淋しいよね。
ちゅんはしゃきーって瞳のピントを何度も切り替えながら私をじっと見つめる。
真剣に話してるのがわかるのかな。いつもみたいにきょろきょろしない。目の表情が違う。甘えてるときの目やいたずらをしたいときの目じゃない。
もしかしたら私の顔のどこかに気になる点があってそこに焦点を合わせたいだけ…かもしれないけれど。
あくびをするから、寝るふりをしたり低い声で歌をうたったりして、寝かせる。
眠くなると足の裏とおなかがあったかくなる。目の縁取りが赤くなる。
傷が治ったところで夜閉じ込められるのがいやなのは変わらないんだよね。
淋しいのか、閉じ込めておかれるということがいやなのか、それとも他のストレスなのか。
大きな羽根でとても上手に飛ぶ鳥だもの。
少しずつ外にならしてみようかな。ベランダには幸い、お友達もたくさんくるし。
いまさらお友達になれないんじゃないかなって心配だけれど。
作戦をたてよう。
たからばこの一年

今年どうしてもしたいことのひとつ。
自分のルーツをもっとよく知ること。
母方の女性のつながりも、父方の男性のつながりも、両方やおよろずのかみさまに近い場所にいる。
お父さんのほうは屋久島だからすこし遠いけど、お母さんのほうは岩手県。
今年中になんとか岩手にはいきたいな。
屋久島は2009年でいいや。(皆既日食があるから)
岩手県にはどうじにお母さんのお母さん、つまりおばあちゃんをつれていってあげたいのだけれど、それには免許をとらないといけない。
ついに教習所通いをはじめるか…。
今年はぎちぎちでいいや。
会いたい人に会い、行きたいところにゆき、やりたいことをやろう。
***
どなたかの日記で読んでほぉって思ったこと。
得意なことと、やりたいことと、やりたくないことと、苦手なこと。
どれにはじめに手を付ければよいかというと、得意なことを先ずはじめにやってみなさい、ということでした。
うん。たしかに。
得意なことをしていれば、ほかの3つもおのずとかたがついたり、道がひらかれたりする。それだけじゃもちろん全部は解決しないんだけど、やりたくないこととか苦手なことから初めていきなりつまずくよりもずっと前に進める。それは確かかもしれない。
前はこんな風になかなか考えられなかった。
でもこれを読んで、自分がうん、と深くうなずけて、単純に気持ちが照らされたのは今の自分の方向とこのことがよい波のかたちで出会ったからなんだなぁという気がした。
ので、メモ。
それはちょうど明けはじめた空のように、
BBC放送であほうどりが、かもが、飛んでいるところを見た。
白い密集した羽毛が風になびいていて美しすぎて見とれた。
ちゅんちゅん、みてごらん。お友達が飛んでる。
ちゅんは水鳥じゃないからここまで羽根は密集していない。だけどいくら眺めていても飽きない。
こまかいこまかいパターンの集まり。
小さいとき黒に近かった羽根は秋になるにつれてふちが灰色に、そして先端が水色がかった灰色になった。秋の空の色に合わせているの?となんどもおなかをくすぐった。
今は先端が白くなって、長い羽根のいくつかは茶色になってきている。
そして昨日初めて気づいたのだけれどなんとなく、灰色に黄色が混ざっている部分がある。しっぽの付け根、お腹の面は白が増えてしましまになってきた。
こうしてどんどん色が変わってること、知ってるの?
一生懸命毛づくろいをするちゅんに話しかける。
よおく見ていると鳥の羽は生え始める時にストローのような筒の形だ。毛づくろいによってその筒をくちばしでつつき、壊すと、羽根がふわっと広がる。
小さいとき、まだ本当にしっぽが短かったときなんておしりのところにインディアンのみつあみをいくつもくっつけているみたいですごく可愛かった。
毎日からだのどこかしらにこの筒が現れる。
そうだよね、羽根がなくなっちゃったら飛べないもん。なくならないように毎日毎日ちゃんと生えてくるんだね。
お正月でみんながおうちにいるから、ちゅんは今とてもご機嫌だ。そして、みんなに食べ物をもらってちょっとお正月太りした気がする。
飛べなくなってもしらないよ。
はじめの太陽/『有頂天ホテル』
だんだん空が透明になってきて、まだまだもっと透明になるの?と驚くくらいだった。
初めてみたかもしれない。あんな淡くて澄んだ空色。
それまでずっと夜の空を見てきたからかな。明るいものは、星だけ、と思って。
年が明けてからいくつか見た夢を全部忘れてしまった。
今年はおせち料理にくりきんとんがなかった。
お笑い番組を見ていたら女優志望だった元生徒が女王さまみたいな格好で出てきた。
『ランド・オブ・プレンティ』を半分見たところで寝てしまった。
しっかりやったことといえば、ちゅんを一日中かまったことと好きなだけ朝寝坊をしたということ。
『有頂天ホテル』を見た。
サラのCMで好きだと思った麻生久美子はお友達のお友達のお姉ちゃん。実際にはすごく遠いんだけどなんとなく応援していた。
初めて演技を見たのだけれど、終わるまでこのひとが麻生久美子ってわからなかった。
(ついでにいうとオダギリジョーもさっぱりわからなかった)
三谷幸喜はほんとうにうまいな。
三谷作品は『笑いの大学』(最近のじゃなくて古いの)と『show must go on』と、あとTVでやってた石橋貴明と飯島直子が主演のやつしか見たことがない。古畑ニンザブロウも何回か。
あ!あと『やっぱり猫が好き』。あれ大好きだった。
見てないことはないんだ…。
じわじわと見せられてる感がするのは彼のキャラからの印象だろうか。
「あそこのあれが、ここでオチになるんでしょ?」ってわかっていても、ちょっとばかりべたべたでもやっぱり面白い。
この映画もあっというまに3時間が経ってしまった。
こないだ友達と『ラブ・アクチュアリー』をアメリカ人が映画にしたらきっと薄っぺらなものになっていただろうね、という話をしたのだけれど、もしかしたらうまくいくとこんな風になるのかもしれない。
と、少し思った。
西田敏行はなんであんなにおかしいんだろ?
そして「はまちゃん(釣りバカ日誌)じゃないのこれ」とつっこみを入れる母がおかしかった。

