1984disasterさんのインスタグラムより。
disasterさんは、養豚農家に生まれ育ったにも関わらず、ヴィーガンです。
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養豚農家に生まれ育った小学生の頃の話。
ある日突然電話が鳴った。
出ると、「豚がっ!豚がぁ〜っ‼︎‼︎豚が脱走してますよ‼︎」
どうやら近所の人が見つけて電話をくれたようだ。
豚小屋のすぐ側に川があり、その堤防から川へと続く草の生い茂った斜面におーきな豚が何頭も散らばっていた。🐷
不思議な光景、異様な光景、でもなんだか楽しそうな光景。
脱走したのは人間よりどデカい🐖
かなりの巨体で、そう簡単には人間の思うようには動かない。
大人たちが何人も集まり、大きな板を持ち、豚小屋へと誘う。
ある程度まで来るとわざと走って違う方向へ逃げる🐖
かなり遠くへ行ってしまった🐖も居たようだ。
でも結局皆戻された。
鼻でロックを開けて脱走。
この脱走事件は何度かあった。
豚たちはあの時生まれて初めて味わった自然の世界。
あの時生まれて初めて人間の支配下から解放されてた。
自由を思う存分味わいたかっただろう。
絶対に養豚場になんて戻りたくなかっただろう。
とてつもなく狭い場所に閉じ込められ、母親の下敷きになって死んだ兄弟がいたり、
尻尾を切られ、歯を奪われて、睾丸も切り取られる。(全て麻酔無し)
いつも足場が悪くて滑っては糞尿まみれの生活。
人間に強く叩かれたり強く蹴られる事だってある。
毎日掃除してても糞尿の臭いや死臭は強烈で、糞を食べてる子もいた。
脱走した時、人間に突進して殺す事もできたと思う。
人間なんて簡単に殺せそうな程の巨体だった。
でもしなかった。
あの子たち、みんな優しい子たちだったんじゃない?って今は思う。
みんな怖がりで、豚小屋では人間が側を通るだけで悲鳴を上げて驚いてた。
豚が豚の上に積み重なってでもみんな端っこに逃げようと必死だった。
どんだけ怖がりなんだよってつっこんだ事もある。
でも豚小屋で人間にされてきた事を考えたら、赤ちゃんの時から恐怖心が植え付けられていた事は間違いない。
自由に走り回る事もできず
夏は暑さで死ぬ事もある
常にゴキブリと同じ空間に強制収容され
中でも、立つか座るかしかできない程小さな場所に収容されてる母豚が一番辛そうだった
カラスに目玉をくり抜かれた豚もいる程だ👁
養豚場なんて地獄のような場所はまだ必要ですか?
画像の絵は豚が描いたものです。
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どう見ても異常な光景。
>>とてつもなく狭い場所に閉じ込められ、
>>母親の下敷きになって死んだ兄弟がいたり、
>>尻尾を切られ、
>>歯を奪われて、
>>睾丸も切り取られる。(全て麻酔無し)
>>いつも足場が悪くて滑っては糞尿まみれの生活。
>>人間に強く叩かれたり強く蹴られる事だってある。
>>中でも、立つか座るかしかできない程小さな場所に収容されてる母豚が一番辛そうだった
心ある人なら、畜産関係者であっても、洗脳されずにおかしいと気づくんですよ。
尻尾を切りとるなんて、人間でいえば指を切り落とすようなものです。
自分が、歯や指や睾丸を、断りもなく、麻酔なしで切り取られたらどんな気持ちですか?
身動きのできない檻に、延々と閉じ込められたらどんな気分ですか?
豚たちは、このような 何の楽しみもない、苦しみしかない生涯を過ごし、最後はと殺場へ送り込まれます。
トラックにぎゅうぎゅう詰めで運ばれたり、あちこちに体をぶつけ 血だらけになって運ばれる子もいます。
どうせ殺すわけですから、暑かろうが寒かろうが一切の配慮はありません。
運ぶ途中で、死ぬ子も沢山います。
↑と殺場に着いたときに死んでいた豚です。
と殺場でも、スタンガン、蹴るなどの暴力を奮われることがあります。
そして、最後は恐怖の中、首を切られ、出血多量で死亡します。
“Terrorizzati. Tremanti. Ascoltano impotenti le grida di chi è stato sgozzato prima di loro,in attesa del proprio turno. Ho paura di chi considera tutto questo normale.”
— Riccardo72 ⓥ 🐺 (@riky7372) November 8, 2019
@BarbaraMugnai #FaiLaConnessione #GoVegan #Vegan #AnimaliLiberi pic.twitter.com/kei4BRDhcL
↑仲間が殺され、恐怖で震える豚。
豚も、犬や猫と何の違いもない、感情のある動物です。
人間のせいで、悲しい、苦しい、怖い、痛い、辛い、臭いの毎日です。
感謝とか、いただきますとか、そんな表面的な言葉で正当化されるようなことは行われていないのです。
人間は、肉を食べなくても生きていけます。